Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
E turn
「お前達か」
教会の重い扉を開けて中に入ると、すっかり聞き慣れた神父の低い声が礼拝堂内に響いた。
「キャスターの足取りについては、手掛かりを掴めたかね?」
「いや。結局わからなかった。夜になってから新都を巡ってみたが、今日はまだ動きがないようだし」
ライダーとのドライブの後に街へと戻ったが、残念ながらキャスターと出会うことはなかった。セイバーから告げられた時刻が近付いたため、この教会に向かったのだ。
「そうか。やはり行動している時でないと、捕捉するのは難しいようだな。私も使い魔を放っている。情報が入ったら教えてやろう」
「やけに協力的なんだな」
「仕事だ。これ以上一般社会を混乱させるようなことは、許容できん。さりとて、私にどうこうできる力はないからな。お前達の目的が彼女を止める事だというなら、手を貸すのも吝かではない」
「成程な」
利害は一致しているわけだ。
「その一方で・・・」
と言峰は続けた。
「お前達が来た経緯は凛から聞いている。とは言え、ここは本来不可侵領域だ。荒事は困るのだがね」
「それは、オレには何とも言えない。一方的にここに来いって指定されたんだから・・・」
と、話していると。
「士郎。後ろを見てください」
隣にいたライダーが開いたままの扉の外を振り返るように、オレに促した。
ザワワワワワ・・・
教会の正門からこの礼拝堂へと続く石畳。
その中心に黒い影が発生し、さらに、二次元だったそれは膨れ上がると球体を形作った。
以前に柳洞寺で見た直立した影を太らせたような形だ。
──―──―ザ──―──―
それが頂点から分裂して、黒い帯となり地面へと広がった。
「約束どおり来てくれたんですね。先輩」
その中から現れたのは桜だった。
以前見た時はこちらが満身創痍の状態だったが、まともな状態で見ても桜は以前とは全く変わってしまったことを再認識させられた。
その顔には酷薄な笑みが浮かんでいる。
こうして変貌する前には、決して見せることのなかった表情だ。
「桜・・・どうしてそんな姿に・・・」
理由は既に推測できている。それでもオレは桜本人から聞きたかった。少しでも話したかった。
しかし、
「兄さんが生きているって聞きました。だから、ここに来たんです」
桜はオレの質問には答えずに自分の聞きたいことを口にしながら、礼拝堂に向かって歩を進めてきた。
「む。彼を殺そうというのかね?」
様子を見ていた言峰が対峙するように前に出ながら尋ねる。
「違いますよ。神父さん。むしろ兄さんにはプレゼントを持ってきたんです」
「なんだと?」
「入れてもらえませんか?まあ、邪魔をするなら殺すだけですけどね。あなたでは私には勝てないこと、わかってるんでしょう?」
その言葉を聞き、言峰は止むを得ずという体で道を空けた。
桜はオレとライダーの横を通り抜け、礼拝堂に入っていく。
オレは何もできない。
場の空気を桜が完全に掌握していた。
「兄さんも、そして姉さんもいるんでしょう?せっかくですから、出てきてください。観客が多い方が盛り上がるというものでしょう?」
「桜・・・あんた・・・何が目的で・・・」
桜の声が届いたのだろう。
遠坂が祭壇の裏手から姿を現した。
「ふふふ。姉さん。如何ですか?魔術師でなくなった気分は?つまらないでしょう?苦しいでしょう?これまで散々偉そうにしてきたのに、ありふれた存在になってしまって」
「つまらないかどうかはこれからの行動で、私自身が決めるわ。ありふれた存在だって、それを卑下する理由なんてない」
遠坂は堂々と言い放った。
「ふん。強がりばっかり」
桜は少し苛立たし気に吐き捨てた。
「それにしても、兄さんが出てこないですね?早くしてくれませんか?」
桜が呼びかけるが、慎二は現れない。
「世話の焼ける兄さんですね」
桜は遠坂が出てきた祭壇裏の扉に入っていった。
そしてしばらくすると、慎二の車椅子を押して礼拝堂に戻ってきた。
「た・・・頼む!桜!殺さないでくれ。頼むから命だけは!」
慎二の顔は恐怖と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「少し静かにしてください。兄さん」
ブン・・・
桜が五月蝿そうに呟くと、黒い棘が空中に現れたかと思うより早く、その棘が伸びて、慎二の手の甲を貫いていた。
「ぎゃあああああああ〜!」
血塗れになった慎二が車椅子の上でのたうつ。
下半身が動かないので、倒れようがないのかもしれない。
「あ〜、もう、めんどくさい人ですね。余計、うるさくなっちゃったじゃないですか」
自分でしておきながら、まるで他人事のように桜が嘆息しながら肩をすくめた。
「話を進めたほうがいいんじゃないかしら?」
ここに保護されている最後の一人。
銀髪の少女、イリヤが現れた。
彼女は落ち着いた口調で桜に促しながら、そのまま、慎二の傍まで来ると、詠唱を始める。
治療するつもりなのだろう。
「ああああああ〜・・・頼む〜・・・早く、早く傷を塞いでくれ〜・・・今度こそ死んじまう〜・・・」
慎二が救いの主を見つけたように、イリヤに縋りつく。
「大丈夫よ。これくらいでは死なないわ」
イリヤは冷たく突き放して、治療に専念した。
「そうですね。この人の相手をしていると、夜が明けてしまいます」
桜はそう言って、慎二の元から離れた。
そして、この場にいる全員を見渡す。
オレ、ライダー、遠坂、言峰、それに慎二とイリヤがこの場にはいる。
「ふふ。7人もお客様がいますね。これだけいれば、いい晩餐会になりそうです」
7人?
ここには6人しかいない。
単なる数え間違いとも思えないが・・・
「私はこの姿になってから、ずっとある人を探していました。まあ、もしかしたら人じゃないかもですけど」
「人じゃないかも?」
オレは桜がこちらの想像の埒外の話を始めたことに面食らいながらも、矛盾に満ちた部分に思わず反応した。
「ええ。先輩も今日見たばっかりじゃないですか」
「今日・・・」
思い当たる人物が確かにいる。
「・・・・・・臓硯か?」
「流石、先輩ですね。話が早くて助かります」
人であって、人ではない。
確かにあれは、蟲だった。
「そうです。私はずっとお爺様を探してきました。より正確に言うなら、お爺様の本体です。お爺様の体は蟲の集合体に過ぎない。それが殺されようと痛くも痒くもない。なぜなら本体は別にいるのですから」
桜は自身の左胸に手を当てた。
まるで、自分の鼓動を測ろうとしているかのようだ。
「でも、私はお爺様がいつも近くにいると感じていました。私はお爺様に見張られていると。だから、私は常にあの人には抗い難いものを感じていました」
「見張られていたって?」
それは、うちの中での出来事も全て間桐臓硯に知られていたという事だろうか?
「だから、探っていたんです。お爺様の反応を」
ずぶり・・・
「「!?」」
オレ達は息を呑んだ。
桜は自分の手をそのまま胸の中へと突っ込んだのだ。
当然、血が溢れてくるが桜は気にも留めない。
しばらく、胸の中をまさぐるようにしていると、
「・・・見ぃつけた♪」
桜が胸から腕を引き抜いた。
キイィィィ!
人間のものではない甲高い音が堂内に響き渡る。
桜の手には、手の平程度の大きさのグロテスクな蟲が握られていた。
『・・・な・・・何をする桜!?』
おそらく魔術による念話なのだろう。
その蟲は狼狽して声を発した。
それは、確かに今日聞いた間桐臓硯の声と同じだった。
「うふふ、お爺様。初めまして、というのも変でしょうか?」
桜は自分の目線の高さまで、蟲をつまみ上げる。
『桜!貴様、儂をどうする気だ!?』
なす術もない蟲が桜の手の中でびちびちと悶えていた。
「わかっているんでしょう?この数日間アーチャー達がしてきた行動は、お爺様を追い詰めるためのものだったことくらい・・・そう言えば、神父さんも見たんでしたっけ?」
桜が言峰をチラリと見る。
「うん?・・・ああ、確かに昨夜な。アーチャーの目的は間桐臓硯の補給を絶つことで、焦りを誘うことだったわけだな」
言峰は、少し考えるように顎に手を当てて応じた。
「ええ。お爺様がいくら蟲で出来ているとは言え、それは無尽蔵というわけではありません。もちろん蟲蔵は、うちの地下だけではありませんので点在している管理地を虱潰しにしていったわけです」
『儂の長年の苦労を、台無しにしおって・・・!』
「もちろん、全部を潰せたわけではなかった筈ですが、私の中でお爺様の焦燥を感じていました。もしかしたら、お引越しも考えていましたか?」
『く・・・』
「体を再構成するにも魔力を使いますしね。今日になって、先輩達がお爺様の体の殆どを潰したことも大きかったです。邪魔なアサシンもこちらに都合よく斃してくれましたし。その点は感謝していますよ、先輩」
都合よく?
アサシンを斃すのは、戦力から考えれば桜達にとって難しくなかったはずだが。
『この小娘が!これまで育ててきた恩を忘れおって!』
「そうですね。結果的にこうなれたのは、お爺様のお陰と言えなくもないですね。私、こんなに自由で、解放された気分になれたのは本当に初めてです」
でも、と桜は続ける。
「そもそも、あんな地獄に閉じ込めたのは、あなたじゃないですか?聖杯の欠片を埋め込み、下らない欲望のためにネチネチと私の体を弄び、私がこうなるように育てたのもあなたです。間違いなく主犯ですよ」
オレがずっと寝ている間に、ライダー達が推測したことはほぼ正しかったようだ。
桜は、臓硯に聖杯の欠片を埋め込まれて育てられた。
「自業自得ってやつですよね?」
『いい気になるな!桜ぁ!』
ザァァァァァァァァァ
開いたままの扉の向こうに、夥しい数の蟲が集まってきた。
地面を這いずる芋虫のような蟲が大半を占めていた。
それらはやがて折り重なるようにして集まり、人間の姿を形作っていく。
「所詮は、お前が儂の人形に過ぎんことを思い知らせてやるわ!」
間桐臓硯となった蟲達が吠える。
しかし、その体の所々が欠損しているのが見て取れた。
片耳がなく、右腕の途中、左手の親指など本来あるべきものがない。
「お爺様。お体が足りていませんよ」
そう言って桜が右腕を突き出すと、僅かな時間の後、間桐臓硯の形をした蟲達を黒く丸い檻が包み込む。
「なんだと!?」
その檻が突然縮小すると、蟲達を圧迫した。
「ぎゃあああああああああ!」
殆どの蟲達が消失した。
僅かに残った衰弱した蟲達はそれぞれが逃げ出そうとするが、全て、黒い影に襲われ消えていった。
「もう少しマシな抵抗をしてもらわないと、折角集まっていただいたお客様方が退屈してしまいますよ。お爺様」
『ばかな・・・こんな一瞬で・・・』
臓硯は桜の相手にまるでならなかった。
「儂の不老不死の宿願が・・・』
「あなたの本当の望みはそんなものじゃなかった筈よ。マキリ」
黙っていたイリヤが、唐突に疑義を呈した。
マキリ?
アインツベルンの当主であるイリヤは、オレが知らないことをしっているということだろうが。
『・・・ふん・・・とうに忘れたわ・・・儂の唯一の望みは死なぬことじゃ・・・』
「・・・そう・・・」
『そのために、アンリマユのマスターとなり、同化しつつある桜を永遠の器とするために、事を運んできたというのに・・・』
マスター?
つまり桜とアンリマユの関係は、マスターとサーヴァントということなのか・・・
「・・・あなたのような普通の人間が500年生きるという事は、それだけ魂を摩耗させてしまうということなのかもしれないわね」
『ユスティーツァの紛い物の分際で・・・知ったふうな口を利きおるわ』
「あなたと語るべき事はもうないわ」
それだけを告げると、イリヤはついと顔を背けた。
それでも、蟲の呪詛は続く。
『あんなにも順調に事が進み、桜の覚醒にまで至ったというのに・・・』
「そうですね。私もびっくりしましたよ。この人達の裏切りには」
桜が表情を消して、オレとライダーを見たが、それも一瞬だった。
「でも、今日のメインディッシュはお爺様です♪」
弾むような口調で歌うように告げる。
「考えていたんですよ。どんな風にお料理したら美味しいかを」
桜は、周りにある顔を一通り見回すと、
「はい。今日の大当たりは兄さんですよ」
慎二の顔を見詰めて、嬉し気に微笑んだ。
「な?・・・ぼ・・・僕だって?」
「兄さんはどう思っていたんですか?お爺様のことを。物凄く怖がっていたんじゃないですか?」
「そんな・・・そんなわけあるもんか!」
言葉とは裏腹に、その体は震えていた。
臓硯に対する恐怖なのか、桜に対するものなのかは定かではなかったが。
「そんなお爺様が、『これ』なんですよ。笑っちゃいますよね?」
桜は掴んでいた蟲を慎二の足元に放り投げた。
びちっ
『ひいっ!?』
慎二は悲鳴を漏らした足元の蟲をじっくりと見詰めた。
「・・・これが・・・あの爺さん・・・こんな虫けらが・・・」
「そうですよ。それが本物のお爺様です」
桜が嗤いながら、胸の前で両手の指を組んだ。
「兄さんの自由にしていいですよ」
「・・・僕の・・・自由に?」
「はい」
桜に促された慎二は、徐々にその顔に笑みを浮かべていった。
「はは・・・ははは・・・これが、僕を支配してきたあのジジイだって言うのか・・・」
車椅子を僅かに動かす。
そのタイヤの先には放り出された蟲がいる。
びち
『ぎゃあああああ!』
尻尾のような部分に車椅子のタイヤが乗ると、蟲は耳障りな悲鳴をあげた。
「・・・お前のせいだ・・・お前のせいだ・・・お前のせいだ!」
『ぎゃあああああ!シンジィ・・・!やめろおぉぉぉ!』
「僕が魔術回路がなかったのはあんたのせいだ!あんたが出来損ないの魔術師だったからだ!僕がこんな体になったのもあんたのせいだ!僕をこんな戦いに巻き込みやがって!それもこれも全部、あんたの不老不死のためだって!?」
慎二はタイヤを小刻みに動かすことで、蟲に苦痛を与え続けた。
「ふざけんな!」
タイヤに踏みにじられた蟲は動かなくなった。
「おしまいにしてやるよ・・・」
慎二は上体を屈めると、蟲をつまみ上げた。
『・・・やめろ~・・・なんで500年生きた儂が貴様のような出来損ないに、こんな目に合わなくてはいかんのじゃあ・・・』
「僕は出来損ないなんかじゃない!」
慎二の腕に力がこもる。
「やめろ、慎二!」
自分がなぜ、制止の声を発したのかは全くわからなかった。
間桐臓硯に同情の余地など微塵もない。
自らの欲望のためだけに、桜を弄び、ライダーを罠に嵌めた。
間違いなく、殺すしかない相手だ。
「・・・ハハ・・・衛宮・・・こんな時でも僕を止めようとするんだな・・・だから、僕はお前が嫌いなんだ!」
『誰か!誰か助けてくれ~!』
誰も蟲の言葉に動く者はいなかった。
オレは半歩だけ足を前に出したが、そこまでだった。
―――――――――ブチュッッ―――――――――
有機物が潰れた音が、高い礼拝堂の天井にまで響いた。
それが、500年を生きた間桐臓硯という魔物の最期だった。
「「・・・・・・・・・」」
束の間の静寂が、暗い礼拝堂内を支配する。
「・・・楽しかったですか?兄さん。なかなかの名演でしたよ。これだけのお客さんに集まっていただいた甲斐があったというものです」
「は・・・はは・・・ハハハハハハ・・・これで終わり?あの爺さんが終わり・・・?」
「そうです。私達を支配してきたあのお爺様がこれで終わりなんです。呆気ないでしょう?」
くすりと桜は嗤って、踵を返した。
「さようなら。兄さん。そしてお爺様。本当にあなた達間桐家の人々は救いようがなかったですね」
そのまま礼拝堂の出口へと向かう。
オレは呆然としたまま桜を見詰めていることしかできなかった。
「桜。あんたこれ以上何をする気なの?」
遠坂が張りつめたままの場の空気を、無理やり引き裂くように問い掛けた。
「決まっているじゃないですか。そこの二人が本当のメインディッシュです」
桜はオレとライダーを交互に指差した。
「先輩、ライダー。あなた達とは明日の夜、決着をつけてあげますから柳洞寺まで来てください。お待ちしています」
「柳洞寺?」
「万全の状態で来てくださいね。でも、あまり遅くなるとアンリマユが溢れてきちゃうかもしれません。私も抑えきれなくなってきています。逃げようなんて考えないほうがいいですよ」
そう言い残して、桜は去っていった。
オレは闇夜に消える彼女の背中をただただ見送ることしかできなかった。
R turn
「はは・・・ははは・・・爺さんが死んだけど、だからって何が変わるわけでもないじゃないか・・・僕の体が治るわけじゃないし・・・」
慎二が頭を抱える。
「当たり前じゃない。何を今さら・・・」
凛が呆れたように慎二に対して険しい目線を向けた。
「だからって、どうしようもないじゃないか?あの桜に逆らったら、何をされるかわかったもんじゃない」
「ふん。どうだか」
凛は顔を背けた。
もはや見るに堪えないというところだろう。
「さて、それで衛宮君。私が言うのも申し訳ないんだけど、桜達に挑むのね?あっちにはセイバーも、アーチャーもいる。戦力的には相当厳しいと思うけど」
「ああ。勿論、準備を整えてからということになるけどな」
士郎が私に視線を送りながら、応えた。
私も同意を示すために頷く。
「そんなの無理に決まってるじゃないか!」
慎二が余計な口を挟んできた。
「勝てるわけないだろ。こいつじゃあ!」
言いながら、私を指差してきた。
「セイバーには一撃でやられたんだ。まるで相手にならなかった」
その認識を持っていたことに少しだけ驚いた。
「衛宮君、ライダー、イリヤ。場所を変えましょう。話したいことがあるの。こいつがいると、まともな会話ができないわ」
凛が私達に外に出るよう促してきた。
「そうだ。ライダー。また僕のサーヴァントになれよ」
不可解極まりないセリフが慎二の口から出てきた。
私は思わず、彼の方を向いてしまった。
「何を言っているのですか?」
妄言を通り越して、暴言としか言いようがない。
「どうせ、もうお終いなんだろ?だったら、僕と最後はいいことしようぜ。前みたいにさ」
「慎二。お前・・・」
士郎が顔を歪めた。
「お前だって、気持ち良さそうにしてたじゃないか。満更でもなかったんだろ?」
慎二の顔はだらしなく弛緩している。
「いい加減に・・・!」
隣で士郎が怒りのままに、慎二に殴りかかりそうになるのを私は彼の肩に手を置いて制した。
「ライダー?」
私は無言でこくりと頷き、目で士郎に意思を伝える。
「・・・信じているよ、ライダー。お終いにしてくるといい」
少年の有難い返事を背に、私は慎二に歩み寄る。
私の手には杭剣が握られている。
「待ちたまえ。彼は仮にも私の保護下にある。危害を加えることは・・・」
神父が私と慎二の間に立ち塞がるようにして、体を入れてくる。
だが、私が神父の耳元である事を囁くと、彼はすぐに道を譲った。
「・・・ふむ。そういうことであれば」
私は桜の令呪により、慎二には危害を加えられない。神父にはその事を伝えたのだ。
「な、なんだよ。コイツ・・・武器を持ってるぞ。僕を攻撃しようとしてるんじゃないか?何で止めないんだよ。言峰ぇ!」
慎二が怯えながら車椅子を後退させていく。
私は無言でそのままゆっくりと歩を進める。
「なんだよ!?ライダー!お前は僕のサーヴァントだった。僕のしもべだった。僕の物だった・・・なのに何でそんな目をして近寄ってくるんだよ!?」
じりじりと下がっていた慎二は、遂に壁際で行き止まりとなった。
私は彼との距離を詰め切った。
恐怖で醜く歪んだ青い髪の少年の顔。
これが私の最初のマスターの顔だ。
この世界に現界したあの日。私を従えた男。
それを間近に見下ろす。
「どうしたのですか、慎二。いいことしようって言ったのはあなたじゃないですか?」
ダンッ
私が手にしていた杭剣を落とすと、慎二の足から僅かに離れた床板に刺さった。
「ヒィィィ・・・」
「ご安心ください。慎二。私はあなたになど何の感情も抱いていない」
依然としてこのどうしようもない男を見下ろしながら、私は冷ややかに告げる。
「何度かあなたにこの体を与えましたが、私にとっては
士郎は今どんな顔をして、私を見ているのだろうか?
気にはなったが、目線は動かさない。
彼は私を信じると言ってくれた。
「蛞蝓?僕が蛞蝓だって言うのか?」
「そうです。虫ケラです。結局は、あなたもあの老人も同じです」
ダン!
今度は杭剣を慎二の頭の上の壁に突き立てた。
「でも、あなたは虫ケラでありながら、常に大事なところにいた」
そう。この男は自身の矮小さと比べ物にならないくらい重要なところにいたのだ。
それが、当人にも周囲にも不幸の極みだった。
「だからと言って同情の余地もありませんが・・・ただ一つだけ・・・」
そうたった一つだけ、この少年に価値を見出すことができるとすれば、
「士郎との出会いを与えてくれたことだけは、感謝しています。あの日、掃除を押し付けた彼の様子を僅かなりと気に掛け、弓道場に戻ろうとしたこと」
2週間前のあの夜が始まりだった。
「あの時のあなたにはまだ価値があった。しかし、そこまででした。それ以降、そして今、あなたには何もない」
私は、告げるべき最後の言葉を突きつけた。
「・・・僕には・・・僕にはなにも・・・?」
「あなたは存在しない人間です」
私はそう宣言すると、目を閉じた。
「・・・ハハ・・・ハハハハハハ」
この男に費やす言葉も時間も、これ以上は無駄でしかなかった。
言葉どおり、私は自分の中から間桐慎二の存在を消し去る。
「・・・ふう・・・」
疲れた・・・
あまりに無意味なモノに時間を割いてしまったことで暗澹とした気持ちに苛まれた。
「お疲れ様、ライダー」
振り返ると、そこには士郎が立っていた。
「外に出て気分を変えよう」
そして、いたわるような笑顔を私に向けてくれた。
「はい。士郎」
私はほっとして、全身の力が抜けていくのを感じた。
そして赤毛の少年は、私の背中に手を添えると優しく外の世界へと導いてくれた。
とういわけで、蟲爺様&慎二はご退場となりました。
この二人を活かすためには、徹底的に下衆として表現するよう心掛けたのですが、少し弱かったかなと反省しています。
途中で、桜がこの場にいる人数を7人と言っていたのは、蟲爺様を含めたとも解釈できますが、実のところ・・・
次話から14日目に入ります。
終章に向けて一層盛り上げていきたいと思いますので、もうしばらくお付き合いいただければと思います。