Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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円蔵山の地下大空洞にて。


第40話 ~15日目③~ 「スミレノウエ」

R turn

 

 

「士郎、とにかく止血を」

 

 私は先ず、流血し続けている士郎の左手を、腕のスパッツを破いた布できつく縛って、何とかその血を止めた。

 

「桜・・・」

 

 士郎は自分の手のことなど完全に忘れてしまっているかのようだった。

 アーチャーの最期を見届けると、殆ど夢遊病者のように高台へと歩き始めた。

 そこには既に腰まで石となっている桜がいる。

 私も士郎を支えるようにして同行する。

 

「先輩。さっきの私と()()()()とのやり取りは聞いていましたよね。今さらおかしなことを言うのは止してくださいね」

 

 こちらから差し伸べる手は不要だと、桜はこれ以上ないくらいはっきりとその意思を伝えてきた。

 桜とアーチャーの最期の会話を聞いた。

 あれは、もはや私や士郎が踏み込める領域ではなかった。

 

「どちらにせよ、私、もう殆ど感覚が残っていないんです。私が私でなくなるのも、そう遠くないと思います」

 

「オレには、何を言う資格もないということは、痛いほどわかっている」

 

 士郎が唇を噛んで、言葉を絞り出す。

 私も士郎も桜を救うつもりだった。そのつもりでここまで来たのだ。その手段もあった。

 だが、彼女はそれを拒んだ。

 私も士郎も、既に桜に対してこれ以上踏み込む権利を持っているわけがない。

 

「・・・桜・・・お前はもう選んだんだな・・・」

 

「ええ。私、こうなってしまった最初の頃は、先輩やライダー、姉さん、そしてお爺様を酷い目に合わせようって思っていました。そして、私が嫌いなこの世界にも」

 

 胸の前で交差するように置いた手も既に石となっているが、彼女は穏やかに語り続ける。

 

「でも、()()がいてくれた。本当に私の事を第一に考えてくれて、そして愛してくれた」

 

 無理やり姉さんから奪って引き摺り込んだんですけれど、と少女は笑う。

 

「こんな状況にしてしまって身勝手なのはわかっていますけど、私、もう満足しちゃったんです」

 

「桜・・・すまなかった・・・」

 

 士郎は俯いた。

 たった数日間の自由と一人の男。

 少女はそれで満足した。

 そのささやかさと、そのささやかな望みのもたらした甚大な被害。自責の思いが、士郎の心を埋め尽くしているのだろう。

 

「でも、ご免なさい。アンリマユはまだ生まれてこようと藻掻いています。聖杯は使われちゃいましたけど、まだ、力は少し残っている。私との相性が良すぎて、だいぶ元気になっちゃったみたいなんです。止めないとこの街くらいは酷いことになるかもしれません」

 

「それは私が必ず止めます、桜。ご心配なく」

 

 私は、はっきりと(かつてのマスター)に告げた。

 

「そうね。折角、幸せを掴んだんですもの。それを邪魔しそうなものはお掃除しておいたほうがいいわよ。ライダー」

 

 桜が私に顔を向けた。

 

「あなたともお別れね。ひどいマスターで本当に苦労ばっかりかけたわね」

 

 というか間桐家の人間が酷すぎたわよね、と苦笑いしながら続けた。

 

「桜・・・私は・・・」

 

 私は、何と返したらいいかわからなかった。

 

「あなたを憎んだのも筋違いだってよくわかっているの。だって、先輩を守ってねってお願いしたのは私だもの。それに、あなたが先輩に惹かれることも予想できていた。ほんと、逆恨みよね」

 

 だが、私は桜の気持ちも充分にわかっていたし、いつからか士郎を最優先にして行動してきた。

 忠実なサーヴァントの振る舞いとは、とても言えないだろう。

 

「でも、本当に今はどうでもよくなったわ。いい加減なものなのね、こういう感情って。知らなかったわ。次の男が見つかったら、こんなにも綺麗さっぱり前の男のことが消えてなくなるなんて」

 

 知らなくて当然だ。

 彼女の初恋だったのだから。

 

「あなたの生前が大概ひどいものだったことは私もよくわかっている。仮にも主人の想い人を奪ったんだから、幸せになって頂戴ね」

 

「・・・はい。桜・・・」

 

 そう返事をする以外になかった。

 

「ふふ・・・この話はもうお終い」

 

 桜はニコリと微笑んだ。

 

「ここからはもっと大事な話よ、ライダー。先輩のポーズはイマイチだけど、私の今の恰好は大丈夫かしら?」

 

 桜はアーチャーと最期の会話をしていた時と同様に、両手を胸の前で組んだ姿勢のままだった。

 その様子はまるで・・・

 

「ええ・・・祈りを捧げる聖女のようです」

 

 今の表情と相俟って、彼女はとても清らかに見えた。

 

「ふふ・・・本当の私とはまるで正反対ね。でも、見た目としてはいいわよね」

 

「ええ」

 

「あなたの石化っていいわね。今の私って殆ど真っ黒でしょう?でも石になったら灰色になるから、それがわからなくなるもの」

 

 いいえ、桜。

 あなたは本来の姿に戻るだけですよ。

 

「さようなら、ライダー。そして先輩。色々とご迷惑をお掛けしました」

 

 既に、桜の首までが灰色に塗り固められていた。

 

「それにしても、先輩(あのひと)は嘘ばっかりですね。もう二度と会えないってわかっているくせに。『待っている』だなんて」

 

 アーチャーは、英霊の座に還るだろう。

 桜と巡り合うことはない。

 だが、間桐桜は微笑みを絶やさない。

 そして()()()()の少女は、何事かを願うようにゆっくりと目を閉じた。

 

「本当に・・・嘘つきなんだから・・・」

 

 

 E turn

 

 

「桜・・・」

 

 オレは、呆然と立ち尽くすしかなかった。

『桜の選択を受け入れる』、そう覚悟を決めたなんて思っていたのが、どれだけ虚ろだったのかを思い知らされた。そんなものは横殴りの雨の日の、ビニール傘みたいに役に立たなかった。

 少女が穏やかにこの世界から去っていくのを、客席で見ていることしか許されなかった。

 オレは桜の石像の足元に蹲り、嗚咽した。

 

「士郎・・・」

 

 ライダーは労わるようにオレに声を掛けてきた。

 だが、その後に続く言葉は凛としていた。

 

「私は最後の仕事をします」

 

 その声で、オレは顔を上げる。

 ライダーの視線の先には、巨大な柱が脈打ちながら、聳え立っている。その中程にはうっすらと大きな目のようなものが浮かんでおり、鼓動を打っていた。

 桜が言っていたように、呪いの胎児(アンリマユ)は、生まれようとしているように思えた。

 これは、壊さなければならないものだ。

 

「私の宝具で終わらせます」

 

 強力な宝具による一撃。

 これで消滅させるのが最善だ。それはわかっている。

 

「ライダー・・・魔力は大丈夫なのか?」

 

 オレはだいぶ前からキャスターからの魔力供給が途絶えているのを感じていた。

 キャスターは消えてはいない。

 だが、かなり魔力を消耗しているのだろう。

 ライダーの魔力は今、そのキャスターによって賄われている。

 

「大丈夫です。士郎に時間をいただきましたし、キャスターからの魔力供給も問題ありません」

 

 ライダーは落ち着いて答えてくれたが、真相はわからない。

 おそらく、ギリギリだろう。だが、これを壊さなければオレ達に真っ当な未来はない。

 

「いずれにせよ士郎の手持ちでは、破壊力で私の宝具を上回るものはないでしょう?」

 

 悔しいがそのとおりだった。

 セイバーの宝具(エクスカリバー)であれば、ライダーの宝具(ベルレフォーン)を凌駕しているが、あれは解析出来なかった。

 

「ライダー、オレはお前と一緒に未来を見たい」

 

「士郎。私はおそらくあなたよりもその思いはもっと強い。知っているでしょう?私が欲深いことを」

 

「ああ。そうかもしれないな」

 

 オレは彼女が止血してくれていた包帯代わりの布を解いた。

 

「それなら・・・」

 

 当然、左手からは止まっていた血が滴り落ちる。

 

「く・・・」

 

 元々あった激痛が、一層増す。

 

「な・・・何を・・・!?」

 

「ありったけ飲んでくれ。早くしないと勿体ないぞ」

 

 彼女の眼前に左手を差し出した。

 

「・・・はい」

 

 彼女はオレに反論しても無駄だと、すぐに悟ってくれた。

 諦めたように血を啜る。

 残念ながら感覚の無くなった掌では、本来だったら艶かしく感じられる筈の彼女の唇や舌の感触はわからなかった。

 

無糖(ブラック)ですまないな」

 

「いいえ、士郎。あなたの血は何より甘美です」

 

 たっぷりとオレの血を飲んだ彼女は、オレが解いた布を使って再びキツく縛ってくれた。

 

「ぐ・・・」

 

 オレの体力は殆ど限界だったが、なんとか座り込まないように踏ん張った。

 彼女に心配させるわけにはいかない。

 

「これで、オレは殆ど動けないな」

 

「士郎・・・」

 

「ライダーに抱えられてしか帰れないからな」

 

 かならず二人で帰るのだと、彼女に伝える。

 

「士郎は、あれがお嫌いでしょう?」

 

「言ったろ。生き残る事を優先するって」

 

「ふふ。わかりました。あなたを抱えて走るのもきっとこれが最後になるでしょう。この戦いが終われば、そんな必要もなくなる」

 

 ライダーは、杭剣で僅かに自分の腕を刺し、その血で召喚陣を描く。

 そして、すっかり見慣れた白い天馬(ペガサス)を呼び出すと、ひらりとその背に跨った。

 

「あなたにも、散々お世話になりました。これが最後の仕事です。お願いしますよ」

 

 そう言って、愛馬のたてがみを彼女は優しく撫でる。

 

「最後まで負担をかけて済まない。きっとライダーを無事に連れ帰ってくれ」

 

 ────────────

 

 言葉が通じるのか不安だったが、オレの気持ちを汲み取ったように天馬(ペガサス)は一啼きした。

 

「必ずやり遂げ、そしてあなたの元へと戻ります」

 

 彼女は、目を瞑ってバイザーを外すとオレに渡してきた。

 受け取ったオレはしっかりとそれを握りしめる。

 

「それでは行きます」

 

 振り向いた彼女の先には黒い柱が蠢いていた。

 

「頼む。ライダー」

 

 この言葉を、何度こうして彼女に送っただろうか。

 彼女がもう振り返らないことを確信したオレは、その場に片膝を立てて座り込んだ。

 体は限界を訴えており、もう、立っていられなかった。

 少し霞んできた目で、彼女の凛々しい後ろ姿を見送る。

 戦いの時には、いつもオレの前でその薄紫色の髪が美しく靡いていた。

 この光景を、この気持ちで見るのは最後だ。

 オレは彼女の姿を目に焼き付ける。

 

騎英の(ベルレ)──────」

 

 そして、彼女は黄金の手綱を握り、眩い彗星となって翔けていった。

 

 

 Interlude in

 

 

「・・・全く・・・少しは遠慮しなさいよ。あの電柱女・・・」

 

 ライダーが宝具を使ったことが、キャスターにははっきりと伝わってきた。それによって、残されていた自分の魔力の殆どが空になったのを感じた。

 もはや傷ついている自分自身の体を治す魔力はない。

 

「図体ばかり大きいから燃費が悪いのよ・・・」

 

 自身のサーヴァントとなったライダーに対して、こうして悪態をついていないと、意識を繋ぎ留めておけなくなりそうだ。

 地面に腰を下ろし、もたれかかった木から動くこともできなくなっていた。

 

「やったのよね。坊や」

 

 この山のはらわたの中で大きな何かが壊れたことが、確かに感じられた。

 少年とのパスも繋がっている。

 殆ど絶望的だと思っていた目的を成し遂げたという確信があった。

 だが、彼らがここに戻るまで自分が無事でいられるか自信がない。

 少年の魔力も尽きかけているが、当然、自分から魔力を送ることはできなくなっていた。勿論、少年からの魔力供給も殆どない。

 

「今度こそお終いなのかしら・・・?」

 

 目を閉じて呟く。

 自分の欲望を叶えるために犠牲にした銀髪の少女の顔が過ぎる。

 

「ごめんなさい・・・」

 

 こうして少女に詫びるのは何度目になるだろうか。

 そして・・・

 次に、共に生きたいと夢見た男の顔が脳裏に浮かぶ。

 1か月余りの間、その傍にいることができた。

 それだけでも本当に幸せだった。

 その筈だったのに飽き足らず、ヒトの女となって添い遂げたいと願った。

 あと一度。

 一目だけでもその顔を見たかった。

 目を開く。

 森の木々の隙間から漏れる僅かな月明かりに照らされて、目の前には最愛のその男の顔が鮮明に浮かぶ。

 まるで本物のようだ。

 

「・・・ああ・・・本物の宗一郎様が現れたかのよう」

 

 戦いが終わるまで、決して起きないようにと三日三晩眠る薬を飲ませたのだ。

 ここにいる筈もない男。

 自分がただ生きて欲しいと願った男。

 

「・・・ええ・・・でも、いいの。宗一郎様が生きてさえいてくれれば」

 

「『さえ』ではない。キャスター。私はお前と共に生きる」

 

 幻だったはずのものが突然、声を発した。

 

「え?」

 

「待たせてすまなかったな。そして、ご苦労だった。キャスター」

 

 眼前に現れた男の手が、柔らかく、そして慈しむようにキャスターの頭に、ぽんと乗せられた。

 

「あ?え?・・・宗一郎さま?」

 

 それは紛れもなく、葛木宗一郎だった。

 その大きな手は、自分の髪を梳くようにゆっくりと撫でてくれていた。

 ああ、温かい。

 徐々に本物だという実感が伴ってくる。

 

「宗一郎様・・・どうしてここが?・・・いいえ、どうしてここに?」

 

 キャスターは困惑しながら問い掛ける。

 

「ここにいることがわかったのは、男の勘だ」

 

 葛木はそう答えて、自身のポケットに触れる。

 その中にはキャスターから以前渡された符が入っていた。

 

「そして・・・」

 

 そう続けながら、葛木宗一郎は自分を両手で抱えあげた。

 

「・・・そ・・・そ・・・そういちろうさま・・・こ・・・これは、お姫様抱っこ・・・」

 

 キャスターは自身がどうなっているかを認識し、困惑と、そして嬉しさとで体を硬直させた。

 顔がこの上もなく火照るのを自覚する。

 

「妻の仕事の手伝いはできなくても、迎えにくらいは来てもいいだろう?」

 

 葛木の目の端に光るものが見えた気がした。

 

「お前が生きていて良かった。メディア」

 

「・・・ああ・・・」

 

 いいえ。

 これほど生きていて良かったと思えたのは私のほうなのです・・・

 きっと、あなたが想像もできないほどに。

 

「・・・ええ・・・私もです・・・宗一郎・・・・・・」

 

 

 Interlude out

 





主人公二人を差し置いて、本作で一番幸せを得たキャスターさんにラストシーンを飾っていただきました。
当初、葛木がここまで来る予定はなかったのですが、あのまま教会から病院に運ばれて待っているだけというのも情けないかなと思い、迎えに来させました。
そして、桜の最期はなるべく綺麗に、ライダーを見送る士郎は万感の思いを込めて描いてみました。

残るは終章のみとなりました。是非とも最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
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