Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
E turn
生きてライダーとこの屋敷から脱出する。
今やるべきことは、それだけだ。
桜が変貌してしまったことについては、わからないことだらけだったが、それは後で考えるしかない。
今は桜が明らかにライダーに殺意を持って、攻撃してくるのだ。
これに対処しながら逃げる。
体が思うように動かなかったが、倒れていた時から桜の声は全て耳に入っていた。
桜の怒りの原因は理不尽な部分も多いように感じたが、理解はできた。
説得が通じる状態でないことはよくわかっている。
「邪魔をしないでください!先輩っ!」
再び桜が今度は2本の影を大きく外に広げてから、ライダーに向けて放ってくる。
オレがライダーを庇う恰好になっているので、オレには当たらないようにしながら、ライダーだけを狙うつもりなのだろう。
ジャッ!
ギギン!
ライダーと位置を入れ替えたオレは、再びその影を双剣で弾き返した。
かなりの速さがあるが、狙いがわかりやすく、単調な攻撃なので何とか対処できそうだ。
ライダーの足取りもだいぶしっかりしてきたので、桜に注意を払いながら出口に向かって少しずつ後退していく。
「何で、その女をそんなに庇うんですか?そんなにその女がいいんですか?・・・私とその女は似た者同士なのに・・・」
桜は俯いて、体を震わせた。
「髪の色だって似ているし・・・・・・胸の大きさも殆ど変わらないし・・・・・・私だって経験豊富だし・・・・・・」
そのまま呪詛のような言葉を続ける。
「実は背が高いほうが好きなんですか?それとも年上のほうが好きなんですか?」
「あ・・・いや・・・そういうわけじゃ・・・」
桜の怨嗟に満ちた言葉に、思わず反応してしまう。
「そんなのどうにもならないじゃないですか!!」
内容はともかくとして、思いもよらない桜の感情の発露に気圧される。説明しても逆効果なことだけは、肌で感じられた。
ファッッ・・・
その時、突然、体中に鳥肌が立つような寒気を覚えた。
最近経験したばかりの感覚だった。
頭で意識するより早く、ライダーを抱えるようにしてその場を飛び退る。
ジャッ!
先程までオレ達がいた空間を黒塗りの短剣が、切り裂いた。
浮かび上がったその白い仮面を見るのは三度目だ。
「出会う度に動きがよくなるな」
相変わらずの落ち着いた声で、白い仮面の英霊、即ちアサシンが感心したような独白を漏らす。
「だが、お前達の役目は終わった。ここで消えるがいい」
「役目だって?」
オレ達はどんな役割を果たしたと言うのか?
アサシンの狙い、ひいてはアサシンのマスターの狙いは何なのか?
疑問が湧いてくるが、今は答えに行き着きそうもなかった。
いずれにせよこの状態で、アサシンと対峙するのは良くない。
ライダーを庇いながらでは、動きの速いアサシンから逃げ
「あなたはなんなのかしら?」
桜が突如現れたアサシンに対して問う。
どうやら、彼女は全く知らないようだ。
「ここは、私に任せてもらっても良いかな?この二人を殺したいという目的は同じだろう」
「あなたに手伝って貰う必要はないわ」
「より確実に遂行したい仕事なのでな」
そう言うが早いかアサシンはこちらに襲いかかってきた。
ギンッ!
短剣による攻撃には、何とかついていける。
自分自身信じられないが、この双剣を使うとオレは本来の技量以上のものを発揮できるようだった。
だが、
「本当によくやるな」
そう言いながら、アサシンは大きく跳躍して横に生えている木に両足を付き、その反動で加速してライダーを襲ってきた。
「させるかっ!」
キギィィンッッ!!
何とかライダーを庇いながら、アサシンが繰り出してきた2本の短剣を、双剣で受け止めて弾き飛ばす。
アサシンはなかばこの流れを想定していたように、飛ばされながら体勢を整えて短剣を続け様に3本投擲してきた。
全ては弾けないと判断して、2本は弾き、1本は自分の腕に刺さるように防ぐ。
「があっ!」
「士郎!」
「よく持ち堪えているが、そろそろ詰めさせてもらうぞ」
離れたアサシンはさらに短剣を投擲する構えになった。
まずい。このまま削られれば、対処しようがない。
「坊やっ!!」
その時、聞き覚えのある声と共に、二条の白い光弾がすぐ脇を通り過ぎていった。
ドドンッ!
「くっ!?」
自身が攻撃を仕掛ける間際に、想定外の攻撃を受けたアサシンは慌てて回避する。
しかし、挟み込むようにして襲ってきた光弾の片方を避けきれず、肩口に傷を負った。
ザ・・・
キャスターが駆け寄ってきて、オレの傍らに立つ。
「何とか無事なようね」
思えば、家を出てからそれほどの時間は経過していないはずなのに、やけに懐かしく、そして安心させられる声だった。
「まったくもう・・・警戒してはいたんだけど、気付いたら家のどこにもいないんだもの」
「よく、ここがわかったな。何かオレに細工をしてたのか?」
オレは、ここに行くことを誰にも話していないし、以前キャスターから預けられた居場所のわかる符も持ってこなかった。万に一つにも、彼女の同行を敵に気取られて、ライダーを助ける機会を逸したくなかったからだ。
「そんなことしないわ、女の勘よ。実際、少し考えればここが一番怪しいでしょう。あなたが何かしようとしていたのは、わかっていたんですもの」
「そうかもしれないな」
「それに、近くまで来てみれば、魔力がだいぶ感じられたわ」
「ありがとう。助かる」
何にせよ、キャスターの存在はこの場面では心強い。
「キャスターか。厄介だな」
肩口を押さえながら、対峙するアサシンは警戒を露わにする。
「キャスターさん。あなたも私の邪魔をするつもりですか?あなたとだけは、仲良くできそうな気がしていたのに」
「え?・・・さ・・・桜ちゃんなの?」
無理もないが、桜の変貌ぶりにキャスターも戸惑いを隠せないようだ。
「私、おかしくなっちゃったみたいです。元々狂っていただけかもしれないけれど」
「あなたは、狂ってなんかいなかったわ。一緒にお料理していたあなたは・・・!?」
キャスターはそれ以上の言葉を続けられなくなった。
桜が再び黒い影を自身の周囲に揺らめかせ始めたからだった。
「もうお終いなんです。結局はみんな私を置いてきぼりにしていくんでしょう?」
一条の黒い影が伸びて、キャスターに襲いかかる。
「キャスター!」
オレは、その影を途中で食い止めるべく、動こうとした。
だが、それは当のキャスター本人に制される。
「動かなくていいわ。坊や」
ファサッッ
キャスターはそう言うと、自身の目の前に薄い幕のような壁を紡ぎ出して、桜の黒い影を消失させた。
「え?」
桜が戸惑ったように驚いた。
実際はどうなのかわからないが、容易く対処されたように見えたからだろう。
「魔術的な攻撃なら、対処できるわ」
「そうか。では、物理的な攻撃ならどうかな?」
一時、静観の構えを見せていたアサシンが短剣を放ってくる。
ギンッ!
何とかオレは左手の黒剣を振るって迎撃する。
だが、
ズン・・・
「がっ!?」
オレは、突如として、猛烈な吐き気と激痛と虚脱感に襲われた。
油断すると意識が飛びそうだ。
事態の対処で精一杯だったが、時間切れが近いことに嫌でも気付かされた。
オレの体からは今も大量の出血が続いているのだ。
「そろそろか・・・」
オレは小さな声で呟いた。
だが、アサシンと桜にこちらの異変を悟られないようにしなければならない。
何とか倒れずに踏み止まる。
「坊や。もう限界よ。とにかくこの場を逃げましょう」
オレの事情を知っているキャスターが声を掛けてくる。
「士郎?大丈夫なのですか?」
ライダーも気遣ってくる。
正直、マズい。
「大丈夫なわけないわよ。ライダー、あなた、走るくらいできるでしょう?」
「ええ。何とか」
「何の算段をしているか知らぬが、そろそろ幕引きとさせて貰おう」
小声で話していたので会話の内容までは聞き取れなかったアサシンが、膠着した状況を打破するつもりのようだった。
「キャスター。オレの腕を強化してくれ」
「わかったわ」
この状況で余計な問答は命取りだ。
それをよくわかっているキャスターは二つ返事で頷き、即座にオレの腕に強化の魔術を施した。
オレ自身の強化とは比べ物にならないほどに力が漲る。
流石としか言いようがなかった。
「気休めかもしれないけれど、治療もしておくわ」
心の中で感謝しつつも。オレはオレのやるべき工程を進める。
「
右手の白剣をその場に捨てて、投影を開始する。
「させるか!」
ジャッ!
こちらの動きを警戒して、跳躍したアサシンは2本の短剣を放ってくる。1本はオレに、もう1本はライダーを狙ってきた。
「坊やは、自分のほうに集中して!」
言いながら、キャスターがライダーの前面に魔術の壁を展開して飛来した短剣を防ぐ。
オレはオレ自身への短剣を弾きながら、投影を完成させた。
生み出した槍状に加工した剣を右手に握りしめる。
「喰らえいっ!」
跳躍を終え、着地したアサシンは右腕を大きく振り被る体勢になった。
「
アサシンより刹那早く、オレは手にした剣を、強化した腕で狙いを定めて敵に向けて放った。
「ぬぅっ!?」
アサシンは宝具を使おうとしていたのかもしれないが、自身のほうが僅かに遅いことを悟り、オレの投じた剣を躱そうとした。
ズシャァァァ!
「があああぁぁぁぁぁぁ!?」
黒衣がズタズタになり、その下の傷付いたであろう肉体から鮮血が撒き散らされた。
アサシンは確かに剣を躱し切っていた。
しかし、周囲の空間をも巻き込んで捩じ切るこの宝具の性質により、傷を負うことになったのだ。
「ぬうううぅぅぅ・・・小僧・・・!よくも・・・」
「今しかないわよ!」
キャスターがアサシンに追い討ちの光弾を放つ。これで決まるとは思っておらず、あくまでも追撃を抑えるためだ。
「小癪なっ!」
痛みに苦しみながらも、アサシンはキャスターの光弾を躱すが、追撃する余力はないようだった。
オレ達3人は庭の出入口ではなく外縁に向けて走り出した。
そして、桜は・・・
「キャスターさん、ライダー、先輩・・・さようなら。今日はこれからやることがありますし」
感情の籠らない表情で、静かに呟いていた。
「桜・・・」
ライダーは苦悶の表情を浮かべている。
「本当にさようなら。先輩」
桜の離別の言葉を背に、庭を囲む壁を越えてオレ達はこの場を離脱した。
R turn
士郎の状態は酷いものだった。
間桐邸の庭園を脱出した士郎とキャスターと私の3人だったが、すぐに士郎は意識を失ってしまった。
キャスターが治療の魔術を施したが、意識は戻らず、私が士郎を抱えて2人で衛宮邸まで大急ぎで戻ってきたのだった。
今は工房でもある土蔵で、地面に描かれた魔法陣に士郎を寝かせて、本格的な治療を開始するところだ。
既に日が沈みかけており、土蔵に差し込む光はほとんどなかった。
「傷自体は内臓も含めて私が癒やしたけれど・・・とにかく血を流し過ぎたわね」
キャスターの言葉どおり傷自体は塞がっている。だが、自身を刺した時の傷口や、慎二の魔術を受けた傷口から、かなりの時間流血し続けていたのだ。
出血多量どころの話ではない。
「何とかしてください。キャスター。いいえ、お願いします。士郎さえ助かるなら、私の体を使ってもいいし、あなたの使い魔になってもいい」
私は、無我夢中でキャスターに懇願する。
「とにかく血が必要ね」
「それなら私の血を士郎に吸わせてください!」
「落ち着きなさい。坊やはあなたと違って吸血なんてできないのだから」
「では、どうすれば・・・」
地面に伏している士郎の体は、薄明かりで見ても、青白いのがわかるくらいだ。
「でも、確かにあなたの血も使えるわね。多少の流血は問題ないわけだし。それを私が魔術で浄化して、坊やに注ぎましょう」
「わかりました」
「やり過ぎないように気をつけなさい。アサシンが襲撃してくるかもしれない。その場合、戦わなくてはいけないのよ。あなたも私も斃れれば、結局坊やは助からないのだから」
キャスターの言葉を半ば聞き流して、私は自分の肩口を杭剣で貫いた。
「この大女、碌に人の話を聞いていないわね・・・まだ、こっちの準備ができていないのよ」
慌ててキャスターが硝子の器を持ち出してきて、私の血を貯めていく。
「・・・なぜ、士郎はあれだけの傷を負いながら、あんなにも動き続けられたのですか?」
私は血を絞り出しながらも、先刻からずっと抱き続けていた疑問を口にする。
「そもそも士郎が自分を刺した時の傷は致命傷に近かった。その上、あれだけの流血です。普通の人間では、絶対に動けないはずです」
「そうでしょうね」
「何かしたのですね?」
自然と詰問するような口調になる。
「私を責めるのはお門違いよ。坊やはあなたを助けるためだけに、私に頼んできたのよ」
「それは察しています。士郎は何を頼んだのですか?」
「そうね。平たく言えば、死にそうになってもしばらくは動き続けられる薬よ」
「な・・・!?」
「坊やは昨日の夜、私に言ったのよ。あなたを
「士郎への悪意・・・」
「そう。それは、あなたのマスターへの取引材料とも考えられたけど、坊やはそうは思わなかったみたいね。狙いは自分だと確信していた」
キャスターは貯まった私の血に魔術を施しながら、言葉を続ける。私の血を士郎の体に注いでも問題ないよう調整しているのだろう。
「だから、自分が死んだと思わせる。そう言ったのよ」
はあ・・・
と大きくキャスターは溜め息を付いた。
「この坊やはとんでもないことを考えるものよね・・・そして、間違いなく本気で実行する気なのがよくわかったわ」
勘弁してほしいわよね。と裏切りの魔女は呟いた。
「ここで断っても絶対にもっと無茶なことをやるに決まってる。そう思ったわ。だから、作って渡したの」
「実際に作れるものなのですか?」
「何とかなるものなのよ。骸骨とか死体とかを動かす魔術の応用でね。要するに坊やは一時的に
キャスターが魔術を行使するのを止めた。
準備が整ったようだ。
「それじゃあ、坊やに血を補充するわよ。上半身の服を脱がせてちょうだい」
言われるがままに、私は士郎の服を脱がせる。
今は傷跡はなく、べったりと張り付いていた血も拭き取られて、綺麗な状態だ。よく鍛えられた胸筋が露わになり、私はその瑞々しい肉体につい目を奪われる。
そんな私の小さな欲情をよそに、キャスターは士郎の左胸、ちょうど心臓の位置に右手を当てる。
そして、左手に持った容器を傾けて、少しずつ中の血を右手に注ぐと、その血は士郎の胸の中へと浸透していく。
「士郎は、助かりますよね?」
治療は順調だということは感じられたが、それでも我慢できず、私はキャスターに問いかける。
「そうね。これを繰り返せば問題ないはずよ。薬の効力は薄れているけどまだ効果を保っている。その間に、人間が生きられるだけの輸血をすれば大丈夫よ」
「そ・・・そうですか・・・」
私は安堵でその場にへたりこむようにして座り込んだ。
「あなたの血はまだまだ必要だけど、大丈夫よね?」
「はい」
それは全く問題ない。
この程度の量であれば、回復のほうが早い。
「それじゃ、また血を貯めてちょうだい」
私は既に傷口が塞がっていた肩口を先ほどと同じように貫いた。
サーヴァントである私には、この程度の傷であればすぐに自己回復する。
だが、士郎はそうはいかないのだ。
私は、改めて、士郎に途方もない負担を強いることになった自分自身を恨めしく思った。
私の流した血をキャスターが士郎に合うように調整、変質させて注ぐ。
この作業を10回程繰り返しただろうか。
士郎の血色はかなり良くなった。
「これで、もう大丈夫でしょう。とは言え、本来自分の血でないものを少し強引に輸血したのだから、多少の反動があるかもしれないわ。念のために様子を看ておいてちょうだい」
「承知しました」
「治療を始める前に言った言葉、私は忘れてなくてよ」
キャスターはそう言って、土蔵の出口に向かう。
「暫くしたら宗一郎様が戻ってくるから、私は食事の支度をするわ」
「本当にありがとうございました。あなたが来なければ、私も士郎もあの場で、結局は斃されていたでしょう」
「・・・お礼なんていらないわ。だって、坊やは・・・」
キャスターが顔を歪めて何事かを呟いたが、その言葉は私には聞き取れなった。
彼女が最後に何を言ったか気にはなったが、私の意識は目の前の士郎に自然と引き戻された。
「士郎・・・ありがとうございました・・・」
涙が止めどなく溢れてくるのも構わずに、横たわったままの少年にしがみつく。
それと同時に、自身のマスターである少女の変貌した姿を思い出す。
桜がなぜああなってしまったのか、全くわからない。
しかし、原因の一つが自分であることも間違いはない。
そして、私は桜があの影に似ていることも・・・時に不穏な気配があることも感じ取っていた。
それを、見ないフリをしてきたのも私だ。
「・・・桜・・・私はあなたを・・・」
心は決まっていた。
そして、私の愛する少年が、この後、どうするかも明白だった。
「・・・士郎・・・あなたを守ります。そして、二人で桜を救いましょう・・・」
Interlude in
「・・・さ・・・桜なの・・・?」
遠坂凛は自分の目を疑った。
目の前にいる少女は、間違いなく自分が良く知る妹であるにもかかわらず、決定的に違うものになっていたからだ。
ここは、遠坂邸。
遠坂凛は学校から帰宅して、これから衛宮士郎の様子を見に行こうか思案していたところに、思いもかけず間桐桜が訪ねてきたのだった。
「はい。姉さん。それは間違いありません」
笑みを浮かべて桜が肯定する。
桜は、普段そもそも笑顔を見せること自体が少ない。
だが、二日ほど衛宮士郎の家で一緒に食事をした時には、よく笑っていた。その時の顔は、優しく、朗らかな微笑みだった。
しかし、今、彼女が見せる笑顔は全く別物だった。
嘲笑とも言うべき、相手の神経を逆撫でするための笑いだった。
「私は変わりました。もう、弱くて、ちっぽけで、無価値だった私はいません」
「何を言う、桜。以前のキミはそんな存在ではなかった。キミは充分に可憐で、料理が上手で、素晴らしい女性だった。自分を貶めるのは止めるべきだ」
事態を受け止めきれていない
「ありがとうございます。本心からそう言ってくれるのはアーチャーさんだけ」
今度は、変貌する前の優しい笑顔を桜はアーチャーに向けた。
「そんなことはない。凛も衛宮士郎もきっと同じことを言うはずだ」
自分に見せる桜の表情の変化に、戸惑いながらもアーチャーは再び桜の言葉を否定する。
「いいえ。みんな酷いんですよ。先輩は親切なふりをしてても実際には私になんて興味はなかったんです。そして、姉さんは、何でも手に入るくせに、先輩しかいない私からその先輩を取り上げようとしたんです」
「そんなことしていないわ!私がいつそんなこと?」
凛は、まだ驚きから立ち直ってはいなかったが、桜の話は身に憶えがなかったため、反射的に否定した。
桜が衛宮士郎に想いを寄せていることは充分に分かっていた。だから、自分は彼を異性としては見ないように意識してきたし、二人きりの状態は桜には見せないようにしてきたのだ。
「嘘ばっかりですね。夕方に先輩とあの家の居間で二人きりで話し込んでいたことも、走り高跳びの思い出を掠め取ったことも知っているんですから。あれだけは、私だけのものだったはずなのに・・・」
「!?・・・走り高跳び・・・え?」
「だいたい、何で先輩と一緒に戦うことにしたんですか?姉さんはそんな必要はなかった筈です。先輩と親しくなるチャンスだって思ったんじゃないですか?そして、私の知らないところでも散々先輩と二人きりで会って、仲良くお話ししてたんでしょう?」
「・・・あ・・・いや・・・そんなことは・・・」
全てではないにせよ、一部は正しい指摘であるため、凛はきっぱりと否定することができなくなってしまった。
「ほら。やっぱり」
「つまり、桜。キミは周りの全てが憎くて仕方がないということだな?だから今、そうやって暴走していると」
「いいえ、違います・・・言ったじゃないですか」
そう言いながら、桜は触手のような黒い影を足元から生み出した。
「まさかキミがその影の!?」
影がアーチャーに襲い掛かった。
「アーチャーさんだけは違うって」
ジャッ!
「くっ!」
アーチャーは辛うじてその影を避けた。
サーヴァントにとっては触れるだけでも危険なことはわかっているだけに、かなり注意を要する攻撃だ。
「う~ん。やっぱり不意をつけないと、なかなかサーヴァント相手には当たらないですね。それじゃあ・・・」
あくまでも朗らかに言葉を連ねて、桜は狙いを変えることにした。
黒い影をさらに二つ生み出す。
「姉さんを狙わせてもらいますね♪」
「凛っ!」
桜は2本の影を凛に向けて放った。
「アーチャー!?」
ドスッ!
2本の影にアーチャーの体が貫かれていた。
「予想はしていましたけど、そこまでして姉さんを守ろうとするなんて。ちょっと妬いちゃいます」
桜が伸ばした影は、凛を狙うかのように見えた。そのため、アーチャーは咄嗟に凛を助けるために彼女に駆け寄ろうとしたのだが、元から狙いはアーチャー自身だったのだ。
「ぬうううぅぅぅ・・・」
アーチャーの足は既に床から離れていた。
胴体を貫通した影により、体を持ち上げられている。
「大丈夫ですよ。アーチャーさん。あなたを殺したりはしません。姉さんから大事なものを奪うということに意義がありますしね。それにあなたはきっと・・・」
「・・・凛・・・逃げろ・・・」
アーチャーは、苦悶の表情を浮かべながらも、己が主の身を按じて逃亡を促す。
「あ、姉さんは逃がしませんよ。これまで散々私を
桜は、またしても黒い影を生み出す。
「私、ずっと待っていたんですよ。あの地獄のような間桐家から、姉さんが救い出してくれるのを。姉さんは格好良くて、何でもできる私のヒーローだったから」
「・・・桜・・・私は・・・」
凛は、いつもの果断さを完全に損なってしまっていた。
桜との問答と、アーチャーの惨状を目の当たりにして、心が追い付いていない。
「その程度なんですか、姉さん。本当にがっかりです」
「・・・桜。凛を逃がしてやってくれ」
アーチャーが必死の思いで交渉を持ち掛ける。
だが、圧倒的に桜が優位なこの状況からすれば、虫がいい話でしかなかった。
「何を言うんですか、アーチャーさん。いくらあなたの頼みでもそんな我が儘は許されませんよ」
桜は当然のように即座に拒絶する。
だが、
「ならば、私はこの場で霊核を貫いて自決しよう」
アーチャーはその手に白剣【干将】を投影して、自身の心臓に突き立てる素振りを見せた。
「え?」
「理由は把握できないが、キミの目的は、初めから私だったのだろう?」
アーチャーは己がマスターを守るため、一縷の望みを託して桜に問う。
桜は瞠目した。
「・・・英霊に言うのはおこがましいですが、こんな土壇場でよくそこまで頭が回るものですね」
「・・・お褒めに
既にかなり消耗しているアーチャーだが、それでも平静を装いながら
「わかりました。今だけは見逃します。私の気が変わらないうちに早く行ってください。姉さん」
「アーチャー・・・」
凛はそれでも決心が着かない。
アーチャーを見捨てるという行為に、途方もない罪悪感を抱いていたからだ。それだけ、この英霊をサーヴァントとして、そして
「早く行け。凛・・・」
アーチャーが必死でこの場を去るよう促す。
「何もしてあげられなくてごめんなさい。アーチャー」
凛は自身の無力さを痛感し、謝りながらも駆け出した。
アーチャーと桜の脇を抜けて、扉に向かう。
「さよなら。召喚したのがあなたで本当に良かったわ」
「それはこちらのセリフだ」
アーチャーがニヤリと笑って返した。
「達者でな。遠坂・・・・・・」
去り行く遠坂凛の背中に、赤い弓兵の英霊は薄れつつある意識の中で別れを告げた。
桜が士郎を詰り、それにたじろぐ士郎。
「沈黙こそ金」というか、言い訳したら明らかに逆効果ですよね。
書いている側としては興が乗り、痛快な場面です。
物語的には起承転結の「転」の場面でした。
来週までには完結するかと思いますので、引き続きご覧いただければと思います。