Fate/√knight 【ムラサキノウエ】 作:わが立つ杣
E turn
「ようやく形勢逆転ですか。もしかしたら、あのまま負けちゃうのかと思いましたよ、先輩」
高所から戦いを見守っていた桜が、アーチャーをからかった。
アーチャーはオレを蹴った場所に留まり、桜をチラリと見上げた。
「実際、あのまま地味に削られたら厄介だったな」
「そしたら、本当にカッコ悪かったですよ」
「そうならずに済んだのはこいつのミスのお陰だな。まあ、あの流れの中で、早めに勝負を決めたいと思うのは止むを得んがな」
「・・・くっ・・・」
オレは、力の入らない膝を叩きながら、何とか立ち上がった。
アーチャーの言うとおりだった。
いくら、キャスターから魔力を供給されているとは言え、それは有限だ。桜から永続的に魔力を供給されるアーチャーと投影による武具の撃ち合いになっては、勝ち目はない。
「勝機のある限定された戦いで終わらせたかったのだろう。まあ、こちらもこの洞窟内という状況を考慮すると、あまり派手な攻撃がし難いところではあるがな」
「・・・防いだお前の剣に大きく弾かれたのは、持つ剣を逆にしたからだな?」
オレもそうだが、あいつも右手に白剣、左手に黒剣で戦い続けていた。しかし、あいつは先程投影しなおした時、その剣を逆に替えたのだ。あの瞬間は、違和感を感じたのみで、その理由はわからなかったが、思い返せばそうだったことに気付いた。
「そうだ。干将と莫邪はお互いに引き付け合う。ずっと違う剣で引き付け合いながら打ち合ってきたが、先ほどは同じ剣同士で交わることになったので、相対的に大きく弾かれたわけだ」
アーチャーは双剣を手にして、ゆっくりとこちらに歩みを進めていた。
「終わりだ。衛宮士郎」
「終わるわけにはいかないさ。
詠唱して、オレも双剣を生み出す。
「そもそも、お前は桜を救うと言った。確かに黒化した桜を元に戻す方策は、お前なりに考えているのだろう。無策でそれを放言するような阿呆でもあるまい」
「ああ。ある」
キャスターの宝具を知ったことで、オレ達は桜を元に戻す方法に行き着いていた。
「だが、その手段が仮に有効だったとして、今の桜を元に戻してどうする?」
「なんだって?」
ポンと無造作に、思いもよらない問いが放り投げられてきた。
あの状態の桜を肯定できるわけがない、とオレはずっと思ってきた。
「桜は既に自分の意思で多くの無辜の人間を殺している。つまり大量殺人者だ。魔術師という立場上、単純に法の裁きの対象になるわけではないが・・・思い返してみろ。お前の傍らにいた少女は、その罪の重さに耐えられるのか?」
「・・・そ・・・それは・・・」
オレは反論できなかった。
それは、先ほど、桜が街の人を殺した、とあっさりと言った時に感じた危惧だった。もはや、後戻りのできないところまで来てしまったのかもしれないという恐怖でもある。
遠坂への仕打ちや、臓硯を慎二に殺させたことは、聖杯戦争という特殊な条件下の、魔術師同士の争いとして止むを得ない事案と言えなくもない。
だが、数多くの一般人を意図的に殺したというのは、一線を超えてしまっている。
「彼女が罪の意識に苛まれ絶望する時、お前は常に傍らに寄り添い、自分を
無理だ。
オレは、既に違う女性のためにその選択肢を使った。
「きっと桜は罪の意識を抱え、生きながら死んだような人生を歩みながらも、お前たちに心配させまいと空虚な笑顔を見せ続けるだろう」
残酷なまでに鮮明に、オレには、その桜の笑顔が想像できてしまった。
「そんな生き様のどこに救いがある?」
ない。
生き地獄だ。
「それでも彼女のためだと貴様は言い張れるのか!!!」
既にオレの眼前に来ていたアーチャーが、大きく振りかぶった白剣を力任せにオレに斬り下ろしてきた。
そこには、磨き上げられた技術も、洗練された精密さも、何もありはしなかった。
怒れる男がたまたまそこにあった包丁を、ただ力任せに振り下ろしたようなものだった。
ガツンッッ!!
反射だけでオレはその一撃を黒剣で何とか受けたが、また大きく弾き飛ばされていた。
アーチャーは再び、こちらへとゆっくり歩み寄ってくる。
地面に転がったオレは、ぼんやりとその様子を眺めた。
「この世界は桜を救うことはなかった。この世界では、彼女はこちら側に来ることで初めて解放された。正確には間桐臓硯を殺したことでな」
確かにそうだろう。
桜にとっては、ここは救いのない地獄だった。
助けてくれるかもしれないと期待した姉は事態に気付かず、優しく接してきた先輩はただ思わせぶりなだけの中途半端な役立たずだったわけだ。
「聖杯と化した桜に残された時間は僅かしかない」
見た目にはわからないが、英霊を取り込んだ桜は徐々に壊れている。それは、取り込めば、取り込むほどに深刻になる。アーチャー達がキャスターやライダーを積極的に殺そうとしなかったのはそのためではないかと、イリヤは話していた。
そして時間の経過によっても、このままではいずれ自我が崩壊する。また、アンリマユが完全に生まれてしまった場合も、桜の意識は乗っ取られる事になるだろう。
「守護者である私に本来与えられた役割は、乱れた世界の修正であり、人類を守ることだ」
憤りを含むアーチャーの言葉は続いた。
守護者とは何なのか?
「だが、今の私にはそんなものは糞喰らえだ」
言っていることはわからないことだらけだが、奴は元々、世界に役割を与えられ、縛られている存在ということだろうか。
「私は、心の赴くままに行動する自由を彼女に与えてやりたかった。残されたのが僅かな時間だとしてもだ。そして、それは今の私の切なる願望だ」
「・・・ああ・・・そうか・・・」
その言葉を聞いた瞬間、オレの心が軽くなった。
オレは安堵したのだ。
それは、途轍もなく身勝手な心の在り
自分が真正面から向き合えなかった女に、向き合ってくれた者がここにいた。
多分、そんな思いなのだ。
そうか・・・
アーチャー、お前はつまり・・・
「・・・お前は桜だけの正義の味方になったんだな」
俯いたままに、オレは僅かに微笑んだ。
そして、オレは全てを受け入れることにした。
お前は確かにオレとは違う【衛宮士郎】だ。
だから、違う女を選んだ。
「これが正義なものか。ただ、どこまでも桜の味方になると決めただけだ。アンリマユの誕生にしても、桜が嫌いなこの世界を壊したいと思っているから手を貸しているだけだ」
だが、やはり【衛宮士郎】でもあるということもわかった。
オレもお前も、どこまでも選んだ女の味方になることを決めた。
「貴様は中途半端だ。衛宮士郎」
オレの目の前にやって来たアーチャーは、今度は黒剣を大きく振り上げた。
それをオレは目で追いながら、両手に持つ自分の剣をしっかりと握り締めた。
「そうだな。桜の道を無理やり決める権利なんて、オレにはない」
オレはオレの決めた大事なモノの順番どおりに行動することしかできない。
ゴゥッ!
振り下ろされてきたその黒い剣の太刀筋は、先ほど振るわれた白い剣のそれより、ずっと洗練されていた。
ギィンッ!!
片膝を突いた状態で、その剣をオレは両手の剣を交差させて受け止めた。
「つぅっ・・・・・・」
オレはアーチャーの目を下から真っ直ぐに睨みつけた。
「ほう・・・吹っ切れたか・・・」
オレの視線に何かを感じ取ったか、奴は少し感心したように呟いた。
「いや・・・
「半端な立ち位置を止めたな」
「ああ。そうだ」
「そのほうがいい。わたしもお前も、とっくに衛宮士郎ではなくなっている」
そうだ。
『正義の味方』という大仰な理想を掲げた【衛宮士郎】は、もうあっちにもこっちにもいやしない。
「ああ。オレ達は自由だ」
「ああ。そういうことだ」
カランッ
オレに同意すると、アーチャーは右手の白剣をその場に落とし、空いた手をそのまま黒剣に添えて、オレを圧し潰そうと力を加えてくる。
オレはそれに対抗して、必死に両手の双剣を支える。
奴の力に圧迫されて掌が変色し肌の感覚が消えていく。
しかしそれとともに、思考は澄み切っていき、体は燃えるように熱くなる。
「ただ・・・」
「ひたすらに・・・」
潰そうとするアーチャーと、潰されまいとするオレ。
均衡した力比べが続き、噛み合った刃がギチギチと暴れる。
「一人の男として」
「一匹の
やがて、オレ達の顔には徐々に奇妙な笑みが浮かんでいく。
「己の欲望のままに」
「抱いた女のために」
オレ達はありのままの思いを吐き出す。
「「やりたいことをやる・・・」」
オレ達は叫ぶ。
「「それだけでいい!!!」」
──────ギィィィィィン──────―
黒と白の剣がぶつかり合う、今までと同様の剣戟の音。
だが、その質は先刻までより重く、それでいて澄んだ響きを孕みながら洞内に木霊する。
オレも
オレの欲望を叶えるためにはお前が邪魔だ、理由はそれだけでいい。
「「
今のオレ達にお誂え向きの詠唱だった。
それは全く同時に紡がれ、響き渡る。
合わせ鏡のようにオレも奴も双剣を強化し、振りかざし、その場に留まって、せめぎ合う。
オレはアーチャーの動きを先読みできる。
その一方で、武器の強化についてはアーチャーのほうが上だった。同じ威力で噛み合った時、オレはアーチャーに押される。
だが、予測はオレの方が上。
結果的に互角。
オレ達は奇跡のように拮抗した。
Interlude in
「・・・きれい・・・」
桜は台座のようにせり上がった、小高い岩盤の上で誰にともなく呟いた。
「きっと、先輩だからなんでしょうね」
自身の眼下で続く剣舞は、こびりついている筈の剥き出しの殺意や、男達の血潮をも綺麗だと、そう思わせてくれるほど、ただ美しかった。
「歪んでしまった先輩も、普通になってしまった先輩も、やっぱり先輩なんですね」
【衛宮士郎】が矢を放つ時の射形が好きだった。
先程、洞窟の外に出て闇夜を切り裂くような矢を放った時のそれも、かつて学校の弓道場で見ることができたそれも。
矢を放つ時、当人には殺意があっただろう。様々な雑念もあったのだろう。
それでも、綺麗なものは綺麗だった。
きっと彼が体現するものだからだ。
「うふふ。こういうのって駄目な女なんでしょうね。昔、好きだった男と、今、好きな男が戦っているのを見てニヤニヤしているなんて」
浮気しているわけじゃないですからね先輩、と続けた。
「この時間が永遠に続けばいいのに・・・」
しかし、自分には時間が残されていないだろう。
「あぐ・・・」
桜は突然、強い痛みに襲われて、体をくの字に折り曲げる。
こうして断続的に痛みが襲ってくる。そうでありながら、五感は希薄になっていく。
自分が変わってしまって以降、今まで抑制してきたことを、やりたい放題、八つ当たりし放題やってきた。
それももうじき終わる。
「でも、本当になんて幸せなのかしら・・・ああ、ずっと見ていたい・・・」
桜は【衛宮士郎】達に心を奪われる。
だから彼女は気が付かなった。
正確には気付いたのだが、深く考えられなかった。
Interlude out
E' turn
冷静に考えれば、こんなことに付き合う必要などない事は最初からわかっていた。
いくらこいつが力をつけたと言っても、局所的なものに過ぎない。
投影できるのは、目にした武具だけ。
自分やあの
洞窟内という特殊な戦場であり、崩落の危険性を考慮すると、あまり周囲に影響するような武具は使えないが、それでも選択肢はいくらでもある。
先程、間合いが開いた時に、あっさりケリをつけられていただろう。
だが、どうしても・・・
「・・・きれい・・・」
目の前のせめぎ合いに没頭している
その少女に対する自分の気持ちは、どう表現したらいいかわからなかった。
最初は捨てられた猫を拾い上げたようなものだと思っていた。
それは今も本質的には変わらない。
だが、自分にとって唯一の存在になっていた。
これは、私の女だ。
明確に、自分の中に独占欲がチリチリと燃えているのを感じる。
その女の心を僅かでも虜にするお前が憎い。
だが、一方で、そんな自分に並びかけてくるお前に驚嘆したい。
自分とは明らかに違う道を歩むと決めた自分。
自分自身のもう一つの可能性でもある自分。
ここまでだと限界を見切ってしまった自分に、その先があるかもしれないと思わせてくれる自分。
完全に矛盾する自分。
それを楽しいと思ってしまう自分。
あまりにも多くの
もう理屈で考えても仕方がない。
そして、今は理屈で考えなくてもいい。
思うがままに振る舞えばいい。
自由に、この剣を振るえばいい。
そう、確かに今。
私は・・・いや・・・
「お前をねじ伏せなければ気が済まないオレが、ここにいる!」
吠えながら、右手の干将をきつく握りこむ。
歓喜の中、自分の全てを注ぎ込んでその一刀を振るった。
E turn
「お前をねじ伏せなければ気が済まないオレが、ここにいる!」
理屈ではなかった。
渾身の気魄を込めた白剣による袈裟切りの一刀。
それを受けた時、危ういところで保たれていた均衡が崩れた。
「がっ!?」
攻撃そのものは読んでいた。
受け流して、次のこちらの攻撃に繋げられるはずだった。
だが、その威力は予測を遥かに超えていた。
剣がぶつかると同時に体ごと持っていかれた。
膝が折れ、上半身が崩れる。
「はあああぁぁぁ!」
ガギンッ!
続け様に振るわれた横薙ぎの黒剣を右手の白剣で防ぐが、さらにオレの体勢は崩れ、その分だけアーチャーが踏み込んでくる。
完全に流れが決定した。
ギン!ガン!ギィン!
攻めるアーチャー、守るオレ。
「貴様を斃す!!」
「そうはいくか!!」
鬼気迫る連撃。
それでいて、理詰め。洗練され、繊細だ。
こちらも気魄では負けていない。
感情は最高潮に昂っていて、同時に冷静でもある。全身の細胞が今でも躍動しているのがわかる。
それでも、先ほどの一撃で決まった流れを覆すことはできない。
僅かずつ、傾いていく戦いの趨勢。
バギィィィィィ!!
遂にオレの黒剣が砕けた。
「つぁぁぁぁぁぁ!?」
そして、焼けるような痛みがオレの左手を塗り潰した。
奴の刃がオレの左の掌を切り裂き、血が止めどなく滴り落ち、それは使い物にならなくなった。
このまま続けば、間違いなくオレは殺される。
このまま続けば・・・
だがその時、
ぅ・・・
オレの頭の片隅で、誰かがオレを呼ぶ声が聞こえた気がした。
いや誰か、ではない。
間違いなく来た。
確かに聞こえた。
そう信じることにした。
オレは必ず生き残ると誓った。
だから・・・
ガギン・・・
次のアーチャーの斬撃を残った白剣で必死に防ぐと同時に、
ダンッ!
オレは強化されている足で力の限り後方へと跳び、転がった。
「逃がさん!!」
アーチャーは間髪入れずに追ってくる。
だが、
「なっっ!?」
「え?」
アーチャーと桜が不思議なものを見たような声を出した。
そして、
「ぐっっ・・・」
ズシャッ!
オレに斬り掛かろうとして距離を詰めてきたアーチャーが、突然前のめりに倒れて、地面に手をつく。
確かめるまでもなく・・・
「石化だと・・・?」
その足は石になっていた。
「・・・く・・・桜・・・」
アーチャーは何事かを確かめるように桜のほうに振り向く。
その桜も、足元から石になりつつあった。
「・・・そんな・・・あれ?・・・何で?」
桜が混乱したように、片手でこめかみを抑える。
「・・・気が付かなかったのか・・・」
アーチャーが桜の様子を見て呟き、再びこちらに向き直った。
「何か細工をしたな?お前達」
アーチャーはオレと、そしてオレの後方にいるライダーに向けて問い掛けた。
R turn
洞窟内を全速力で駆ける。
池から近い【表口】から入った私は、在らん限りの速さで士郎の元へと急いだ。
「お願いだから生きていてください・・・」
祈るように呟いたその時、ほんの僅かだが士郎の存在を感じた。
この先にいる。
大聖杯と思しき、柱が目に飛び込んでくる。
しかし、せりあがった巨岩により視界は遮られ、向こう側は見えない。
その岩を回り込んだ時、傷ついた士郎の背中が見え、そして、アーチャーと桜も視界に入った。
士郎!
と心の中で呼び掛ける。
私の心の声を待っていたかのように、彼は必死にアーチャーから離れた。
咄嗟に私はバイザーを外すと、即座に私の魔眼が発動する。
士郎を追おうとしたアーチャーが前屈みに倒れるのが確認できた。
「何が細工をしたな?お前達」
膝立ちになったアーチャーが桜と少し問答をした後、忌々し気にこちらに問い掛けてきた。
だが、答える義務はない。
先ずは士郎の安全が優先だ。
「士郎!」
今度こそ、私は少年の名を口にした。
かなり傷を負ってはいるが、生きている。
今はそれだけでいい。
「ライダー!」
士郎が私を振り返った。
少年もふくらはぎあたり迄が既に石となっている。
ザ・・・
私は彼を庇うようにその前に立つ。
私の前には、アーチャーがいる。
変貌してから、彼の姿を目にするのは初めてだった。
「・・・マスターである桜がお前の接近に気がつかないわけがない」
アーチャーは憮然としたまま、私達を睨みつけていた。
「先輩。ごめんなさい。私とライダーとのパスが切れています。てっきり消滅したのかと思ってしまいました」
問いの答えは桜が持っていた。
その桜も石化しつつある。
「そうか。先ほど小僧が僅かに仄めかしていたな。契約を断つ手段があったわけか」
アーチャーの下半身は既に石と化していた。
「興ざめな幕切れだが・・・多少の悪あがきはさせてもらおう」
呟いたアーチャーが詠唱する。
「最後だ。惚れた女くらい守ってみせろ」
そう言って、アーチャーが投影した弓矢を構えようとした。
狙いは士郎だ。
ザッ!
そんなことを許すわけがない。
私は瞬時に間合いを詰め、アーチャーの両手を杭剣で貫いた。
「私はもう、士郎に充分守ってもらいました。これ以上、彼を苦しめることは許しません」
「ち・・・私だって衛宮士郎だぞ。少しは加減をして欲しいものだ」
そう言いながら、アーチャーは貫かれた両手を無感情に見つめた。
その手は血に
「全く・・・この手の言葉遊びが好きな人ですね。あなたは、私の士郎ではありません。彼はそんなに捻くれた目をしていませんから」
「ふん・・・つれないな」
「ライダー、先輩を解放しなさい!」
ジャッ!
桜が動けないながらも影を放ってくるが、その動きは充分に警戒している。
私は落ち着いて攻撃を躱した。
「どうやら、ここまでのようだな。あの夜の道場で、去り際にあんなことを言った私は間抜けだったな・・・」
アーチャーは諦観したように、薄っすらと笑みを浮かべた。
「まあ、私も守護者になって以来味わえなかった好き放題というやつを満喫できた」
彼は、まだ動く上半身だけで桜のほうを振り返る。
「すまんな、桜。先に行く。この後、生きるも死ぬもお前の選択次第だ。自由に選んでくれ」
桜のほうが遠いことに加えて石化の威力を意識的に弱めているため、アーチャーのほうが石化の進行が早かった。
「本当に勝手な人ですね先輩。私の答えは決まっています」
桜は、ふう、と溜息をついて微笑んだ。
「そうだったな。それでは先に地獄で待つことにしよう」
「はい。私もすぐに参ります」
桜は両手を胸の前に組み、祈りを捧げるように応えた。
「ところで、先輩。姉さんがすぐに立ち直ることは、確信があったのでしょう?」
桜は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そんなわけはないだろう。そもそもあの案はキミが考えたのではないか」
何を今さら、とアーチャーが反論する。
「嘘ばっかり。それっぽいことを言って、誘導したくせに。でも、それくらいは許します。私、これでも浮気には寛容なんですよ」
「ああ。知っているさ。この土壇場でそんな話を持ち出す女は、特に寛大だとな」
本当なら、アーチャーは両手を広げて溜息をつきたかったのかもしれない。
しかし、既にその自由もなかった。
「ええ。八つ裂きにするくらいで勘弁してあげます」
桜の目が潤んでいた。
「・・・さようなら、私だけの先輩・・・・・・本当にありがとうございました」
「ああ。お前も目が離せなくて、魅力的だった」
アーチャーの表情は満足気だった。
両目を閉じて穏やかな笑みを浮かべた顔は、全てをやり尽くした男のそれだった。
「・・・・・・しまった。石像になるというのにポーズがイマイチだな」
「・・・もう・・・本当にダメな人・・・」
桜が両目の涙を拭いながら、くしゃくしゃになった笑顔を浮かべた。
この戦いの展開で考えていたのは、前話の流れでアーチャーが逆転するところまででした。最悪、そこで士郎は太刀打ちできずに終わる可能性もあったわけですが、結果的にこの熱い戦いに行き着きました。
士郎とアーチャー。二人の主人公力の賜物ですね。
最後の桜とアーチャーのやり取りも、この二人の絡みの終着駅らしくなったかなと思います。