Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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アーチャー襲撃後の衛宮邸にて。


第30話 ~12日目②~ 「神父と教師」

 E turn

 

 

「おはよう、衛宮君、ライダー。それにイリヤスフィール。ちょっと心配かけちゃったかしら?ごめんなさいね」

 

 オレ達がこの家に戻ってきてから4時間ほど経過しただろうか。遠坂が目を覚まして開口一番、事も無げにそんな挨拶をしてきた。

 

「・・・・・・遠坂・・・・・・」

 

 既に事態の深刻さに気付いてしまったオレは、なんて声を掛けたらいいかわからなかった。

 オレ達が戻る前に何が起きたかを聞きたいという思いよりも、とにかく遠坂の今の状態が気になって仕方がなかった。

 

「どうしたのよ?衛宮君?」

 

 まるで、何も気付いていないかのような口調で彼女は続ける。

 もしかしたら、本人は気付いていないのだろうか、とも思えてくるほどだった。

 

「・・・あいや、遠坂・・・その・・・体は大丈夫なのか?おかしいところはないか?」

 

 オレには、腫物に触るような聞き方しかできなかった。

 

「・・・・・・ああ・・・・・・バレちゃってる・・・・・・わよね」

 

 遠坂が察したようだった。

 ライダーやイリヤも含めたオレ達が、遠坂の異変に気付いているということに。

 それに気付いたということは、すなわち本人も自身のことが把握できているということに他ならない。

 

「まあ、あなた達に隠せるわけもないわよね。隠しても仕方ないし・・・・・・」

 

 遠坂が声を詰まらせた。

 小刻みに体が震えている。

 

「・・・・・・ええ・・・・・・ええ・・・・・・・そう・・・・・・私・・・・・・わたし・・・・・・」

 

 聖杯戦争が始まって、2週間足らず。

 オレは、遠坂とこうやって親しく接するようになり、彼女が動揺する場面には何度か出くわしていた。

 アーチャーがオレを殺そうとしたことが原因で令呪を使い切ってしまった時。そして、そのアーチャーを失った時。

 だが、今回の出来事は、彼女にとってそれらを上回るものに違いない。

 彼女のこれまでの人生を無にするかのような事態だった。

 

「・・・わたし・・・魔術師じゃなくなっちゃった・・・・・・」

 

 

 

「お茶をお持ちしました。少しでも飲んで落ち着いてください」

 

 遠坂が嗚咽を漏らしている間、オレは掛けられる言葉もなく、いたたまれずにいたが、ライダーが紅茶を淹れて運んできてくれた。

 

「・・・ありがとう・・・」

 

 遠坂は何とか礼を言って、紅茶に口をつけた。

 

「凛。非常に辛いであろうことは承知していますが、今は聖杯戦争中・・・しかも佳境に入ってきている。私達としては、必要な情報を得て、これからのことを考えなければいけません」

 

 言葉を掛けられずにいるオレの代わりに、ライダーが今言うべきことを言ってくれた。

 遠坂もライダーの言うことは十二分に理解しているので、何とか顔を上げる。

 

「・・・わかっているわ、ライダー。何が起きたか、それを話さなきゃね」

 

 そう言って、遠坂はぽつぽつとオレ達が来る前に起きたことを話し始めた。

 

 

 

「そうか。やっぱりアーチャーに襲われたのか。そして、キャスターが・・・・・・」

 

 遠坂が話してくれた内容は、一部はオレとライダーが推測したことでもあったし、予想外のものもあった。

 遠坂がこの屋敷に駆けつけた時、アーチャーとキャスターが戦っているように見える状態だったこと。

 アーチャーと戦い、両肩を剣で刺されたこと。

 そして、アーチャーをキャスターが退けた後、遠坂の治療を装ってキャスターが魔術回路を壊したこと。

 

「僅かな時間の出来事よ。10分足らずだったんじゃないかしら。そして、最後にアーチャーの声を聞いたわ。これが桜の望んだ事だって」

 

「桜の?」

 

 間桐家から救い出してくれなかった姉に対する復讐ということだろうか。

 

「凛は手当てを受けた状態でここに寝ていました。傷はキャスターが治療したと見るべきでしょうね」

 

「キャスターとしても本意ではなかったということか」

 

 本当に裏切ったのなら、治療などする筈がなかった。

 

「そうでしょうね。終始、葛木が見当たらなかったから、おそらく人質にでもされていたんでしょうね」

 

 遠坂が、記憶を探るように応えた。

 

「なぜ、二人から連絡がないのでしょうか?」

 

 ライダーは自然な疑問を口にした。

 この点については、結論を見出し辛いところだ。

 

「葛木の治療や、身柄を引き取るために一時的にここを離れているだけならば、連絡がない理由にはならないな」

 

「向こう側に引き入れられたのかもしれないですね。その代わりに凛の治療だけは許された」

 

「あり得る話だな」

 

 もしそうだとすれば、戦力差は絶望的なほどに開くことになる。

 

「ごめんなさい。私の不注意で・・・」

 

 遠坂が布団の上に突っ伏すようにして項垂れた。

 

「凛の不注意ということはないでしょう。もし、駆け付けたのが私だとしてもアーチャーとキャスターが組んでいるなどとは、夢にも思わない」

 

 ライダーが反論するが、遠坂は首を振る。

 

「元はと言えば、私を助けるためにアーチャーは向こう側の手に落ちたのよ。そして、私はまんまとそのアーチャーの策にやられたのよ。自業自得もいいところ。全て私の蒔いた種」

 

 遠坂は目に涙を浮かべながらも、顔を上げて続ける。

 

「キャスターや葛木にも、私が迷惑を掛けたってことよ・・・・・・・・・・・・私、決めたの」

 

 毅然とした瞳でオレ達を見据えて、彼女はその決意を口にした。

 

「聖杯戦争を降りるわ」

 

 

 Interlude in

 

 

 葛木宗一郎は、輸送機械特有の心地良い振動を感じながら、目を覚ました。

 

「・・・車か?」

 

 推測どおり自分は乗用車の後部座席に乗っていた。

 車窓から外を見ると、夜の帳が降りつつある薄闇の中、まばらに一軒家がある程度の郊外の道を走っているようだった。

 既に冬木市を出ているのではないだろうか。

 

「うん?もう起きたのか?話が違うな・・・」

 

 運転席でハンドルを握る男はルームミラーでこちらを確認すると、独特のよく通る低い声で独白した。

 こちらからもルームミラーで男の姿を確認すると、その胸には十字架を下げているのがわかった。

 男からは害意は全く感じられなかった。

 

「神父か?」

 

 キャスターや衛宮士郎、遠坂凛の会話でよく出てきた言峰綺礼という神父だろう。特徴も合致する。

 

「そうだ。私は言峰綺礼という。名前ぐらいは知っているかな?葛木宗一郎」

 

「これは、キャスターの頼みによるものか?」

 

 葛木としては、とにかく自身の現状を確認したかった。

 

「ふむ。察しがいいな。そのとおりだ。キャスターもなかなか人遣いが荒くてな。他にも元マスターがいるようなところでは、巻き添えになって、お前が殺されるかもしれないから隣町に避難させろと要求してきたのだ」

 

 葛木が推測したとおりの話だった。

 

「一応筋は通っているので、止むを得ずこうして運んでいたのだ。もっともお前にかけた眠りの魔術は、三日は解けないと断言していたのだがな」

 

 それだけの日数が経過すれば、おそらく聖杯戦争は終わる。

 それまで、自分を遠ざけておけば安全だという意図だったのだろう。

 そんなことを葛木は望んでいなかった。

 しかし、今日、自分は役に立たなかった。

 それどころか、交渉の材料として使われた。

 

「僅か半日足らずで解けてしまうとは、神代の魔女も口ほどにもないということか。あるいは、お前の抵抗力が強かったのか・・・」

 

 神父の言葉に、葛木は自身の背広の内ポケットに入れていた小瓶を取り出した。

 既に空となっているそれは、衛宮士郎を通じて手に入れたものだ。これによって眠りの魔術への耐性を一時的に強めることができた。

 葛木はキャスターが自分を案じて遠ざけようとする時が来ることを、想定していた。

 

「車を戻してくれ」

 

「どうしたものか。一応、聖杯戦争の参加者から丁重に、無力な一般人を保護してくれと頼まれたのだ。私はこう見えて、職務はしっかりと果たす主義でな」

 

 そう、自分は無力な一般人以下だったのだ。

 

「では、車を停めて私を降ろすがいい。既に隣町に入っている。お前は冬木市の外まで私を届けるよう頼まれたのだろう?責務はもう果たしている」

 

「ごもっともだ」

 

 頷いた神父はスピードを落とし、車を左に寄せるとハザードを点灯させて路側帯に停車させた。

 

「話のツボを押さえられる人物というのは、有難いものだな」

 

 葛木は神父の話を聞き流して、ドアを開けると地面に降り立った。

 すると、

 

「そこの御仁。私は冬木市に帰るところだが、乗っていくかね?」

 

 神父はたった今車を降りた葛木に対して、間髪入れずに車に乗るよう促してきた。

 葛木を一度降ろしたことで、キャスターからの依頼事項は完了したため、あとは自分の好きなようにするということだろう。

 迂遠な男だという感想を抱いたが、冬木に戻るつもりの葛木としては、特に拒絶する理由もないので再び神父の車に乗り込んだ。

 今度は助手席に座る事になった。

 

「私自身、お前に興味があってな。葛木宗一郎」

 

 言峰綺礼は次の信号で、車をUターンさせて、冬木に向かい始めた。

 

「私はそちらを殆ど知らないのだが」

 

「知っているのだろう?私はランサーのマスターでもあった」

 

「それは確かに聞いている」

 

 ランサーと戦った翌日に、衛宮達が神父と出会い、ランサーのマスターだったと告げられたことは葛木にも共有されている。

 

「私は視覚をランサーと共有していたのだ。英霊であるクー・フーリンと互角に渡り合える人間など規格外もいいところだ」

 

「互角などではなかった」

 

 葛木の偽らざる評価だった。

 ランサーが本気でなかったことやキャスターの援護もあって、辛うじて凌いでいたに過ぎない。

 

「謙遜するな。初手で大きなダメージを与えていたではないか。仮に対峙していた英霊がランサーでなければ、あれで終わっていた可能性もある」

 

「無意味な仮定だな」

 

 葛木は言峰という男と話しながら、疑念が湧いてきた。

 相手の都合などお構いなしに、深奥に押し入ってきていながら、どこまでも虚ろだ。もちろん興味はあるのだろう。だが、()()()()()()()()()と思っている。

 

「お前は何がしたいのだ?」

 

 この男は一体何を求めているのか?

 

「と言うと?」

 

「確かにお前は私に興味があるのだろう。本心から話をしたいと思っている。それなのに、自分自身にとってはどうでもいいことだともわかっているようだ」

 

 洞察力があり、人に対する関心も強い。人の神経を逆撫でして、その反応も楽しんでいる。

 だが、ただそれだけだ。

 葛木は自分が感じているのは、疑念や違和感ではないと気付き始めていた。

 

「これはまた」

 

 言峰は少しだけ、葛木を見て口角を上げた。

 

「お前には全てがどうでもいいのではないか?」

 

「ふむ。正しいのかもしれないな。普通、人間は自分が何かを得るために他の何かに干渉するのだからな。私は自分自身に対する望みが何もない」

 

「それでは、何のために聖杯戦争に関与している?」

 

「それは無論・・・」

 

「監督役だからという話ではない。お前はランサーのマスターだったのだろう」

 

 葛木は、言峰のやり過ごすような返答を先回りして封じた。

 

「ふふふ。いや、面白いな。葛木宗一郎。初対面でここまで私に斬りこんでくる人間がいようとは」

 

「お前は間違いなく、この戦いに参加する意義のある男だ」

 

「そうだな。私自身が得たいものはない。だが、私は出現したらいいと思っている物がある。それはおそらく無辜(むこ)の人々にとっては、()()()()()()()ではあるだろう」

 

「そうか」

 

 つい先ほどまでの葛木は、冬木に戻り、目的を果たして帰還するキャスターを待つか、それを果たせずに消えるキャスターの後を追うつもりだった。

 しかし、今、目的が変わったことを自覚した。

 そう。

 この男は・・・

 

「ここまででいい。送ってもらったことには礼を言おう」

 

 既に車は冬木市に戻ってきていた。

 外の景色も、市街地に入ってきたことを示している。

 

「お前と話すのは楽しい。また、会いたいものだ」

 

「私もだ」

 

 葛木宗一郎は、言峰綺礼の車を降りた。

 

 

 Interlude Out

 

 

 R turn

 

 

「今の私は無力よ。衛宮君は、近くにいる人間を必ず守ろうとするわ。私は役に立たないどころか、足手纏いになるだけ」

 

 凛は、極めて冷静に断定した。

 

「明朝、教会に向かうわ。本当は今すぐにでもと思うけど、ちょっと、体が動きそうにないの」

 

 士郎はその意思を尊重するしかなかった。

 その後、夕食を共にして、彼女はあてがわれた部屋へと戻っていった。

 私は頃合いを見計らって彼女の部屋を訪れた。

 

「凛。少しだけよろしいでしょうか?」

 

 障子を軽く叩きながら、確認する。

 

「珍しいわね。あなたが私に用なんて」

 

 凛が障子を開けて、中に招き入れてくれた。

 

「私がこのようなことを言っても、詮無いことかとは思いましたが、敢えてお話ししたいと思いました」

 

 凛に促されて、中央付近に据えられた小さな座卓に腰を下ろす。

 

「何かしら?」

 

 凛も座卓を挟んで向かい側に腰を下ろした。

 

「私は聖杯戦争が始まる1か月ほど前に召喚されましたが、知ってのとおり、その後は基本的に霊体化して慎二に同行していました」

 

「ええ」

 

「ですから、学校内などであなたの姿を目にしたり、慎二とのやり取りも見ていました」

 

「あ、確かにそういうことになるのか。ちょっと恥ずかしいわね」

 

 彼女は少しだけ顔を赤らめる。

 だが、私の知る限り学校内での彼女には隙は無く、恥ずかしい場面になどお目にかかったことはなかった。

 

「勿論、士郎と共闘するようになってからの状況も色々見てきました。あなたという人がどういう人なのか、わかっているつもりです」

 

「そう。折角だから聞かせて欲しいわ。あなたから見た私を」

 

「同じ女性として、あるいは人間として私はあなたを眩しいと思っていました」

 

「え?」

 

 彼女はキョトンとした。

 彼女は他人を眩しいなどと思うことは殆どないのだろう。

 

「その姿、生き様に。私は結果的にはこのような形で、反英霊とはいえサーヴァントとなりましたが、所詮はただのつまらない女に過ぎません」

 

「いや、そんなことは・・・」

 

「あなたは鮮やかです。それは、魔術師でなくなったとしても、そうだと思うのです。遠坂凛は、魔術師でなくても遠坂凛であると」

 

「・・・・・・」

 

「すいません。差し出がましいことを申しまして。あなたの失ったものの大きさは他人の私では絶対に測れないというのに」

 

「ううん。ありがとう、ライダー。あなたの気遣いは充分に感じられたわ」

 

 凛は優しく微笑んだ。

 これは気遣いなのだろうか?

 私はこうすることで、少しでも遠坂凛という少女に近付くことができるかもしれないと、そう思っただけのような気がするのだ。

 

「ふふ・・・それにしても何なのかしらね。ライダー。あの難儀だった女性が・・・こんなにも変わるなんて。やっぱり衛宮君は凄いわね」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、凛、それはつまり私は男次第で変わってしまうような女だということでもあります。士郎のお陰でこうなりましたが、相手次第では逆にもなってしまう。碌でもない男に引っ掛かれば、碌でもない女になるでしょう」

 

 生前から他人に引き摺られることが多かった。

 その本質は、今でも大きくは変わらないと感じている。

 

「そうかしら?」

 

 大空を羽ばたく鳥には、ピンとこない話かもしれない。

 

「桜やキャスターも同じかもしれません」

 

 断定するような言い方は避けたが、あの二人も私と同様だろう。

 桜は私に似ているし、キャスターなどは生前も現界後もある意味一貫している。

 

「でも、あなたは違う。そもそもそんな相手に引っ掛かったりしないし、万一そうなったとしても、あなたはあなたのままでしょう」

 

「何か酷いことを言われているのかもしれないわね。要するに頑固ってことかしら」

 

「ある意味、そうなのかもしれませんね。遠坂凛の芯は絶対に変わらない。あなたの聖杯戦争はこれで終わりかもしれません。でも、それが何だというのでしょう?」

 

 魔術師である遠坂家の当主として、彼女が殆どこれまでの人生を投じて、この戦いに臨んでいることは百も承知だ。

 それでも敢えてこう問い掛ける。

 問い掛けた時に、彼女がどんな答えに辿り着くか。

 私には自信があるからだ。

 

「そうね。私は私の存在全部を注ぎ込んで戦い、そして負けたわ。でも、私はまだ生きている」

 

「ええ。生きているということは、あなたの戦いは終わっていないということです」

 

「ありがとう。ライダー。あなたの言葉をこれからの支えにさせてもらうわ」

 

 彼女の瞳に少しだけ力が漲ったように感じられた。

 

「いいえ。誰もが当然のように理解している事実をお伝えしたに過ぎません。偶然、それが私だったというだけのことでしょう」

 

 心の赴くままに伝えたいことを伝え終えることができた。

 勿論、完全に吹っ切ることなど簡単にできるはずもない。

 それでも、彼女は立ち上がるはずだ。

 今、私はきっと微笑んでいるだろう。

 

「それでは、おやすみなさい」

 

「ええ・・・」

 

 そのまま就寝の挨拶を返してくるかと思ったが、凛は、何事かを考え込んでいるようだった。

 

「ライダー。衛宮君と・・・・・・」

 

 そう言い掛けて口を噤んだ。

 

「いいえ、衛宮君をよろしくね・・・・・・」

 

「はい。任せてください」

 

 私は凛の言葉に頷いた。

 私は立ち上がり、凛の部屋を後にした。

 廊下に出ると、ガラス越しに綺麗な月が眩しく輝いて見える。

 

「桜とアーチャーだったのでしょうね」

 

 彼女の飲み込んだ言葉には、きっとその二人の名前が含まれていたのだろう。

 だが、その二人を救う術は今のところない。

 凛もそれをわかっていたからこそ、口にすることができなかったのだ。

 

 

 Interlude in

 

 

 言峰綺礼の眼前には、知った男の背中があった。

 その男はかつて従えていたランサーが二度対峙したサーヴァントだ。

 だが、その頃とは在り方が大きく変貌しており、服装も雰囲気も変わっていた。

 

「・・・アーチャーだな?」

 

「ふん。誰かと思えば言峰綺礼か。直接話すのは・・・・まあ・・・初めてということにしておこうか」

 

 振り返ったアーチャーの手には一振りの剣が握られていた。

 長さとしては一般的な長剣よりやや短く、刃には龍が巻き付いたような意匠が凝らされていた。この造形では、剣としてはあまり役に立ちそうもない。

 

「何をしているのかな?」

 

 綺礼は、問い掛けながらも、アーチャーの向こうの光景を眺めた。

 そこは火の海と化していた。

 熱気が、露出した顔の肌を容赦なく炙る。

 

「それはこちらのセリフだ。監督役がこんな聖杯戦争参加者の拠点内部にまで入り込んでいいのか?」

 

 アーチャーと、言峰の立っている場所は、石造りの地下室の入り口であり、その下には階段が続いている。

 

「私は見てのとおり、ゴミ処理をしていただけだがな」

 

 燃えているのは、階段下の空間。

 より正確には、そこで蠢いている何百、何千というグロテスクな蟲達だった。それらは、この屋敷の主である間桐家が飼っている淫虫や刻印虫と呼ばれる魔術の媒介物である。

 

「なに。監督役として、保護しているマスターの自宅に空き巣が侵入していないか巡回に来たら、まんまと空き巣に出くわしたというだけの事だ」

 

 綺礼は間桐臓硯を中心とした間桐家がこの歪んだ聖杯戦争の主導権を握っているものの、その内情は複雑なものになっていることを感じていた。

 何か手掛かりになるものを期待してこの屋敷を訪れたが、住人が不在というだけでなく、内部への侵入者がいることに気付き、ここまで行き着いたのだった。

 

「物は言いようだな」

 

「だいぶ忙しく立ち回っているようだな、アーチャー。先ほど私の教会をキャスターが訪れたが、それもお前が原因だったようだったがな」

 

「私は、マスターの使いっ走りだ。振られる仕事が多いというだけに過ぎん」

 

「そうであれば、この仕事は間桐臓硯への嫌がらせというところかな?」

 

「言っただろう。ただのゴミ処理だと。不要な物を焼却しただけだ。ついでに・・・」

 

 禍々しいものになっているアーチャーの気配が、さらに剣呑な気配を帯びる。

 

「お前も処分してやろうか?どうせこの後、茶々を入れてくるつもりだろう」

 

「何を言う。私はあくまでも公正な監督役に過ぎん」

 

 綺礼は自分が殆ど不感症に近いくらい、この手の圧力に動じないという自覚があったが、それでもこのアーチャーの言葉に僅かに自分が気圧されたのを感じた。

 

「・・・まあいい。万一の場合の次善策としての価値がお前にはある」

 

 その言葉と同時に、アーチャーの気配が元に戻る。

 そして、綺礼の横を通って、部屋の出口へと向かっていく。

 

「・・・それに、お前には大したことはできないからな・・・」

 

 そう言い残して、アーチャーの背中は綺礼の視界から消えていった。

 当人が去ってもなお、濃厚な存在感がいつまでも残っているかのようだ。

 

「・・・まったく・・・どういう過程を経たら、人間はああも変わるのか・・・」

 

 綺礼は自身の神父服の襟を少し正すようにして、両手で服の内部に空気を送った。

 

「まあ、私も他人の事を言えた筋合いではないがな・・・」

 

 綺礼は暫く燃え続ける火の海を見ていたが、その炎は程なくして全ての対象を燃やし尽くすと、やがて自然と鎮まっていった。

 後に残ったのは、蟲達だったものの消し炭だけになっていた。

 

「さて、私もこの場を去るとするか」

 

 綺礼も踵を返して、階段を上って地下室を出た。

 

「ん?」

 

「なぜお前がここにいる?神父よ」

 

 玄関へと向かう廊下で問い掛けてきたのは、黒い衣を身に纏った髑髏のような白い仮面をつけた男だった。

 綺礼にはどことなく、10年前に自分が従えていたサーヴァントに似ているように思えた。

 

「アサシンだな?」

 

「何をしていた?」

 

 綺礼の反応を無視して、苛立たし気にアサシンと思しきサーヴァントは再度問い質してきた。

 

「予め言っておくが、この先の地下室を台無しにしたのは、私ではなくアーチャーだ。ちょうど入れ違いになったようだな」

 

 綺礼は後方を親指で示しながら言った。

 

「実際のところ、私はただの通りすがりに過ぎん」

 

 誤解を受けて、目の敵にされるのは避けたかった。

 

「アーチャーだと?」

 

「どうやら、お前の主はこの戦いをうまく操ってきたが、ここにきて制御できなくなりつつあるようだな」

 

「貴様に何がわかるというのか」

 

 綺礼の言葉には応じずにアサシンは地下室へと降りて行き、そしてすぐに戻って来た。

 

「あれは、アーチャーの仕業というわけか・・・」

 

「おそらく他にも蟲蔵はあるのだろうが、それでもあのご老人にとっては愉快ではないだろうな」

 

 綺礼は口元を歪めた。

 

「ふん。私から何か情報を得ようと思っても無駄だぞ」

 

「どうかね?アサシンよ」

 

 綺礼はその手を前に出し、あたかもアサシンを手招きするような姿勢になった。

 

「そもそも間桐臓硯の最終目的を果たすには、全てのサーヴァントを生贄として聖杯に捧げる必要がある」

 

「何だと?」

 

「そこには当然、お前も含まれるというわけだ。それを知っていて協力しているのかね?」

 

「妄言だな」

 

「どうかね?私と契約しないか?私には聖杯に願う望みなどない。聖杯はお前の望みを叶える為だけに使えば良い」

 

 綺礼は笑みを浮かべながら続けた。

 

「間桐臓硯は追い詰められつつある。それは、お前も薄々察しているのではないか?勝算も薄く、真実も明かさない主に忠義立てする事はあるまい」

 

 その言葉に対して、アサシンは嘲りの感情を見せた。

 

「見損なうなよ、紛い物の神父よ。私が見るところ、貴様の中身は()()()()()だ。必ずどこかで、他者には全く理解できないような理由で裏切るだろう」

 

「ほう。では、間桐臓硯は裏切らないと?」

 

「そのような保証を求めること自体が無意味だ。この戦いに限らず、誰もが心の深奥に秘匿するものがあろう。私の拠り所は、相手の持つ宿業だ。それが、私にとって納得のできるものかに尽きる」

 

「成程。言わば魂の色ということか」

 

 アサシンの姿が音もなく消え始める。

 

「そうだ。我が主の妄執は私に馴染むものだ。間違っても貴様のような空っぽの人間に私の宿願を託すことなどできんな・・・」

 

 その言葉とともに、アサシンは完全に姿を消していた。

 

「ふむ。なかなか律儀なことだが・・・要するに私よりも妖怪のほうがまだマシということかな」

 

 そう独り言ちて、綺礼は間桐邸を後にした。

 

 

 Interlude out

 




綺礼と葛木、アーチャーと綺礼、綺礼とアサシンという渋めの組み合わせによる会話が散りばめられた回です。
どれも書いてて楽しい会話シーンですが、特に綺礼とアサシンの会話は、本作においてアサシンの魅力を伝えられる数少ないシーンかなと思っています。彼は戦闘シーンでは噛ませ犬になっていることが多いので。
また、ライダーと凛の会話もいい感じに書けたのではないかと思います。
凛をどう表現するかで、その対話相手の心情や人間臭さを滲み出させることができます。相手の鏡としての役割を担えるのが、凛の凄いところなんだなと文章を書いてて気付かされます。
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