Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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間桐臓硯が最期を迎えた冬木教会から、新都方面へと向かう途上。


第34話 ~14日目①~ 「告げる」

 R turn

 

 

『使い魔から情報が得られた。キャスターの動きをようやく掴めたぞ』

 

 礼拝堂の外に出た私達は、伝えたいことがあるという凛の話を聞こうとしていた。

 しかし、神父からキャスターが例の魔力集めを始めたという情報を聞き、私と士郎はすぐに新都中心街に向かうことにした。

 キャスターと接触できる最後のチャンスかもしれないのだ。

 

『キャスターと一緒に、ここにもう一度戻って来るのよ』

 

 凛が真剣な表情で士郎に言った。

 それにしても、凛は魔術回路を壊した直接の相手であるキャスターには、本当に何のわだかまりも感じていないようだった。

 

『やっぱり、遠坂は凄いな』

 

 士郎は、そんな感想を漏らしていた。

 私も同感だ。

 理屈ではわかっていても、受け入れられないのが普通だろう。

 

 

 

 新都方面へと向かう道中。

 

「こういうのに、段々と違和感がなくなってきているな・・・」

 

 私の小脇に抱えられた士郎がちょっと不服そうにしている。

 彼としてみればこの状態は少し情けないと思っているのだろうが、これが一番速いのだから仕方ない。

 

「申し訳ありません、士郎。少しの間です。辛抱してください」

 

「いや・・・ライダーが謝るところじゃない。オレがもっと速く走れればいいんだから。申し訳ないのはこっちなんだ」

 

 士郎が頬を軽くかきながら、謝り返してきた。

 とは言え、人間が私の速度に合わせるのは無茶というものだろう。

 

「キャスターにはどう対処しますか?」

 

 士郎が不憫なので、この後のことに話題を変えることにした。

 この少年の事だ。どうするかは、既に考えているだろう。

 

「キャスターとはオレが話し合うから、ライダーは手を出さないでくれ。どちらにしろ向こうはオレには攻撃できないからな」

 

「承知しました」

 

「策と言えるかはわからないが・・・」

 

 と前置きした士郎は、キャスターへの対応策を聞かせてくれた。

 

「・・・そうですか。個人的には少し思うところもありますが、士郎の決めたことです。キャスターには・・・そうですね。かなり効果的だと思います」

 

 士郎の考えている内容には驚いたし、私としては心情的に複雑なものだったが有効なのは間違いないだろう。

 

「すまないな」

 

 士郎が私の心のさざ波を汲み取ったように謝ってきた。

 

「いいえ。あなたを信じていますから」

 

 偽りのない思いを返す。

 

「ありがとう」

 

 少年のその言葉で、私の心はいつものように満たされた。

 

 

 

 神父から伝えられた情報では、キャスターは新都オフィス街に建つこの街で最も大きいホテルに現れたようだ。宿泊客から魔力を吸収しようとしているのだろう。

 ホテルの入口に着いた私達が自動ドアを通ると、フロントのホテルマンがカウンターに突っ伏しているのが目に入った。

 

「どうやら間違いないようですね」

 

「ああ」

 

 その他にも初老の男性がロビーの奥のエレベーター付近に倒れている。

 おそらく宿泊客なのだろう。

 ロビーはかなり広く、多くのテーブルやソファが設えられていた。

 

「死んでいないよな・・・」

 

 士郎が倒れているホテルマンに近付き、念のため脈を確認した。

 

「相当、生気を吸われているみたいだな・・・ここまでやるなんて・・・」

 

 士郎がぐっと拳を握りしめて、こちらに戻ってこようとした時だった。

 

 ドン!

 

「くっ!?」

 

 突然、私の足元に光弾が撃ち込まれた。

 

「キャスターですか!?」

 

 叫びながら、私が光弾の飛んできた方向を見ると、案の定そこには紫色のローブを纏ったキャスターがいた。

 ロビーの奥。初老の男が倒れている傍に彼女は立っている。

 背後には複数の光弾が浮かんでおり、今にもこちらに向けて放たれそうだった。

 

「何の用かしら?ライダー。それに坊や」

 

 冷たい口調で、キャスターが問いかけてきた。

 被ったフードに隠れて、その表情はわからない。

 

「何の用も何もない。キャスター。一体どうしたって言うんだ?なぜこんな事をしているか教えてくれ」

 

 士郎の口調は、怒りと戸惑いがないまぜになっていた。

 

「こんな事?おかしな事を言うのね。私達は聖杯戦争をしているのよ。魔力を集め、力を蓄え、この戦いを勝ち抜き、そして願いを叶える。それのどこがおかしいと言うの?」

 

 不要な感情を交えまいとするかのように、キャスターの口調は不自然なほどに冷淡だ。

 

「だけどお前はそれを諦め、オレ達を何度も助けてくれたじゃないか」

 

 士郎は両手を広げて、訴えかける。

 

「諦めた・・・そうね。あの日、坊やに助けられた時、私の聖杯戦争は終わった。あとは宗一郎様と少しでも一緒にいられればいいと思ったわ」

 

 実際に、キャスターの望みはそう変わったはずだ。

 

「それに坊やには可能性を感じた。あの投影を見た時の驚きは今でも忘れられないわ。それにセイバーを失ったけど、ライダーがあなたにベタ惚れなのは、一目で分かったわ」

 

「な・・・なにを言って・・・」

 

 私は自分の顔が熱く火照るのを自覚する。

 

「私は坊やに賭けたわ」

 

 キャスターは私に構わず、続ける。

 

「もう一つの選択肢もあったはずだ。それでも、お前はそうはしなかった」

 

 士郎も少し顔を赤くしながらも、言葉を紡ぐ。

 直接、間接問わず士郎に危害を加えられないという制約(ギアス)にキャスターは縛られている。士郎が戦いを勝ち抜くということは、彼女にとっては自分が絶対に斃せない相手が生き残るという事でもある。それは、彼女自身は最終的な勝者になり得ないことにもなる。

 

「ええ。坊やが誰かに殺されれば、私は自由になれた。でも、私自身がそう仕向けることはできないし、柳洞寺に貯蔵した魔力を失った私には、その後、勝ち残るシナリオは描けなかったわ」

 

 彼女とすれば、手詰まりだったのだろう。

 

「それに、坊やには何も聖杯に託す望みがなかった。そして、ライダーにも。であれば、私が手を貸すことで、あわよくば、私の望みを叶えさせてくれるかもしれないと考えたのよ」

 

 そうでしょうね。

 彼女のこの考えには、私は概ね気付いていた。

 キャスターの望みは現世での受肉に他ならない。

 葛木と共に歩む人生を夢見た筈だ。

 これには、士郎も気付いていたのではないだろうか。

 

「卑しい思いでしょう?坊やを助けたのは全て打算に基づくものよ」

 

「確かにそういった計算はあったのでしょう。でも、あなたは純粋に士郎を憎からず思ってもいたはずです。それに、助けられた恩も踏みにじるようなことはできなかった」

 

 この点については、確信があった。

 私が士郎に向けるものとは方向性が違うとしても、彼女自身、この少年に好意を持っていたはずだ。

 

「そうね。多分、純粋に協力してあげたいという気持ちもあったわ。危なっかしくて見ていられなかったし」

 

「であれば、なぜ今さら裏切るような真似を?」

 

「わかっているんでしょう?お嬢さんの魔術回路を消したのは私なのよ。私は坊やの仲間を壊してしまった!魔術師が魔術師でなくなることの残酷さは充分にわかっていながら・・・結局、私はそういう女なのよ!」

 

 叫んだキャスターが腕を振るうと、浮かんでいた光弾が次々に私に迫る。

 

「くっ!完全に八つ当たりですね!」

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 慌てて躱すが、一発でもくらうとかなりの傷を負いそうな威力だ。

 以前は、魔力が乏しかったため、だいぶ加減しながら撃っていたのだろうが、今は充分な魔力量を確保しているということだろう。

 

「やめてくれ!キャスター!」

 

 士郎が制止しようとするが、今の彼女はほとんど自棄(やけ)だ。

 とても、止まらないだろう。

 私も士郎が巻き添えを食らわないように、彼から離れるようにして攻撃を躱していく。

 もしかしたら、私が士郎に近付くことでキャスターは制約(ギアス)の影響で攻撃ができなくなるのかもしれないが、そんな賭けをするつもりはなかった。

 

「所詮、私は裏切りの魔女に過ぎないのよ!それをまざまざと思い知らされたわ!」

 

「だから、オレ達との手を切って、魔力を集めて一人で戦うつもりだったのか?」

 

「そうよ。セイバーやアーチャーに勝てる気はしないけれど、やるしかないわ!」

 

「葛木は?あいつはどうしたんだ!?」

 

 士郎が私も気になっていたことを問い掛ける。

 葛木は少なくとも今この場にはいない。

 彼がいれば、キャスターのこの暴走も止められたかもしれないのだ。

 

「宗一郎様は、魔術で眠らせてこの街から遠ざけたわ。アーチャーの襲撃で、あの人は死にかけた。もうこれ以上、危険に曝したくないのよ」

 

 その言葉を聞いた士郎は、束の間、考え込むような素振りを見せた。

 

「眠らせた・・・か。だとすると・・・」

 

 なんだろうか?

 私には士郎が考えていることが全くわからなかった。葛木について、士郎だけが知っている何かがあるのかもしれない。

 

「なんにせよ、最愛の相手と別れた反動もあってヒステリーを起こしているわけですか?」

 

 士郎の様子を気にしながらも、私は思わず煽ってしまう。

 

「うるさいわね!あんたに何がわかるのよ、この大女!愛しい人の隣で最後まで戦えるあんたなんかに!」

 

 ドン!ドン!

 

 キャスターが再び光弾を打ち込んでくるが、かなり出鱈目な狙いになっているので、私は余裕を持って躱す。

 

「あなたがそれをできないのは、あなた自身が決めたことでしょうに」

 

「お黙りなさい!・・・そのうえ・・・私は・・・!」

 

 そう。

 彼女がこの暴挙に出た要因は、自分自身への不信、凛を壊したこと、葛木との別離。それらのほかに、もう一つあると私は考えていた。

 だけど、私はそれを士郎に聞かせるつもりはなかった。

 

「それ以上はやめなさい!」

 

 私は叫ぶと、バイザーを外した。

 魔眼を解放したのだが、圧倒的な魔力を持つキャスターは石化したりはしない。

 

「無駄に決まってるでしょう!そもそもそのバイザーを作ったのは誰だと思っているの!」

 

 勿論、わかっている。だが、ある程度の重圧をかけることと、私に注意を引き付けることだけが目的だ。

 目論見どおり、キャスターは先ほどの話を中断することになった。

 

「キャスター。お前の苦しみはわかった。でも、お前をこのまま暴走させるつもりはない」

 

 しばらく沈黙していた士郎がきっぱりと告げる。

 

「お前は本来、裏切りの魔女なんかじゃない。他人から押し付けられた歪んだ役割に縛られて、無理やり仮面を被る必要なんてない」

 

 少年はゆっくりと、キャスターに歩み寄っていく。

 この場面で彼を石化させるわけにはいかないので、私は外したバイザーを戻した。

 

「遠坂は大丈夫だ。お前に戻って来いって言っていた。魔術師じゃなくたって、遠坂は遠坂だ」

 

「何ですって?」

 

 キャスターが驚く。

 その間も、士郎はキャスターへの歩みを止めない。

 

「止まりなさい、坊や!」

 

「止まらない。お前を連れ戻す」

 

 士郎は止まらない。

 

「それ以上近付くと、この男を殺すわよ!」

 

 キャスターが、近くに倒れていた初老の男にその手を向ける。

 その手には既に魔力が充填されて、淡く光っていた。

 その気になれば、すぐにでも男を殺せるだろう。

 

「告げる」

 

「え?」

 

 士郎の口から紡がれた音節(フレーズ)に、キャスターは虚を突かれた。

 

「・・・汝の身は我が下に、我が命運は汝の賢に・・・」

 

「・・・坊や、まさか・・・」

 

「・・・聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら我に従え・・・」

 

「・・・私と契約を・・・?」

 

 キャスターが僅かに後ずさるが、士郎は構わず前に進む。

 

「・・・ならばこの命運、汝が賢に預けよう」

 

 士郎がキャスターの前で歩みを止める。

 既に二人の間に距離はなかった。

 

「・・・令呪もないのに・・・?」

 

「オレの魔力を持っていけ。キャスター」

 

「・・・坊や・・・あなたって人は・・・」

 

「オレはお前を助けたい。信じてくれ。キャスター」

 

 士郎の揺るぎのない瞳がキャスターの目を捉えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 かなりの時間、沈黙がその場を支配した。

 少年はその間、全く目を反らさず、瞬きもしない。

 私は知っている。

 こうなってしまえば、少年の勝ちだ。

 

「・・・・・・キャスターの名に懸け、誓いを受けましょう」

 

 キャスターは被っていたフードを外すと、目尻を下げる。

 あらゆる重さから解放された女の顔だった。

 

「・・・あなたを私の主として認めるわ。坊や」

 

 ふっと呆れたような笑いを漏らしながら、キャスターはそう応えた。

 

「あなたに賭けた私は間違っていたのかもしれないわね・・・こんなにも底無しのお莫迦さんだったなんて・・・」

 

「オレ、色んな奴に莫迦だ莫迦だって言われるな。心外なんだけど」

 

 士郎がキャスターに右手を差し出す。

 

「断っておくけど、あなたの魔力じゃ全然足りないわよ」

 

 そう言って、キャスターも右手を差し出し、差し伸べられた士郎の手をゆっくりと握り返した。

 彼女はしばらくして、もう片方の手を上に重ねた。

 

「・・・ああ・・・温かいわね・・・」

 

 裏切りの魔女と呼ばれた女は、少年の手を両手で握りしめながら俯く。

 やがて、嗚咽を漏らし始めた。

 

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・本当にごめんなさい・・・」

 

 零れ落ちた雫が二人の手を濡らしては、消えていく。

 ひたすら子供のように泣きじゃくる彼女の頭に、そっと少年の手が乗せられた。

 

「お帰り。キャスター」

 

 そこにあるのは、士郎の笑顔。

 家族の帰りを心待ちにしていた少年のそれだった。

 

 

 E turn

 

 

「いつまで、士郎に甘えているつもりですか?」

 

 永遠とも思えるくらい長い間、キャスターが泣き続けたので、オレは彼女の頭に置いた手を外す機会を失ってしまっていた。

 さらに言うなら、うっかり間違えると流れで彼女を抱きしめてしまいそうになるので、理性の力で堪えていたわけだが、横合いからのライダーの冷ややかな声で我に返る。

 

「せっかくだから、このまま抱きしめて貰おうと思っていたのに・・・本当に無粋な女ね」

 

 キャスターは、さっきまであれだけ泣いていたのが嘘のように、冷ややかな視線をライダーに送った。

 

「士郎諸共、宇宙の塵にしますよ」

 

 オレもですか?ライダーさん。

 

「冗談に決まっているじゃない。私を抱いていいのは、宗一郎様だけよ。坊やがそんな素振りを見せたら、燃やしてあげるわ」

 

 オレ、今、この聖杯戦争中で一番やばい場面だったわけですか?

 

「本当でしょうか?実は満更でもなかったんじゃないですか?」

 

 それでもライダーは追及の手を緩めない。

 

「・・・えっと・・・確かにだいぶクラッと・・・いえ・・・まあ、この話はこれくらいにしときましょう」

 

 珍しくキャスターのほうが、逃げを打つ形で幕引きとなった。

 オレも早くこの話題から逃れたい。

 ライダーの不快指数が急上昇しているのを、ひしひしと感じる。

 

「だいたい、士郎に契約してもらうなんてなんて羨ましい。こうなるように仕向けたんじゃないかと本気で私は疑ってますから」

 

 それは穿(うが)ちすぎというものだろうに。と思うが、今、口を挟むのは怖すぎるので止めておく。

 

「さっきも言ったけれど、坊やの魔力じゃ多寡が知れているわよ。むしろ、坊やが私に魔力を送る分負荷がかかるから、戦闘時にキツくなるわ」

 

 少し危惧していたが、やはりそうなってしまうのか。

 

「正直なところ、セイバーやアーチャーは対魔力があるから、私の魔術はあまり効かないの。だから、彼らとの戦闘では私は大して役には立たないわ。坊やのほうがよっぽど決め手になるのよ」

 

 買い被られている気もするが、キャスターの言うことを信じるなら、止めたほうがいいのだろうか。

 

「とは言え、一度結んだ契約の破棄の仕方なんて全くわからないな」

 

「私はその手段を持っているわ」

 

「そうなのか?流石だな」

 

 実際、どういう手段なのか興味がある。

 

「確かに可能なんだけれど・・・でも、ごめんなさい。ちょっと意地が悪かったわ」

 

 キャスターが少し態度を変えた。

 

「どういう事だ?」

 

「この契約を続けましょう。充分に意義があるわ。だからこそ、私は坊やのサーヴァントになることを受け入れたの。まあ、根負けしたっていうのも正直あるけれど」

 

「このままいくってことだな?それは、これからの戦いに有効でもあるってことか」

 

「ええ」

 

「具体的にはどう有効なのでしょうか?」

 

 ライダーは相変わらず喧嘩腰だ。

 納得できない内容だったら、本気でキャスターを攻撃しそうだ。

 

「魔力を坊やから私ではなく、私から坊やに送るわ」

 

 成程。キャスターならそんな芸当も可能なのか。

 有効な攻撃手段を持っているのは、オレだけど、オレにはそのための魔力がない。

 それをキャスターが供給するということだが、一つ疑問がある。

 

「それができるというなら確かに有効だと思うけど、キャスターには充分な魔力の貯蔵があるのか?」

 

 この問いに対して、キャスターはバツの悪そうな表情になった。

 

「坊やもよくよく痛いところを突いてくるわよね」

 

 正直に言うけれど、とキャスターは前置きして続けた。

 

「昨日、今日でだいぶ魔力を蓄えられたのよ。特に今日はホテル内の人間も多かったから。抵抗はあると思うけど、この点は受け入れて頂戴」

 

 つまり、多くの一般人を犠牲にして戦うということになるということだ。

 

「勿論、潤沢というわけじゃないけれど、あなたの魔術は、比較的、魔力消費が少ないからかなりの数の投影が可能よ」

 

 すんなりと受け入れられるものではなかった。先ほど確認したホテルマンにしても、だいぶ衰弱していた。

 だが、後遺症が残るようなものではなさそうだった。

 このあたりは、キャスターの生来の気性なのだろう。

 だからと言って許されるものではないが・・・

 

「・・・・・・わかった。この償いは、全てが終わった後にするしかない」

 

 キャスターは溜息をついた。

 

「坊やが背負うものじゃないでしょうに・・・」

 

「オレは、キャスターを救うと決めて契約した。お前の過ちはオレの過ちだ」

 

「本気で言っているから困るのよね。この坊やは」

 

「勿論、士郎は本気です。ですが、とにかく生き残らないと話になりません」

 

「ええ。私も生き残ることができたら、しっかりと償うわ」

 

「そうしてくれ。念のため聞くが、命に関わったり、後遺症が遺るような人はいないだろうな?」

 

 この点だけは、確認しなくてはいけない。

 そういった人がいる場合には、最低限の治療はすぐにしなければならないからだ。

 

「それは、絶対に大丈夫よ。充分に注意したもの。逆に言えば、本気で勝ち残るつもりなら、私のやり方は中途半端だったとも言えるわ」

 

 そう。

 キャスターはもっと徹底的に魔力集めをすることもできた筈だ。

 

「結局のところ、私も坊やに感化されていたってことでしょうね」

 

 それはどうだろうか?

 オレと会う前の昏睡事件も、死者や後遺症が残るような人はいなかったと聞いている。

 彼女の生来の気質としては、荒事を好まないのだろう。普段、無理に悪ぶっていても、簡単に一線を越えられるわけではないのだ。

 

「本当は、キャスターは戦いに向いていないんだろうな」

 

 オレはぽつりと呟いた。

 

「この惨状を見ると、その見解は疑わしいと思いますが・・・」

 

 ライダーが少し呆れたように突っ込んできた。

 広いロビーの床や壁には無数の穴が開いており、テーブルやソファなどが破壊され、散乱していた。

 人的、物的被害は甚大だ。また、言峰が頭を抱えるだろう。

 

「・・・ライダーが煽るからいけないのよ」

 

 キャスターが明後日の方向に目をやりながら、小声で反論した。

 

「急いで教会に戻ろう。早くこの事を言峰に報せる必要があるし、遠坂の話も聞かないといけない」

 

 オレ達は、ホテルを後にした。

 

 

 

 教会に戻ると、言峰は既に事後処理に奔走していて、不在だった。

 

「既に使い魔からの情報で、あいつは状況を掴んでいたわ。かなり大事(おおごと)になるって、焦ってたわよ」

 

 と、遠坂が教えてくれた。

 

「そうか。言峰には世話になりっ放しだな。申し訳ないが、本当に助かる」

 

 おそらく、この聖杯戦争中で最も大きな一般社会への被害だろう。

 

「衛宮君が気にしなくてもいいのよ。あいつの仕事なんだから。それにこの後の展開次第では、今回の事件なんてニュースにならないくらいとんでもない大惨事になるかもしれないわけだし」

 

 確かに、桜達に願望機としての聖杯を使われても、アンリマユが生まれても、この街だけに留まらない大惨事が起きるだろう。

 結果的には、今回の事件など大事の前の小事ということにもなりかねない。

 

「そんなことにはさせない。あのホテルでの被害がこの聖杯戦争の最大の被害ということにしてみせる」

 

「そうね。希望はあなた達よ。私は信じているわ」

 

 遠坂は強く頷いてくれた。

 

「・・・あの・・・お嬢さん・・・」

 

 キャスターが普段の態度からすると、ひどく落ち着きのない様子で、遠坂に近付いた。

 端的に言えば、オドオドしている。

 相手が最も大切にしていたはずのものを奪ったのだ。無理もないだろう。

 

「あら、キャスター。お帰りなさい。元鞘に収まったようで何よりよ。最後の戦いで、あなたの存在は絶対に必要なんだから」

 

 だが、キャスターの態度を余所に、遠坂の反応はそれだけだった。

 素っ気ないわけではない。

 本当にもう気にしていないのだ。

 遠坂がなんのわだかまりも抱いていないことは、本人から聞いていたし、理解もしていた。しかし、こうやって面前で見せられると改めて感心させられてしまう。

 鮮やかなものだった。

 

「え?」

 

 加害者側のキャスターは、思いっきり面食らうしかない。

 オレからは遠坂が気にしていないことを伝えてはいたが、丸々信じていたわけではないだろう。

 特に生粋の魔術師であるキャスターからすれば、魔術師でなくなることの重みをオレなんかより遥かに理解している筈だ。

 

「だいたい、あなた脅されてやっただけでしょう?包丁で刺されたからって、包丁を恨む奴がいるわけないじゃない」

 

「一般論で片付けたな」

 

 それにしても、どこかで聞いたことのある話だな。

 

「何よ?あなたも前に同じようなこと言ってたじゃない?」

 

「そうだったか?」

 

「だいたい私の場合、キャスターを脅した相手が私の落ち度であっち側になっちゃった奴だもの。前も言ったけど、自業自得なのよ」

 

「・・・そ・・・そう・・・だとしても私は間違いなくあなたにとって取返しのつかないことをしたわ。心からお詫びするわ」

 

 会話に全くついていけなくなっていたキャスターだったが、なんとか気を取り直して、伝えるべきことを伝えた。

 態度には表していないが、安堵していることだろう。

 

「わかったわ。あなたの気持ちはしっかり頂戴しておくから安心して。ま、取り返せなくたって、他の事をすればいいだけよね」

 

「普通は、自分が積み上げてきたものにしがみつくんだけどな」

 

「無駄なんだから仕方ないわよ」

 

 遠坂凛は過去の研鑽を、一言であっさりと放り投げた。

 

「あ、そう言えば、衛宮君。昨日、教えたことは役にたったのかしら?」

 

「ああ。ばっちりだ。助かったぞ」

 

 遠坂には、英霊と契約するときの詠唱を教えてもらっていたのだ。

 

「そう。なら良かったわ。キャスターと契約できたのね。何せ今の私じゃそれすら感じ取れないから」

 

 自嘲気味に遠坂は呟いた。

 

「そろそろ、本題に入りましょう」

 

 遠坂が自分に関わる話をバッサリ終わらせて、オレ達を見回した。

 

「私からは、柳洞寺から大聖杯に至る道について、伝えさせてもらうわ」

 

 

 

 遠坂の話は、柳洞寺と円蔵山、そして大聖杯が敷設された地下大空洞の構造や、そこに至る為のルートの詳細についてだった。 

 遠坂家は代々この冬木市の霊脈を管理する家柄で、そもそも大聖杯を敷設するための霊地を提供していたため、この辺りの事情に詳しかったということだった。

 

「桜達は、大聖杯を守るような配置で待ち構えていると思うけど、向こうが知らないルートもあるわ」

 

「ありがとう遠坂。教えてもらった道も有効活用させてもらう」

 

「まあ、これくらいしかできないんだどね。で、一旦、衛宮君の家に戻るのかしら?」

 

「ああ。先ずはオレの家に戻って準備を整えるつもりだ」

 

「そう。確かに自分の家の布団で寝たほうが、ぐっすり眠れるだろうしね」

 

 勿論それもあるが、最後の戦いのために工房(どぞう)からキャスターが作った道具(アイテム)などを持ち出す必要がある。

 

「私も士郎達と同行するわ。この状況ならその方がいいと思う」

 

 イリヤが同行を申し出てきた。

 オレとしては、ここに残ってもらったほうが安全な気がしていた。一方で、桜は柳洞寺で待つと言っていたが、その言葉を翻して教会を襲ってくる可能性もある。

 例えばアーチャーに襲撃されたら、言峰が対処できるとは思えなかった。

 

「キャスターが戻ってきた今となっては、オレ達といるほうが安全かもな」

 

「私もそう思うわ」

 

 とキャスターも同意したので、イリヤの申し出を受け入れることにした。 

 

「ライダー。少しだけ、衛宮君をお借りしてもいいかしら?」

 

 少し唐突に遠坂がライダーに声を掛けてきた。

 

「ええ。どうぞ。凛」

 

 いつの間にか、二人の間ではオレの所有権がライダーにあることになっているようだ。

 

「衛宮君。ちょっとだけ二人で話をしたいの」

 

「ああ」

 

 なんとなく話の内容を想像しながら、遠坂の後に続く。

 ライダー達三人から少し離れたところで、遠坂が止まった。

 

「あなたはとっくに気付いてるのよね?」

 

「アーチャーのことだな?」

 

「ええ」

 

 遠坂はあいつのマスターだった。

 あいつ自身が明かさなかったとしても、かなり早いうちから気付いていたのだろう。

 アーチャーが、衛宮士郎(オレ)の行き着いた一つの到達点である事に。

 

「勝ち目はあるのかしら?」

 

 遠坂は少し探るような目をした。

 その目は、少し矛盾した感情を孕んでいるように思えた。

 オレに勝って欲しいという思いと、そうでない思い。

 

「ああ」

 

 オレははっきりと頷く。

 勝てるなどと断言はできないが、可能性は確かにある。

 人間が何かを学ぶ時、そこにゴールがあると確信して学ぶのと、疑念を抱いて学ぶのでは習熟の度合いに大きな差が出る。

 オレはあいつというゴールを見据えて、その技術を学ぶことができた。

 

「オレは真似っこが得意だからな」

 

 くどい説明は省いて、敢えて茶化して笑って見せた。

 今の遠坂は、オレがアーチャーに勝つ方法を詳しく聞きたいわけではない。

 

「そうよね。あなたのことだもの。勝つための算段はあるわよね。それにライダー達もいるんだし、一人で戦うってわけじゃないものね」

 

「ああ」

 

 オレは頷いて見せた。

 きっと遠坂はオレと二人きりになって話そうと思っていたことを何も話せないままに終わるだろう。

 そもそも、自分が何を話そうとしたのかすらわかっていないに違いない。

 

「衛宮君。あいつの今の在り(よう)をしっかりと見届けてきて頂戴」

 

 絞り出すようにして、遠坂はそれだけをオレに頼んだ。

 

「ああ。任せてくれ。遠坂」

 

「頑張ってきてね、衛宮君。世界を救ってちゃんと生きて帰ってくるのよ」

 

 遠坂は手を差し出してきた。

 彼女はそれ以上の事は言ってはいけないと判断したのだろう。

 

「ああ」

 

 オレはその手を握り返した。

 遠坂だって、それがどんなに困難かわかっている。自分が何もできないことに憤りもあるかもしれない。

 

「行ってくるよ。遠坂」

 

 今はこの言葉だけで充分だ。

 無責任な約束も、過剰な決意もいらない。

 オレは遠坂に手を振って、ライダー達の元へと戻っていく。

 遠坂はアーチャーの事で沢山思うところがある筈だ。

 迷惑をかけられることもあったとは言え、頼りになる相棒だった。オレから見ても恰好いいと見惚れてしまう場面も沢山あった。

 遠坂はあいつに命を救われ、そして、あいつに魔術師としての人生を奪われた。

【魔術師】遠坂凛の死か・・・

 

「あいつはそれを・・・どう捉えていたんだろうな」

 

 オレは何気なくその疑問を声に出してみた。

 アーチャーの考えなど全くわからない。

 桜に取り込まれる前から、あいつの行動はわけがわからなかった。

 だが、決戦の場に辿り着く時、桜の隣には必ずあいつがいる。

 それだけははっきりとわかる。

 

「きっと、ケリってやつをつけなくちゃいけないんだろうな」

 

 オレ、ライダー、キャスター、イリヤの4人は教会の門を開けて、外に出た。

 それを遠坂が見送る。

 この戦いの最後の時が近付いている。

 






キャスターさんに焦点を当てた回でした。
本作では彼女は真っ当な常識人として表現してきましたが、今回はいつも以上に気合を入れて、彼女の良さが滲み出るよう丁寧に書きました。
もし次作を書くとしたら、キャスタールートだろうなと思っています。

次回はいよいよ(?)、「綺礼VS葛木」です。
お楽しみにしている読者の方が3人くらいいたら嬉しいです。
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