Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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淫夢を見た早朝。


第8話 ~4日目①~ 「ナイフと魔術」

 E turn

 

 

 朝の5時前。

 幸いなことに普段以上に早く目覚めた。

 好都合だった。

 

「速やかに証拠隠滅だ!」

 

 よりにもよって、桜が泊まるようになったその日にこんなことになろうとは。とにもかくにも証拠物件である下着(トランクス)をどうにかせねば。

 しっかりと手洗いをした後で、少し不自然だが洗濯機に放り込みスピード仕上げを選択してスタートボタンをポチッとする。

 

「・・・ふう。これでよしと。文明の利器バンザイ」

 

 やたらとリアルな夢を見た。

 それは、オレと遠坂が・・・・・・何と言うかアレをする夢だったのだ。

 心なしか若干の疲労感もある。

 しっかりと休息をとって、万全の体調にするための夜にこれでは本末転倒もいいところだ。 

 

「授業中、ちょっと寝るしかないな」

 

 先生、すいません。

 健康な若い男子には色々と事件があるものなのです。

 

 

 

 6時以降は概ね平常どおりとなった。

 これまでと違うのは桜が間桐邸からうちにやって来るのではなく、うちの離れにある客室から居間に直接来るという点だ。

 とは言え、大した違いではない。

 

「おはようございます。先輩」

 

「おはよう。桜」

 

 いつもどおりの挨拶を交わし、いつもどおり2人で食事の準備を始める。万に一つも早朝のオレの行動を悟られるわけにはいかない。極力、普段どおりを心掛けた。

 藤ねえとセイバーも含む4人分の朝食を作り、さらに今日はセイバーの昼食も準備する。

 

「ちゃんと眠れたか?桜」

 

 枕が変わると寝られないタイプかもしれないので、聞いてみた。

 

「大丈夫です。いつもと違うのでちょっと緊張しましたけど、すぐに寝付けました」

 

 朝食の支度が整う頃に、セイバーが居間に顔を出し、藤ねえもやってきたので、4人揃って食卓を囲むことになった。

 この後、桜は弓道部の朝練で、藤ねえも授業の準備のため、オレより早めに家を出ることになる。

 

 

 

「慎二の奴、今日は休んでいたな」

 

 学校の屋上の片隅で昼食を食べながら、オレと遠坂は作戦会議をしていた。

 あの夢に出てきた女子と、二人きりというのは緊張を強いられるが、全てオレの中での出来事に過ぎない。必死でオレは意識しないように会話をしていた。

 

「そうみたいね。家に引きこもっているのか。あるいは教会に逃げ込んだのかもしれないわね。根は臆病なやつだもの」

 

「昨日相談したとおり、桜はオレのうちに泊まることになった。藤ねえが間桐家に電話した時には、間桐臓硯はあっさり許可してくれたみたいだった。慎二がもし教会に匿われたとしたら、もう臓硯自身が動くしかないっていう状況になるのかもな」

 

「充分あり得るわね。とは言え、一旦は家に籠城するかも。他が潰しあうのを待つ方針でね。こちらとしても、向こうの本拠地においそれと乗り込むわけにはいかないもの」

 

「ライダーでは他のサーヴァントに対して分が悪いことは分かっているしな。でも、セイバーに聞いたんだが、聖杯が出現するのは期間限定なんだろう?であれば、聖杯が欲しいやつにしてみればずっと守りに徹するわけにはいかないよな?」

 

「そのとおりよ。どこかで動かざるを得ない。だから、あくまでも『一旦は』なの」

 

「一度教会に行って、慎二がいるか確かめるか」

 

 慎二は、臓硯にとってはある意味貴重な手足だ。それが動かせる状態なのかを確認したいところだった。

 

「そうね。でも、綺礼が喋るとも思えないのよね。元マスターを匿うのが仕事だから、匿っているとも匿っていないとも言わないと思う」

 

「そうすると確かめようがないか」

 

「まあ、ダメ元で一度私が探りを入れてみるわ」

 

「頼む」

 

 これで間桐家陣営の話はおしまいだ。

 

「で、昨日の首尾はどうだったんだ?」

 

 昨日は、遠坂達がアサシンやキャスターの居場所を探してくれた筈だった。

 

「上々だったわ。おそらくアサシンのサーヴァントが柳洞寺にいる。そして、キャスターもね」

 

「そこまでわかったのか?」

 

 だとすれば、かなりの収穫だ。

 

「先ず、正面の山門からじゃなくて、山の中から柳洞寺に近付こうとしたんだけど、アーチャーが入れなかったの。サーヴァントを寄せ付けない結界が張ってあったのよ。強行突破することは不可能ではないんだろうけど、かなり損耗しそうだったみたい」

 

「強力な結界だったわけか」

 

「そう。それだけの結界を張れるのはおそらくキャスターね。柳洞寺に魔力が集められつつあることも含めて考えると、間違いないと思う」

 

「成程な。でも、アサシンもいるんじゃないかっていうのは、どういうことなんだ?」

 

「ええ。勿論それだけじゃないわ。側面から忍び込めないとなれば、当然、正面から行ってみることにしたわけよ」

 

「まあ、そうなるか」

 

 正面から入るので危険度は上がるが、遠坂の性格では手ぶらで帰ることを良しとはしないだろう。

 

「で、山門に向かってあの石段を登って行ったんだけど、山門の手前でサーヴァントにでくわしたってわけ。で、そいつはちょっと洒落た紋付袴を来た侍だったのよ」

 

「侍?」

 

「ええ。長い刀を持っていたわ。で、ここを通るなら相手になるって言ってきたのよ。こっちは今日は強行突破をするのが目的じゃないから、あなたの相手はまた今度ねって、手を振ってとっととおさらばしたわけ」

 

 見事なまでに自分の都合のみを一方的に相手に押し付ける対応だ・・・

 そう言われた侍とやらの反応をちょっと見たかった。

 

「つまり明らかにそのサーヴァントは、キャスターって風情じゃなかったってことだな。だから、消去法でアサシンと判断したわけか」

 

「そういうこと。まあ、侍がアサシンっていうのも、だいぶ違和感あるけどね。山門を通るなら戦うっていうことは、門番みたいなもんでしょ。そうでない場合は、結界に阻まれちゃうわけだから、基本的に正面から行かざるを得ない。だけど、そのためにはあいつを突破するしかないっていう寸法ね」

 

「そうすると、そのアサシンとキャスターが組んでいる可能性が高いってわけか」

 

「ご明察。キャスターのマスターとアサシンのマスターは共闘関係にあると見るのが妥当よね」

 

「で、今日はどうするんだ?オレとしては、選択肢が三つあるんじゃないかと思っているけど」

 

 遠坂の話を聞きながら、今後の方針についてオレなりに考えていた。

 

「聞かせてもらうわ」

 

「一つ目は、間桐家とライダーの動向を監視する」

 

 オレとしては最も気になるところだが、純粋に間桐家陣営の脅威度を考えると優先度は高くない。ライダーのサーヴァントとしての能力や、間桐臓硯あるいは慎二のマスターとしての能力は左程脅威ではない。共闘するオレ達が遅れをとることはまずないだろう。

 

「二つ目は、ランサーのマスターを探る。今のところ手掛かりがないからな」

 

 今日の遠坂の報告により、オレ達はサーヴァントに関する情報は一通り手に入れたことになる。不明だったキャスターとアサシンが柳洞寺にいることがほぼ確実となった。一方でマスターとサーヴァントの組み合わせは、オレとセイバー、遠坂とアーチャー、イリヤスフィールとバーサーカー、慎二とライダーである。

 マスターがわからないのは、キャスター、アサシン以外だと、ランサーだ。話の流れ次第では、ランサーのマスター探しを優先してもいいだろう。

 

「そして三つ目が、遠坂達がもたらしてくれた情報の深掘りだ。つまり、柳洞寺にいるのが、キャスターとアサシンであることの確認と、そのマスターが誰かを探ることだな」

 

 柳洞寺にキャスターとアサシンがいることはほぼわかった。だが、事実確認はできていないうえに肝心のマスターがわかっていない。この点について、調べる必要がある。

 

「妥当な選択肢ね。衛宮君のお勧めを聞こうかしら?」

 

 遠坂はオレの挙げた三つの案を肯定し、こちらの考えを聞いてきた。

 

「オレとしては、三つ目だな。柳洞寺にキャスターとアサシンとい二人のサーヴァントがいるっていうのは脅威だと思う。あそこは、魔力が濃くて、この戦いの要衝になるってセイバーも言っていたしな」

 

「私も同意見よ。決まりね」

 

 遠坂は片目を瞑って、オレに賛成してくれた。

 

 

 

「お帰りなさい。シロウ」

 

 学校から帰宅するとセイバーが出迎えてくれた。

 今日の夜は柳洞寺に向かう。状況次第では、キャスター、アサシンとの戦闘もあり得るので、セイバーとの稽古は軽く汗を流す程度に留めておいた。

 

「シロウはスジがいい。これまではあくまでも気持ちの備えのための稽古でしたが、次からはもう少し本格的に時間を取って鍛えましょう」

 

 彼女からはそんな有難いお言葉をいただいた。

 

「今日はともかく、その前は充分にスパルタだったと思うんだけどなあ・・・」

 

 まあ、英霊からしてみれば、稽古のうちに入らないということかもしれない。

 部活から帰ってきた桜と夕食の準備をし、藤ねえが来てから4人で食卓を囲んだ。

 

「最近物騒になっているから、明日から部活も放課後の練習はできなくなるわよ」

 

 とのことだった。

 これも聖杯戦争の余波なのかもしれない。

 

 

 

 藤ねえが帰宅し、桜も離れの部屋に戻った頃合いでオレとセイバーは柳洞寺に向かうことにした。遠坂とは石段の登り口で夜の10時に落ち合う約束だが、その時刻よりは少し早く着くだろう。

 今夜の目的は、キャスターとアサシンのマスターを突き止めること。戦闘になっても無理しないという方針だが、当然状況次第だ。

 オレは一昨日と同様に木刀を竹刀袋に入れ、走りやすい運動靴を履いて玄関を出た。セイバーも続く。

 

 ゾワッ

 

 いつもの交差点に差し掛かったところで、違和感を覚えた。

 腐臭。だろうか。気持ちの悪い何かが肌に纏わり付くのを感じた。

 思わずセイバーを見る。

 

「・・・シロウ。これは・・・」

 

 セイバーも、この違和感に気付いたようだった。

 

「何が良くないものがここを通り過ぎたような感覚です」

 

 頷いて、さらに柳洞寺に向かう。ほんの僅かだが、腐臭が強くなっているように感じた。

 遠坂との合流場所である石段まで到着した。

 オレ達が感じた【得体の知れない悪いモノ】はこの上にあるような気がする。

 勿論、何も確証はない。

 

「先ずは遠坂が来るのを待・・・」

 

 ズンッ・・・

 

 上から不吉な音がした。

 何か良くないことが起きた、と直感する。

 

「一体、何が・・・」

 

 見上げてみるが、ここからでは長く続く石段の先が見えない。途中に踊り場もあるため、山門まで視線は通らない。

 これから間違いなく上でもっと悪いことが起きる。これが何かは見当もつかないが、その確信だけはある。

 寺には一成のような一般人もいるのだ。

 ここで覚悟を決めないで何が『正義の味方』か。

 ポケットから遠坂から渡された宝石を取り出し、握り締める。

 

「行くぞ。セイバー」

 

「ええ。勿論ですシロウ」

 

 オレとセイバーは一気に階段を駆け上っていく。

 オレは手にした宝石に魔力を流した。これで遠坂にはこちらで非常事態が起きたことが伝わる。遠からず駆け付けてくれるだろう。

 

 キンッ!

 

 長い石段を登り、山門が視界に入ったところだった。

 金属音を響かせながら一本の長刀が落ちてきて、オレ達が踏み込む直前の踊り場に転がるようにして止まった。

 

「なんだ?」

 

「ただの刀ではありませんね。凛が話していていたサーヴァントのものではないでしょうか?」

 

「ということは・・・」

 

 そのまま刀を横目に石段を登って山門まで辿り着くと、そこには一人の侍が倒れていた。

 

「な・・・」

 

 オレは絶句した。

 凄惨な有様だった。

 彼には手足がなく、紫を基調とした鮮やかな色合いの和装を纏ったその体は無残に中心から引き裂かれている。そして、そこから夥しい量の血が溢れてきており、その体をより鮮やかに彩っていく。

 

「・・・・・・これはまた、(みやび)な・・・・・・」

 

 普通であれば、即死するか、苦しみで悶え、発狂するような状態だ。

 だが、その侍は笑みを浮かべており、あまつさえ言葉を紡ぎ続ける。

 

「ふ。おぞましい磨羯蛇蝎(まかつだかつ)(なぶ)られたかと思えば、かように美しい花を愛でられようとは・・・」

 

 侍はセイバーに視線を送っている。

 

「今宵の月は気紛れなものよ」

 

 その体は少しずつ、希薄化していき、僅かに輝く光の粒子となって宙へと舞いつつある。

 オレもセイバーも今は言葉を発さない。

 

「ゆめゆめ気をつけるがよい。あれは我らを呪うものよ」

 

 侍の姿は徐々に希薄になっていく。

 

「そして勝手な願いではあるが戯言(ざれごと)と思って耳だけ傾けてくれ」

 

 侍は目を閉じる。

 

「我が(マスター)の様をとくと見て欲しい。あれは・・・ただの少女に過ぎぬ・・・」

 

 最後まで微笑みながら、侍は消えた。

 僅かの間だったが、オレもセイバーも身じろぎ一つできず、立ち尽くした。

 彼の残した余韻を壊してはいけない。

 そんな気がした。

 

「アサシンのサーヴァントだったのでしょうね」

 

 しかし、いつまでもこの場に留まっているわけにもいかない。

 セイバーが止まった時を強引に動かすかのように推測を口にした。

 

「ああ、遠坂の話と一致している」

 

「この先にマスターがいるということですね」

 

「そうだな。急ごう」

 

 まだ、侍が残した清廉な空気が残る山門を背に、オレ達は本堂へと向かった。

 

 

 オレとセイバーが堂内へと至る木製の階段を駆け足(参拝する時にはとてもあり得ないが)で昇ったところで、

 

「・・・ぅさまぁー!!」

 

 その声が微かに聞こえてきた。

 女性の叫び声だ。

 悲痛に誰かの名前を呼んでいるように聞こえた。

 その声の通り抜けてきたと思しき方角へと急ぐと、本堂を抜けた先にある小部屋に辿り着いた。

 その部屋の襖は開け放たれており、その奥に先ほどの悲鳴の主らしき女がいた。

 

「・・・落ち着くのよ・・・まだ・・・まだ・・・大丈夫。必ず助ける・・・落ち着いて治療の魔術を・・・」

 

 濃い紫色のローブを纏い、水色に近い紫色の髪。特徴的なのは耳が少し尖っていることだろうか。

 美しい顔を今は悲痛に歪めながら、腕に血塗れの男を抱いている。

 その男はオレの知っている人物だった。

 名は葛木宗一郎。オレの学校の社会科の教師だ。

 異様なことに、その体は血塗れというだけでなく、顔や服の一部がまるで炭で塗られたように黒く染められていた。

 

「誰っ!?」

 

 女はオレ達に気づき、こちらに顔を向けてくる。その双眸からは涙が溢れていた。

 彼女が魔術師なのは推測がつく。格好からして魔術師然としているだけでなく、『治療の魔術』と言っていたことからも明らかだ。

 さらに言うならマスターとしてのオレの目から見ると、サーヴァントであることもわかる。

 おそらくこの女がキャスターのサーヴァントだろう。

 つまり、基本的には敵と言うことになる。

 だが、この状態を見せつけられて問答無用で殺しにかかるような人間になりたくはなかった。

 

「セイバー」

 

 オレはそれだけ言ってセイバーのほうを見る。

 

「わかりました」

 

 オレの意図を察して、高まっていたセイバーの剣気が収まる。

 戦闘時には容赦のないセイバーも、流石にその気にならないようだ。

 

「まさか、セイバーなの・・・?よりにもよってこんな時に・・・アサシンは・・・?」

 

 アサシン?

 あの侍のことか?

 やはりアサシンとキャスターは手を組んでいたということだろう。

 

「落ち着いてくれ。先ずは葛木先生の応急処置が先だろう。あんたの様子じゃ、とにかくその男が大事なんだろう?」

 

「え・・・?ええ、そう。そうよ。早く宗一郎様の手当てを・・・」

 

 取り乱し方が尋常じゃない。

 ふと侍が言い残した「ただの少女」という言葉が頭を過った。

 

「どいてくれ。今のあんたよりはオレの方がマシだ」

 

 そう告げながら、オレは上着を脱ぐ。

 女は戸惑いながらも、抵抗せずに男の体をこちらに預けてきた。

 今の自分が役に立たないことを察したのだろう。

 セイバーは念の為というところか、オレと女の間に体を入れて、いざとなればオレを守れる状態を作っていた。

 

「やはり、葛木先生だよな・・・」

 

 キャスターとの関係が何なのかはわからないが、とにかく助けなくてはならない。

 右の肩口から鋭利な刃を突き立てられたようだった。かなりの出血ではあるが、しっかり止血すれば致命的な状態にはならない。

 しかし、そのためには長めの布が必要だった。

 残念ながら、手近には見当たらない。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 手にナイフを投影する。

 隣でキャスターが息を呑む気配を感じた。

 脱いだ自分の上着をナイフで短冊状に斬り裂いて、それぞれをきつく結び繋げることで即席のタオルを作る。そして、持っていたハンカチを傷口に当てて、そのタオルで左脇まで巻きつけて縛った。

 

「これで、止血はできた。当面は大丈夫だろう」

 

「見事な手際です。シロウ」

 

「・・・た・・・助かったわ。ありがとう、坊や」

 

 女の蒼白だった顔に少しだけ色が差した。

 それとともに冷静さを取り戻したようだった。

 

「それで、あなたはキャスターのサーヴァントということで間違いありませんね」

 

 セイバーの全身から、一度は沈静化していた剣気が湧き上がる。

 

「ええ。そうよ」

 

 あっさりと女は自分がキャスターであることを認めた。

 

「取引よ。セイバー。そして、そのマスターである坊や」

 

 オレ達を睨みつけるようにして、そして、揺るぎない覚悟を秘めてキャスターはその視線を向けてきた。

 

「宗一郎様を治療するための時間を頂戴。その間だけ私を殺すのを待って欲しいの。終わったら私を遠慮なく殺せばいいわ」

 

「な・・・」

 

「え・・・?」

 

「時間が惜しいの。私にとって最も大事なのは宗一郎様の命。ただそれだけでいい」

 

 キャスターは部屋の片隅の棚から、古びた西洋風の巻物と万年筆のようなものを取り出してきた。

 

「これは自己強制証文(セルフギアス・スクロール)といって、書いた術者本人に強制的な制約を課すもの。これに書いた内容によって、死後の魂までその文言に縛られる最大級の呪いの書よ。これに私がさっき言った内容を書くわ」

 

 そう言いながら、巻物を広げる。

 

「信じられるかはあなた達次第だけど、私はこれに書こうが書くまいが、治療さえ終われば何もせずにあなた達に殺されてあげる。私が抵抗したところで、セイバーに勝てるわけがない。そんなことをしても無駄だし、それで宗一郎様に危険が及べば本末転倒だもの」

 

 女の言葉からは、捨て身の気魄が伝わってきた。

 

「あんたの望みはよくわかった。こっちとしては、そこまで強制するつもりはないぞ。オレだって葛木を助けたいんだ」

 

 少し気圧された感はあるが、オレは正直な心情を伝えた。

 オレは、セイバーに視線を送り、彼女の意見を確認する。

 

「シロウがそう言うのであれば、私も反対する理由はありません。あなたは自身の命を差し出すことに、一切の躊躇がなかった。主を思うその忠義は見事だ。その覚悟を無下にできよう筈もない」

 

 間違いなくこの女は本心を伝えてきている。セイバーもそれは直感的に分かっているのだろう。オレの意見に異を唱えなかった。

 

「ただし、その証文(スクロール)に今後、私たちに対して危害を加えないことを明記しなさい」

 

 セイバーがオレに視線で了解を求めてくる。

 オレとしても、異論のない条件なので、無言で頷く。

 

「わかったわ」

 

 キャスターは、全く抵抗を示さず受け入れた。

 

「念のため、他者への指示や示唆によってもできないような文面にするように」

 

 セイバーは、条件を追加した。

 

「そんな発想、今の私にはなかったけれど・・・あなた、結構悪辣なことを考えるのね」

 

「いいえ。私はその証文(スクロール)に酷似したものを知っています。そして、それを悪用して騙し討ちした場面を目の当たりにしているので、用心深くなっているだけです」

 

「わかったわ」

 

 キャスターが書き終えた文面は、こちらの要望に則したものとなっており、直接、間接問わず彼女がオレとセイバーに対しての害を成す事を禁じるものとなっていた。

 

「いいでしょう」

 

 とセイバーが認めると、キャスターは自身の指先をオレが渡したナイフで僅かに傷つけ、証文(スクロール)に血判を押印した。

 

「これで、いいかしら。宗一郎様の治療の邪魔だけはしないで」

 

「ああ。約束を違えるつもりはない」

 

「行きましょう。シロウ」

 

 治療を始めた一人の女と、その対象となる男を残して、オレ達はその部屋を出ると、静かに襖を閉めた。

 もう、ここに用はない。

 

 

 

 廊下に出て、さらにしばらく奥へと進む。

 すると途中にある角部屋で何人かの門弟と思しき男たちが倒れているのが見えた。

 彼らの状態は、先ほどの葛木とは違い、血塗れというわけではなかった。ただ体の所々が黒く塗り潰されている点は同じだ。

 警戒するようにしてセイバーがその部屋の中に入っていく。

 

「一体、これは何なんだ・・・」

 

 オレは、廊下から倒れたままの門弟達を見回しながら、唖然とする。

 と、その時だった。

 

 ギンッッ!!

 

 突然、オレのすぐ後ろで甲高い金属音が響いた。

 

「シロウ!?」

 

 オレに先行する形で部屋に入っていたセイバーが振り向き、慌ててこちらに戻ってくる。

 その視線はオレではなく、さらに後ろに向けられている。

 オレも咄嗟に後ろを振り返る。

 すると、見覚えのある長い髪が広がり、オレの視界を埋め尽くしていった。

 

「ラ・・・ライダー!?」

 




この4日目から本格的に物語が展開する感じでしょうか。
原作では、士郎達はこのタイミングでは柳洞寺に行っていませんが、本作ではここで動くことでキャスターと出会います。
スクロールはかなり無理矢理感がありますが、ご容赦ください・・・

※タイトルつきました。
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