Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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重傷を負い間桐邸へと戻る途上。


第5話 ~2日目②~ 「英霊ふたり」

 R turn

 

 

「・・・はあ・・・・・・はあ・・・・・・」

 

 息切れは自分の口から発せられるものだった。

 袈裟切りにされた胸から腹までの出血は止まっていない。それで絶命するほどサーヴァントは(やわ)ではないものの、体の自由が効かないというのは不便だ。

 セイバーの剣によって、偽臣の書は破壊され、そこからの魔力供給はなくなったが、代わりに本来のマスターである桜とのパスが通じた。そういう意味では問題ないが、如何せん戦闘によるダメージが大きくすぐには回復しない。

 桜との距離も離れているので、現状の魔力供給は微々たるものだった。

 戦闘後、霊体化して戦いの場からは離れたものの、しばらくは動けないでいた。時間が経ち何とか動けるようになってから、霊体化したまま這いずるように間桐邸を目指していた。

 

「・・・無様ですね」

 

 自嘲気味に呟く。

 敵のサーヴァントは、昨日現界したと聞いていたセイバーだった。

 油断していたつもりはないし、ましてや慎二の浅薄な見解に影響されたわけもない筈だったが、所詮は想定が甘かったということだ。

 

「あれ程とは・・・」

 

 あそこまで、圧倒的な力の差があるとは思わなかった。

 少なくとも昨日のランサー戦は形になっていた。ランサーより少し強い程度は予想していたが、一撃で戦闘不能にされる程とは。

 衛宮士郎が令呪を使ってまでセイバーを止めてくれなければ、間違いなく消滅させられていた。

 

「それにしても、衛宮士郎がマスターだったとは・・・」

 

 因果なものだった。

 ・・・だが、その可能性を示す材料はあったのだ。

 昨日、魔術師しか知りえない使い魔という概念をあっさり納得した点。学校の屋上での慎二と会話した時の遠坂凛の反応。

 そして、何より異常とすら思える程の心の在り様。

 衛宮士郎は間違いなく稀有な存在だ。

 

「いいえ、彼がマスターになるのは必然だったのかもしれませんね」

 

 普段とは比較にならない程の時間をかけて、何とか深山町に入る。

 途中で多少意識も飛んでいたようだ。霊体化していることもできなくなってきた。

 まさか、こんなところで私は消えるのだろうか。

 この街の分岐点となる交差点が近付いてきたが、自分自身が希薄になりつつあるのを感じる。

 焦りが募る。

 

「・・・く・・・」

 

 体は徐々に言うことを聞かなくなってきた。

 桜とのパスが通じたが、偽臣の書が消失したことによる強制的なものであったためか、魔力供給が円滑でないことがわかる。

 魔力を補給する必要があるが、今となっては住居内の一般人を襲う力も残っていない。

 絶望的な状況に思えた。

 

「はは・・・・・・」

 

 どうしようもなく、自分の在り様を笑ってしまう。

 既に一度自らの生を全うしている身だ。

 それに、英霊の座に還るのは死とは違うことを理解しているので、消滅することに恐怖を感じたりはしない。

 それなのに・・・

 

「なぜ、私はこんなにもまだ消えたくないと思うのでしょうか・・・」

 

 まだ、この世界にしがみつきたいと思っていた。

 自分はまだ成すべきことがある。

 あの少女を救わなくてはいけない。

 そして、もう一度、

 

「あの少年と・・・」

 

 なぜか、あの彼の顔を思い浮かべる。

 

「・・・ライダー?」

 

 一瞬前に思い浮かべたその少年の声が聞こえた。

 

「・・・大丈夫・・・・・・じゃないな・・・」

 

 ああ、たすかった。

 と。

 その声は、浅ましくも絶対の確信を抱かせてくれた。

 

「早くオレの血を吸え」

 

 慌てたように駆け寄ってきた衛宮士郎は、躊躇なく袖をまくってその左腕を私の眼前に差し出してきた。

 驚きもしたが、それ以上に興奮が私の体を支配した。

 私の目の前に御馳走が差し出されたわけだ。

 遠慮などできるわけもなかった。

 むしゃぶりつくようにその二の腕に歯を突き立てる。

 

 ザクッ

 

「っ・・・」

 

 彼が僅かに顔をしかめるが、我慢できない。

 甘美な味だ。

 魔術師の血は極上の魔力補給になる。

 単に飢えていたからかもしれないが、とりわけ彼の血は美味(びみ)に思えた。

 

「セイバーに気付かれるかもしれない。手早く済ませてくれ。この状態を見られたら今度は止められないぞ」

 

 確かにそうだ。

 程々にしなければ。

 空っぽだった力が少しずつ戻ってくる。

 既に、危うい状態を脱するのに充分な血をもらった。これなら間桐邸まで何とか戻ることができるだろう。

 そうわかっていても、どうしてもこの腕から離れることができなかった。

 本能が血を欲していた。

 いや、彼の血が欲しいのか・・・

 そんなことを自問していると、

 

「すまなかったな」

 

 唐突なその言葉に、はっとさせられた。

 あまりの違和感に驚いたのだ。

 驚いた勢いで、咥え続けていた彼の腕からようやく口を離すことができた。

 とは言え、体がまだ思うように動かず、彼にもたれかかる格好になる。

 

「・・・な? ・・・一体あなたは何を言っているのですか?」

 

『わけのわからないことを』と続けたいところだったが、それは堪えた。

 

「いや、さっきライダーが消えた時、すぐにでも探すべきだった。これだけの傷だ。あの場でもう少し対処していれば、ここまで衰弱しなかったろう」

 

 余りにも私の認識から遥か遠く、突拍子もない見解だった。

 彼と関わるとこういう感想を抱く事が多いが、一向に慣れない。

 そもそも命を奪おうと襲ってきた敵を、令呪という多大な犠牲を払って庇ったのだ。さらにどこへ消えたかもわからない敵の傷の手当をするために奔走するなど、狂っているとすら言える。

 

「・・・もうこんなことは止めなさい・・・あなたはもっと自分を大切にするべきです」

 

 思わず口を突いて出たのは、自分でも全く予期していなかった言葉だった。

 こんなことを言うつもりはなかったのに。

 

「・・・あ・・・いえ。ごめんなさい。本当は先に言うべきことがあるというのに・・・」

 

 敵のマスターとは言え、ここまでしてもらったのだ。素直に礼を言うのが筋だと思っていた。

 

「衛宮士郎・・・」

 

「士郎で構わないぞ」

 

「それでは士郎」

 

 回り道をしてしまったが、言うべきことを言わなくては。

 

「本当にありがとうございます。あなたには二度も救われました。それに申し訳ありませんでした。だいぶ血をいただいてしまいました」

 

「大丈夫だ。ちょっと多めの献血をしたくらいの感覚だしな。それに言ったろ。少なくともさっきの戦いでセイバーを止めたのは借りを返しただけだし、今回はその延長線上だ。ここで死なれたら、さっきのが無駄になっちまう」

 

「・・・そうですか・・・承知しました。素直にあなたの厚意を受け入れましょう」

 

 そう応えなければ、話が進まないだろう。

 

「しかし、先程見たように、そして今、体験したように私は生き血を啜る怪物です。真っ当な英霊ではありません。次にあなたの前に現れた時には、躊躇なく殺しなさい。勿論、私も殺されるつもりはありません。あなたを本気で殺そうとするでしょう」

 

「違う。あんたは怪物なんかじゃない。今こうしてちゃんとオレに礼を言い、オレの心配をしてくれている。思慮深い人間だろう」

 

 ああ。ダメだ。この少年は。

 とても、私の言葉が通じる相手ではない。

 もしかしたら見透かされているのかもしれない、そんなふうに考えた瞬間、鋭い風を感じた。

 

「シロウ! 無事ですか!?」

 

 セイバーが駆け付けてきたのだ。

 彼女は私と士郎の直前で止まると、私への敵意を剥き出しにしてその目を向けてきた。

 当然だろう。

 

「シロウから離れなさい。ライダー」

 

「わかっています。これ以上、世話になるつもりはありません」

 

 そう応えて、私は士郎に預ける形になっていた体を離し、なんとか自力で立つ。

 少年はさりげなく私とセイバーの間に体を入れてくる。

 

「セイバー。早まらないでくれ。ライダーに害意はない」

 

「それはわかっています。そして少なくとも今夜は、ライダーを討たないというシロウの意思を尊重します。しかし、万に一つ、豹変してシロウを害することがないと断言することもできない」

 

「わかったわかった。オレがライダーから離れればいいんだな。でも、ライダーの状態はまだ深刻だ。間桐邸付近までは送ってやりたい」

 

「わかりました。それであれば私が彼女に肩を貸しましょう」

 

「いいのか? 絶対に嫌がると思ったんだけどな」

 

「止むを得ません。シロウの身を危険に晒すよりは何倍もいい」

 

 そう言って、セイバーが私に近づき、ぶっきらぼうに肩を貸してきた。

 身長差があるため、少し不恰好な形になるが、この際止むを得ない。

 もう少し間桐邸に近づけば、桜からの魔力供給も円滑になり、肩を借りる必要もなくなるだろう。

 

「一応、礼を言います」

 

「不要です。私はシロウの指示に従っているだけです。これは、我がマスターの寛大さによるものであることを肝に銘じるのですね」

 

「充分に承知しています」

 

 私がセイバーにもたれるようにして、ゆっくりと歩きながら会話する。

 実際には、セイバーが私を担いで走ったほうが圧倒的に速いのだが、お互いにそれは避けたいという心情が結果的にこういった形にさせているのだろう。

 一方、士郎は少し離れてついてきている。

 

「とは言え、昨日、シロウの危機を救ってもらった話は聞いています。その点についてはこちらも礼を言わなくてはいけない」

 

「・・・ふふ・・・それこそ本来不要です。あの時、私は慎二を守る必要があっただけです。士郎も助ける形になったのはあくまでも偶然に過ぎません」

 

「そんなことは、シロウもわかっています。それでも彼は、あなたに助けられたと認識した。であれば、私もそれに従うまでです」

 

 ああ。

 なぜだか、無性に腹が立ってきた。

 ざわざわと心が逆立ち、弑逆心が鎌首をもたげてくるのを感じた。

 私は彼女を少し虐めてやりたくなった。

 

「セイバー。あなた、今、顔がニヤけていますよ」

 

「え?」

 

 セイバーが顔を赤らめ、咄嗟に自由なほうの左手を顔にあてた。

 

「よほど。士郎がお好きなのですね」

 

「・・・は? ・・・え?」

 

「恋する乙女の顔ですよ。それ」

 

「な・・・なにを戯言(ざれごと)を!! そもそも私は女である前に騎士だ! 私はあくまでもサーヴァントとして、シロウを信頼しており、慕っているだけだ! そんな不埒な感情など微塵もない!」

 

 面白いくらいに引っ掛かったものだ。

 少しだけスッキリしました。

 と同時に、(かえ)ってモヤモヤする何かが湧き上がってくるもの感じた。

 あれ? 

 

「だいたいさっきから聞いていれば何なのですか、ライダー! なぜあなたが、シロウのことを気安く『士郎』と名前で呼んでいるのですか!?」

 

「彼がそう呼べと言いましたので」

 

 そう応じると、モヤモヤのほうも少し薄れていった。

 

「どうしたんだ二人とも?」

 

 私達が言い争いを始めたのに気付いて、士郎が近付いてきた。

 

「シロウ! どういうことですか!? 敵であるライダーに自分の下の名前を気安く呼ばせるなど! あなたは、節操なしなのですか!?」

 

「な・・・何言っているんだセイバー。そりゃ、ライダーは美人だと思うけど、それとこれとは関係ない。命の恩人に対して呼び易い呼び方をしてもらって何が悪いんだよ?」

 

「美人だと思う? やはり、あなたはそんな目で彼女を見ていたのですね。見損ないました!」

 

「いや、セイバーも凄く綺麗だぞ」

 

「とってつけたような言い方ですね。そもそも私は女である前に騎士であり、戦士です。そんなことを言われても全く嬉しくありません!」

 

 まあ、この辺が頃合いだろうか。

 この二人の痴話喧嘩を見ているのは腹立たしいと感じると同時に、羨ましいとも感じる自分がいる。

 煽ったのは私自身だが、その結果はどうにも心地いいものではなかった。

 

「二人ともあまり大声を出すと付近の住民に気付かれるし、何より迷惑でしょう」

 

 士郎とセイバーはぐうの音も出せずに、同時に固まる。

 

「ここまで同行していただき助かりました。感謝します。ですが、私の状態もだいぶ回復してきました。これ以上の馴れ合いは、今後のことを考えれば控えるべきでしょう」

 

「そのとおりです。これでお互いに貸し借りなし。次に相見えるときは遠慮なく葬らせていただきます」

 

「それは、状況次第だと思う。ライダーが一般人を犠牲にしたり、オレの大切な人達に害をなすことがない限り、積極的に事を構えるつもりはない」

 

 あくまでもこの少年のスタンスは変わらないということだ。

 だが、彼の言う『事を構える』条件に合致することは、私の性質と立場を考慮すれば十分以上にあり得るのだ。

 

「それでは失礼します。士郎。あなたの血は極上でした」

 

 私はそれだけを言い残して、後ろ髪をひかれる感覚を振り払い、暗がりの向こうに見える間桐邸に向けて歩き出した。

 きっと、彼は私の姿が見えなくなるまで、見送ってくれるだろう。

 

 

 

 陰鬱な間桐邸に戻ると、気配を察したのか桜がやってきた。

 彼女は心配そうな表情を浮かべている。

 私自身の体の傷は、表面上は覆ってわからないようにしている。それくらいの魔力は戻ってきていた。

 

「ライダー。何があったの? 帰ってきた兄さんの様子はおかしいし、あなたと私のパスが通じるようになったみたいだし」

 

「申し訳ありません。私が敵のサーヴァントに負けたのです。何とか消滅することだけは避けられましたが、偽臣の書は消えてしまいました」

 

 どこまで伝えるか難しいところだった。敵のマスターが士郎だったと聞いたら、桜はどんな反応をするだろうか。

 

「そうなの・・・だとすると、この後、お爺様がどんな差配をするかわからないわね」

 

「・・・ええ」

 

 無理矢理にでも桜を焚きつけてマスターとして、戦場に送り込むか。再び偽臣の書を与えて慎二にマスターとして動かすか。

 あるいは・・・

 

「ライダー。あなたも知っているかもしれないけど、先輩がこの戦争の参加者になってしまったの」

 

 勿論、知っている。

 

「私にとって、一番大切なのは先輩の無事。だからライダー。先輩を守ってあげて」

 

「・・・え・・・?」

 

 トクン・・・

 現界してから約一ヶ月。

 初めて私の心が高鳴るのを感じた。本当のマスターからの本物の願い。

 そして、私自身にとっても意義のある行為。

 

「いい、何があってもよ」

 

 続けられた桜の言葉は素直には受け入れられなかった。

 それは無理だ。桜と士郎のどちらかを優先しなくてはいけない場面が訪れたら、私は桜を優先する。

 

「これは、あなた自身を信頼して、お願いすること。だから令呪は使わないわ」

 

 少しだけ奇妙な笑みを桜は浮かべた。自嘲するような。

 そんな微笑み。

 

「ええ。あなたなら大丈夫・・・あなたは、私に似ているもの」

 

 それは、私も同じ思いだ。

 しかし、何か私の認識している『似ている』と、桜の言う『似ている』は違うところを指しているようだ。

 

「あなたに使うべき令呪は違うところにあるわ。ライダー。令呪をもって命じます」

 

「え?」

 

 なにを強制しようというのだろうか? 

 

「兄さんに危害を加えないでね」

 

 え? 

 と疑問を投げ掛ける(いとま)もなく、令呪による強制力が私の体に沁み込んでいく。

 想定外の指示に驚いたが、少し考えれば得心する。私の心中は、意外と彼女に見透かされているということだろう。

 確かに偽臣の書から解放されたこの状態で、私が一番に考えるのは、桜に害をなす慎二を殺すことだった。だが、それを実行に移すかは疑問だ。

 桜自身が慎二を失うことを望んでいないこともわかっている。私としても、判断がつかないというのが、実情なのだ。

 

「承知しました」

 

 この場はこう応じるだけでいい。

 

「ごめんなさい。ライダー。あなたにばかり負担を掛けてしまって」

 

「いいえ。桜は桜のことだけを考えてください」

 

 少なくともこの夜の桜との会話は、私にとっては好ましいものだった。

 眠ろう。

 傷の回復には眠ったほうが効率がいいし、もしかしたら今日はいい夢が見られるかもしれない。

 サーヴァントらしからぬ事だが、私はなんとなくそんな思いを抱いた。

 

「それでは、桜。今日は私も休みます」

 

「ええ。ライダー。たまには体を休めてね」

 

 ザ――――――

 

 暗い玄関の僅かな電灯の光の中で、少しだけ桜の影が(ざわ)ついたように見えた。

 きっと、私は疲れているのだろう。

 

 




セイバーとライダーは基本的に仲が悪いですよね・・・
この話での二人の会話は、後々重要になるので色々な思いを込めてみました。
原作ではこの二人は殆ど会話していませんが、この物語ではより積極的に絡めてみたかったので。

※タイトルつきました。
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