Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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桜に対抗する武器を求めて、衛宮邸を出立する士郎達。


第29話 ~12日目①~ 「魔術師の死」

 E turn

 

 

 朝食後、落ち着いたところでオレ達は行動を開始することにした。

 

「それじゃあ、行ってくる。お互い何があるかわからないからな。気を付けよう」

 

 玄関の引き戸を開けて外に出る直前に、見送るキャスターと葛木に告げた。

 遠坂とイリヤは既に玄関から外に出て、正門へと向かっている。

 

 

「坊や達のほうが何かが起きる可能性は高いわ。敵は、こちらが屋敷を離れる時を狙っているかもしれないのだから」

 

「わかっている。とは言え、遠坂の言う【宝石剣】ってやつを投影する時には、遠坂とライダーに守ってもらうしかないけどな」

 

「勿論、私が全力で士郎を守ります」

 

 オレが出てくるのを待っていたライダーが真剣な面持ちで口にする。

 

「まあ、なるようにしかならないわよ。この家だっていつ襲われるかなんてもうわからないわ。私の家だって、襲われたわけだし。何かあったら教えて頂戴。その時の状況で、できる限りのことはするから」

 

 遠坂も残るキャスターと葛木にも警戒を怠らないよう念を押す。

 遠坂の発案で、桜に対抗するための武器として、遠坂家に伝わる強力な礼装【宝石剣】をオレが投影することになっていた。

 当然ながら、オレ自身はその剣を見たことがない。

 そこで、遠坂邸の敷地内で霊脈の濃い地点に行き、その土地の記憶とイリヤスフィールに受け継がれているアインツベルンの記憶の断片から、実際にその剣が用いられている場面を再現する。

 ということらしい。

 正直、オレは説明を聞いても、ピンとこないし、そんなことが可能なのかわからないが、遠坂やキャスターは充分に可能と判断しているようだ。

 であれば、オレとしては、自分の役割に集中して、全力を尽くすだけだった。

 

「問題は道中、または私の家に着いてからの襲撃よね」

 

 オレ、ライダー、遠坂、イリヤの4人で遠坂邸に向かう道すがら遠坂が言った。

 

「昨日は、アサシンだけがイリヤを襲って来たんだったな」

 

「そうよ。士郎。他のサーヴァントやマスターの気配は最後までなかったわ」

 

 イリヤが応じた。

 実は朝食時にイリヤが提案してきたことがあった。

 

 

 

『士郎。私のことはこれからイリヤと呼んでちょうだい。私も士郎って呼ぶことにするわ』

 

 オレにとっては嬉しい提案ではあったが、少し戸惑いもあった。

 

『え?突然どうしたんだ?』

 

 最初に出会った時は、バーサーカーとの戦いで、殺るか殺られるかという関係だったし、城で助けた後も、どことなく精神的な壁を感じていたからだ。聞いたことには答えてくれるが、それ以上には打ち解ける必要はないという態度だった。オレとしては、彼女が切嗣の子であり、実質的なオレの妹だということはわかっていたから、正直、もどかしく感じていた。

 

『だって、私達きょうだいでしょう?』

 

 昨夜、だいぶ長いことキャスターと縁側で会話していたことは知っていた。彼女の中で心境の変化があったのかもしれない。

 そんなわけで、彼女とは【士郎】と【イリヤ】で呼び合うことにしていた。

 

 

 

「ちょっとおかしいわよね。向こうは、他にもセイバーとアーチャーは確実にいるはず。なのに、アサシンだけなんて」

 

「まあ、単純にイリヤを(さら)うだけなら、アサシンだけで充分という考え方もわからなくはないけどな」

 

 実際、昨日だってライダー達が教会に向かっていなければ、葛木達がイリヤを保護するチャンスはなかった筈なのだ。

 

「別行動を取っているのかもしれないし、向こうが一枚岩ではないという事かもしれないわね」

 

「そうだとすれば、できれば各個撃破していきたいところだけどな」

 

「というよりも、マスターである間桐臓硯と・・・桜をどうにかできればいいのよね」

 

「「・・・・・・」」

 

 オレもライダーも遠坂の言葉に黙り込んでしまう。

『桜を』か・・・

 遠坂は、対応方法として『殺す』という選択肢も考えているのだろう。

 オレとライダーは、桜を何とか元に戻す方法を模索するつもりだった。

 オレは、家族のように思っている桜を殺したくないし、ライダーもマスターである桜の身を按じている。

 また、イリヤの見解では、アンリマユと桜の繋がりを絶つことができれば元に戻せる可能性もあるということだ。具体的な方法が思いつくわけではないが、オレとライダーの希望を完全に否定するものではなかった。

 

「着いたわ」

 

 考え込んでいるうちに、目的地である遠坂邸に到着した。

 とにかく先ずは、桜への対抗手段を手に入れなければいけない。そうしなければ、桜に近付くこともできないのだから。

 

「最悪の場合、向こうに占拠されているかもしれないと思っていたけど、それはなさそうね」

 

「そうだな。それじゃあ入ろう」

 

 オレ達4人は遠坂家の敷地へと足を踏み入れた。

 

 

 Interlude in

 

 

「・・・あなたは・・・アーチャー・・・」

 

 キャスターは、現れたサーヴァントを信じられない思いで凝視した。

 充分に警戒していたのだ。

 しかし、屋敷に張られていた探知の結界は反応せず、易々と彼の侵入を許してしまった。それが原因で今の窮地に陥ってしまっていた。

 

「・・・ぐ・・・キャスター・・・すまん・・・・・・」

 

「・・・宗一郎様・・・」

 

 アーチャーとキャスターの間には、葛木宗一郎が倒れていた。

 この屋敷の中庭から侵入したアーチャーは、それに気付いて迎え撃とうとした葛木に接近を許さず、遠距離からの弓による射撃で足と、胸部を打ち抜いたのだ。

 侵入に気付くのが遅れたキャスターは、たった今、この状況を目の当たりにしたところだ。

 

「随分と、久し振りのような感覚だが・・・たかだが三日ぶりというところか」

 

 アーチャーは淡々と独白した。

 以前と変わらない落ち着いた声がその口から紡がれる。

 とは言え、容姿の印象は大きく変わっていた。元々浅黒かった肌は、完全に黒色に染まっており、来ていた赤い外套もまた黒く変じている。

 一番、大きく変わっているのは醸し出す雰囲気であり、禍々しい気配が全身から滲み出していた。

 

「変わったわね。アーチャー・・・」

 

 キャスターは、倒れている葛木の様子が気になって仕方がなかったが、迂闊には動けない。

 アーチャーは弓を手にしている。それがもう一度葛木に向けられれば、それで終わりだ。

 葛木の傷はかなりの深手だが、少なくとも致命的なものではないはずだ。

 何とか、会話の中から活路を見出したかった。

 

「止むを得んところだな。凛を助けるための行動の結果がこの姿だが、なってしまえばこれはこれで悪くない。勧誘は極めて強引だったがな」

 

 軽く手を広げながら、アーチャーはそう答えた。

 雰囲気は大きく変わったが、こういう斜に構えた態度や仕種は以前と殆ど変わっていない。

 

「・・・なぜ、結界が反応しなかったのかしら?」

 

「私が誰かを考えればすぐにわかるだろう。私の正体には既に気付いているのだろう?魔女よ」

 

「・・・そう・・・そういうことね・・・今頃になって気付くなんて・・・」

 

 キャスターは、アーチャーの言葉で自分の盲点に気付いた。

 

「・・・私が間抜けだったわ・・・あなたはこの屋敷の主ですものね」

 

「ご名答だ。とは言え、貴様の仕掛けた防御結界には多少の抵抗を受けたがな」

 

 この屋敷には元から張られていた探知の結界と、キャスターが新たに張った防御の結界がある。

 前者は全く役に立たず、後者は僅かながら効力を発揮したということだろう。

 

「何が目的なのかしら?完全に不意をついたのよ。単に私達を殺してこの屋敷を占拠するだけなら、こんな会話をする必要もないでしょう」

 

「話が早くて結構なことだ、キャスター」

 

 黒いアーチャーはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「交渉だ」

 

「聞きましょう。わかっているのでしょうけれど、私の要求は宗一郎様の身の安全よ」

 

「それは聞かずもがなだな。こちらの要求も一つだけだ」

 

 アーチャーは一呼吸だけ話を区切る。

 

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 先程までの斜に構えた態度が消え、殊更に冷たくそう告げてくる。

 

「・・・含みのある言い方ね。単純にあのお嬢さんを殺せというわけではないのね?」

 

「そうだ。簡単に言えば、魔術回路を消せということだ」

 

「なぜそんな回りくどいことを望むのかしら?」

 

「それが私の今の(マスター)の望みだからだ」

 

「桜ちゃんということね?」

 

 桜の立場に立ってみれば、優秀でずっと自分が劣等感を味わってきた姉を単に殺すのではなく、魔術師から一般人へと貶めるというのは、あり得るようにも思えた。

 

「さあな。そこまで答えてやる義理はない」

 

「そう。とは言え、それはいくら私でも簡単ではないわ。少なくとも相手側が私を受け入れる状態を作る必要がある。彼女は私に対して、一定の信頼を寄せてくれてはいるけれど、露骨に怪しい真似をすれば、抵抗されるでしょう。時間を掛けて機会を窺う必要があるわ」

 

 これは、駆け引きではなく事実だ。

 

「余計な時間を掛けさせるつもりはない。葛木をこちらが拘束している時間が長くなれば、いくら貴様が取り繕っても、小僧や凛は不審に思うだろう」

 

「では、どうしろと?周到に機会を窺っていたのでしょう?あなたは既に答えを用意しているのではなくて?」

 

 アーチャーの行動は計算され尽くしている。

 その目的が遠坂凛の魔術回路を消す事であれば、彼女を一人だけで誘き出す方法も検討済の筈だった。

 

「そうだな、簡単な話だ。例の符を破るがいい。そうすれば、凛がここに駆け付ける。あとは、貴様と私で一芝居打てばいい」

 

「何ですって?」

 

 キャスターにはアーチャーの思考を読み切れなかった。

 確かに符を破っても、士郎達の護衛である凛とライダーの二人が一度に戻ってくることはないだろう。だが、凛が駆けつけるとは限らない。ライダーが戻って来る可能性もある。そして、仮に思惑どおり、凛が駆けつけることになったとしてもどうするというのか?

 

「貴様に選択の余地はない。大人しく私の言うとおりにするんだな」

 

 アーチャーは、そう言って持っている弓を構える素振りをした。

 その先には葛木が倒れている。

 残念ながらアーチャーの言うとおりだった。葛木の命が掛かっている以上、自分に選択の余地がないことは自覚している。

 

「・・・わかったわ・・・」

 

 抵抗を諦めたキャスターは歯噛みしながらも同意し、符を取り出して破り捨てた。

 今は、アーチャーの言う事に素直に従うしかなった。

 

「これでいいかしら?」

 

「ああ」

 

 

 Interlude out

 

 

 R turn

 

 

 遠坂邸の敷地に入った後、私達4人は、凛に導かれて屋敷の裏手にある林へと分け入った。

 暫く歩くと地下へと続く小さな風穴があり、そこに入っていく。その中には魔法陣が刻まれた開けた空間があった。

 冬木の霊脈と繋がったポイントであり、かつて【宝石剣】がこの地で使われた時の情景をイリヤスフィールの導きで、士郎に見せるということだった。

 

「じゃあ、私たちは衛宮君達の雑念(ノイズ)になるかもしれないから、一旦、入口に戻りましょう」

 

 士郎とイリヤスフィールをその場に残して、私と凛は風穴の入り口で、襲撃者が万一現れた場合に備えることにした。

 二人は今、完全に無防備だ。

 絶対に敵を近付けるわけにはいかない。

 

「【宝石剣】というのは、魔力をほぼ無尽蔵に供給可能なのですね?」

 

「そうよ。無数にある平行世界から魔力を引っ張ってくるの。数少ない本物の魔法使いであるゼルレッチが創造した礼装よ。うちの家系は、そのゼルレッチの弟子だからその存在を知っているし、私も使えるはず」

 

「桜と渡り合えると?」

 

「ええ。桜は聖杯と繋がっていて、殆ど無限に魔力を引っ張ってくることができる。でも、私も【宝石剣】があれば、それに迫ることはできるわ」

 

「あくまでも、迫るところまでなのですね?」

 

「そうね。私の肉体に負担が掛かるから、我慢比べになるわ。だからこそ精神的な駆け引きで勝負するつも・・・!?」

 

「!?」

 

 凛と私が持っていた連絡用の符が突然熱を帯びた。

 私と凛は顔を見合わせた。

 

「向こうで何かが起きたみたいね」

 

「どうしましょう?二人でここを離れるわけにはいきません」

 

 そう言いながらも、正直なところ私は士郎を守るためにここに残りたいという気持ちが強かった。

 

「私が行くわ。衛宮君達が戻ったら、ライダーならすぐに二人を抱えて駆け付けられるでしょう」

 

 凛が私の心中を見透かしたように、自分が行くことを提案してくれた。

 

「承知しました。士郎達が出てきたら、すぐに戻ります」

 

「よろしくね。それまで、何とか持ちこたえるから」

 

 そう言って、凛は通って来た林道を走って引き返した。

 

 

 Interlude in

 

 

 凛は衛宮邸に戻りながら、嫌な予感をどうしても拭えなかった。この状況には作為的なものを感じる。

 敵が自分達を分断しようとしていると考えるのが自然なのだ。

 

「とは言え、それでも助けに行くしかないのよね」

 

 衛宮邸はキャスターが陣を張ったことで、かなり強力な防衛拠点となっている。キャスターと葛木の戦力も加味して考えると、失うことは大きな痛手になる。現在の相手方との戦力差を考えれば、ほぼ致命的だ。だからこそ、今回もキャスター達には残ってもらったのだ。

 例え、罠だとしても加勢に行くしかない。

 

「着いたけど、特に異常は感じられないわね」

 

 衛宮邸が見えるところまで辿り着いた。

 しかし、外からでは何が起きているかはわからない。

 凛は正門からではなく、塀を飛び越えて敷地内へと足を踏み入れた。

 するとそこにいたのは、彼女が敵としては一番出会いたくないと思っていた男だった。

 

「・・・ア・・・アーチャー・・・!?」

 

 肌の色や、服装、雰囲気まで変わってしまってはいたが、紛れもなくつい先日まで自分と共に戦ってくれたサーヴァントだった、

 自分を庇って、桜の黒い影に取り込まれてしまった彼は、予想どおり、セイバーと同様に変質し自分の敵対者として目の前に現れたのだ。

 

「久しいな。凛。再び見えることができて、感無量だ」

 

 背中を見せていたアーチャーは顔だけを軽くこちらに向けて、口を開いた。

 

「私は正直、会いたくなかったけどね・・・」

 

 唇を嚙みながら、凛は返答した。

 

「お嬢さん!アーチャーはもう敵よ!」

 

 アーチャーと対峙する形になっていたキャスターが凛に対して警告を発する。

 位置関係としては、凛とキャスターでアーチャーを挟み込む形となっていた。だが、キャスターは既に負傷しているようで、右肩を押さえている。

 アーチャーはその手に弓を持っていた。

 

「百も承知よ、キャスター。取り敢えずあなたが無事そうで何よりよ」

 

「でも、宗一郎様がかなり危険な状態なの」

 

 葛木の姿は見当たらなかったが、邸内か中庭にいるのだろう。

 

「そう。とにかく私達でこいつを何とかしないとね」

 

「甘く見ないことだな」

 

 ザッ!

 

 言うが早いか、アーチャーは負傷しているキャスターに背を向けて、凛へと接近してきた。

 弓を投げ捨て、手には双剣を手にしていた。

 

「なっ!?」

 

 凛としては、場の状況から遠距離戦になることを無意識のうちに想定していたため、不意を突かれる形になった。

 間合いを詰めてきたアーチャーに対して、凛は咄嗟に手にした宝石を投げつけるが、アーチャーはその反応を完全に読んでいた。

 軽く横に動くことで回避し、双剣の届く間合いに入ってきた。

 

「くっ!」

 

 聖杯戦争が始まってから共に戦ってきた相手だ。凛は、自分の行動が見透かされているような感覚を拭えなかった。

 それでも強化した足で間合いを取ろうとするが、遅かった。

 

 ザグッ

 

 アーチャーは両手の双剣を突き出して、凛の両肩を刺す。

 

「あぐっ!!」

 

 貫通するまでは、至らなかったもののかなり深く抉られ、殆ど両腕が使えなくなってしまう。僅かな時間の攻防で凛は無力化されてしまっていた。

 

「さらばだ」

 

 寸毫の躊躇も感情もなく、アーチャーが止めを刺そうと右手の剣を振り上げた。

 その時、凛が叫んだ。

 

「輝けっ!」

 

 カッ!

 

 後退するしかなかった少女の足元で、一粒の宝石が眩い光を放つ。

 

「なにっ!?」

 

 不意を突かれたアーチャーは至近距離でその光を直接見てしまい、反射的に目を覆った。

 

「お願い!キャスター!」

 

「よくやったわ!お嬢さん!」

 

 ドドッ!

 

 キャスターが渾身の光弾を放ち、無防備になったアーチャーの背中を直撃した。

 

「ちぃっ!」

 

 前のめりに倒れそうになるのを辛うじてアーチャーは踏み止まったが、堪らずアーチャーは屋敷を囲む塀の方へと、駆け出した。

 

「逃すものですか!」

 

 キャスターは、追い討ちの光弾を数発放つが、アーチャーは素早く塀を乗り越えて、遁走していた。

 負傷した凛はそれを追うだけの余力はなかった。

 

「・・・意外とあいつ逃げ足早いのよね。・・・つぅっ・・・」

 

 逃げ去ったアーチャーの残像を追うようにして凛は塀のほうを見ていたが、すぐに痛みに顔を顰めた。

 

「大丈夫!?なわけないわね。でも、本当にありがとう。あなたのおかげで本当に助かったわ」

 

 キャスターが慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「・・・あいつが単独で乗り込んできたの?結界は突破されたのかしら?」

 

 凛は痛みを堪えながら、状況を確認する。

 

「ええ。彼には、結界が効力を発揮しなかったのよ。少し考えれば、あなたならわかるでしょう?」

 

「え?・・・・・・あ、そりゃそうか・・・・・・」

 

 凛は合点が入って頷いた。

 彼女もアーチャーの正体には既に気付いていた。

 

「とにかく、治療が先ね。かなりの深手よ。力を抜いて、私の魔術を受け入れて頂戴」

 

 そう言って、キャスターは凛に近付き、負傷した両肩に手を当てた。

 

「あ、ありがとう。よろしく頼むわ。あなたの魔術ならこの傷でも治せるわよね」

 

「勿論よ」

 

 キャスターが凛の傷口に対して魔術を行使し始める。

 凛は完全に身を委ねる状態になっていた。

 

「・・・ふう・・・・・・ッッ!!??」

 

 しばらく脱力していた凛だったが、本能的に異常に気付いた。

 本来なら、キャスターの魔術を以ってすれば、そう時間は掛からずに自分の傷は癒えるはずだ。

 しかし、その気配は一向にない。

 そして、尋常ではない違和感を体が感じ取り始めていた。

 

「・・・キャスター!?あなた何を!?」

 

 凛は、咄嗟にキャスターを振り払おうとしたが、その腕はとても動く状態ではなかった。

 満足に抵抗もできない凛を無表情に見つめながら、キャスターは目的のために凛に浸透させる魔術を加速させていく。

 

「・・・・・・くぅ・・・・・・これって・・・・・・そんな・・・・・・私のまじゅつかい・・・ろが・・・」

 

 凛は徐々に自分の中にある力、すなわち魔力が薄れていくのと同時に、意識が希薄になっていくのを感じていた。

 単純に出血で意識が遠のくのとは明らかに違う感覚だった。

 自分が自分でなくなる恐怖。

 それを味わっていた。

 遠坂凛は生まれながらにして魔術師である。自らの直感が告げているのは、自分がそうではなくなるということだ。

 

「・・・そ・・・そんなこと・・・・・・が・・・・・・」

 

 少女は、もはや止めようがないことをどうしようもないくらいわかってしまっていた。

 目の前の相手を睨むこともできない。

 

「・・・や・・・やめて・・・キャスター・・・・・・」

 

 力の籠らない瞳で、凛は懸命に懇願する。

 

「・・・・・・結局・・・・・・どこまで行っても、私は裏切りの魔女に過ぎないということね・・・」

 

 美しい顔を無表情で塗り固めて、神代の魔女が諦めたように呟く。

 

「ごめんなさい・・・お嬢さん・・・」

 

 瞳にはもはや感情の色もないままに、キャスターは謝罪した。

 その向こう側に、先程対峙した黒色の男が現れた。

 

「終わったな」

 

 聞き慣れた低い声。

 

「・・・・・・ア・・・・・・アーチャー・・・・・・?」

 

 凛はその声を聞いて、消えかけた意識を蜘蛛の糸を使って引き寄せるように引っ張り上げた。

 紆余曲折はあったものの、自分がこの上もなく頼りにした相棒の声だ。

 

「ええ。これで満足かしら?」

 

「流石、神代の魔術師だな。本当にこんなことができるとは」

 

 斜に構えた態度も今となっては、懐かしい。

 

「凛。これがお前の妹が望んだ結末だ。これからのお前の人生は生き地獄に等しいものとなるだろう」

 

 見慣れた少し皮肉交じりの苦笑。

 

「・・・・・・アー・・・チャー・・・・・・」

 

 呼び慣れたその男の名をもう一度だけ口にして、凛の意識は消えていった。

 混濁した頭の中で数多の感情が弾けて消えたが、最後に残ったのは、それでももう一度出会えて良かった、という思いだった。

 

 

 E turn

 

 

 無事に目的だった【宝石剣】を見ることができ、イリヤとともに風穴を出ると緊迫した面持ちで、ライダーが待っていた。

 

「キャスター達の身に何かあったようです。先ほど凛が救援に向かいました。少し疲れているかと思いますが、急いで私達も戻りましょう」

 

「わかった。急ごう」

 

 選択の余地はない。ライダーは即座にオレとイリヤを両脇に抱えた。かなり情けない格好ではあるが、これが一番速いことは間違いない。

 

 

 

 屋敷の近くまで来たところでライダーは、オレとイリヤを降ろした。

 

「イリヤはここで一旦待機しててくれ。問題なさそうなら、すぐに呼ぶ。もし、しばらく待ってもオレ達が出てこないようなら、教会に逃げ込むんだ」

 

「そんなことにならないように祈っててあげるわ。お兄ちゃん。気をつけてね」

 

「ああ」

 

 安心させるようにイリヤの頭を軽く叩いて、屋敷に向かう。

 

「行こう。ライダー」

 

「はい。士郎」

 

 屋敷を囲む塀まで来たところで、ライダーが中の様子を窺うが、

 

「ここからでは、何も見えませんね。ですが、少し戦闘の跡があります。敷地内へ入ってみましょう」

 

「狙撃されないように素早く移動しよう」

 

 オレはアーチャーがいる可能性を考慮して、ライダーに注意を促す。

 敷地内に入ると、ライダーの言っていたとおり、戦いがあった痕跡が残っていた。

 

「かなりの出血量ですね」

 

 地面には広範囲に、血の跡と思しき赤黒い染みが残っていた。

 あまり想像したくないが、この屋敷に正門以外から入るなら今オレ達が来たルートを辿ることになるだろう。先に屋敷に戻ってきた遠坂も同じルートを辿ったことは想像に難くない。

 

「遠坂、キャスター・・・無事でいてくれよ」

 

 オレは祈る思いで呟いた。

 

「とは言え、敷地内で今現在、何かが起きているような気配はありません」

 

 ライダーが周囲を見回しながら状況を分析する。

 他に戦いがあったことを示すものとしては、地面に僅かながら焦げ跡のようなものがあるのと、塀が少し壊れていることだ。

 

「戦い自体は終わっている可能性が高いな。急いで家の中と中庭側も確認しよう」

 

「はい」

 

 ライダーはそう応じると、すぐに母屋の屋根に跳び乗った。

 

「中庭は異常が見当たりません・・・詳しく確認しないと正確にはわかりませんが」

 

「そうか。じゃあ家の中を確認していこう」

 

 

 

「・・・と・・・遠坂・・・」

 

 家に入っても念のため待ち伏せを警戒しながら、各部屋を確認していくと、遠坂が布団で寝ているのを発見した。三日前に彼女が泊まった時に使ってもらった部屋だ。

 

「普通に寝ているだけのように見えますね」

 

 隣にいるライダーが不思議そうに言った。

 彼女の言うとおり、見えている部位で外傷らしきものはなく、呼吸も落ち着いていた。

 

「特に異常はなさそうだけど・・・ライダー、ちょっと掛け布団をどかしてもらえるか?」

 

 自分でやるのは心理的に抵抗感があったので、ライダーに掛布団を持ち上げてもらう。

 横たわっている遠坂はいつもの赤いカットソーを着ていたが、その両肩の部分が破れているのがすぐにわかった。

 しかし、その下の体には傷一つないようだ。

 

「明らかに武器で刺された跡ですね」

 

「ああ。しかも、この武器は・・・」

 

 破れた部位は少し広い。

 幅広の剣で刺されたものと推測でき、さらに、両肩を平行に刺されているところを見ると、2本の剣で同時に刺されたように思えた。

 

「アーチャーでしょうか?」

 

 ライダーも同じ結論に至ったようだ。

 

「推測の域を出ないけどな」

 

 遠坂が起きたら、確認すればいいことだった。

 

「キャスターが治療して、ここに寝かせたということは確実でしょう。それだけのことができたということは、襲撃者を退けたと考えられます。ですが・・・」

 

「キャスターと葛木の姿が見当たらないことが気になるな」

 

「他の部屋も確認してきます」

 

 ライダーがそう言って、一旦、この場を立ち去る。

 屋敷の中には、人の気配がなかった。キャスターと葛木がどこに行ってしまったか気になる。

 

「やはり、二人ともどこにもいませんね」

 

 屋敷内の全ての棟を確認してくれたのだろう。

 暫くして戻って来たライダーが首を振りながら報告してくれた。

 

「敵を追撃したとは考えにくいですよね?」

 

「ああ。ここは大事な防衛拠点だ。敵を追うにしても、オレ達の合流を待ってからというのが定石だと思う」

 

「書き置きもないですし、位置を知らせるために符を破った様子もありませんね」

 

「遠坂を治療することはできたけど、ここには残れない状況になったということか・・・」

 

「凛が起きるのを待つしかないですね」

 

 二人を探そうにも手掛かりがなさ過ぎた。

 

「ああ。イリヤにも中に入ってもらおう」

 

 外に待たせているイリヤは、オレ達が戻ってこないことで不安になっているだろう。

 だいぶ、時間も経っている。

 

「士郎・・・一つ気になることがあるのですが・・・」

 

 ライダーが少し落ち着きのない声を出した。

 彼女にしては珍しい。

 

「どうしたんだ?」

 

 その声に不安を感じてオレは聞き返した。

 

「凛の様子が変です・・・」

 

「なんだって?」

 

「彼女から一切魔力が感じられません」

 

「・・・・・・え?」

 

 その言葉の意味を理解できなかったオレは、刹那の間戸惑った後、改めて遠坂の様子を確認した。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ライダーの言ったことは、確かだった。

 オレの背中を生温かい汗がゆっくりと伝っていくのを感じた。

 








なんとなくキャスターはこういう事もできちゃうんじゃないかと思って書きました。
タイトルで誰が標的になるかは概ねわかっちゃいますね。
そんなわけで本作では宝石剣は出てきません。
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