柏木家の夏   作:多手ててと

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第23話:集中と分散

「夕霧の間」「夕鶴の間」「夕顔の間」

本館5階の客室がすべて『夕』で始まるとは思いもよらなかった。

我ながら迂闊なことに部屋の名前をきちんと覚えていなかったのだ。

 

仕方がないので一階に降りて部屋の名前を聞くしかない。

きらきらしいロビーフロアを渡ってカウンターへ行く。

こういうのはなんか緊張するな。カウンターを見ると家族連れがまごついている。

なぜこの10月の平日に家族連れがいるのかは不明だ。

 

俺が謎の家族の後ろに並んでいると横のカウンターから声がかかる。

「お待ちのお客様こちらへどうぞ」

落着いた声に相応しい落着いた風貌のおじさん。

 

「あのですね、野塚さんという方の部屋を知りたいのですが」

「野塚様ですね」

オジサマが端末をいじる。

「えーっと5階の『夕なんとかの間』のはずなんですが」

言う必要のないことまで口走る俺。

「お客様のお名前は?」

「あの、野塚・・・たしか徹だったと・・」

 

オジサマは少し笑って俺を手のひらで示す。

「いえ、お客様のお名前を」

あっ、俺の名前か。俺の名前・・

俺はおもわず上目使いになってしまう。

 

こんなとこで偽名を言っても仕方ないし・・

「お客様の安全の問題がありますので」

営業用だと感じさせない笑みで諭される。

 

「あの、柏木耕一と申します」

思わず敬語が深くなる俺。こころなしか顔が赤くなっているような気がする。

あああ。俺ってこういう時はすぐ顔にでるんだよな。

 

オジサマの手が一瞬静止する。

わかるよな。わかるにきまってるよな。

「柏木」はもちろんだが「耕」まできたら決定的だよな。

年配の方だし気づかないはずないよな。

 

オジサマが俺に目を留めながら電話を掛ける。

”普通に”聞き耳を立てる俺。

親父に電話してるのかと思ったがどうやら野塚さんの部屋に掛けているようだ。

 

「耕一さん、野塚様は5階『夕凪の間』でお待ちです」

やっぱり知ってるぅ。

 

「夕凪だな夕凪」

俺は夕凪の間を探しだしドアを叩く。

「空いてるよ」との声を聞いて中に入る。

なんてことはない、ごく普通の和室だ。

 

イオン風呂、電気風呂などという得体の知れない名前を持つ各種の風呂。

映画を見ながら温泉に浸かることまでできるらしい。(行ったことはないが)

正面玄関にずらりと並んだ出迎えの一団。(もちろん俺は裏口から入ったよ。)

土産物屋が何軒あるのか未だに知らない。

あちこちまぶしいロビーに何階まであるのか数えなければわからない吹き抜け。

 

部屋はどんなのかしら、と楽しみにしていたが予想外に普通だった。

俺が三和土で戸惑っていると野塚さんが手で俺を呼びよせる。

俺は靴を脱いで畳に上がった。

 

野塚さんが座るようにと座布団を指差し、備え付けの湯飲みにお茶を注いでくれる。

「下であだっさんに部屋を聞いたんだって?」

「あだっさん?」

「ああ、ここの支配人の足立さん。たまたまフロントにいたらしいな」

そういえば名前を聞いたことがある。支配人か、なら俺のことを知っているはずだ。

「あんまりここに来てるって知られたくなかったんですけどね、親父とかに」

彼は曖昧な笑みを浮かべている。

 

「それにしても・・・」

ちゃぶ台の上に書類が散乱しているが他は片付いている。

「ここにずっと泊まってるんですか?」

「いや、昨日まで隆山に客が来てたんでその接待でね」

野塚さんはあんまり寝てないみたいだ。

 

8月親父と立山に行く前、俺は海の家でバイトしてた。

そこは一応鶴来屋グループだった。柏木の名字ゆえに得たモノは、あっさり雇ってもらえたことと「ボン」というありがたくないあだなだけだ。

 

ボンは結構頑張ってアイスを売った。学校の友達や梓達にも何度か売った。

そんなある日、野塚さんがやってきた。暴走族の件があってから彼と会うのは三度目だ。

TPOを考えたのかシャツと短パンとサンダル。

 

「久しぶりだなあ、耕一君」

「野塚さん」俺は正直びっくりした。「アイス食べません?」

「もらおうか。ところで少し話しがあるんだけど」

なんだろう。

「暇な時間ある?」

なれなれしいなあ。

「少し話したいことがあるんだけど」

あまり面白い話になるとは思えなかった。

だからその日俺はそれまでで一番真面目に働いた。

 

野塚さんは決して急がない。

2月ほどたった今ごろになってまた会いたいといってきた。今回は母さんを通して。

最初は彼(というよりも代議士)の事務所で会うはずだったが、彼のホームグラウンドに行くのは避けたかった。「恥ずかしいから」というとちょうど鶴来屋に使える部屋があるという。そこまで言われると仕方がない。

 

俺は座布団に正座する。食事中四姉妹も母さんも正座してるのに俺だけあぐらをかくのもきがひける。だからこちらに来てからは俺も正座だ。

「で、なんの用なんですか?」

「いや、そう急ぎの話じゃないからゆっくりしてもらっていいんだけど」

なら呼ぶなよ。

 

「鶴来屋はいい旅館だよな」

俺は黙って聞いている。

「この部屋だってさりげないけど上品だ。この焼き物だって九谷だし。従業員の質もいい」

俺はなんて答えていいのかわからない。

「温泉とかにもいろいろ気を遣ってる。こういうのは意外と難しいんだぜ、厚生省とかの絡みがあってさ」

 

「この旅館が変わっているのは一族の支配が異様に強いことだ」

なんだよ、俺もその一人なんだけど。

「普通これだけ大きくなれば株なんかも分散されてるよ」

 

「野塚さんが何を言いたいのかわからないよ」

「例えば・・」野塚さんがまた俺の方を見る。

「耕一君はここの株を1割持っている、大株主だ」

うん、それは事実だ。

「それを売る気はない?」

 

「まさか、あれは俺のものだって言うよりは親父のものだってば。だいたい親父か伯母さんに言えばいいじゃないか」

「それは無理だ」

野塚さんはきっぱりと断定する。

 

「あん?」

「彼等は鶴来屋を保つことしか考えてない。知らないと思うけど相続の時、東京の土地を物納してここの株をキープしたんだぜ。株なんて2割も持っとけば十分だよ。資産はある程度分散させるのが常識だ。鶴来屋だけにこだわってもしかたがない。」

 

「だから?」

「耕一君はお父さん達と違うと思う」

俺だってじいさんからもらったものを手放すつもりはない。

「どうしてそう思うんですか?」

 

「耕一君は俺とよく似ている。鶴来屋は生きるための手段に過ぎないと考えている。そうだろ」

なんなんだよ。いったいなんなんだ。

 

その時電話が鳴った。野塚さんが電話を取る。親父かもしれない。

話を小耳で聞いているとどうやら野塚さんの事務所らしい。

俺は親父のことを気にしすぎている。

 

「鶴来屋にこだわってるのは野塚さんのほうじゃないの?」

短い電話だったがその間に少し落ち着けた。

「俺の立場は少し違う。例えばうちの”オヤジ”だけど」

野塚さんは立ち上がって電気をつける。そして今度は正座に座り直した。

「オヤジがなぜあんなに派手に永田町を飛び回れると思う?保守党のくせに農協ともゼネコンともあまりよくないのに」

そんなこと考えたこともないよ。

「ここ隆山じゃ鶴来屋さえ押さえときゃ再選できるからさ。だから圧力団体をあまり気にせず正論をはける」

 

「だからその鶴来屋を押さえたいということ?」

「力が柏木に集中しすぎているのが気になるんだ。今賢治さんが右向きゃグループ全体が右を向く。鶴来屋が小さかった頃はその方がいい。でも今じゃちょっと異常だよ。万一柏木がつまづけば鶴来屋はこける。そうすればウチらは倒れて立ち上がれない」

 

「だからある程度分散させたい。そのハナが俺ってわけだ」

せいぜい皮肉っぽく聞こえるように言った。

「耕平さんもそういう事を考えてたんじゃないかな」

またまたこの人は。

「耕平さんが千鶴さんを養女にしているのは知ってたけど、君も養子にしていた。なぜだろう」

多分給料を前渡ししたかったんじゃないかね。それに俺は『君』と呼ばれるのが嫌だ。

「とりあえず一族の中だけでも分散したかったんじゃないかな」

 

沈黙が流れる。

「まあいいや今すぐどうこうなる問題でもないし。20年先の話だからな。ところで千鶴さんは元気?」

「元気だと思いますけど」

「そう、それはよかった」

もうどうでも言い話しか出てこないようだ。

席を立とうとする俺の気配を察したのか野塚さんが先に立つ。

 

「送っていこうか?」

歩いて帰ります、そう言おうとした時ちゃぶ台の上の書類の人名が目に入った。

何処かで聞いた名前だ。いつ何処で聞いたんだ俺は。

 

野塚さんは俺の目線を辿る。

野塚さんの表情は変わらない、が声がわずかに震える。

 

「ん、もしかして聞いたことある?」

野塚さんがその書類を手に取る。

「何処かで聞いたことのある名前なんだけど。どういう人なんですか?」

野塚さんは書類をめくらずにすらすらと答える。

「柳川裕也、22歳、大学4年生、東京都在住、この前の県警の採用試験にトップ合格した逸材だ」

野塚さんが俺の顔色、仕草を見逃すまいと注目しているのがわかる。

でも思い出せない。何処かで聞いたはずだ。どこで聞いたんだっけ。

 

 




(注1)由美子さんの時柳川はフロントであっさり部屋を聞き出してるけど普通ならそんなにガード甘くないよな。高級旅館なんだから。
試みにここの脚注は白地に白の文字で書かれてます。何人ぐらいの方が気づくでしょうね。まあソース見たりドラッグしたら一発ですが。いかにもなんかありそうな空白だしなあ。この方法を使えば18禁なんかも密かに書けるような気がします。いや、今のとこ書くつもりないけど。
それともう一つすごい凡ミスやっちゃいました。第22話(クリアブルー)なんですが賢治一人称って第10話(野塚)で使っちゃってるんですよね。23話(集中と分散)を書いてから気づきました。一人称ですが、耕一は別格、四姉妹は(だいたい)2話づつ、それ以外のキャラは全部一話づつのはずだったのにぃ。第2話(さらば夏の光よ)と3話(まどろむ者)はもともと一つだったのをやむなく分けたのだけどこいつは・・・
ところで次からようやく最終章に入ります。今のとこあと10話で終わるはずだけどそのうち何話かが分裂してそのぶん増えるでしょう。次回は柳川一人称だ。この文章を読んだ方、「見えた」と一言ゲストブックに残してくれると嬉しいです。

【2021/03/06追記】元サイトでは上記の注釈は背景と同じ色で書いていました。
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