Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
R turn
目の前には、私が守るべき対象である少年が横たわっていた。
ここは彼が自室として使っている和室だ。
「士郎・・・」
柳洞寺での出来事から約6時間が経過しているが、まだ目覚めていない。
だが、遠坂凛達による治療の甲斐もあって今はただ眠っているだけだ。息遣いは落ち着いており、遠からず目を開くだろう。
こびりついていたあの黒い泥のようなものは、既に取り除かれている。
昨夜は衛宮士郎とセイバーが危機に陥るようであれば助勢するために、彼らの後を追って柳洞寺に向かった。
アサシンと思しき白い仮面の襲撃から士郎を守り、その直後にアーチャーと交戦することになった。
そしてあの黒い影が現れた。
「一体、あれは・・・」
士郎がいち早くあれの動きを察知し、私は助けられた。
逆に彼が触れられてしまったことで、昏睡することになってしまったのだ。
キャスターが治療した葛木という男や、堂内で倒れていた
そしてセイバーを取り込んだあれは、現れた時と同様に忽然と消えた。
セイバーは、私と同じくあれを視認できる位置になく、その上アサシンと対峙していた。
私は士郎に助られたが、彼女の傍には士郎がいなかった。
ただそれだけの差だった。
おそらくセイバーは、私たちが
本来、まともにぶつかれば彼女が手間取るような相手ではないが、速さはアサシンが上回っていた。上手く立ち回られたことで、短時間で仕留めるまでには至らなかったのではないか。
今となっては、推測しかできないが。
「もう大丈夫なはずだけど、目覚めてくれるまではなかなか安心できないものね。早く起きなさいよ。衛宮君」
私の傍らにいる遠坂凛が祈るように呟いた。
「あなたにも謝らなくちゃいけないわね。ライダー。本来なら敵同士って関係だから変な話なんだけど」
アーチャーの行動が、今回のこの大混乱を招いた。しかし、そのマスターである彼女が直接関与しているわけではないことは、戦場に到着した時の彼女の反応でわかっている。
それでも彼女としては立場上、謝るという選択肢以外ないのだろう。
「私が見たのは、あなたと衛宮君が上空にいたこと。アーチャーが明らかに衛宮君を狙って攻撃したこと。そして、あなたが彼を庇って怪我した後、あの変な黒いやつの攻撃から衛宮君があなたを助けたことよ」
「さぞかし混乱したことでしょう?」
「まったくよ。どんな罰ゲームって感じ。テストでこんなひねくれ問題が出たらクレームもんよ」
彼女は大きく溜息をついた。
「その情報だけだと、あなた達を士郎が裏切り、私と手を組んでアーチャーと戦闘になったとも解釈できたのでは?」
と、一つの可能性を提示してみるが、彼女は手をひらひらと振って否定した。
「衛宮君がそんなことするわけないじゃない」
即答ですか。
思わず、くすっと笑ってしまう。
「あなた、そんな笑い方するのね」
ちょっと意外そうに彼女は言った。
「なんにせよ彼が私と手を切る時は、絶対に私に一言断りを入れるわよ」
それにね、と言いながら彼女は目を瞑る。
「何をしたのか問い詰めたらアーチャーはあっさり認めたわ。『衛宮士郎を殺そうとした』ってね」
「なぜ彼はあそこまで執拗に士郎を殺そうとしたのですか?」
アーチャーの殺意は鬼気迫るものがあった。
まるで、これこそが自分の唯一つの目的だとでも言うかのように。
「わからないのよ」
彼女は悔しそうに首を振った。
「衛宮君を殺そうとしたことはあっさり認めても、理由に関しては頑として教えてくれなかった」
「そうですか。では、再び士郎が襲われるかもしれないということですね」
それが一番の問題だ。
「それがね。あいつ『残念ながらもう衛宮士郎を殺している場合ではなくなった。だから安心しろ』なんて言うのよ」
思い返しているうちに段々腹が立ってきたのだろう。
口調が荒々しくなってきている。
それにしても・・・
「『そんな場合ではなくなった』ですか」
「ええ。んなこと言われたって、信用できるわけがないじゃない。だから、共闘関係である限り、衛宮君を襲わないように令呪を使って命令しておいたわ」
「そうですか」
なかなか思い切ったことをするものだと感心させられるが、であれば一安心だった。
「私も聞かせてもらってもいいかしら?」
「まあ、そうくるでしょうね」
「あなたが衛宮君を守ったのはなぜ?」
「それは答えられません」
「なら、質問を変えてみようかしら」
少女は悪戯を思いついた子供のように目を細めた。
「あなたがあんなにも献身的に彼を守ったのはなぜ?私が実際に見たのは最後の場面だけだったけど、アーチャーの話では何度も身を挺して守っていたようだけど」
「質問が変わっていませんよ。遠坂凛」
「凛でいいわ、ライダー」
彼女にしては珍しく、少し憐れむような笑みを浮かべて続けた。
「あなた・・・難儀な人なのね」
そう言って、彼女はこの話を打ち切った。
私はつい先日、士郎に淫夢を見せた。
魔力を回復するためのものだったが、士郎の夢には目の前の少女が現れたのだ。あの少年にとって、遠坂凛という女性はかなりのポジションを占めていることを私は知っている。
今の私に返せる言葉はなかった。
程なくして、私は居間を後にした。
「私も暫くしたら家に戻るわ。桜と顔を合わせるのはちょっと気まずいの」
と凛も言っていたので、もうじき帰るだろう。
私は面識があることを凛たちに悟られないよう、途中で一旦霊体化してから桜の部屋に向かう。
桜には戻ってきた直後にある程度の事情は話していた。
だが、非常にもどかしかったろう。なにせ彼女は私のマスターどころか、魔術師であることを他者に隠している。
日付が変わった頃に戻った私達だったが、桜はそもそも眠っていて私達が帰ってきたことにも気付いていないという体裁を取り繕っていた。
下手に凛たちと顔を合わせてしまった場合、会話の流れから勘付かれる可能性がある。
そして何より、桜は自分自身の存在が士郎を治療する凛たちの妨げになるのを恐れた。
そのため、朝までこの部屋でじっと待つしかなかったのだ。
「士郎の治療は終わりました。もう大丈夫ですよ」
桜の部屋に入った私は、先ずこう伝えた。
「そう・・・本当に良かった」
桜は大きく息をついて、安堵の表情を浮かべる。
「それにしてもどういうことなの?姉さんのサーヴァントが先輩を殺そうとしたって」
桜はかなり気色ばんだ。
「落ち着いてください、桜。私にもわかりませんが、アーチャーの行動はあくまでも彼個人の私的な理由からのようです。凛の指示によるものではないでしょう」
「そんなことわからないじゃない」
桜とて、凛がそんな人間でないことを分かっているはずだが・・・
「それに、先輩がこんなことになる原因を作った姉さんが先輩の治療をするなんておかしいわ」
「彼女の尽力もあって士郎が回復したのです。そのことには感謝すべきではないかと思います」
実際のところ、治療についてはあまり凛は関わってはいない。
もう一人の魔術師が殆ど対応していたのだが、敢えて触れる必要はないだろう。
「・・・ええ。それは確かにライダーの言うとおりね」
そこで、ふと彼女は笑みを浮かべた。
「でも、これで先輩は戦わなくても良くなったのよね」
「そういうことになりますね。サーヴァントを失ったのですから」
そう。セイバーは消えた。
普通に考えれば、彼が戦うことはもうないはずだ。
だが、本当にそうだろうか。
彼の性質は、それを是とするだろうか。
全く事情を知らない状況でも、慎二を助けた少年。
本来助ける必要のない敵のサーヴァントである私を助けた少年。
自分の身が危うくなることを彼は充分に理解していながらも、あっさりとそれをやってのけてしまう。
自身の命をまるで無価値な物のように、容易く秤に掛ける行為だ。
この聖杯戦争を知ってしまった今、彼が見て見ぬふりをすることがに可能なのだろうか。
「ただし、サーヴァントを失っても、マスターは他の参加者に狙われることもあります」
それらの疑念を一旦は振り払い、桜には違う観点の懸念を伝えることにした。
「それはそうよね。また、姉さんのサーヴァントに襲われる可能性もあるものね」
しかし桜は私の伝えたかった内容とは少しだけ別方向に捉えたようだ。
「お願い。ライダー。これからも先輩のことを守ってね。いいえ、次は姉さんのサーヴァントを斃してしまって頂戴」
「え?」
「わかるの。あなた昨夜の戦いでは全力を出し切っていなかったのでしょう。次はきっと勝てるわ」
「全力ではなかったのは、確かにそうですが・・・」
おかしい。
どんどんおかしな方向に話がズレている。
「そろそろ朝食の準備に取り掛からないといけない時間ね。たまには、先輩が起きるのを待ちながら作るのも悪くないわ」
弾むような口調で彼女は言う。
「ごめんなさいね。ライダーには食べさせてあげられないけど」
「いいえ。そのことはお気遣いいただく必要はありません」
「誰もいない時になら作ってあげられるから。私、ライダーにもお料理を食べて欲しいの。必要ないっていうだけで、食べられないわけでも、味を感じないわけでもないんでしょう?」
桜は腰かけていたベッドから立ち上がり、寝巻を脱ぎながら私に問い掛けてきた。
「そうですね。桜の料理は食べてみたいです」
「楽しみにしててね」
そう言って、彼女は部屋のドアを開けて居間へと向かう。
本来であれば望外の心躍る会話だったはずなのに、そうは感じられなかった。
それよりも引っ掛かることがあった。
士郎の昏睡の原因であるあの黒い泥について、桜は一切触れなかったのだ。
私は常時霊体化している必要がある。
この眼帯【
こんな物をしている現代人がいるわけもない。
そのため、姿を晒せるのは聖杯戦争関係者くらいだ。そして、今の桜は『一般人』であるため、私に桜が普通に接すること自体がおかしい。
そのため今も霊体化してから、居間に向かった桜の後を追った。
「え?葛木先生?どうしてここに?それにこちらの方は?」
居間にはキャスターと、そのマスターである葛木宗一郎という男が並んで正座をしていた。
勿論、私は二人がこの家に滞在することを桜に伝えてある。
だから、桜がこうやって驚いているのも演技である。
「間桐か。藤村先生から事情は聞いている」
昨夜のうちに、葛木はキャスターの治療により概ね回復していた。
「本来、家主である衛宮に先ずは伝えるべきことだが、現在、ここに滞在しているお前にも断っておきたい」
「えっと・・・な・・・なんでしょう?」
「迷惑をかけることになるかもしれないが、しばらくここに
「そうなんですか・・・いえ・・・一体どうされたんですか?葛木先生が突然そんなことを仰るなんて、余程の事情があるということですよね?」
「勿論だ。そもそもこのような時間に他人の家に上がりこんでいるなど、非常識にも程があるので、重ねて詫びさせてもらう。事情についてだが、実は昨晩、柳洞寺で事件または事故が起きた。門弟が皆、昏睡するというものだ」
「え?」
「私自身も倒れたが、このキャスターの尽力もあって比較的すぐに回復できた」
その言葉に反応して隣に座るキャスターが嬉しそうにはにかんでいる。
「その現場に衛宮もいたのだ。衛宮がなぜあの時間に柳洞寺を訪れたのかはわからないが、一番最初に発見した私達にその場から離れるように誘導し、この家まで案内してくれた。逆に衛宮自身が昏睡してしまったことが、教師としては痛恨だったが」
「先輩は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だろう。今はただ眠っているだけのようだ」
「勿論、然るべき先には既に連絡済だ」
実際には、凛が教会に連絡したのだ。
今頃、監督役の神父が事後処理に奔走しているだろう。
「当面、柳洞寺は居住できる状態ではなくなってしまうだろう。勿論次の住まいは探すが、キャスターもいたく衛宮に感謝し信頼もしている。できればここに暫く滞在させてもらいたい」
「そ・・・そうなんですね。勿論、私は何かを言えるような立場にはないですから」
「キャスターは見てのとおり海外の出身だ。間桐の目的である国際交流と言う点でも、役に立てるだろう」
見事な論法だ。
これでは、「一般人」である桜は断れないだろう。
私としては反対ではあるが。
これで、この家に滞在する聖杯戦争に関わる者が士郎、桜、葛木、キャスターの4人になる。
私は桜がマスターであることを隠しているため、落ち着いたところでこの家を離れる。
私が士郎を守る動きをしていることはキャスター達も承知しているが、その背景は伏せている。本来のマスターが
だが、万一桜がマスターだと知られれば、キャスター達の攻撃対象になる可能性がある。
その事態に備えて、私は始終この家の付近で霊体化して待機するつもりだった。
いざとなれば令呪で桜に呼んでもらうことになる。
そう思案していると、
「シロー、桜ちゃ~ん!起きてる~?」
藤村大河がやってきたようだ。
「あ、藤村先生」
桜が玄関に向かう。
「おはようございます。藤村先生」
「おはよう桜ちゃん。士郎は?」
「ちょっと体調が悪いみたいで、まだ寝てるんです」
「え?そうなの、珍しいこともあるもんね。ところで、桜ちゃん、悪いんだけど今日は朝食はパスで。すぐに学校に行かなくちゃいけなくなって」
「何かあったんですか?」
「うん。ちょっと柳洞寺で事故があったらしくて。その件でね。士郎の体調が悪そうだったら無理しないように言っておいてね」
「わかりました。多分、先輩は休むことになると思います」
「うん。わかった。たまには士郎も休んだほうがいいし」
そう言って、彼女は玄関を出ようとした。
「藤村先生。私もご一緒します」
と言って、廊下の奥からやって来たのは、葛木だった。
「え?葛木先生?どうしてこのうちに?」
「事情は学校への道中でご説明します。少し混み入っていますので」
「わかりました」
藤村大河は少し怪訝そうにしたが、そう答えると二人は玄関を出ていく。
「あ、それでは行ってらっしゃい。藤村先生。葛木先生」
それを桜が見送った。
それから暫くして、桜の登校時間が近付いた頃に士郎が目を覚ました。
少しふらつきながらではあったが、あからさまに顔色が悪いということもない。
「おはよう。桜。すまない。完全に寝坊したみたいだ」
居間に入ってくると桜に挨拶をした。
そして、もう一人の存在に気付く。
「・・・えっと・・・あれ?」
「あ、先輩。こちらは・・・」
「葛木先生の許嫁でキャスターと申します。突然で恐縮ですが、しばらくこちらに御厄介になりますので、以後、よろしくお願いします」
と、キャスターは、膝に手を添えて丁寧にお辞儀をしたのだった。
「・・・・・・」
士郎は暫く固まったが、何とか声を絞り出す。
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
桜が不穏です。こんなところも彼女の魅力の一つかなと。
桜ファンには不愉快な展開かもしれませんがご容赦いただければ幸いです。
5日目は会話メインにですが、文字数が多いので3話構成となります。