柏木家の夏   作:多手ててと

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第1章
第1話:約束の地


目が覚めると既に日が高かった。時計は既に1時を回っている。

いつものことだが夜勤明けの目覚めはあまり心地よいものではない。

とりあえずパジャマを着替えて自分の部屋を出た。

 

ダイニングでは千鶴姉さんが昼のドラマを見ながらコーヒーを飲んでいた。

「おはよう、楓。疲れてたのね」

「おはよう、姉さん。あの子達は?」

まだ幼稚園にあがる前の子供がこの家には3人もいる。

「さっき眠ったとこよ、しばらく起きないわ。顔を洗ってらっしゃい。御飯を暖めておくわ」

 

今日の昼御飯はカレーライスだったらしい。

「最終兵器」と評された姉さんの料理も今は「無理せずに食べれる」レベルまで改善された。この進歩は梓姉さんのスパルタ教育の賜物であるが、私のみたところやはり耕一さんの存在が大きいと思う。継続は力なりだ。それでも天性の味覚までは改善されなかったようで、今なお常識では考えられない組み合わせ料理が飛び出すことがある。食べる前に得体の知れない物がないか確認するのは生き延びるための知恵だ。

 

幸い今日のカレーにはトラップはなかったようだ。5分程(慎重に食べたので時間がかかった)でたいらげると、姉が席を立った。

「幼稚園に迎えに行く前に買い物をしようと思うの、あの子達を見ててくれる?」

 

「そうね、でも今日は久しぶりに私が料理しようと思うの」

今日みんなできるだけ早く帰ってくると言っていた。

私はここのところ家事から遠ざかっている。それに子供たちに接することも少なくなっていた。

「じゃあ頼むわ。幼稚園もお願いね」

 

私は家を出て近くのスーパーに向かった。日差しだけは早くも厳しい。

 

最近また私は故郷が恋しくなる時がある。私達が東京に引っ越してきたのは私が高3にあがる時、もう10年程前のことだ。そう、もうそんなに時が流れた。それまで生まれ育った家や土地、家の事業を売り払って都会にやってきた。あの判断が間違っていたとは思わない。しかしどうしても追われる前に逃げ出したように感じられる。それが今なお悲しいのだ。

 

(千鶴姉さんは寂しくないのだろうか)

姉さんは両親から受け継いだ旅館を経営していた。長女としてそれらを継ぐべく育てられてきた。土地とのつながりは私よりもかなり密接だったはずだ。

 

「あっ、楓ママだ」

「ホントだ。ママだ」

子供たちが私を見つけて手を振る。

「あなた達、いい子にしてた?」

「もちろん。ママ、私手伝うわ。ほらお兄ちゃんも」

娘が自転車のハンドルにぶら下がっていたスーパーの袋に手を伸ばす。

「えっ、うん」と息子も手を伸ばす。

 

二人の姉が互いの子供をまったく区別せずに扱っているのを私は知っている。それなのになぜか性格は実の母親のそれを受け継いでいるのだ。血は水よりも濃い。さっきは昼寝をしていた私自身の娘も、そのうちに大人しくなるのだろうか。もっとも私たち四姉妹も同じ母から生まれたはずなのだが。

 

「ありがとう。じゃあこの袋を頼むわ」

軽い袋を一つづつ子供たちに渡す。それでも、11人分の食料が詰まった荷物は山のようにカゴと荷台にあふれている。

 

ふと周囲の目が気になった。私はもう27だ。幼稚園児の子供がいても全然おかしくない歳だ。が、なんといっても童顔でかなり若く見えるらしい。そういえば初音はこの前仕事帰りに補導されかけたと言っていたが、さすがにあれは冗談なのだろうか。

 

そうだ。ここにいる母親達は千鶴姉さんを知っている人も少なくないはずだ。ほぼ毎日送り迎えしているのだから。それで私のことをいぶかしげにみているのだろう。

 

「あっ、楓ママやお兄ちゃん達お帰りなさい」

下の子供達が出迎えてくれる。千鶴姉さんも読んでいた新聞を置いて荷物運びを手伝ってくれる。

 

エビが特価だったので天ぷらを作ることにする。七時過ぎになってから揚げ始めれば、まだ熱いうちにみんなで食べることができるだろう。手伝おうか、と姉さんが声をかけてくれたが断った。量は多いが下拵えにかける時間はまだたっぷりある。

 

子供たちはみな子供部屋にいる。今日は夕御飯が遅くなるのでお菓子をあげた。先程帰ってきた小学生の長女がしっかりしているので大人がいなくても安心だ。そういえばあの子も姉さんに似てきた。

 

姉さんがよくわからない記号を株式欄に書き込みながら話し掛けてくる。

「ねえ。まだまだ開業するつもりはないの?」

私は手を動かしながらこたえる。

「まだ勉強しなきゃいけないことが多いの。それに今の病院が気に入ってるし」

「そう。でもいずれ独り立ちすることを考えた方がいいわ。お金はあるんだから」

私はだまってうなずく。そういえば初音も言っていた。自分で店を経営するようになると世界が違ってみえてきたと。

 

予定通り8時に晩御飯を食べる。くっつけたテーブルに料理が並ぶ。11人もいるのでとても賑やかな食卓。

「そういえば家族全員で食べるのは久しぶりだね」

初音が話し掛けてくる。私はうなずく。

朝はいつも競争だし、夜は子供たちは普段先に食べている。

 

子供たちは長女の学校の話で盛り上がっている。

「今日は楓がつくったんだろ、うん上手くできてる」

ついさっき帰ってきた梓姉さんが言う。これでも今日は異様に早いのだ。経営者なんだからさっさと帰ります、というわけにもいかないのだろう。

「あれっ、やっぱりプロの目からみたらわかるの?」

と普段から比較的帰りの早い初音。

「プロじゃなくても誰だってわかるさ、ねえ」

梓姉さんは意味ありげな視線を千鶴姉さんに向ける。

今まで子供たちの相手をしていた耕一さんがこちらをむいた。

「前科があるからな、千鶴には」

「もう、みんなで私をからかうんだから」  千鶴姉さんが怒ったふりをする。

 

この暖かな空間。これこそが故郷の代償に得た物だ。こんなに素晴らしい物を手に入れたのだ。あそこではとうてい手に入らなかった物だ。これを守るためならば他のもの何もかもを捨てることができる。

 

「どうした、楓」  耕一さんがこちらをみて微笑んでいる。

私はしばらくぼおっとしていたらしい。

 

「えっ、あの、夏が近いな、と思って」

「まったく楓はぼけてるんだから」

梓姉さんにつっこまれ私は照れ笑いをする。

別にぼけてるわけじゃない。むしろ相応しい答えだったと思う。

 

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