Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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第41話 ~終章~

 Epilogue

 

 

「凛。随分とご無沙汰になってしまいましたね。物凄く忙しいのでしょう?」

 

 山門の入り口で待っていた私は、石段を登ってきた凛に声を掛ける。

 彼女に会うのは、本当に久しぶりだ。

 レンズ越しに見る彼女は黒の礼服を着ているため落ち着いた印象ではあったが、相変わらず生気に満ち溢れていた。

 

「そうだけど、戻ってこないわけにはいかないわよ。まさかこんなに早く・・・・・・ね」

 

 昔とは違いセミロングにしている髪を軽くかきあげながら、彼女は小さく溜息をついた。

 

「あなたが活躍しているのを見るのはとても嬉しいわ」

 

 私の後ろから、凛と同様に礼服に身を包んだキャスターがやってきた。

 彼女は髪型を含めて、昔とあまり変わらない。

 凛の魔術師としての道を絶ってしまった彼女としては、別の道で凛が存分に力を発揮しているのを見ると、ほっとするというのが正直な心情だろう。

 

「最初の頃は、あなた達にも色々とお世話になったもの。感謝しているわ」

 

 今となっては、凛は最先端IT企業の代表取締役社長(トップ)として、世界中に名を轟かせている。

 もはや世界の半分は彼女に牛耳られているとまで評されている。

 

「・・・・・・・・・」

 

 え?

 

「・・・だ・・・大丈夫なのでしょうか・・・この世界は・・・」

 

 よくよく考えると極めて危険な気がするが、まあ、彼女のことだ。

 世界制覇目前で、盛大なうっかりをやらかして世界に平和が戻ることだろう。

 なお、会社のキャッチコピーは、

 

『科学の叡智で魔法を超えろ!』

 

 という胡散臭さ満載、怪しさここに極まれりというものである。

 もはや魔術師だった頃に彼女が目標としていた並行世界への到達も可能なのではないだろうか。

 ちなみに、原案ではその後に「絶対に協会なんかに負けないわよ!」も続けようとしていたが、これは周囲(私達)が全身全霊を掛けて思いとどまらせたのだ。

 彼女の信条は、

 

『別にやり方なんてなんでもいいんでしょ?要は早くゴールに辿り着けばいいのよ』

 

 という言葉に集約されている。

 IT企業の社長でありながら、壊滅的なまでの機械音痴(アナログ)人間である彼女は、いまだにTVの録画操作も侭ならないそうだが、

 

『それを使える人を使えばいいだけのことでしょ?』

 

 とのことだ。

 それを実践しているのだから、凄まじい才覚と言えるだろう。

 

「あら?そう言えば、キャスター。旦那と子供はどうしたのよ?」

 

 凛がキャスターの隣に誰もいないことを(いぶか)った。

 

「今日は帰ってもらったわ。これからは、女同士の話だからって言ってね。それじゃあ、行きましょうか」

 

 そう言って、キャスターは山門に留まっていた私達に対して、移動するよう促した。

 

「さっき、チラっとだけ見たけどすっかり大きくなったわね。あなたの子供も。もう高校生だっけ?」

 

 凛は、キャスターに並びかけて訊ねた。

 

「ええ。来年は大学に進学するわ」

 

 キャスターは少し誇らしげに胸を張った。

 

「父親に似なくて良かったわよね」

 

「宗一郎様に似ることに何の問題があるのよ?」

 

 キャスターが少し気色ばんだ。

 

「あいや、堅物過ぎるのも問題じゃない。イマドキね」

 

 ちょっと凛が慌てて、言い繕った。

 

「そこが男らしくていいんじゃない。あなただって本当はそういうタイプのほうが好みでしょうに。だから、まだいい人を見つけられないんでしょう?」

 

 凛は未だに独身だ。

 

「うるさいわね。忙しい上に、そんな男はイマドキ絶滅危惧種なの。そうそう見つからないわよ」

 

 完全に語るに落ちていた。

 どうやら、彼女の好みは変わっていないらしい。

 

「なんか、昔、似たような会話をした記憶があるわ」

 

「そうね」

 

 確か私もその場にいた記憶がある。

 二人の会話を聞きながら、思い出す。

 第五次聖杯戦争(あの戦い)から長い年月が経過した。

 

「早いものね。あれから20年経つのね」

 

「ええ。でもあっという間の20年でした」

 

「あなた達はほんと変わらないわね。冬木の二大美魔女とか呼ばれてるんでしょ?だいたいキャスター、あなたもうサーヴァントじゃないくせになんで年取らないのよ」

 

 そう言う凛も、20年前(あの頃)から比べれば大人になっているが、充分に若々しい。

 

「とってるわよ。私は単に見た目があまり変わらないだけ。色々と気を遣っているもの」

 

 実際は妖しい魔術も併用して、外見年齢を保っているのだろう。

 

「それにしても、ご免なさいね。式に間に合わなくて・・・」

 

 日本の反対側にある国の王族と会っていた凛は、報せを聞いて慌てて飛行機に乗ったものの式には間に合わなかった。

 

「仕方がないわよ。それにあなたも含めたこの三人で、こうして改めて会いに行くのも悪くはないと思うわ」

 

 キャスターが凛に気を遣ってフォローする。

 

「そうですね。彼も喜ぶでしょう」

 

 私も同意した。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると、少し救われるわ」

 

 私達は本堂の裏にある墓地へと辿り着いた。

 

「やっぱり無茶ばかりしてたからなのかな・・・」

 

 凛はそう呟きながら、蛇口を回して桶に水を注ぎ入れる。

 私達は、多くの石が林立する細い道を縫うように歩き、真新しい御影石でできた墓石へと向かった。

 

 

 

 多忙の凛を空港まで見送った私とキャスターは、夜になるのを待って、歩いて穂群原学園へと向かった。

 私にとっては、そこで士郎と出会えたことが全ての始まりだった。

 だから、行きたかったのだ。

 

「そろそろ教えてもらえませんか?」

 

 私は横を歩くキャスターに問い掛けた。

 昼とは違い、私達は普段着に着替えている。

 物は違うが、私もキャスターも20年前に着ていた服装に近いものを着ていた。

 単なる偶然なのか、無意識のうちにそうしたのかはわからない。

 

「そうね。もう、いいわよね。坊やとの約束だったけど。もう・・・」

 

「士郎は父親も短命だったから、衛宮家の運命だと。だから仕方ないなんて言ってました」

 

 私は士郎との会話を思い出しながら話した。

 

「勿論、全然違うわ」

 

 キャスターは案の定、かぶりを振った。

 

「やはりあの戦いが原因なのですね」

 

「ええ。直接は捕らえられたあなたを助けに行く時に飲んだ薬が原因よ」

 

 学校に辿り着いた私達は校門を飛び越えた。

 月明かりだけが照らす校庭。

 かなり老朽化した校舎は闇に隠されており、20年前と何も変わっていないかのようだ。

 

「やはりそうだったのですか」

 

「推測どおりということかしら?」

 

「ええ。最後の戦いに赴く時に、士郎はあの薬を持った様子がありませんでした。勿論私はあんなものを使わせたくはなかったので、そのこと自体に問題はありません」

 

 校舎の手前で止まる。

 最初にランサーに殺されそうになった士郎を私が助けることになった辺りだ。

 

「しかし、士郎の性格からすれば、最後の戦いの時にあの薬を使うことは充分に選択肢としてあり得たはずです。間違いなく勝率は上がるのですから」

 

「ええ。それをしなかったのは、もうそれができなかったからよ。あの薬をもう一度使えば坊やの体は耐えられなかった。それだけ副作用が強いの。勿論、最初の時に私はそれを伝えたわ。間違いなく寿命を大きく縮めることになると」

 

 やはりそうだったのか。

 私を救うために士郎は自分の人生の半分以上を削っていたのだ。

 

「私は士郎の傍でこの上もなく幸せな20年を過ごせました。ですが、士郎にとってもそうだったのか、私には自信がありません」

 

「坊やはあなたを選んだ。選んだ以上絶対にそれを貫く。そういう生き方しかできない子よ」

 

「そうですね」

 

 衛宮士郎とは、そういう人物だった。

 私は、もう一つ抱えていた疑念を口にした。

 

「もしかしたら、イリヤスフィールのことも気付いていたのかもしれませんね」

 

 私達はイリヤスフィールを犠牲にすることで、こうして現世に留まることができた。

 聖杯としての彼女を使えば、彼女自身は消える。そのことを、私もキャスターも解っていながら士郎に黙っていた。

 そのうえでキャスターであれば聖杯を使って真っ当に願いを叶えられることを士郎には教えた。そして、思惑どおりキャスターは受肉し、私は彼女のサーヴァントとなることで現世に留まることができた。

 

「私は自分のためにあなたを利用しました」

 

 私を救い出してくれた士郎が倒れた時、キャスターが私の血を浄化して彼に注ぎ込んでいるのを見て、彼女なら聖杯の中身も浄化して正常に本来の願望機として使えるのではないかと考えた。

 そして、それは正しかった。

 

「そうね。あの子(イリヤスフィール)がいくら聖杯としての覚悟を持っていたからと言っても、あの子を使うことに私には躊躇いがあった」

 

 キャスターが凛の魔術回路を奪った後、自暴自棄になって士郎の元を離れた理由。それは、凛に対する行いの反動でもあったが、自身の望みを叶えるためには士郎の姉であるイリヤスフィールを犠牲にすることへの後ろめたさを抱えていたことが大きかった。

 

「ええ。それを私が引き摺り込みました。あなたは中途半端に人がいいですから」

 

「あなたは、いざとなれば残酷になれるものね」

 

「ええ」

 

 そして、私はイリヤスフィールに告げた。

 キャスターには受肉して現世に留まってもらい、私が現界し続けるためにキャスターを私のマスターにする。と。

 その案を、犠牲になる少女はあっさりと賛成してくれた。

 

『本当に好きな人と幸せになることを誰も否定することはできないわ』

 

 無垢な少女はそう言って笑ったのだ。

 

「その事については、あなたに何かを言う権利は私にはないわ。あなたの誘いに乗るしかなかったし、自分でそれを選んだ共犯者だもの。そしてそのお陰で宗一郎様と共に生き、子供まで授かったわ」

 

 今でも夢のよう、とキャスターは噛み締めるように呟いた。

 

「ええ・・・私もここで望外の幸せを得ました」

 

 桜とイリヤスフィール・・・二人の少女を犠牲にして、私達のような歪んだ古代の女が生き残り、自らの欲望を実現した。

 端的に言えば、そんな構図なのだ。

 

「あなた、その割には結構他の男とか、たまに他の女とかに手を出していたでしょう?」

 

 キャスターがじっとりと睨みつけてくる。

 

「ただのつまみ食いです」

 

 私は明後日の方向を向いて、しれっと言った。

 

「ほんと、勘弁して欲しかったわ。坊やが不憫だから、何度あなたとのパスを切って消滅させてやろうと思ったことか」

 

「では、これでせいせいするでしょう」

 

「そうね」

 

ザッ

 

 私達は、校舎の下から屋上へと飛び上がった。

 

「思わぬ長い付き合いになりました。まさか、利害関係があったとは言え、あなたとこんなにも近しい関係になるとは夢にも思いませんでした」

 

 屋上に降り立って、私は隣のキャスターを改めて見た。

 

「坊やがいたからよ。私もあなたもあの子が好きだった。そして、それが競合する形ではなかった」

 

「そうですね」

 

 その士郎はいなくなった。

 この世界にはもう未練はない。寧ろ私はここでは果たせなかった使命を果たさなくてはいけない。

 士郎の最期の言葉を思い出す。

 

『ライダー、もし次があったなら・・・・・・二人で必ず桜を助けよう』

 

 遠くを見るような目だった。

 無理やり閉じ込めたその思い、心に棘となって刺さっていたその後悔。やり直しなど効かないのに、それでも何とかしてやれなかったのかという嘆きの塊。

 

「はい。士郎・・・」

 

 改めて私は士郎のその思いに小さく返事をした。

 たとえあの時、アーチャーが桜に寄り添っていてくれたお陰で幾らか救われたとしても、ああなる前になんとかできたのではないか。

 それはどんなに幸せな時でも、常に私の心の片隅を占めていた思いでもあった。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 キャスターが歪な形状の短剣を出現させた。

 この宝具で刺されるのは二度目になる。

 一度目はあの日、柳洞寺の池で桜との契約を断つ時だった。

 

「それじゃあ縁を切らせてもらうわ。これでだいぶ楽になるわね」

 

 実際に、私への魔力供給は彼女を以てしても相当な負担だったろう。彼女は基本的には大聖杯が集める魔力を流用していたが、自身の魔力もかなり恒常的に私の現界に使っていた筈だ。

 魂食い、すなわち一般人からの魔力吸収は二度としないと彼女は誓っていた。自分が聖杯戦争中にその標的とした人々に後遺症などが出ていないか、密かに確認していたのも知っている。

 

「ふふ。確かに士郎の言うとおりでしたね」

 

 キャスターは争い事に向いていない、という士郎の言葉を私はふと思い出したのだ。

 

「なんのことよ?」

 

「いいえ、こちらの話です」

 

 トンッ

 

 と軽く刃の先端が私の胸に刺さると、キャスターとの契約が切れたのがわかった。

 それと同時に彼女から供給されていた魔力が途絶える。

 

「ふう。本当に楽になったわ」

 

「燃費の悪い大女ですから」

 

「人の悪態を勝手にとらないで頂戴」

 

「ワンパターンだからですよ」

 

「まあ、いいわ」

 

 彼女との口喧嘩もこれが最後だ。

 

「それでは・・・・・・私は旅立ちます」

 

 そう言うと、私は眼前に召喚陣を描いて、天馬(ペガサス)を喚び出した。

 

 

 ────────────

 

 

 20年ぶりなので、少し不安だったが問題なく私の可愛い愛馬は召喚に応じてくれた。

 

「私は初めて見るけれど、綺麗なものね」

 

 キャスターが少し目を細める。

 そう言えば、彼女の前では見せたことがなかったか。

 

「乗せませんよ」

 

 私は愛馬の首筋を優しく撫でた。

 

「あなたとは乗りたくないわ」

 

「色々とありましたが、お世話になりました」

 

「ええ。あなたのお陰で私は生前得られなかった本物の幸せを実現できた。今更だけれど、本当に感謝しているわ。勿論・・・・・・それ以上に坊やにもね・・・・・・」

 

 士郎のことを思い出したのだろう。

 キャスターがその場で声もなく泣き崩れた。

 裏切りの魔女も、涙脆い普通の女に戻ったものだ。

 

「あなたは人としての幸せを全うしてください」

 

 今や、普通の妻でもあり、母親でもある彼女にそう告げる。

 そして、眼鏡を外して泣き崩れる彼女の傍らに置いた。

 

「お手数ですが、これを士郎に返してあげてください」

 

 士郎が私に贈ってくれた眼鏡。

 それは少年が私をサーヴァントや英霊としてではなく、一人の人間として接してくれた証だ。

 そう思うと自然と目の端が湿ってくるのを感じた。

 少しだけ未練たらしく、ゆっくりとその眼鏡から手を離し、私は踵を返した。

 

「・・・ごめんなさい。そして、本当にありがとうございました。あなたの人生を私のためにいただいて・・・」

 

 軽く跳んで私は天馬(ペガサス)の背中に跨り、黄金の手綱を握る。

 数多の糸が絡み、(ほつ)れ、それらが偶然にも織り上げた運命。

 千回、いや万回に一つしか訪れないであろう、怪物(メドゥーサ)魔女(メディア)のかけがえのない幸せの時間。

 

『二人とも、一人の人間として幸せになってくれればいいんだ。罪と贖いはオレも背負う』

 

 たとえ、それが幾多の不幸の上にしか成立し得ないものだったとしても、この奇跡を認め、そして選んでくれた少年がいた。

 その少年・・・衛宮士郎がいたからこそ、私達は自分を大事にできた。()()()()()()()()()()()()と思うことができた。

 

「さようなら、士郎。あなたは本当に素敵でした。またお会いしましょう。そして・・・今度こそ・・・」

 

 私は空高く舞い上がり、そして、一条の光となって消えていく。

 次こそはあの少女のために、少年の翼となって・・・(はて)までも()けるために・・・

 

 

 

                                 ~fin~

 





拙い本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
投稿を開始して約三週間で完結させることができました。
当初はこんなペースでリリースするつもりはなかったのですが、読んでくださる皆様になるべく早く次のストーリーをお届けしたいという一心で更新してきました。

当面は当作品の手直し中心になるかなと思いますが、いずれは別ルートを書きたいですね・・・

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