Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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キャスターによる魔術指導を受けた翌日、穂群原学園にて。


第13話 ~6日目①~ 「鮮血神殿」

 E turn

 

 

 昨夜遅くまでキャスターの指導の元、魔術の鍛錬に集中したオレはくたくたになって眠りについた。

 目覚めた時刻は6時。いつもより遅い。

 

「重いな・・・」

 

 濃密な鍛錬のせいか、少し頭と体が重いように感じた。

 しかし無理矢理にでも起きて、確かめなければいけないことがあった。

 玄関に着くと、並んでいる靴を確認する。

 やはりというべきか桜の靴がない。

 ということは、昨日は結局戻らなかったのだ。

 念のためと思い、桜の部屋をノックしてみたが反応は無かった。

 

「戻ってないこと自体はおかしなことじゃないんだけどな・・・」

 

 昨夜、桜は私物を家に取りに戻るついでに、祖父、つまり間桐臓硯と話をすると言っていた。

 自分の家なのだ。少し遅くなったのでそのまま自宅で寝たと考えれば、何の不思議もない。

 慎二の精神状態を危惧して、桜をうちに預かったのだが、慎二はここ数日、家に戻っていないようだし、そもそも出会ったところで必ずしも問題が起きるとは限らない。

 そう思い込もうとしても不安は消えなかった。

 

「後で、電話してみよう」

 

 それぐらいしか、やれることがなさそうだ。

 

 

 

 藤ねえから聞いた話では、今日も教師は早朝から会議があるそうだ。そのため、藤ねえは直接学校に行くと言っていたし、葛木も早めに家を出ることになるだろう。

 台所に立って朝食の準備を始めたところで、キャスターがやってきた。

 

「おはよう、坊や。朝食の準備かしら?」

 

「おはよう、キャスター。昨日は色々と教えてもらってありがとう。本当に為になったよ」

 

 先ずは、礼を言う。

 実際、いくら感謝してもし切れないくらいだ。たった一日、キャスターに魔術のことを教わり、鍛錬に付き合ってもらっただけで劇的な進歩を遂げたのがわかった。正直、今まで何をやっていたのかと愕然としたくらいだ。

 

「あれくらいどうということはないわよ。それより、食事を作るなら、私にも教えてもらえないかしら?宗一郎様のお弁当も作ってさしあげたいのよ。あまり時間がないのだけれど」

 

「わかった。レシピは教えるから二品はキャスターに作ってもらおうかな。とは言え、簡単なものになるぞ」

 

「それは仕方ないわよ。とにかくお願いするわ」 

 

 ちょうど朝食の支度が終わる頃に、出掛ける準備を万全に整えた葛木が居間に現れた。

 学校で見る時と同様に、カッチリとスーツに身を包んでいる。

 

「キャスター、衛宮。おはよう。朝食の準備をしてもらっているようだな。感謝する」

 

「おはようございます、宗一郎様!」

 

 キャスターが語尾にハートマークが付きそうな声で挨拶を返す。

 昨日の夜から体験しているので慣れてはきたが、それでもオレと話している時との変わりようは、驚きを通り越して少し引いてしまうほどだ。

 

「丁度、支度ができたところですわ。衛宮君はとても料理が上手なので、私も教わりながら作りました。召し上がってみてください」

 

 ・・・え・・・えみやくん・・・ですか・・・

 

「そうか。衛宮、感謝するぞ。ただでさえ、部屋を貸してもらっているというのに」

 

「こっちも、キャスターには色々と手伝ってもらっている。お互い様だ」

 

「うむ。それでは、折角なのでいただくとしよう」

 

「あれ?ライダーがまだ来ないな?」

 

「あら。そうね」

 

「ちょっと様子を見てくる。二人は先に食べていてくれ」

 

 ライダーにあてがっていた部屋に様子を見に行く。

 試しに襖を叩いてみるが反応がないので、そっと開けてみたが、中にはいなかった。

 

「マスターに呼び戻されたのかな・・・」

 

 そう考えるのが自然だった。

 止むを得ないことだ。

 自分を納得させて、居間に戻ることにした。

 

 

 

 登校は、二日ぶりということになる。

 朝食後に間桐家に電話したところ、間桐臓硯が出たので桜と慎二の様子を聞いてみた。

 すると、

 

「桜は結局遅くなってしまったので自宅で寝ることになり、慎二は帰っていないようじゃのう」

 

 との事だった。

 そして桜は、既に登校したらしい。

 昨夜、戻らなかったとしても、早朝もうちに来なかったことには疑念があった。以前のように、朝食時には来そうなものだ。

 正直、嫌な予感がする。

 キャスターにこの状況を話したところ、

 

「今日は気を付けなさい坊や。セイバーがいないだけでなく、ライダーの助けも期待できそうにないのだから」

 

 そう忠告されて、一枚の短冊のような符を渡された。

 

「これを持っていきなさい。危険が迫ったら破るのよ」

 

 遠坂の連絡用の宝石みたいなものらしい。

 オレは、その符をポケットに入れて、学校に向かった。

 

 

 

 ズ──────

 

 校門を通り過ぎると、なんとも言えない甘ったるい霧の中に入ったような気がした。

 

「・・・・・・なんだ。これ?」

 

 周りの様子を見回してもさして特別なことはない。

 天気は至って快晴。

 登校する生徒たちも何も違和感を覚えてはいないようだ。

 だが、確かに何かが起きている。

 警戒しながらも、いつもどおり教室に入り自席に着く。

 机のスチール棚に教材を入れようとしたところで、中に便箋があるのに気がついた。

 

「このタイミングで女子からのラブレター・・・なわけないよな」

 

 真っ先に考えたのは、遠坂からの連絡という線だ。あり得なくはないが。

 外見は素っ気ないただの茶封筒だ。

 とにかく開封して読む。

 

「・・・・・・!?」

 

 読んだ瞬間、反射的に強く握りしめてしまったため、手の中で便箋がくしゃくしゃになる。

 頭に血が昇ってしまい、しばらくの間、始まった授業の内容が全く耳に入ってこなかった。

 だが、冷静にならなければいけない。

 授業が終われば、ここに書かれた要求に従わざるを得ないのだ。

 これを書いた相手は、こちらに時間を与えない腹づもりだろう。それなら今すぐにでも行動を起こし、相手の思惑から外れた動きをすべきだ。

 すでに1限目が始まって、それなりの時間が経過していた。

 

「先生、すいません。やはりまだ体調が悪いようなので、早退させてください」

 

 昨日休んでいるオレが早退するのは、不自然ではない。

 すんなりと許可をもらい、教室を後にした。

 教室を出て、先ずは遠坂のクラスに向かうが、生憎と()()()()()だった。時間割を見ると一限目は美術。

 生徒たちは美術室に行っているのだろう。やむなく、教室に忍び込んで遠坂の机の中に書き置きだけを残すことにした。

 

「気付いてくれ。遠坂」

 

 次に1階に降りて、桜の教室に向かう。

 端から見ると相当に怪しい動きになってしまうが、確認しておく必要がある。

 

「桜は・・・いないよな・・・」

 

 廊下の角に隠れながら、桜の席がなんとか見えるが、やはり本人の姿はなかった。

 そのまま職員室に行って、その場にいた教師に断って借りた電話で、うちに連絡し終わったところで

 

 キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・

 

 1限目終了のチャイムが鳴った。

 時間だ。

 すぐにでも指定された場所に向かうしかない。

 

「行くぞ」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、指定された場所である校舎裏の雑木林に急いで向かった。

 

 

 

 雑木林に着いたが、相手の姿は見えなかった。

 すると、きらきらと眩しい光がオレの顔を横切った。

 

「なんだ?」

 

 どうやら、雑木林の奥から鏡のようなもので太陽の光を反射させてオレに当ててきているようだった。こちらに来いという意味だろう。

 光の方向に進んでいくと、想定した通りの()()がいた。

 

「・・・先輩?どうして来てしまったんですか!?」

 

 桜の悲痛な声が木々に響く。

 

「やあ、衛宮。友人である僕の招待に快く応じてくれたってわけだ。きっかり時間どおりだし、相変わらず律儀だねえ」

 

「慎二・・・お前、自分が何をやってるのかわかっているのか?」

 

 事もあろうに、慎二は桜の首筋にナイフを突き付けていた。

 小脇にはあの本を抱えている。

 

「桜を放すんだ。オレが言いたいのはそれだけだ」

 

 本当なら罵声を浴びせたいくらい頭にきていたが、この状況で慎二を刺激するわけにはいかない。とにかく桜の安全が優先だ。

 

「衛宮ぁ。お前は本当にせっかちだなあ。せっかく久しぶりに会えたんだ。先ずは楽しくトークといこうぜ」

 

「何を話したいんだ?」

 

 オレは極力余計なことは言わず、簡潔に話すことを意識する。

 

「ほら。この前、ライダーの油断で、お前のサーヴァントに苦戦したじゃん」

 

 あの結果を苦戦と言い、あまつさえライダーの油断を原因にする神経がさっぱり理解できなかった。

 

「だから今回は油断もせず、それなりの準備をしてお前のサーヴァントと雌雄を決しようと思ったわけさ。正々堂々の戦いでね」

 

 慎二の顔にはずっとニヤニヤした笑みが張り付いていた。それは、負ける筈がないという自信の表れだ。とうにオレがセイバーを失っていることを知っているのだろう。

 だからこそ、このタイミングで仕掛けてきたのだ。

 

「なら、お前の狙いはオレなんだろう?そのオレがここにきた以上、桜はもう関係ない。離してやればいいじゃないか」

 

「そうはいかないさ。衛宮が逃げ出すかもしれないだろ?もっとも桜がこうなっていても、逃げ出すかもしれないけどな」

 

「先輩!私のことは構わず逃げてください!」

 

「桜を解放するまでは絶対に逃げない。必ず助ける」

 

「せ・・・先輩・・・」

 

 そう。どんな形でも。どんな無様な姿を見せることになっても、だ。

 改めて、桜と慎二の()()()()()()()()()()を見る。

 そこには、昨日贈ったバイザーを着けたライダーが佇んでいた。

 その双眸がグラス越しにはっきり見える。

 

「さあ、始めようじゃないか。衛宮。早くお前のサーヴァントを出せよ」

 

 こちらの状況を見透かして、なおも慎二はオレを(なぶ)ろうとしているようだった。

 

「いや。学生同士の喧嘩にセイバーを呼ぶのは申し訳ない。それはライダーにも言えることだ。だから正々堂々、オレ達自身の拳で決着を付けよう。慎二」

 

 乗ってくる筈がないとは思いながらも、オレは当人同士による決着を提案した。

 

「ふん。聞こえのいいセリフだけど、結局は怖気付いているんじゃないか衛宮。ライダーと戦うのが恐いって言っているのと同じだぜ」

 

 こちらの意図は察しているのだろう。

 こういうところは頭が回るんだよな、慎二は。

 

「これ以上の言葉を交わしても時間の無駄か。なら始めるか」

 

「そういうところが大っ嫌いなんだよ!衛宮!」

 

 本当にそうなのか?慎二?

 オレはお前の事を本当に大事な友達だとずっと思っていたんだけどな。

 

「衛宮をボロボロにしてやれ!ライダー!」

 

「兄さん!やめて!」

 

 桜の制止の叫びが逆に引き金になったかのように、ライダーが一瞬で間合いを詰めてくる。

 さすがに速い。

 だが、速過ぎはしない。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 オレは、小さく詠唱した。

 ライダーの攻撃をオレがまともに食らえば、確実に死ぬ。

 とにかくダメージを軽減しないと話にならない。

 先ずは、長い脚による回し蹴りがオレの右肩に向けて放たれる。

 何とか見切ることができる程度の攻撃だった。オレはギリギリのところで、後方に跳び退って躱した。

 続け様に、胴に向けての蹴りが突き出されてくる。

 これも何とか躱すことができた。

 そのまま、間合いを詰めてきた彼女の左フックが弧を描いて、迫ってくる。

 これを右腕でブロックするが、衝撃で大きく吹っ飛ばされた。

 しかし、何とか倒れずに踏み止まる。

 服を強化していたため、ブロックした腕は何とか無事だ。

 この攻防で間合いが大きく開いたため、ライダーはこちらに一気に間合いを詰めてくる。

 そのため、慎二たちとの距離がだいぶ開くことになった。

 

「ライダー。オレを派手にいたぶってくれ」

 

 抑えた声でこちらの意図を伝える。

 慎二までは届かない筈だ。

 

「申し訳ありません、士郎。何とか耐えてください。可能な限り加減しますので」

 

 交わす言葉はこれだけでいい。

 バイザー越しのライダーの眼は苦渋に満ちていた。最初から彼女の気持ちは充分に伝わってきている。 

 とにかく、ギリギリ死なないようにしながらライダーにいたぶられる。

 というのがオレの考えだ。

 それで、慎二は溜飲を下げるだろう。

 

「ハッ!」

 

 ライダーが周囲の木を踏み台にして、反動をつけてオレに向けて蹴りを放ってくる。正直、充分速い。

 彼女が意図的に反らしたのか、ただのまぐれで躱したのかわからないその蹴りの直後に襲ってきた拳を、先程と同様に強化した側の腕で受けて吹っ飛ばされる。

 

「がぁっ!!」

 

 今度は踏ん張れなかった。

 手加減してくれているので、打撃によるダメージは大きくないが、地面に叩きつけられるほうの衝撃がかなり応える。

 サーヴァントというのはやはり破格の存在だ。

 

「ラ・・・兄さん!もう止めてください!充分でしょう!?」

 

「くくく、まだまだだ。こんな無様な衛宮の姿はなかなか見られないからなあ」

 

「兄さん!!」

 

 桜と慎二のやり取りが林に響く中、その後、何度もオレはライダーに殴られ、吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 だが、いずれもオレが強化した部位で受けられるような攻撃をしてくれているので見た目より遥かにダメージは軽い。

 

「士郎。もう・・・」

 

 ライダーが顔を歪めながら、小声で言う。

 

「ああ。最後に少しキツめなヤツを頼む」

 

 頃合いだろう。

 慎二の目にも、オレの情けない姿を充分焼き付けられた筈だ。

 ライダーが少し顔を背けながら、大きめの右回し蹴りを放ってきた。

 オレはこれまで通り、腕でブロックしながら自分でも少し飛んで大きく吹っ飛ばされた。

 が、これまでと違い、その先には倒れた木が横たわっていた。

 

 ガツッ!

 

 オレは後頭部を強かにその木に打ち付けてしまった。

 

「がぁっ!?」

 

 混濁する意識の中で、ライダーの唇が「シロウ」という三音を描いたのを見たような気がした。

 

 

 R turn

 

 

 しまった!

 そう思った時には、もう遅かった。

 早く終わりにしたかった。

 これ以上少年を傷つけるのは、耐えられなくなっていた。

 だから、周囲の状況を確認するのを怠ってしまったのだ。

 私の蹴りを受けた彼は、大きく飛ばされ、そしてその木に頭を打って動かなくなってしまった。

 

「し・・・!」

 

 思わず、彼の名を叫びそうになるのをなんとか堪える。

 

「先輩!!!」

 

 私の代わりのように桜が叫ぶ。

 彼女からすれば、私が本気で士郎を痛めつけていたように見えていただろう。

 とにかく、士郎の様子を確かめに行く。

 駆け寄りたくなるのを何とか我慢して、私は極力平静を装って歩み寄る。冷徹な自分を演じ続けなければならない。

 私が彼を必要以上に案じる素振りをすれば、慎二が妙な勘繰りをするかもしれないからだ。

 折角、ここまで彼が我が身を犠牲にして演技を通したのだ。私の行動で詰めを誤ってはいけない。

 近付いて、首筋に手を当てると脈は問題なかった。

 

「気絶したようですね」

 

 ほっと安堵する気持ちを抑えて、努めて冷淡に慎二に伝える。

 もう充分でしょう。

 心の中だけで付け加える。

 その時だった。

 

 ゴゥッ!!

 

 風を切り裂いて、何かが高速で飛来した。

 

「っ!?」

 

 寸でのところで、その飛来物を避けた。

 それは、一昨日散々見た【矢】だった。

 

「ちっ!相変わらずの素早さだな」

 

「ライダー!あんた何やってんのよ!?衛宮君から離れなさい!」

 

 凛とアーチャーだった。

 正直、最悪のタイミングだ。

 

「・・・っていうか、慎二!?あんた何、莫迦なことやってんのよ!?」

 

 ことこの場面では、彼女の言動は直截的過ぎてよろしくない。

 慎二の神経を逆撫でしてしまう。

 

「・・・くくく。遠坂に、そしてそいつはアーチャーか。丁度いい。衛宮の次はお前たちだ。僕の凄さを思い知れよ」

 

 慎二が偽臣の書をこちらに向けて命令してくる。

 

「ライダー。鮮血神殿(ブラッドフォート)を起動しろ」

 

「本当に良いのですか?校内には、あなたの友人もたくさんいるのでしょう?」

 

 結界の中にいる者は、ただでは済まない。

 桜も士郎も間違いなく悲しむ。

 できれば避けたかった。

 

「あんなクズどものことなんて気にする必要ないさ」

 

 感情が昂っているのだろう。

 桜の首元のナイフに力が込められた。

 

「・・・承知しました」

 

 呪刻を敷設していた以上、こうなることは予測されたが、こんなに早く起動することになるとは思っていなかった。

 やむなく、他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)を起動するための一節を唱えると、俄かに血の色をした檻が空一面に出現した。

 

「なに!?」

 

「これは!?」

 

 結界の境界線は、丁度私のいる場所と重なっていた。

 校舎から離れている慎二、桜、士郎の3人は外、校舎側にいる凛とアーチャーは内にいる状態だ。

 呪刻を敷設したのが、今日の未明なので準備時間としては不十分であり、完全には程遠い状態だ。この結界は中の人間を溶かし、その魔力を私が吸収するためのものだ。不完全ということは中の人間を溶解するのに時間がかかるということでもある。

 

「くくく。この宝具は中の人間の魔力を吸い上げて、ライダーの力を高めることができるんだ。遠坂もアーチャーも苦しいだろう。僕はこの聖杯戦争を勝ち残っていかなきゃいけないからね。学校の連中はそのための尊い犠牲ってわけさ。光栄ってもんだろう?」

 

「・・・ふざけないで・・・誰があんたなんかの犠牲になって喜ぶってのよ」

 

 凛は結界の圧力に耐えながら、言葉を発する。

 そして、私のほうへと厳しい視線を送ってきた。

 

「それにしてもライダー。あなたこそ見損なったわ。【偽臣の書】で従えられているとは言え、衛宮君を痛めつけ、あまつさえこんな醜悪な手段を唯々諾々と実行してしまうなんてね」

 

「・・・・・・」

 

 返す言葉もない。

 そう。結局のところ、私は怪物に過ぎない。

『桜や士郎が悲しむ』という理由がない限り、校内の人間の生死は殆ど気にならないのだから。

 私が僅かに俯いた時、

 

「結局のところ、根っこは外道に過ぎないということだろう!」

 

 双剣を手にしたアーチャーが結界の圧力を振り払って、一気に間合いを詰めてきた。

 私は杭剣を出して応戦する構えを取ろうとするが、反応が遅れていた。

 

「しまった・・・」

 

 間に合わない。

 

投影(トレース)開始(オン)!」

 

 唐突に私の背後から声がした。

 それは、少年の声だった。

 

「なにっ!?」

 

 アーチャーが驚愕する。

 

 ガィィン!!

 

 いつの間に意識を取り戻していたのか。

 私の横を駆け抜けた士郎がアーチャーの双剣を受け止めていた。

 交差した()()()()()で。

 それは、アーチャーのものと全く同じだった。

 

「え・・・衛宮君!?・・・どういうこと!?」

 

「衛宮、お前・・・」

 

「先輩・・・?」

 

 凛、慎二、桜の3人も一様に驚いている。

 その両手にアーチャーと同じ双剣が握られていること、そして私を庇ったこと、おそらくその両方に。

 

「ライダーは守る。彼女は敵じゃない」

 

 私の目の前でアーチャーの剣を受け止めている士郎は、渾身の力で踏ん張りながらそう言った。

 彼の言葉で私の全身に震えが走る。

 

「た・・・たわけがっ!この状況はどう見ても、その女怪の仕業だろうが!血迷ったか!?衛宮士郎!」

 

「包丁は料理道具だが、使う人間次第で凶器にもなるだろう」

 

「こんな時に、一般論を持ち出すな!そもそもサーヴァントとはそういうものだ。こうしている間にも、校内の人間は倒れていくのだぞ!間違いなくこいつはお前が斃すべき明確な悪だろう!」

 

 そうだ。

 それは私が結界を解かない限り、どうしようもない事実だ。

 そして桜を人質に取られている以上、私は結界を解けない。

 私は桜を優先する。

 

「ライダーは違う」

 

 そんな私の葛藤を余所に、至極落ち着いて、しかしはっきりと士郎が断言する。

 

「今、彼女は苦しんでいるからだ」

 

 彼の発する全ての言葉に、私はただその場に立ち尽くすだけの存在になっていた。

 

「は!なに莫迦なことやってんだ衛宮。ほんと、お前は理解不能だよ」

 

 慎二が近付いてきて、士郎に語りかける。

 

「だいたい、何でお前がいきなりそんな魔術使ってんだよ。お前は魔術なんか使えなかった筈だろう!」

 

 慎二が叫ぶ。

 

「アーチャー!離れて!」

 

 凛は何事かを察したのだろうか。真意はわからなったが、アーチャーに離れるよう指示を出す。

 そもそもアーチャーは凛の令呪によって、士郎を攻撃できない。先程はたまたま私への攻撃の余勢で、士郎に攻撃する形になってしまっただけだ。

 

「もういいよ。ライダー。そのまま衛宮を殺せぇ!」

 

 慎二が当たり前のように私に命令する。

 

「やめて兄さん!!」

 

 目の前には私に背を向けている士郎のうなじがある。

 殺すにはお誂え向きの状態だ。

 慎二が殺すように指示するのも、自然な状況だった。

 私は、手にした杭剣を振り上げた。

 

「ライダー」

 

 彼が、こちらを振り返るのがはっきりと私の目に映る。

 いったい、私は何をしているのか?

 私に意思はないのか?

 ただ、マスターの命令だからという理由で。

 そうやって、思考を放棄し続けてきた結果がこれだ。

 

『衛宮士郎を殺す?』

 

 何を言っている?

 この少年を私が殺すことなど、もはやあり得ない。

 強固な意思を秘めた士郎の視線と私の視線が交差した。

 そんなことをするくらいなら。

 

 ザグッッ!

 

 鮮血が飛び散った。

 その血は勿論、少年のものではない。

 私自身のものだ。

 ()()()()()を杭剣で深く突き刺していた。

 

「なっっ!?」

 

「ラ・・・ライダー?」

 

 慎二が、そして士郎もまた私の行動に呆気にとられていた。

 

「アーチャーッ!!」 

 

 そして、私のこの行動に驚かなかった凛とアーチャーが行動した。

 先程、慎二が士郎に近付いてきたことで、僅かに慎二と桜の間には距離ができていた。

 

「弾けろ!」

 

 凛が慎二を目掛けて宝石を投げると、それは強烈な光を放った。

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 慎二と桜はその光をまともに見てしまったようだ。 

 そして、その光が収まった時、小脇に桜を抱えたアーチャーが、凛の横に立っていた。

 凛の宝石が光を放ち、慎二の眼が眩んでいる隙にアーチャーが桜を救い出していたのだ。

 

「なにをするんだ!遠坂!」

 

「あんた本当にいい加減にしなさいよね!」

 

 凛の突き出した右腕の人差し指から黒い光弾が打ち出され、慎二が手にしていた偽臣の書を弾き飛ばした。

 

「ひっ!?」

 

「おしまいね。間桐慎二君」

 

 凛はさらにその光弾で、慎二の右足を狙い撃った。

 

「ぎゃあぁぁ!!」

 

 慎二は倒れ、その場で痛みにのたうち回った。

 

「兄さんっ!?」

 

 桜が叫ぶ。

 私は腹からの出血を堪えながら慎二の元に駆け寄ると、その体を抱え上げた。

 

「凛、このまま慎二を殺させるわけにはいきません」

 

 私は凛と対峙した。

 

「ライダー。あなたの献身は見上げたものね。衛宮君を守ったり、慎二を庇ったりで本当にご多忙よね」

 

 凛は構えていた腕を下げながら言った。

 

「でも、やっぱり衛宮君は殺せなかったわね」

 

 少女の表情には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

 

「あなたは先程、私が士郎を殺さないとわかっていたのですか?」

 

 思わず疑問を口にした。

 私自身、自分の行動が予見できなかったくらいなのだ。

 にも拘らず、彼女はアーチャーに次の行動の準備を指示したのだ。

 

「当ったり前じゃない。衛宮君に庇われた時のあなたの顔を見ればね」

 

 くすりと彼女は笑って言った。

 

「あれ、恋する乙女の顔ってやつ?」

 

「・・・そ・・・そんなわけ・・・」

 

 私は自分の顔が一気に紅潮するのを感じた。

 

「昨日の質問の答えはもらったわ。何にせよ、そのバイザーのお陰であなたの眼が見えたことは、結構ポイントだったわ。『口ほどに物を言う』ってね」

 

「凛。その話が面白いのは分かるが、気付いているか?」

 

 アーチャーが会話を遮って、校舎側に近付くよう促した。

 凛がその言葉に従って歩いていくと、

 

「あれ?結界が解かれている」

 

 結界の境界線を超えたところで、凛が言った。

 

「ライダー。あなたとっくに解除してくれてたのね」

 

 どうやら鮮血神殿(ブラッドフォート)が解除されたようだが、

 

「え?・・・いいえ、私ではありません」

 

 そう、私はまだ何もしていない。

 この結界は、私以外の者が解除するのは極めて難しい筈なのだが、誰かが解除したらしい。

 

「多分、キャスターのお陰だ」

 

 こちらの疑問に答えるように、なぜか顔を真っ赤にした士郎が言った。

 

「衛宮君。とっくにキャスターに連絡済みだったのね?」

 

「とっくにってほどじゃないけどな。校内に何か仕掛けられたことと、慎二がオレに誘いを掛けて来たことについては、ここに来る前に電話で伝えたんだ」

 

「そうでしたか。確かに彼女なら解除できるでしょう」

 

 私も合点がいった。

 

「そんなに長い時間じゃなかったから、あまり心配はないと思うけど校内の様子を見に行きましょう。もしかしたら、重傷者もいるかもしれないわ」

 

「ここでライダーとそのマスターを斃すという選択肢はないのかね?」

 

 アーチャーが念のためという体で凛に確認する。

 今ここで慎二と私を斃す。

 ある意味、妥当な意見でもあった。

 

「無理よ。だって衛宮君がいるもの。彼にライダーを庇われたら、あなた勝ち目ないじゃない」

 

 凛の答えは呆れるほどにさっぱりしていた。

 

「ああ、それは確かにな」

 

「それに彼女に本気で逃げられれば、追いつけないわ」

 

「ふむ。間桐兄妹はどうするのだ?」

 

 気付けばアーチャーに抱えられた桜も、私に抱えられた慎二もいつの間にか気を失っていた。

 

「慎二は教会に、桜は士郎の家に送るのが良いと思いますが」

 

 私は一応提案してみた。

 

「慎二と桜は接触しないようにしたいから、それでいいわ。問題は桜が今回、聖杯戦争について知ってしまったことね」

 

 そう。今まで桜はあくまでも一般人で通している。この戦いの存在を知った以上、記憶を消すのが通常の処置だ。

 

「でも、私の見立てではこの子、知っていたと思うのよ。慎二の言動やアーチャーの存在とかへの反応が殆どなかったわ。あくまでも、衛宮君の身を案じていただけ」

 

 形の良い顎を手で支えるようにして考えながら、凛は続ける。

 

「そりゃあ、想い人のピンチが一番の気掛かりなのは当たり前だけど、目の前であんな人外魔境なドンパチやってたら、多少はそっちに目を奪われるでしょう?」

 

「オレも初めてアーチャーとランサーの戦い見た時はとんでもなく驚いたな・・・じゃあ、桜は・・・」

 

「少なくとも、サーヴァントのことくらいは知っていたんでしょう。魔術のこともね。間桐家内のことだから、確かなことは言えないけど。だいたい慎二なら自慢するためだけに喋っちゃいそうだし」

 

 凛は元々、桜が間桐家に来た経緯も知っているのだから不思議ではない帰結だ。そう遠くないうちに、桜がマスターであることも露見するかもしれない。

 あるいは既に・・・

 

「それもそうか。なんのかんので同居してるわけだしな。でも、第三者には絶対喋れないよな。こんなこと」

 

「そりゃそうよ。この子の性格なら尚更ね」

 

「それにしても、遠坂は随分と桜のことを知ってるみたいだな」

 

「え?・・・あ~・・・その・・・ちょっと話し込む機会があったのよ。何にせよ目が覚めて、落ち着いたところで本人に聞きましょう」

 

「本当に知ってて、黙ってたんだとしても、責めないようにしないとな」

 

 士郎が桜を気遣う発言をした。

 

「そろそろ行くぞ。凛。重症者がいた場合には、対処が必要になる」

 

 アーチャーが少し苛立ったように次の行動を凛に促した。

 

「今さらですが、手を煩わすことになり申し訳ありません」

 

 本来敵同士とは言え、このままでは礼を失するので謝罪する。

 

「まあ、この前はこっちがやらかしてるしね。とりあえず、慎二と桜をよろしくね」

 

 凛の言葉をきっかけにして、アーチャーが桜をこちらに預けてくる。

 私は一旦慎二をその場に降ろして、桜を両手に抱えた。

 

「そうだ。ついでに監督役の神父に、あなたの結界で学校に被害が出たことを報告してくれるかしら。あたし、あいつにこんなこと報告したくないし・・・これくらいのペナルティは甘んじて受け入れて頂戴ね」

 

 凛が、意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

 

「・・・承知しました」

 

 そう答えるしかない。

 凛は頷き、アーチャーと二人でそのまま校舎に向かおうとした。

 

「オレも遠坂達と一緒に行くぞ」

 

 士郎が二人を追おうとする。

 

「衛宮君は無理しなくていいわよ。結構ライダーにやられたんでしょう?だいたいあなた治癒の魔術とかできるの?」

 

「あ・・・いや、できない・・・」

 

「でしょ?私達は先に行くわ。どうしてもって言うなら、回復したら後から来なさい。搬送とかで人手が必要になるかもしれないから。さしあたり、今は若いお二人の時間をお楽しみなさい」

 

 おかしな口調で妙なセリフを言い残した凛は、アーチャーを伴って今度こそ走り去った。

 

「仕方ない。とりあえずキャスターと合流するか・・・」

 

 置き去りにされた形の士郎は、私のほうを見ようとせずに独り言のように呟いた。

 

「士郎」

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

 士郎は相変わらずこちらを見ずに、おかしな口調で返してきた。

 

「先ずは謝罪させてください。あなたをかなり痛めつけてしまいました」

 

「それは仕方ないって。慎二の命令だったんだから。だいぶ手加減してもらったし。オレの思惑どおり演技にも付き合ってくれたわけだし」

 

 凛達の乱入により、結果的にうまくはいかなかったが。

 

「最後の一撃の時は完全に私の不注意でした。あなたを痛めつける時間を早く終わらせたくて・・・」

 

「あー・・・えー・・・そういうことだったのか」

 

 士郎の顔がどんどん反対方向に向いていく。

 

「そして、庇ってもらってありがとうございました。また、あなたに救われました」

 

「あいや・・・あの時はオレもよくわかんなくて・・・そ・・・そう言えば傷。ライダーが自分で刺した傷は大丈夫なのか?」

 

「はい。霊核に影響するようなものではありませんので」

 

「そ、そうか。やっぱりサーヴァントってすごいんだな」

 

「士郎・・・」

 

 私はもう一度呼びかけるが、ふと両手に抱えている桜を見て、我に帰る。

 私は一体、今、何を言おうとしていたのか。

 

「今回の件はお礼を言いましたが、このようなことは今回限りにしてください。あなたが無茶をすればするだけ悲しむ人間もいます」

 

 桜のサーヴァントとして、伝えるべき言葉を口にする。

 

「わかった。努力する」

 

「お願いします」

 

「だから、力をつけてなるべく無茶にならないようにライダーを守る」

 

 ついさっきまで赤面してこちらを向けなかった少年が、今は私の目を直視していた。

 

「・・・な・・・?」

 

 この少年に呆然とさせられるのは、もう数えるのも難しくなってきた。

 ただの子どもの屁理屈だ。

 そうわかっていても、なお・・・

 その真っ直ぐな気持ちのなんと心地良いことだろう。

 

「・・・そ・・・それでは、私はこれで失礼します」

 

 私はおかしくなってしまったのだろうか。

 昨日の段階では、まだ私は余裕があるつもりでいた。

 しかし・・・

 とにかく、今、この場に留まるのは極めて危うい。

 私は、降ろしていた慎二を改めて抱え上げ、逃げるようにしてこの場を立ち去った。

 

 

 




原作でもお馴染みの慎二が桜を人質に取る展開をアレンジしています。
凛が混乱を招き、凛が収束させる見事なマッチポンプぶりですね。
ちなみにこの世界には携帯電話なるものは存在しない、ということでいいんですよね?
無粋なアイテムですものね。

また、今回はこれまでで最長文の回となりました。
元々Wordで書き溜めていた時から6日目は4万字近くあり、2つのファイルに分けていたので4話構成となります。
ストーリー的にも4日目に続く一つの山場になるのでご期待ください。
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