Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
Interlude in
彼女は少年からの電話を受けて、即座に行動を開始した。
必要になるであろう最低限の道具を持って居候している家を出る。
「油断したわ」
正直、油断があった。
この日、衛宮士郎の仮の守り手であるライダーが不在であったため、彼に対しては忠告と道具を授けた。
一方で、本来自身が守るべき葛木宗一郎に及ぶ害をやや軽視していたかもしれない。
日中の学校。
学内のマスターは遠坂凛のみ。
基本的には一般人に過ぎない葛木に対して、彼女が害を及ぼす可能性は皆無だ。
考慮の外にいたのは、ライダーのマスターだった間桐慎二だ。彼の存在は柳洞寺にいた時から把握していたうえ、衛宮士郎からも一通りの話を聞いていた。しかし、一旦、マスターとしての権利を失っていたことで、脱落したものと思い込んでしまった。
衛宮士郎の話は、その間桐慎二が罠を仕掛けてきたことと、学校に結界が張られていることを示唆するものだった。
ライダーの真名は既に察しが付いている。
美しい髪を持ち、天馬を使役する魔眼の保有者。自分と同じく、古代ギリシャを起源とする怪物【メドゥーサ】に他ならない。
彼女の結界は、魔力を吸いあげるものだろう。
「例えマスターに命じられたところで、あの女が坊やに害をなすような行為を簡単にするとは思えないのだけれど」
一日しか観察していないが、ライダーが単にマスターの命令による義務として、少年を守っているわけではないことなど態度を見れば丸わかりだった。
「まあ、強制的に言うことを聞かせる手段なんていくらでもあるわよね」
足を強化して彼女は穂群原学園に急いだ。
本当は空中を浮遊して移動したかったのだが、人目に付きすぎるうえ、魔力はなるべく温存したかった。
柳洞寺に貯めこんでいた魔力を失った今の彼女には、魔力のマネジメントは死活問題だった。
「宗一郎様。どうぞご無事で・・・」
今はできる範囲で急ぐしかなかった。
学校に着くと、校庭の大半が発動した結界に覆われているのがすぐにわかった。
結界の性質は、ほぼ想定したとおりのものだ。
発動者であるライダーを探すよりも、ポイントになっている呪刻を解除するほうが早いだろう。
「あったわ」
魔力の流れを感知しながら結界の外縁部を辿っていくと、程なくしてそれは見つかった。
持ってきた符を被せて、刻印の効果を中和する魔術を発動させると、その呪刻は忽ち効力を失っていく。
──スゥ──
さらにその呪刻を基点として、結界の隅々に網を伝っていくように光が広がった。すると赤く濁っていた結界内の色彩が薄れ、空は元通りの澄み渡った色を取り戻した。
「これくらいであれば、少なくとも命に別状はない筈ね」
青くなった空を見上げながら、キャスターは自身を落ち着かせるように呟いて校内に向かうことにした。
正面玄関に倒れている生徒たちを横目に、職員室を目指して廊下を進むと、視界の先に探していた人物、即ち葛木宗一郎が倒れていた。
「宗一郎様!」
堪らずに小さく叫んで、駆け寄る。
状態を確認すると、予想どおり多少生命力を吸われて衰弱しているものの、問題ない状態であることがわかった。
治癒の魔術を使うと、程なくして彼の目が開いた。
「・・・キャスターか?私はどうしたのだ?」
「宗一郎様。ご無事で良かった」
大きな安堵を覚えながら、心情を吐露する。
「問題ない。お前にまた手間をかけさせてしまったようだな」
葛木は倒れていた体を手を使って起こし、ゆっくりと立ち上がった。
「そんなことは・・・」
「!?キャスター!!」
突然、緊迫した声で叫ぶと同時に、葛木がキャスターを背後に庇うように体の位置を入れ替えた。
「・・・これはまた随分と久しぶりだな」
玄関方向からゆっくりと歩いてくるのは、赫い長槍をダラリと手に下げた青い服の男だった。
「ちょっと派手な結界が張られたもんで、様子を見に来てみれば・・・あれはアンタの仕業かい?キャスターさんよ」
「・・・ランサー・・・なんてこと・・・」
現れたのはキャスターが葛木と出会うきっかけを作ったサーヴァントだった。
彼女はこの男に襲撃されて、瀕死の状態にまで追い込まれ、危ういところを葛木に助けられた。
先ほどまで、張られていたライダーの結界はかなり悪質で目立つものだ。このサーヴァントを引き寄せることになったのかもしれない。
「そんな感じじゃねえな。あんたならもっとマシなモノを作る気がするな」
「わかっているじゃない。私があれを解除したのよ」
「そうか・・・」
聞いたランサーは無感動に呟いた。
「まあ、それはそれ、これはこれだよなあ」
ランサーの声が剣呑なものに変わり、目は獰猛な光を帯びた。
「サーヴァント同士がここで遭遇しちまったんだ。幸い今回は七面倒くさい縛りもない。やり合わない道理はないよな」
ランサーの目が爛々と輝く。
ギラギラした殺気、というより熱気が周囲に充満していく。
戦いの高揚感に沸く戦士のものだ。
これまで強制的に抑制されてきた闘気を存分に解放できる機会にランサーは奮えていた。
対峙するキャスターは、戦いが避けられないことを悟る。
この手の男は生前散々見てきた。
この熱はどこかで発散しなければ治まらないものだ。
「宗一郎様。お逃げください。あれの狙いは私だけです」
無駄だとわかっていても、自身のマスターに逃亡を促す。
「それはできん、キャスター。お前が死んで、私のみが生き残ることに意味はない」
予想どおり葛木はあっさりと拒んだ。
その言葉は身震いするほど嬉しいが、浸れる状況ではない。この場で即座に自害することも考えたが、その後で葛木がランサーと戦う場面が目に浮かぶ。
結局は葛木も自分の後を追うことになるだろう。
「キャスター。私に強化の魔術を」
止む無くその言葉に従って、葛木の両手、両足に強化の魔術を付与する。
彼女自身の魔力の貯蔵は心許ない。対魔力を持つランサー相手に、有効な攻撃は殆どできない状態だった。
希望は衛宮士郎とその近くにいる筈の遠坂凛だ。
キャスターは、密かにローブの内側で手にした符を破る。
「早く来てちょうだい。坊や」
キャスターは祈るように呟いた。
「キャスター。下がって支援に徹しろ」
葛木が一歩前に出て、構える。
「これは・・・面白そうじゃねえか。あんたは魔術師じゃないみたいだが、オレとやり合う気だな。しかも、かなりの使い手と見た」
ランサーが笑みを浮かべる。
「正直、キャスター相手じゃちょっと盛り上がりに欠けるかと思ったが、あるいはあんたなら・・・」
これまでは片手にぶら下げていた槍をランサーが両手に構える。
そして、一気に葛木の元へと間合いを詰める。
「楽しめそうだ!」
「そんな余裕は与えん」
高速でランサーが突き出した槍は、一直線に敵の腹目掛けて襲いかかる。正面に立つ相手には、なにが起きてるのか把握することも難しいほどだ。
だから葛木はランサーの槍ではなく、体の流れのみを見て動き、初撃を躱しながら懐へ入ろうとする。
ランサーはその動きを予想しており、槍を引くのではなくそのまま薙ぎ払う。
ガッッ!
だが、その槍は葛木の繰り出した拳と衝突して弾かれた。
「なにっ!?」
葛木は、拳を当てることで槍を弾くという離れ技によりランサーの動きを止めると、さらに間合いを詰める。
突き出す腕はランサーの肩口を狙ったものだった。
先ずは、腕を壊す狙い。
そう判断して、ランサーは半身を捻ってその打突をやり過ごそうとした。
しかし、葛木の腕は途中で軌道を変え、一気にランサーの喉元を抉りに来た。
ジャッ!
ランサーは殆ど勘だけで、捻った体をそのまま加速させることで、葛木が伸ばしてきた手による直撃を辛うじて免れた。
シュゥゥゥ──
しかし、完全には回避できていなかった。
致命的な一撃までには至らなかったものの、葛木の手はランサーの首の一部を剥ぎ取っており、ランサーの首元からは夥しい血が
「がぁぁぁっ!」
ランサーは体を捻った勢いで、そのまま廊下を転がった。
これで葛木との間合いが大きく開く結果となった。
「宗一郎様!さすがですわ!」
ドンッ!ドンッ!
キャスターがランサーに光弾を放って、追撃する。
ランサーはさらに地面を転がりながら、その攻撃を何とか躱した。
「はあっ!」
葛木も追い打ちをかけるが、これは却って単調な動きになったため、槍で迎撃して、ランサーは何とか間合いを広げることができた。
「いやあ・・・こりゃ本当にすげえ。凄まじい攻撃だったぜ。オレかセイバーじゃなければ一撃で終わってたんじゃねえか?」
首からの流血を意に介さず、ランサーは楽しげに笑う。
「攻撃が読めなかった。あんな動きは初めてだぜ」
「できれば、退いて欲しいのだけれど」
「莫迦言うな。こんなおもしれえ状況楽しまなくちゃ損だろうが」
全く、この類の男ときたら本当に処置なしだ。
戦うこと自体が目的化してしまっている。なぜ、こちらが相手の価値観に付き合わなくてはいけないのか。
キャスターは陰鬱な気分になった。
「私達には何の得にもならないわ」
だが、こうやってランサーとの会話の時間を引き延ばすことには意味がある。
衛宮士郎達が合流する時間を稼げるだけ稼ぎたい。
「あなたのマスターは何を考えているの?各陣営の戦力を冷静に探るような真似をしていたかと思えば、こんな日中に無秩序に戦いを始めるだなんて」
「あいつの考えなんて正直知りたくもないが、今回はさっきの結界を張った奴が標的だった。だが、オレとしては、折角暴れられる機会を無駄にしたくなくてな」
「とんだとばっちりじゃない・・・」
キャスターの悪態を聞き流し、ランサーが今度は一気に間合いを詰めることはせずに、ゆっくりと歩み寄ってくる。
背後にいるキャスターを守る葛木としては、下がるわけにもいかないが、先程のようにランサーが前に出てくる勢いを活かして中に入り込むことも難しい状態だった。
「はっ!」
ほぼ止まった状態から最小限の動きで、ランサーが槍を突き出す。
葛木はそれを躱すが、ランサーの引きが早く中には入り込めない。
二撃目、三撃目、四撃目・・・、
連続で小さく繰り出される槍をその場でかわし切ることは難しく、葛木はじりじりと下がらざるを得ない。
キャスターも葛木に合わせて後退する。
少しずつ槍が葛木の体に当り始めた。
「く・・・」
「宗一郎様!」
戦い方を変えてきた相手に対して、迎え撃つ葛木の不利を悟ったキャスターが悲鳴を上げる。
Interlude out
E turn
ライダーが桜と慎二を抱えて去って行くのとほぼ同時に、ポケットの中が熱くなるのを感じた。
何事かと思いポケットの中に手を入れると、キャスターに渡された符が熱を帯びているのがわかった。 何かあったら、この符を破るようにと言われて渡されたものだ。キャスターが同じ物を破ったと考えるべきだ。
触れるとキャスターのいる場所が頭に流れ込んできた。
職員室近くの廊下だ。
結界を解いた後、彼女は真っ先に葛木の様子を確認しに行ったに違いない。
「葛木の身に何かあったのか?」
とにかく急がなくては。
単なる治療目的であれば、自分は役に立たない。
柳洞寺では葛木が裂傷を負ったから応急処置が役に立ったが、今回の結界騒動は外傷が発生する事態ではない。
それなのに、オレに合図を送ってきたという事は、治療以外でオレを必要としているという事だ。
出てきた裏玄関から校舎に入る。
すぐ近くに階段があるため、遠坂達は先に2年生の教室がある2階に上がったかもしれない。
階段を横目に通り過ぎて、職員室方向に向かうとすぐに状況がわかった。
「あれは・・・ランサー・・・」
既に二度見ている。
赫い槍に青い服。その槍捌き。後ろ姿だけだが、間違いなかった。
しかし、驚嘆すべきはランサーと対峙している男だった。
ランサーの槍を紙一重でかわし、素手で受け、あるいは流したりして対抗している。押されてはいるが、一撃で殺されないだけでも瞠目に値するのだ。
その上、ランサーのほうが大きな傷を負っているのがわかった。
ランサーは首から出血している。
「葛木って、ほんと色んな意味で只者じゃないな・・・」
とは言え感嘆している場合ではなく、状況は切迫している。
そう長くはもたないことは明らかだ。
ポケットに入れた宝石を握り魔力を通す。
これで遠坂はすぐにでも駆けつけてくれる筈だ。
「
両手に電流のようなものが伝わる感触を覚える。
気付けば、左手に黒い剣、右手には白い剣が作り出されていた。
「ぐ・・・」
今日2回目の投影はそれなりに体に応えるが、先ほどよりはスムーズにできた気がする。
二振りの剣は重過ぎず、軽過ぎず。
程よい存在感が不思議と手に馴染む。
ザッ!
投影が終わると、オレはランサー達のいる方へと駆け出した。
先ずキャスターがオレの存在に気付いた。
葛木は向きとしてはこちらを向いているが、ランサーと戦っているため、こちらに意識は向けられない。
背中を見せているランサーが気付いているかはわからないが、このまま背後から斬らせてもらえるような相手ではないだろう。
「まだ気付くなよ」
こちらとしては、ギリギリのタイミングで気付いてもらい、オレに意識を割かれた瞬間に、葛木が攻撃するのがベストだろう。
オレの剣術でランサーに大きなダメージを与えるのは難しい。これまでの戦いぶりから見ても、葛木のほうがオレより強いことは間違いなかった。
「宗一郎様!援護します!」
ドドンッ!
キャスターが光弾を放って、ランサーを牽制する。少しでも自分に注意を向けさせ、オレの存在を隠す意図だろう。
「は!どうした?その中途半端な攻撃は?」
ランサーは躱す事すらせず、当たるに任せたが無傷のようだった。
そうこうしているうちに、オレからランサーまでの距離はあと10歩。
いいところまで来られた!
「ランサー!!」
敢えて叫ぶことでこちらの存在を強調しながら、一気に間合いを詰める。
迎え撃ってくる筈のランサーの初撃を何とか抑えるつもりだった。
「へっ、残念だったな。坊主」
ザッ!
ランサーはこちらに背を向けた状態からバク宙のように大きく跳躍して、廊下の天井に足を付く。
「なっ!?」
一瞬制止した時間の中で、天井のランサーと目があった。
ヤツは笑っている。
とっくにオレの存在は気付かれていたのだ。
「それにしても!」
言いながら、反動を付けてこちらに槍を構えて突っ込んでくる。
オレは受けきれないと瞬間的に判断し、何も考えず大きく前方に転がる。
ダンッ!
ランサーは、こちらが躱す事も折り込み済だったのかもしれない。
そのまま、事も無げに着地してこちらを振り向いた。
オレも立ち上がる。
結果的に、ランサーはオレと葛木の二人と対峙する形になった。
「いや、驚かされることばかりだ」
ランサーはオレの手にある剣に目をやりながら言った。
「男子、三日会わざれば刮目して見ろ・・・ってか。どうやって手に入れたかわからねえが、そいつはアーチャーの剣じゃねえか。あいつを倒したってわけじゃねえよな?」
「そういうことにしといてくれ」
ここは、時間を稼ぎたい。
ヤツの軽口に敢えて乗る。
「ふん・・・言うじゃねえか。だが、あいつのそれもお前のそれも、なんつうか本物じゃねえ感じなんだよな。魔術で編んだ造作物か」
魔術にも造詣があるのだろうか。ランサーの見解はかなり正解に近い。
「あんたのマスターは誰だ?」
敢えて直球で聞いてみた。
「ま、いけ好かねえヤツだ」
無回答で返ってくるかと思ったが、ほんの僅かだが情報があった。
ランサーはオレと会話を続けたいのかもしれない
「なら、あんたはなぜ付き従う。何を目的にしているんだ?」
「は。好かないってのは、戦士が主に従わない理由にはなり得ねえよ。それじゃあ戦争は成り立たねえだろうが。発想が
少し癇に障ってしまったようだが、これも笑ってあっさり答えた。
さすがに英雄として名を馳せた男だ。
歴戦の戦士として確たる芯があるということを実感させられる。
「ま、何にせよ、折角、古今東西の強者どもと会う機会を得たんだ。思う存分戦いたいわけだ。オレは、今までそういう生き方をしてきた」
『竹を割ったような』とはこういう男を指すのだろう。爽快だ。
だが、それだけにこの男が決めたことは、他者では絶対に変えられないということが伝わってきた。
「それにしても、セイバーがやられちまったのは残念だ。この前は一方的にやられたが、次はこっちも万全の状態で戦いたかったのにな」
「既にセイバーがいないことを知っているんだな」
「まあな。癪だが、情報収集がオレに与えられている基本的な仕事だからな。だが、坊主。お前はセイバーを失っても、聖杯戦争に参加し続けているわけだな?」
「ああ」
「大したもんだ。しかもあん時とはまるで別人だ。いや、あん時だって大したもんだったが、今は魔力量も上がってるみてえだな」
「いい先生がいるもんでな」
ちらっと後ろのキャスターに目をやる。
「なるほどな。坊主が何でキャスターと手を組むことになったかも興味があるが・・・・・・おっと、やっと来たな」
目線を僅かにずらして、オレと葛木の後方を確認したランサーはニヤリと笑った。
「え?」
一瞬オレは何のことだかわからなかったが、その答えはすぐにやって来た。
「衛宮君!」
遠坂の声がオレの後ろから聞こえてきたのだ。
「ごめんなさい。遅くなったわ。だけど、何とか無事みたいね」
廊下の奥からやってきた遠坂とアーチャーが隣に並んだ。
「ランサー相手に持ちこたえていたのか?」
アーチャーが感心するように問いかけてきた。
「いや、持ちこたえていたのは葛木だ。オレは来たばかりだし、役に立っていない」
「それは違う。衛宮が来なければ、私は終わっていた」
いつもどおりの冷静な口調で葛木がオレの言葉を否定した。
態度からはわかりにくいが、葛木は確かにだいぶ疲弊しているようだ。傷はキャスターが全て塞いでいたが、疲労は別なのだろう。
「真打ち登場ってわけだな。待ってたぜ、アーチャー」
「光栄だな。クー・フーリン。アイルランドの大英雄に私は認められたということかな?」
「あたりめえだ。お前が使ったあの盾は、トロイア戦争でギリシアの英雄アイアスが使ったとされるもんの筈だ。お前自身がアイアスとは思えないが、その縁者か、あるいはトロイア戦争に関与した英雄と見た」
「なるほど。合理的だ」
「その態度は気に食わねえが・・・あの剣技といい、存分に戦う相手として不足はない」
「だが、残念ながらキミ達が持つ英雄の矜持など私は持ち合わせてはいない。勝つために最善の策を採らせてもらうぞ」
「それは、構わんさ。こっちの都合を押し付ける気は毛頭ない」
現状、5対1。
まあ、オレが頭数に入るかわからないが、ランサーとしては明らかに不利なように思われた。
だが、ランサーはこのまま戦う気のようだ。
この前、セイバーから逃げた時のことを考えると、ヤツが一番速いのだから、離脱することは容易な筈なのにだ。
「でも、地の利は向こうにあるわね」
オレの考えを見透かしたように遠坂が言った。
そう。ここは広くはない廊下。
ところどころに倒れている生徒はいるし、職員室には多くの教師も倒れている。
飛び道具や派手な魔術は使い辛い。
加えてこちらが多勢であることも活かし辛いため、少人数での白兵戦になりやすい。その場合、ランサーに押し切られる可能性が高い。
何より、ここからは、奴も先程までとは違って、死力を尽くしてくるだろう。
「さて、ここからは全力で殺りにいくぜ」
オレの考えを肯定するように、ランサーの闘気が膨れ上がる。
「凛、それに、衛宮士郎、葛木、キャスター。私抜きで30秒耐えてくれ」
アーチャーが囁くような小声で、オレ達に伝えてきた。
「え?」
「わかったわ。やるわよ衛宮君」
遠坂は躊躇なく言った。
「承知した」
葛木も瞬時に決断した。
オレも覚悟を決めた。
そして、死闘が始まった。
「I am the bone of my sword──────」(体は剣で出来ている)
突如としてアーチャーの詠唱が始まった。
魔術を使うのか?
一瞬、疑問が頭を掠めたが、その思考に没頭できる余裕などない。
戦端は開かれていた。
「キャスター。頼む」
「はい!」
キャスターは、一時解いていた葛木への強化を再度付与する。
「吹き飛べ!」
遠坂が二つの宝石をランサーに向けて投げる。
「──-Steel is my body, and fire is my blood──-」(血潮は鉄で、心は硝子)
「お生憎様!」
ランサーは飛んできた遠坂の宝石に対して、空中に何かを描くことで対処した。遠坂の宝石は何も効果を発揮することなく、その場に落ちてしまった。
「まさかルーン!?」
「そういうこった!」
ランサーは余裕の笑みを浮かべた。
「──I have created over a thousand blades──」 (幾たびの戦場を越えて不敗)
「充分だ」
だが、その一呼吸のうちに間合いを詰めた葛木が仕掛け、先手を取った。
自身の体勢を可能な限り低く屈みこむようにして、ランサーの足目掛けて蹴りを突き出すような動きをした。
「──Unknown to Death──」(ただの一度も敗走はなく)
「ちぃっ!」
ランサーはその蹴りを跳んで躱しながら、槍を繰り出すつもりだったのだろう。
「──Nor known to Life──」 (ただの一度も理解されない)
しかし、葛木の動きは違った。
蹴り出すかに見えた足をそのまま地面に立てて、ランサーの首目掛けて手刀を突き出す。
「ぐっっ!」
だが、ランサーは自身の槍を引き戻してその中心で葛木の攻撃を食い止めた。それだけでなく、止めた部分を支点にするように、槍を上から振り下ろす。
「っ!」
葛木はその動きを察知して、敢えて退かず、前への勢いのまま、走り抜けようとしたが、弧を描いたランサーの槍は葛木の背中を斬り裂いた。
葛木が声もなく、倒れる。
「──Have withstood pain to create many weapons──」 (彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)
「止まりなさい!ランサー!」
「
ランサーに追い打ちを掛けさせるわけにはいかない。
瞬時に判断したキャスターと遠坂が魔術で攻撃する。
オレも双剣を手にランサーに斬りかかる。
再び二人の魔術は、ランサーの振るった手により無効化されてしまった。
だが、その僅かな行動はオレに攻撃する時間を与えてくれる。
一方で、キャスターは葛木に治癒魔術を施す。
ガンッ!!
オレは、先ず正面から右手の白剣を振り下ろした。僅かに遅れて、左手の黒剣を横から薙ぐ。
ガガッ!
いずれもランサーの流れるようなランサーの槍に弾き飛ばされる。
それで構わない。これで決まるとは思っていない。
「──Yet, those hands will never hold anything──」 (故に、その生涯に意味はなく)
再び今度は白剣を横から薙ぐ。
だが、これはもはやランサーは受けてすらくれなかった。
「初めから弾かれることを意識してちゃあ、牽制にもならねえぜ!」
僅かに下がって、オレの剣を躱したランサーは、そのまま槍を繰り出してくる。
攻撃の直後だったため、体勢を立て直し切れていなかったオレは、左手の黒剣で辛うじて槍に当てたがとても勢いを殺し切れなかった。
「があああっ!!」
ランサーの槍が深くオレの右胸と肩の付け根あたりに突き刺さった。
「──So as I pray,──」(その体はきっと)
のたうち回りたい程の痛みが全身を駆け巡る。
だが、そんなことをすればお終いだ。
ランサーはオレの体から槍を引き抜き、次の一撃を繰り出してくる。
これをもう一度左手の黒剣で弾こうとするが、やはり叶わず槍は鳩尾に突き刺さった。
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
焼けるような痛みが腹を滅茶苦茶にかき回す。
オレは、膝をつきそうになるのを必死に堪えた。
だが、ランサーが容赦なくオレに止めを刺そうとしたその時、
「──────UNLIMITED BLADE WORKS!」
その声とともに・・・
世界が突然切り替わった。
「なんだと?」
「なんだ?」
ランサーと葛木が訝りの声を出す。
オレもさっぱり状況はわからないが、痛みで飛んでいきそうになる意識を手放さないことのほうに必死だった。
「これってまさか・・・」
遠坂は何かがわかっているようだ。
辺り一面は、焼け野原になっていた。
周囲の景色は夕焼けに染まったように緋い。
最も異様だったのは空に大きな歯車がいくつも浮かんでおり、それらはゆっくりと回転していた。
離れた位置にある小高い丘には、アーチャーが佇んでおり、その周囲には無数の剣が突き立っていた。オレ達は概ね元の位置関係で、この異様な世界に放り出されていた。
「・・・・・・固有結界・・・・・・」
キャスターがはっきりと口にした。
こゆうけっかい?
聞いたことのない言葉だった。
「じゃあ、アーチャー・・・あなたは・・・」
「・・・魔術師なのね」
「ふ・・・さてな」
アーチャーはあくまでもはぐらかす。
「ここからは一気に閉幕へ向かうぞ。ランサー」
「はっ。本当にお前はわけがわからねえな。だが!」
ランサーの顔には歓喜の笑みが浮かんでいた。
この不可解な状況に放り込まれても、なお、泰然としている。
「最高に面白いぜ!!!」
ランサーから感じられる闘気と魔力が瞬時にして最高潮に達する。
これは、校庭で宝具を使った時と同じか、それ以上だ。
「その心臓、打ち抜かせて貰うぜ!!!!」
ランサーとアーチャーの距離はかなりある。
一息で接近できるような間合いではないが、ランサーは駆け出す。そして大きく跳躍すると、片手で槍を肩に乗せるようにして構えた。
校庭で見たあの宝具だ。
だが、あの時よりも魔力が収斂されているのがわかる。
「──
大きく、後ろに槍を引く。
アーチャー目掛けて空中から投擲するつもりだ。
だが。
アーチャーの周囲にはいつの間にか無数の剣が出現していた。
「え?」
あれは、全部宝具だ。
信じられなかった。
そして、それらは既に次々と射出されつつあり、空中のランサー目掛けて殺到していた。
「──
ランサーの宝具が発動する寸前に。
「がはぁっっっ!」
ランサーの体が受け身も取れずに、重力のままに落下する。
無数の武器のうち、幾らかはランサーは本能的に躱していたようだが、それでも二桁近い数がランサーに届いていた。
「・・・ぐ・・・ちっくしょ・・・なんだそりゃあ?」
全身を斬り刻まれ、突き刺され、血まみれになって、片足がもがれている状態ながらもランサーは投じることのできなかった槍にしがみついて立ち上がり、口を開いた。
とんでもないタフさだった。
だが、既に死に体だ。
いくらサーヴァントでも助からない。
「・・・叔父貴のカラドボルグもありやがった・・・何でテメエがそれを持っている・・・?」
「私も本来なら、今際の際にいる戦士に対して答えてやりたいところだが・・・すまんな。キミのマスターが聞いているかもしれない以上は答えられん」
「・・・ああ、そりゃそうだよな。本当に知りたいだけで他意はなかったんだがな・・・」
「わかっているさ。私からも最後に聞かせてもらいたい」
「・・・好きにしな」
「なぜ、逃げなかった?キミは決して不利な戦いを好むわけではない筈だ。勝てる戦の機会を得られるまで、足掻いて、生きようとする戦士だ。壮烈な死を求める騎士とは違うだろう」
「は。勝てると思った。ただ、それだけだ」
「そうか。ならば、単なる判断ミスということだな」
「そのとおりさ」
二人の会話が途切れる。
いつの間にか世界は元通りになっており、オレ達は学校の廊下にいた。
「・・・行ってくれねえか?クー・フーリンは最期まで立ってなきゃなんねえんだ。つまり他のヤツに見られている限り、座り込むこともできねえんだよ」
血塗れの顔で、ランサーは凄烈な笑みを浮かべた。
「ちったあ気を使えや」
「それくらいは了解しよう」
アーチャーが頷いた。
ランサーは既に霊核を砕かれて、消滅を待つだけなのは明らかだった。
「外に出ましょう」
遠坂もランサーの最後の意思を尊重した。
オレ達5人は無言で、その場を立ち去った。
正面玄関を出る時に、我慢できずに振り返る。
アイルランドの大英雄は先程までと全く変わらず、辛うじて、しかし雄々しくその場に立ち続けていた。
Interlude in
「・・・行きやがったか」
既に目が霞んでいた。
自分の体が極めて頑丈なことは知っているが、さすがにどうしようもないこともわかっていた。
回復の見込みがないのだから、むしろキツイ時間が長くなるのは損なだけだった。
「全くついてねえ・・・いや・・・そうでもないか・・・」
マスターには恵まれなかったというほどではない。
特に最初のマスターは手が掛かって面倒だったが、それ故の良さもあった。
その彼女を守れなったのだから、いけ好かないマスターに変わってしまったのは、自分の落ち度でもあった。
「それにしてもアーチャー・・・あいつは一体・・・」
正直、これは心残りだった。
自分を殺した相手の名前がわからないというのは、思いのほか堪えるものだ。
だが、答えを得るための材料はある気がした。
そう・・・あの少年もまた、アーチャーと同じ武器を作り出して見せた。そして、あの緋い世界で、アーチャーは幾つもの武器を作り出した。
あれは、アーチャー自身の物ではないのではないか。
複製?
「まさか・・・そういうことなのか・・・」
答えらしきものが見えて、少しだけ満足できた。
「坊主・・・おめえは・・・」
と呟いたところで、殆ど役に立たなくなった目に、突如として奇妙なものが映りこんだ。
ただひたすら黒い何かだった。
「お迎えが来たみたいだな・・・」
アーチャーの最後の質問に対する答えは嘘ではなかった。しかし、全てを語ってもいなかった。
有利か不利かで言えば、先ほどの戦いが不利であることは百も承知していた。
しかし、最も良い選択をしたという自信もあった。
つまり、
直感に過ぎなかったが、最良の選択はここで戦うことだと感じたのだ。
なぜなら、この後、この戦いを続けたとしても・・・
「ロクでもないことしか、起きない気がするんだよな・・・」
そしてその黒いモノに塗り潰されていく途中で、ランサーのサーヴァント、【クー・フーリン】は消えてなくなった。
Interlude out
全国の葛木ファンの皆様。お待たせしました。
男、葛木宗一郎の魅力が詰まった回となっています。
存分に堪能してください。
そして案の定と言うべきでしょうか、ランサーさん脱落です。
原作以上に派手に暴れて散っていただきましたので、ランサーファンの皆様お許しください。
もっと本気で斃す気になれば、何人かは消せた筈ですがそこはそれ。
大事なのは形式美です・・・
あと、実戦ではUBWはそうそう使えませんよね・・・誰が時間を稼ぐのか・・・
※タイトルつきました。