Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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第11話 ~5日目②~ 「しるしがないということ」

 E turn

 

 

 目を覚ますと、この時期としては外がだいぶ明るくなっていることに気が付いた。

 時計を見やると、時刻は7時半。

 完全に寝坊だった。

 

「いや、それどころじゃない状況だったんだよな」

 

 昨夜の出来事ははっきり覚えていた。

 自分自身はあの黒い影によって、意識を塗り潰された。

 しかし何より気持ちを重くさせるのは、セイバーのことだった。意識を失くす直前、彼女があの黒い影に取り込まれるのを見た。直感的に、あれは絶望的な状況だと理解してしまっていた。

 それを確かめるのが怖かった。

 なるべく普段どおり。

 とにかくそれだけを意識して、居間に入って桜に挨拶をした。

 だが、残念ながら状況はそんな普段どおりを許してはくれなかった。

 そこにはなぜかキャスターがいた。

 一方で、セイバーはいなかった。

 いるべき存在がなく、不可思議な存在があった。

 頭の中が真っ白のままで、挨拶を交わした。

 何と言ったかは覚えていない。

 一方で桜はもう登校の時間だったため、一人で学校に行くと言っていた。

 

「先輩は本調子じゃないんですから、今日は休んでください。藤村先生にもそう伝えてありますから」

 

 とも言っていた気がする。

 

「坊や」

 

 キャスターが誰かを呼んでいる。

 

「ぼ・う・や」

 

 そんな人物がいただろうか。

 

「ぼ!う!や!!」

 

「えっと・・・オレを呼んでる?」

 

「当たり前じゃない。ここにはほかに坊やはいないわ」

 

「えっと。オレはこれから(くび)り殺されるのかな?いや魔術師だから呪い殺されるのか?」

 

「奇遇ね。ちょうど今、その殺意を抱いたところよ」

 

 うんざりしたような目で、オレを睨んでくる。

 

「そもそも私にはそれができない制約がかけられているのを忘れたの?」

 

 ああ。思い出した。

 

「ちょっと目の前の光景の異常さに頭が真っ白になって、軽い記憶障害になっていたようだ」

 

「その独白(モノローグ)。声に出ているわよ」

 

 キャスターは大きく溜息をついた。

 

「まあ、私だってこの状況の意外さには驚いているくらいだし、目覚めたばかりの坊やの理解が追いつかないのは無理もないわよね」

 

「ああ。説明を頼む。ただでさえ混乱しているんだ」

 

「そうね。その前に・・・」

 

 と、キャスターは居間の外、つまり廊下のほうを見て叫んだ。

 

「ちょっと、ライダー!いるんでしょう?盗み聞きしてないで、出てきなさい。あなたにも説明を手伝って欲しいのだけれど」

 

「え?ライダーもいるのか?」

 

 しばらくすると、本当にライダーが実体化して現れた。

 彼女は仕方なくという体で、居間に入ってくる。

 

「流石と言うべきでしょうか?霊体化した私を感知していたのですね」

 

「そんなわけないじゃない。ただの勘よ。女のね」

 

 事も無げにキャスターは言った。

 

「女の勘ですか?」

 

 ライダーが不思議そうに呟いた。

 こちらとしては、ますます混乱に拍車がかかるばかりだ。

 確かに彼女には昨日散々助けてもらった。

 その理由はわからないが、普通に考えれば、本来のマスターが別にいるはずの彼女が未だにここにいるのは不思議だ。

 

「あなたが説明すればそれで充分なのでは?」

 

「一部始終を私は見ていないもの。それに、第三者の話もあったほうが信憑性が増すでしょう。私は嘘をつく気はないけど、それでもね」

 

「わかりました。補足程度はさせていただきます」

 

「面倒臭い女ねえ。あなた」

 

 ライダーは軽くキャスターを睨んだが、それ以上何も言わなかった。

 二人の会話を聞いているうちに、少なくとも表面上、オレは平静さを取り戻しつつあった。

 

「ライダー。昨日はありがとう。いや昨日もって言ったほうがいいのか・・・とにかく、滅茶苦茶助けられた。感謝してもし切れない」

 

 先ずは礼を言わなくてはならない。

 

「いいえ。先日のこともありますし、最後は私も助けられました。お互いさまということで良いのではないでしょうか」

 

「正直昨日の状況を考えると、全く釣り合ってないと思うけどな。オレとしては借りたつもりになっておく。それで、助けてくれた理由は教えてもらえるのかな?」

 

「詳細はお伝え出来ません。私個人としては、先日の恩に報いたものと思っています」

 

「そうか。ライダーにも事情があるよな」

 

「はい」

 

「それだけでいいの?もっと深掘りすべきところじゃないかしら?」

 

 やり取りを聞いていたキャスターが呆れたように、指摘してくる。

 

「ライダーのマスターの思惑が絡んでいるんだろう。オレだって純粋な親切で、助けてもらったなんて考えちゃいない。ただ、少なくとも今はオレを生かすことに利があるということなんだろう」

 

「あら?裏がある可能性もちゃんと考えているのね。流石というべきかしら」

 

「莫迦にされているようにも聞こえるけどな。とにかくライダーが口を閉ざしているんだ。問い詰めたところで困らせるだけだし、彼女はしっかり誠意をもって答えてくれた。それで構わない」

 

「お気遣い感謝します。士郎」

 

「それで、オレが意識を失った後のことを教えて欲しいんだけど」

 

「はい。あなたにとっては、辛い部分もあるかと思いますが」

 

 と前置きして、ライダーが語り始めた。

 

「士郎が私を庇って倒れた時、セイバーもあの黒い影に取り込まれかけていました。その状況で、アサシンがおそらく宝具だったかと思いますが、攻撃を仕掛け、それをセイバーは迎撃したのです。その後、力尽きたように彼女は影に飲み込まれました」

 

 ライダーは殊更に淡々と話す。

 

「・・・・・・」

 

 セイバーが消えてしまったのは、やはり事実だったということだ。一旦、蓋をしかけた絶望感が再び頭をもたげてくるのを感じた。

 胃液がこみあげてくる。

 

「あの影はその後、忽然と消えました。私はアーチャーの動向を警戒していましたのでずっと影を注視できたわけではないですが、気がついたら消えていました」

 

 あれは現れた時も、どこから来たかさっぱりわからなかった。

 

「アサシンはセイバーの迎撃で負傷したため、撤退したようでした」

 

「ところで、ライダーはあの白い仮面をアサシンとして話しているけど、オレ達は山門にいた侍がアサシンだと思っていた」

 

 気になっていた点だった。

 

「それは私が召喚したアサシンなの。私も詳しい事情はわからないけど、おそらくあの白い仮面もアサシンでしょうね」

 

 黙っていたキャスターが、ここで話に入ってきた。

 しかし、語った内容は俄かに理解し難いものだ。

 

「サーヴァントであるキャスターがサーヴァントを召喚したってことか?」

 

「そうよ。でも、やはりイレギュラーな存在だったわ。山門から離れられなかったし。だから、おそらくあの白い仮面が正当なアサシンなのでしょう。誰が召喚したのかはわからないけど」

 

「そういうことか」

 

 あの侍が最期に遺した言葉にも何となく合点がいった。

 あれは、マスターであるキャスターを気遣ってのものだったのだ。

 

「宗一郎様に傷を負わせたのもアサシンよ。宗一郎様は既にあの黒い泥によって昏睡してたのだけれど、あいつが止めを刺そうとしたの。私が迎え撃ったのだけど仕留められなくて、宗一郎様が大きな傷を負うことになってしまったわ」

 

「私はアサシンと黒い影が消えた後、凛の意向で堂内の様子を確認していたのです。そこに葛木の治療を終えたキャスターが現れ、私達に士郎の治療を提案してきたのです」

 

「坊やには宗一郎様の応急処置をしてもらったから」

 

「私もキャスターと士郎のやり取りは見ていましたし、彼女が士郎に手を出せないのはわかっていましたので、了承しました」

 

「それでうちに来たのか。さっきは失礼な対応をしてすまなかった。助けてくれたわけなんだから礼を言わなくちゃな」

 

 ようやく、今の状況が理解できてきた。

 

「それはいいのだけれど。感謝しているなら、当面、宗一郎様と私をここに住まわせて欲しいわ」

 

「え?」

 

 そういう話になるのか?

 

「ここは、魔術師の拠点だけあって、まずまずの地脈を有しているのよ。このあたりだと、遠坂のお嬢さんや間桐の家も良いのだけれど、彼らのところに住むわけにもいかないでしょう」

 

「いやいや。それならうちだって・・・」

 

 当然、オレは反論しようとした。

 

「昨日言ったように私は宗一郎様の身さえ無事ならそれでいい。私自身はある意味、昨夜一度死んでいるわ。あの時、あなたとセイバーに出会った時点で絶望的だと思った。だけどあなたに助けられたわ」

 

 真剣な面持ちでキャスターは語り続ける。

 

「私にはもはや聖杯に望みなどないの。宗一郎様が無事で、少しでも長くあの人との時間を過ごせればそれでいい」

 

 戦いを放棄するということか。

 だが、聖杯戦争が続いている限り、それは難しいだろう。

 聖杯を手に入れるためには、他のサーヴァントを斃す必要があるのだ。自身に戦う意思がなくても、サーヴァントは常に襲われるリスクに晒されている。

 

「それなら、どこか遠い街にでも隠れたほうがいいんじゃないか?」

 

「サーヴァントはマスターからの魔力供給だけじゃなく、聖杯の力によって現界できている。冬木から離れてしまうと私は現界していられなくなるの。それでも私は構わないんだけど、宗一郎様はそれを許さなかった」

 

 キャスターが溜息をつく。

 

「私に可能な限り生きているようにと言ってくれたわ。それは、すごく嬉しいことなんだけれどね・・・」

 

「だからと言って、この家に滞在するのはおかしいのではないでしょうか?あなたがいることで、士郎に害が及ぶ可能性もあると思いますが」

 

 ライダーが反論する。

 

「まるで、本当に坊やがマスターみたいね」

 

 キャスターはくすりと笑う。

 ライダーは憮然として黙り込んだ。

 

「ええ。私はこちらの都合で勝手を言っている。でも、坊やは今、どう考えているのかしら?」

 

「それは、どういうことだ?」

 

 彼女が言いたいことはよくわかっていた。

 わかっていながらも敢えてわからないフリをした。

 正直、今はそれを考えたくなかったのだ。それを考えるうえでの前提事項を、まだ認めたくない自分がいた。

 

「これからのことよ」

 

「キャスター。自分の都合だけで性急な問いを投げるのは止めてください」

 

 ライダーがオレのことを案じてくれているのがよくわかる。

 正直嬉しかった。

 

「ライダー。ありがとう。でもオレは大丈夫だ」

 

「大したものね。じゃあ、続けるわ。サーヴァントを失った今、坊やの当たり前の選択は教会に逃げ込むこと」

 

 そのとおりだ。

 セイバーという剣であり、盾でもあった存在をオレは失った。生き残ったマスターは命を狙われる危険がある。

 

「オレは、他の選択肢を選ぶ」

 

 先程、セイバーを失ったことが確かになった時点で心のどこかで決めたことだった。オレはサーヴァントがいたから、セイバーがいたから聖杯戦争に参加したわけではない。

 

「であれば、私が力になれることも多いんじゃないかしら」

 

 キャスターは真っ直ぐにオレを見つめて、そう言った。

 

 

 

 気が付くと、オレは自分の部屋ではなくセイバーの部屋・・・いや、今となってはセイバーが使っていた部屋に立っていた。

 部屋の隅にある棚には、一昨日二人で買ってきたライオンのぬいぐるみが寂しそうに座っていた。

 

「・・・セイバー・・・」

 

 ぽっかりと心に穴が開くというのはこういうことを言うのだろう。

 自分の半身として尽くしてくれたサーヴァント。そんな表現には止まらない存在。

 彼女がいれば何とかなかる。彼女がいれば戦える。そう確信させてくれるパートナーだった。それでいて、尊敬すべき人格者であり、しかし、ただの一人の少女でもあった。

 左手の甲に目を移すが、そこにはあるべきものがもうなかった。

 

「セイバー・・・すまない・・・」

 

 もう一度呟き、そして涙を流した。

 本当は一日中、泣いていたかった。

 だが、そんなことは許されない。

 おそらくセイバーもそんなことは望んでいない。

 衛宮士郎は彼女がいなくても戦わなくてはいけない。

 ぐちゃぐちゃになっている心に整理をつけたことにして、立ち上がるしかないのだ。

 

 

 

 しばらくして居間に戻ると、キャスターだけが残っていた。

 テレビを観てはいるが、先ほどと同様に、姿勢良く正座してお茶を飲んでいる。

 

「ライダーは?」

 

「少し外すと言っていたわ。大方、マスターのところにでも戻ったのでしょう。彼女との関係も色々と深掘りしたいけど、それは今後のお楽しみと言ったところかしらね」

 

「できればほどほどにしてくれ。少し早いが、昼食を作るから待っていてくれ」

 

 料理をして、飯を食うことで、少しでも気持ちを切り替えたかった。

 

「あら、坊や料理できるの?」

 

「昔からオレがやるしかない環境だったからな」

 

「興味あるからいただくわ」

 

「意外だな。必要ないって言うのかと思ってた」

 

「私は宗一郎様と柳洞寺で暮らしていたのよ。食事も料理もするわ」

 

「それもそうか。キャスターの料理も食べてみたいな」

 

 不思議とキャスターとの会話は心地良い。テンポがいいのだ。まあ、こういう所帯じみた話題だからかもしれないが。

 

「そうね。居候の立場になるんだから、私も作らせてもらうわ。まあ、料理以上に役に立てることもあると思うけど」

 

「そうか。だったら早速だけどそっちのほうで一つ頼みがある」

 

 少し考えていたことがあった。

 キャスターなら可能なのではないだろうか。

 

「私にできることならね」

 

 オレはキャスターにある物の作成を依頼した。

 

「ベースになる物は、オレが後で買ってくる」

 

「問題ないわ。作ってあげる。でも、できれば工房になる部屋が欲しいわね。それに柳洞寺から道具も回収したいわ」

 

「それならオレがいつも使っている土蔵を使ってくれ。工房なんて立派なもんじゃないけどな」

 

「食事が終わったら見せてもらうわ。それから、私からも坊やにお願い・・・というより、提案があるの」

 

 その提案は、オレにとってもありがたい話だったので、二つ返事で了承した。

 そうこうしているうちに、昼食が出来上がった。

 

「これは?」

 

「豚肉の生姜焼き定食だな。キャスターには少し重いかもしれないけど」

 

 オレは朝食抜きだったので、しっかり食べたかったのだ。

 

「それは味付け次第かしら・・・」

 

 生姜焼きを一口食べて、キャスターが目を丸くするのがよくわかった。

 

「これは・・・」

 

 続け様に、里芋の煮っ転がしと卵焼きにも箸を伸ばす。

 

「坊や、お料理上手なのね。豚肉の味付けは上品だし、全部丁寧。作る時の手際も良かったし」

 

「ありがとう。美味しく食べてもらえるのは、嬉しいぞ」

 

 あまり自慢するところではないとオレ自身は思っているが、褒められるのは素直に嬉しい。

 

「坊やに料理教えてもらおうかしら。宗一郎様もこちらの食事のほうが好きだろうし。そもそも、この国の食は優れているわ」

 

 流れるようにキャスターは完食した。言葉遣いもそうだが、彼女の作法はとても上品で丁寧だった。見ていて気持ちいい。

 きっと育ちがいいのだろう。

 

「ああ。これくらいならいくらでも」

 

「よろしくお願いするわ」

 

「落ち着いたら土蔵へ行くのか?」

 

「そうしましょう。お互いにこの後、出かけなければいけないものね」

 

 

 

 昼食後、オレとキャスターは土蔵にやってきた。

 先程のキャスターの話は、オレの魔術を見たいというものだった。そして、場合によっては手ほどきをしてくれると言う提案でもあった。

 キャスターの英霊に魔術を教えてもらえるなんて、奇跡的な幸運だろう。オレの魔術は、なかなか・・・というか殆ど全く進歩しないので、きっかけが掴めるかもしれない。

 オレは、少しでも強くならなければいけない。

 これからのことを考えれば尚更だ。

 

「・・・何なの・・・これは・・・?」

 

 そこいらに転がっているガラクタをキャスターは不思議そうに見回していた。

 ほんと散らかっててすいません。正直、恥ずかしかった。

 

「これ、もしかして、全部坊やが投影したの?」

 

「ごく一部だけです。殆どは藤ねえ・・・藤村先生っていうオレの保護者代わりの教師の仕業です」

 

 後ろめたさで思わず丁寧語になってしまった。

 

「ああ、今朝、宗一郎様と一緒に学校に向かった先生ね」

 

 と言いつつ、手近に転がっていたヤカン(仮)を手に取る。

 

「それにしたって異常ね。昨夜見たから、免疫ができてるのだけれど」

 

 どうやら、この場の汚さに辟易したという反応ではなさそうだった。眉間に皺を寄せて真剣な表情で、手にしたヤカン(仮)を睨んでいる。

 

「何が異常なんだ?」

 

「投影した対象物が、消えずに残っていることよ。普通はすぐに消えるものよ・・・」

 

「そうなのか?そもそもオレ以外の魔術師は切嗣・・・親父しか知らないから、他の投影を見たことがないんだ」

 

「そうなの・・・でも、昨日のナイフのほうが圧倒的に完成度が高かったわね」

 

「ああ、どういうわけか刃物が一番楽で、出来がいいんだ」

 

「・・・これ・・・投影じゃないみたいね」

 

「じゃあ、なんなんだ?」

 

「まだ、わからないわ。でも、坊やの起源に原因があるんじゃないかしら」

 

 しばらくキャスターは自分の思考に没頭してしまい、オレはどんどん置いていかれていく気分になった。

 彼女はだいぶ長い間考え込んでいたが、やがてオレのほうを見て言った。

 

「今から坊やに魔術回路の使い方を教えるわ。あなたが聖杯戦争にこれからも関わるつもりなら、一刻も早く戦う力が必要になるでしょう」

 

 願ってもない話だった。

 彼女はオレに何某(なにがし)かの可能性を感じたということなのかもしれない。

 

「是非とも頼む。キャスター」

 

 オレに断る選択肢などなかった。

 

 

 

「まだ体が慣れていないはずだから、無理しないようにね。あなたのサポートになる道具も柳洞寺に戻って持ち出してくるわ」

 

 そう言ってキャスターは柳洞寺に向かった。

 オレは、新都方面にバスで移動する。桜が家に来る前に用事を済ませたかった。

 つい先程までキャスターが教えてくれたのは、魔術回路の正しい起動方法だった。

 今までのオレは、魔術回路を毎回一から作っていた。しかし、キャスターの話ではそれは無駄で、魔術回路は常にある状態にしておいて必要な時にだけ起動させればいいというのだ。

 最初は戸惑ったが、徐々に慣れていくのを感じた。

 もっともこれはキャスターがいたからできることだった。

 

「坊やの中身が外の皮を破って出てこないように、私が抑えるわ」

 

 と言って、フォローしてくれたのだ。

 具体的に何をしているのかはよくわからなかったが。

 今までまともに使われなった回路を常時「ある」状態にする。そのうえで、オレの起源である「剣」を投影するとどうなるか。

 今まで抑えられていたオレの本質が出口を求めて溢れ出てくる。

 ということらしかった。

 それを彼女が制御してくれたわけだ。

 

 

 

 新都で目的の品を購入して、バスで戻る。

 部活のある桜よりも早く帰宅できるだろう。

 商店街近くのバス停で下車して、そこから我が家までは歩いて帰る。

 すると、うちの正門にもたれるようにして立っている人物がいた。

 最近あの赤いコートをよく見るようになってきた。

 遠坂だ。

 

「遠坂。どうしたんだ?」

 

 遠坂は制服ではなかった。

 

「どこかに出かけてたのね。てことは、体調は元どおりなのかしら。なんにせよ良かったわ。あなたと話がしたくてね」

 

 ちらっとオレが手に持った紙袋に目をやる。

 

「さすがにここじゃあ何だから上がれよ」

 

「そうさせてもらうわ。長居をする気はないけどね」

 

 オレと遠坂は居間に入る。

 キャスターはまだ戻ってきてないようだ。

 お茶か紅茶かで迷ったが、後者を用意することにした。

 

「ごめんなさいね。気を遣わせてしまって」

 

 遠坂にはいつもの歯切れの良さが欠けているようだった。

 

「どうしたんだ?いつもの元気がないぞ」

 

 ティーカップを遠坂の前に置く。

 

「そりゃそうよ。昨夜、あなたに酷いことしちゃったんだもの。本当にごめんなさい。謝って済むことじゃないのはわかってる。でも、ごめんなさい」

 

「酷いこと?なんのことだ?オレ気絶されてる間に遠坂に何かされたのか?」

 

 全くピンとこなかった。

 

「何言ってるのよ。アーチャーがあなたを殺そうとしたことよ」

 

「ああ。そういうことか」

 

 マスターとして責任を感じているということだろう。

 

「遠坂はあいつを止めてくれたじゃないか」

 

「それにしたって私のミスよ。ライダーにも、アーチャー自身にも話を聞いたけど、普通ならあなた間違いなく殺されてたわ。つまり私が殺したも同然よ」

 

「いや、だからオレは死んでないし、オレを治療してくれたのも遠坂だろ」

 

「殆どはキャスターが治療したわ。それにあの黒い泥によるあなたへのダメージは死に至るほどのものではなかったの」

 

 そうなのか。

 オレとしてはとんでもなくイヤな、なんというか絶望的なモノをいきなりどんと押し付けられたように思えた。

 根こそぎ魂ごと持っていかれる。

 そんな感覚だった。

 

「私は、昨夜、教会に行ってたのよ。それで、約束の時刻に少し遅れそうだった。そんな時にあなたから連絡が来て、アーチャーを先に加勢に行かせたの。それがまさかあんな・・・」

 

「あいつ、理由は明かさなかったらしいな」

 

「ええ。全くとんでもないヤツよね。あれだけのことをしでかしていながら。『それは教えられない』の一点張り。ふざけんなって怒鳴ってやったけど、全く効果なし」

 

 その場にいなくて良かったと、オレは密かに安堵する。

 

「でも、理由がないとは言ってないんだろ?だったら、重要な意味があるんだろう」

 

「え?」

 

 遠坂は目を丸くして驚いた。

 

「なんとなくだけど、オレとあいつとは合わないなって感じてる。だけど、あいつの戦いを昨日も含めて三度見た。あいつの戦いは妙に惹かれるんだ。何というか実直にコツコツと自分にできることを積み上げてきたって感じがする」

 

 そう。天から才を授けられた輝かしい英雄達とは違う。

 

「セイバーや、ランサー、そしてあのバーサーカーなんかは、生まれた時から英雄になるべくしてなり、そして英霊として迎えられたんだと思う」

 

 勿論、当人たちはそれぞれに血の滲むような努力や、過酷な体験をしてきたのは間違いないだろう。それでもだ。

 

「でも、アーチャーは違うんじゃないかな。普通の人間が目的を持って自分を削り、できることを磨いて、一歩一歩積み上げて、歩いて、英雄達の域に近づいた。そんな感じがする」

 

 遠坂は身じろぎもせず、聞き入っている。

 

「そんなヤツがオレをあそこまで執拗に殺そうとしたってことは、間違いなく大きな理由があるんだろう。少なくとも『あいつにとっては』なのかもしれないけど。根っからの悪人なわけもないしな」

 

 遠坂はテーブルの上の両拳をぐっと強く握り締めた。

 

「・・・・・・ありがと・・・・・・衛宮君」

 

「へ?」

 

 今度はオレが驚く番だった。礼を言われるような内容だったろうか。

 

「・・・それにしても、あなたやっぱりスゴイのね」

 

 少し歪んだ笑顔で。

 簡単に言えば泣きそうな笑顔で彼女は言った。

 

「自分を殺そうとした相手を本心で讃えられるんだもの」

 

 彼女はそのまま、顔を伏せる。

 そして、肩を震わせながら声を絞り出した。

 

「それに比べて、あたし、何やってるんだろ・・・」

 

 その時、オレは初めて気付いた。

 遠坂の右手の甲にあるべきものがないことを。

 

「・・・遠坂、まさか令呪を使ったのか?」

 

「何言ってるのよ。当たり前じゃない。共闘関係にあるあなたを襲ったのよ」

 

「だけど、お前・・・」

 

「そう。これで私はいざという時アーチャーを制御できなくなった。ていうか、もしかしたらすぐにでも殺されるかも」

 

「あいつは絶対そんなことしないぞ」

 

「そうね。私もその点に関しては、あいつを信頼してる」

 

 うん。と頷いて彼女は顔をあげる。

 

「ごめんなさい。なんか、あなたと話してたら自分がとんでもなく小さい人間に思えてきちゃったのよ」

 

 そんなわけないさ。遠坂。

 そりゃ、今は本気で落ち込んだんだろう。

 だけどほんのひと時だ。

 それでお前は立ち直る。

 実際、お前は立ち直ろうとしている。

 そう。

 だからお前は眩しい。

 

「でも、おしまい。よく考えたらそんなスゴい奴と私は今、手を組んでるんじゃない。それって、まだまだ捨てたもんじゃないってことでしょ!」

 

「オレへの過大評価はともかくとして、やっぱり遠坂は遠坂だな」

 

 彼女はぷっと笑う。

 

「何よそれ。でも、衛宮君もやっぱり衛宮君よね」

 

「何だその返し」

 

「私、衛宮君のこと実は結構前から知ってたのよね」

 

 そう言って遠坂が話し出したのは、放課後の校庭で、一人走り高跳びをしていた変なヤツの話。

 跳べるはずのない高さに無理とわかっていながら、本気で跳ぼうとし続けた莫迦な男子生徒の話だった。

 そして、オレは最近この話を他の女の子から聞いたことがあることを思い出す。

 

「絶対無理だってわかっていたのよ。そいつは。でも全部、本気で跳ぼうとしてた。あたしにはその行為は絶対に真似できないって思ったわ」

 

 正直、オレは覚えていなかった。

 その頃のオレは、莫迦なことばかりやっていたからだ。

 その出来事もオレの中では日常に過ぎなかったのだろう。

 

「今、目の前にいるあなたもやっぱりそうなのよ。人間、絶対に自分にできないことをできる人間を眩しいと感じるのよね」

 

 オレもそうだよ。遠坂。

 




キャスターとの会話パートです。
彼女も凛と同じく書いていて会話が楽しいキャラクターです。テンポが良くて、上品ですね。
ちなみに彼女の一人称は「わたくし」ですが、全部にルビをふるのが流石にキツイので恐縮ですが脳内変換よろしくお願いします。

※タイトルつきました。
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