Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
E turn
意外な程に明るい洞窟の奥には、以前とは大きく変わってしまった二人の姿があり、その向こうには大聖杯と思しき巨大な柱も見えていた。
「来たか。小僧」
桜と何事かを話していたのか、手前にいるアーチャーが背を向けた状態で首だけをこちらに向けてきた。
「いらっしゃいませ。先輩」
桜はそのアーチャーの向こう側、少しせり上がった高台の上に立っている。
【裏口】から洞窟内へと入ったオレは、通路を通ってここまで辿り着いた。オレとしてはアーチャーの攻撃を止めるために【裏口】から来たのだが、奴は早々に攻撃を止めて、ここに戻ったということだろう。
「お前一人ということは、ライダーはセイバーと相討ちにでもなったか?」
桜に取り込まれた後のアーチャーと直接会うのは、これが初めてだった。セイバーと同じく、全体的に色調が黒くなっており、禍々しい雰囲気があるが、口調などは大きく変わっていないようだった。
「いいえ、先輩。ライダーとのパスはまだ残っています。多分、今はまだ回復していないんじゃないでしょうか」
「そうか。では、邪魔が入らないように気を付けていてくれ」
オレは、二人のやり取りを聞きながら、途方もない違和感を覚えていた。
桜は、アーチャーの事を『先輩』と呼んでいる。
それは確かに間違いではない。
「・・・『先輩』・・・か。桜にももうわかっているんだな・・・」
思わず、確認せずにはいられなかった。
「勿論です。はっきりしたのは、マスターとサーヴァントという関係になってからですけど、一緒にお料理を作っていた時からなんとなくわかっていました」
確かに桜なら気付くかもしれない。
オレも料理の味加減は、確信に至る材料の一つだった。
とは言え、今はこの事をこれ以上掘り下げても進展があるとは思えなかった。
「桜。お前がそうなってしまったことの一つの原因がオレであることはわかっている」
今は何より、変わり果ててしまった桜を元に戻さなければならない。
「うふふ。今となってはそんなにお気になさらずともいいですよ」
吹っ切れたということだろうか?オレには、桜の言葉の意味するところがわからなかった。
「私、今、とっても自由なんです」
桜はその言葉のとおり、自分が自由であるという事を示すように両手を広げた。
「ずっと桜を支配していた臓硯を殺したからか?」
先日の教会での出来事をオレは思い浮かべた。
簡単に殺すだけでは飽き足らない。そんな思いが込められた振舞いだった。
「それもあります」
桜は嘲るような笑みを浮かべた。
「お爺様を殺し、私を助けてくれなかった姉さんを壊し、それに大嫌いなこの街の人たちもたくさん殺しました。本当にいい気味でした」
街の人・・・
この時、オレは絶望的な気持ちになった。
「・・・桜。お前はそんな子じゃない。オレはお前を解放して、必ず元に戻してやる・・・」
絞り出すようにオレがこの言葉を桜に告げた時、背を向けていたアーチャーの雰囲気が変わり、こちらに体を向けてきた。
「うふふ。できるものならやってみてください、先輩」
あくまでも桜は悠然と応じた。
「でも、先輩が
桜はそう言いながら、下にいるアーチャーへと視線を向けた。
「それじゃ、先輩、思う存分やっちゃってください。男と男の意地を賭けた戦いの邪魔をするほど、私は空気の読めない女じゃありませんから」
アーチャーは聞こえよがしに、ふう、とため息をついた。
「桜。勘違いしているぞ。別に私はそんなもののために戦うわけではない」
「そうなんですか?こういう時ってだいたい男同士の意地とプライドを賭けて戦うものだと思ってました」
「訂正するのも疲れるから、もうそれでいい」
「何ですか、それ。ちょっと傷つきます」
桜は頬を膨らませた。
だがアーチャーは意に介さず、桜との会話を打ち切って今度はオレに語りかけてくる。
「さて、小僧。正直なところ、オレはお前に対して、
「何だって?」
「オレの最初の目的は、お前を殺す事だった」
柳洞寺で散々襲ってきた時のことを思い出す。
ライダーが守ってくれなければ、オレは間違いなく殺されていた。
「それは、わかっている。殺る気満々だったからな。近親憎悪か?それとも、過去の自分を殺して今の自分を変えたかったとか?」
「まあ、そんなところだ」
奴は雑に肯定したが、本当なのかはさっぱりわからない反応だった。
今となっては、どうでもいいということだろう。
「いずれにせよ、お前はオレが殺したかったお前ではなかった」
おかしな言い回しだった。
だが、長年忘れていた自分の過去の姿を、間近に見せられた人間の心理などそうそう理解できるわけもない。
「だからどうでもよくなったわけだな。人違いだったって言葉はある意味正しかったわけだ」
一週間以上前になるだろうか。遠坂の家での会話を思い出す。
「そうだ。だが、今は、改めてお前を殺す理由ができた」
「それは、お前が闇に堕ちたからだな。遠坂から魔術刻印を奪い、アンリマユを誕生させて、災厄をもたらそうとしているお前をオレが止めようとしているからだ」
正確にはこいつの目的はわからない。だが、少なくとも、オレとこいつは明らかに敵対するしかない立場にいる。
オレ達は戦うしかない関係だと。
こいつの剝き出しの殺意はそれをはっきりとオレに告げていた。
「ふん。いちいち訂正してやる義理はないな」
アーチャーは両手に双剣を生み出した。
「
オレも奴に対抗するために、同じ剣を生み出す。
セイバーとの戦いから立て続けの投影だが、キャスターからの魔力供給もあり、今のところ問題はない。
しかし、詠唱が必要なオレと、それを不要とするほどにあの双剣を使いこなせるアーチャー。
力の差は歴然としている。
それでも負けるわけにはいかない。
「オレはお前を斃し、桜を救ってみせる!」
オレは決意を口にして、双剣を構える。
「今、私がお前を殺したくて仕方がないのは・・・」
アーチャーが歯ぎしりをして、双剣を構えた。
「その勘違いを許せんからだ!」
ダンッ!
オレとアーチャーは、同時にお互いに向かって駆け出した。
ギギィィン!
オレと奴が左右の手に持つそれぞれの白い剣と黒い剣が、二つの十字を形作って、せめぎ合う。
「ぐ・・・」
「ぬう・・・」
剣を絡ませて押し合う力は殆ど互角だった。
その場でお互いに足を地面に踏みしめて、押し込もうとするが動かない。
「ち・・・しっかり準備してきているというわけだな・・・」
奴の顔がオレの目の前で歪んでいる。
「当たり前だろう・・・」
オレは、キャスターの強化魔術が封じられた薬を予め飲んでいた。
そうでなくては、英霊であるアーチャーと互角に力比べができるわけもない。
「それに、お前の投影は、その武器の保有者の技術も模倣できる」
最初はわからなかったが、この投影は、生み出した武具の所有者の技量までも自身のものとできる。
オレが投影しているのは、アーチャーが投影した双剣なのだから、アーチャーの技も模倣できる。本来なら、この双剣の歴史上の使い手の技を模倣することになるのだろうが、この双剣はもはやアーチャーのものとして定義されているのだろう。
「ふ・・・そうだな・・・だから互角の戦いができる自信があるという事か・・・」
ィィィンッ──―
拮抗していたオレとアーチャーは一度離れて、再び剣を交え始めた。
ガギィ!ギンッ!ガンッッ!
白い剣と黒い剣が、お互いに吸い寄せられるようにせめぎ合う。
洞窟内にはリズミカルと表現してもいい剣戟の音が、暫くの間木霊し続けた。
「実際に、こうして互角の状況を作られるとはな・・・」
ギギィィン!
アーチャーの呟きのとおり、オレは互角の戦いができていた。
これならなんとかなる。
再び、オレとアーチャーの双剣が二つの十字を作って、噛み合う。
ィンッ!
先程と同様に、オレとアーチャーは拮抗していた剣を弾くが、今度はお互いにその場に踏み止まった。
「はぁっ!」
「つあぁ!」
オレもアーチャーも今度は、左の黒剣を突き出すが、いずれも体を捻って躱す。
「ふっ!」
続け様にアーチャーは右の白剣を横薙ぎに振るってくる。
ガンッ!
その斬撃をオレは先ほど攻撃として使った左の黒剣をすかさず防御に回して受け止めながら、今度は白剣を突き出す。
「ちっ!?」
この攻撃に対して、アーチャーが少し慌てたように、大きく跳んで後退する。
オレはそれを追う。
ここは畳みかけるべきだ。
「技術を真似るだけじゃない・・・」
オレとこいつには違う点がある。
「オレは、この剣を振るうお前に憧れた!」
間合いを詰めて、立て続けに両手の剣で突きを繰り出す。
ギンッ!ギンッ!ギンッ!ギンッ!
オレの連続した突きに対して、アーチャーは止むを得ず、両手の剣で弾きながら後退していく。
「小僧め・・・」
癪な話だが、アーチャーに憧れたオレは、自然とこいつと戦うことをいつもイメージし、実際に稽古をしてきた。あいつの戦いを見る度に、剣技、足捌き、戦術、癖、それら全てを目に焼き付け、何度も思い返してきた。
オレは、こいつの動きがわかる。
一方、アーチャーは、オレなんかを戦う相手として想定したことなどないだろう。
そこにオレの勝機がある。
「生意気だ!!」
下がり続けたアーチャーは状況を変えようと、オレの剣を躱しながら上体を屈めて、弧を描くようにしてオレの足を狙った回し蹴りを放ってきた。
だが、この動きもオレの予測の範囲内だった。
「はぁぁっ!!」
オレは軽く跳んでその蹴りを躱すと、双剣を思いっきり奴の顔面に向けて斬り下ろした。
ガインッ!!
「ぐっ!!」
アーチャーは体勢を崩しながらもオレの剣を食い止めようとしたが、受けきれず左右の双剣を落とした。
「ぬうぅぅっ!」
アーチャーは大きく間合いをとりながら、再び両掌を開いて、剣を生み出し始める。
アーチャーは瞬時に剣を投影できるが、些細ではあるが確かな隙だった。
ここで決める!
「鶴翼三連!」
右手に黒剣、左手に白剣を手にしたアーチャーを追いながら、オレは叫んで、持っていた双剣を両方とも投じた。
夫婦剣は、アーチャーに向けて左右に分かれて弧を描き飛んでいく。そして、磁力があるかのように一気に加速して奴の体に向かっていく。
「
オレはアーチャーに接近しながら、空いた手に再度双剣を生み出した。
「舐めるなよ!」
挟み込むように高速で飛来したオレの双剣をアーチャーは手にした同じ剣、すなわち白剣を白剣で、黒剣は黒剣で弾き飛ばす。
オレの投げた双剣は大きく弾かれたが、対になる黒剣と白剣は引かれあう性質を持っているため、再びアーチャーの背後へと戻るべく弧を描く。
だが、
「はっ!」
アーチャーは、自身の黒剣をオレの白剣に向けて、白剣をオレの黒剣に向けて投じ、また、双剣を投影する。
キンッ!ギンッ!
「なっ!?」
すると、オレの剣は、近くに飛んできたアーチャーの剣に吸い寄せられるようにして衝突し、軌道を変えてしまった。
「
だが、依然として状況はこちらが有利な筈だ。
一瞬、戸惑いながらも、オレは手にした双剣を強化してアーチャーに叩きつけた。
オレの攻撃に反応したアーチャーは、双剣で再び防ぐ。
ガッッ!!
「え?」
手応えが今までと違う?
オレの手にした剣は先ほどまで打ち合っていた時と違う感触を伝えてきた。有体に言えば今までよりも
一方、強化したオレの剣とぶつかったことでアーチャーの双剣は、ひびが入っていた。
アーチャーはその剣から手を離す。
「技に溺れたな。衛宮士郎」
素手になったアーチャーだが、その顔にはオレを嘲る笑いが浮かんでいた。
攻撃を仕掛けた筈のオレは、想定外に剣を大きく弾かれたことで体勢が崩れてしまっていた。
まずい・・・
一瞬そんな言葉が脳裏を過ぎり、
ゴッ!
目の中に強烈な火花が散った。
気付くと顔面に奴の拳が直撃し、オレの体は吹っ飛んでいた。
ダダンッ
「ぐっ!はっ!!」
地面に叩きつけられたことで、一瞬、息ができなくなっていた。
ゴスッ!
必死に空気を求めたオレの胸に今度は奴の蹴りが見舞われ、再び大きく飛ばされた。
オレはそのまま地面を大きく転がっていった。
「がああぁぁぁ・・・!」
キャスターの薬で体が強化されていなければ、これだけで終わっていたかもしれない。
「調子に乗るなよ、小僧」
アーチャーはのたうち回るオレを見下ろしていた。
R turn
「・・・士郎」
士郎が去ってからまだ、そう時間は経過していない。
私自身の回復もまだ充分にはほど遠い。
それでも、これ以上ここに留まることなどできない。
1秒遅れることで少年が傷つき、10秒遅れることで少年が死ぬかもしれない。
「もう行かなくては」
私は重い体に鞭打って走る。
先ずは、士郎に伝えられたことを果たさなければならない。
正直なところ、それですらも躊躇ってしまう。多少の時間を要するからだ。
本当なら、とにかく早く士郎の元に行きたい。
だが、生き残る最善の策と、少年がそう言ったのを信じた。
私は、持っていたキャスターとの連絡用の符を破る。
「キャスター、無事でいてください」
先ほど、強烈な宝具による連続した掃射があり、それは柳洞寺裏手の池付近に着弾していた。予定では、キャスターとイリヤスフィールがその辺りにいた筈なのだ。
私が倒れていた地点からその池はそう遠くない。
池の縁にはすぐに着いた。
直撃を受けたら並のサーヴァントでは一溜りもないだろう、と戦慄するのとほぼ同時に、持っていた符が熱くなるのを感じた。
こちらが符を破ったのに応じて、キャスターが自身の符を破ったのだ。
つまり、彼女は生きているということだ。
「どこですか?」
すぐに符に触れると、相手のいる場所が頭に飛び込んできた。
池を挟んで反対側の森の中だ。
再び私は全力で走り、その場所へと向かった。
「キャスター!」
いた。
傷だらけのキャスターが、池にほど近い森の中、木に寄りかかるようにして座り込んでいた。
「・・・ライダー・・・?」
意識もある。
こちらが符を破ったのに応じたのだから、当たり前だが、それでも安堵する。
彼女が消えれば、士郎への魔力供給が途絶える。
それは、今、戦っている筈の士郎の敗北と死に直結する。
「どうして、あなたがここに?・・・坊やは?」
キャスターは傷ついてはいるが、意識ははっきりしている。
致命傷ではないのは明らかだ。
そもそも彼女の魔術をもってすれば、この程度の傷はすぐに治療できるだろう。
「一人で、地下洞に向かいました。私もすぐに追うつもりですが、士郎がその前にあなたに会うようにと」
「坊やが?」
「ええ。一刻を争います。早く済ませましょう。元々予定していた事を早めるだけなのですから」
「そういうことね」
キャスターは、私が何をしようとしているのか理解したようだった。
「あなたには負担を掛けますが」
「それは仕方ないわよ」
「あなたが自分の治療をしないのは、できるだけ士郎への魔力供給を優先するためですか?」
確認しておくべき点だった。
仮に今の時点でキャスターが自分の治療もできない程に魔力が底を着いているようでは、これからやることは無意味どころか、完全に悪手になる。
「そうよ。私の傷を治す為なんかに、貴重な魔力は使えない。だけどまだ魔力自体は大丈夫。坊やも無闇に投影をしているわけではないから」
「やはりそうでしたか」
「それでも、背水ということになるわね」
「ええ。ですが、勝利を得るための貴重な
「わかったわ。早くやりましょう。坊やが心配だわ」
同感だった。
「それでは始めましょう」
私達は、事を成すための準備に取り掛かった。
本作のクライマックスといっていい「士郎vsアーチャー」です。
この戦いは、1話で投稿予定だったのですが、1万2千字を超えていたため、ギリギリまで悩んで2話構成としました。タイトルも急造です。
次話「ケモノタチ」をお楽しみにしてください。