柏木家の夏   作:多手ててと

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最終章
第24話:夏が来る


通り魔によって一人の主婦が重態に陥った。

 

比較的近くの交番詰めだった俺も現場の保全に動員された。

これまでは道案内や遺失物の手続きばかりしていた俺にはそれなりに学ぶべき事が多かった。

 

初動捜査では目撃者も手がかりもみつからず上が頭を抱え始めた頃、一人の会社員が自首によってあっけなく事件は解決した。

 

解決後も後始末に従事し、アパートに帰ってきたのは3日ぶりだ。

錆びた階段を上がりきろうとする時、一人の初老の男が俺の部屋の前に立っているのが目に入った。

 

男は俺に向かって頭を下げる。

「柳川裕也さんですね。私は大谷といいます」

 

つい一月前にも同じようなことがあった。この男は前に来た野塚とかいう奴の上役だろうか?それにしても今頃何しに来たのかはわからない。

 

俺は無言で頭を下げ、部屋の鍵を開ける。そして彼に入るように手で合図した。男は少しびっくりしたようだ。こう簡単に部屋に招き入れられるとは思っていなかったのだろう。

 

俺は座布団を男に差し出し、上着をハンガーに掛け、ヤカンを火にかけた。

「ご存知だとは思いますが」俺は男から目を離さずに話す。

「僕はここ2日寝ていません。どのようなお話なのかは判りませんが手短にお願いします」

この頃になるとおおよその見当がついてきた。前に俺が話したことをわざわざ確認しにきたのだろう。

 

「そうなのですか」 あなたの事情は知ったことじゃない、そんな言い方だった。

「電話が通じなかったのでこうして直接お邪魔することにしたのです」

 

俺はそれを聞いて少し意外に思った。前に現れた30過ぎの男”野塚徹”は徹底していた。人が生れてから現在に至るまでをあそこまで調べることができる。そういうことを初めて知った。

 

野塚に比べるとこの大谷はまだまだ甘いようだ。俺は無言でお茶を入れる。彼が何者なのかあえて聞かず、彼が自分から話を続けるのを待つ。

 

「私がここに来たのはあなたのお父様のことです」

大谷は俺の方を見ている。俺が驚くとでも思っているのだろうか。

「父は既に死んでいます」

俺が興味なさそうに言うと大谷は意外そうな顔をする。

この時点で俺は確信した。大谷と野塚は別口なのだ。

 

「あなたは自分のお父上が誰だかご存知なのですね。それは話が早い」

「・・・」

「私はお父上やその会社の弁護士をしておりました」

だからなんなのだ。正直眠くてたまらなかった。

「お父上はあなたになんの財産も遺さなかった、これは極めて遺憾なことです」

 

「私はあなたが正当な取り分を請求するべきだと思います。その点で私が力になれるはずです」

「父が亡くなったのはもうかなり前のことです。とうに時効でしょう」

大谷はまた驚いたようだ。彼自身がすばやく利に反応する人間なのだろう。それにしてもこれほど正直に感情を出すようでは勤まらない商売なのではないだろうか。

 

「しかし、彼等には道義を果たす責任がある。そう思いませんか? やり方によっては十分な権利を回復できるはずです」

興奮しやすいタイプだということもわかった。”やり方”がそう上等な方法でないことまで見当がつく。大谷は本当に弁護士なのか?

 

「いいですか。僕は父やその家族に感謝もしていないが別に怨みもない。そのような話をされても特に興味をそそられはしませんね。とにかく僕は眠いのですよ」

いくらペースを握るためだとはいえ、俺はこの不愉快な男を部屋に上げたことを後悔し始めていた。

 

「あなたが得ることのできるモノは金銭だけではありません。警察官としても政治的な後ろ盾があるにこしたことはないでしょう?」

野塚は代議士の秘書だと名乗っていた。両者の言葉を信じるのなら政治的な対立関係にあるのかもしれない。

 

無言の俺にもう一押ししようと大谷が舌を回転させる。

「あなたはこの県警に任官した。隆山に赴任する事だってあるかもしれません。あなたが”柏木”に興味がないのなら、どうして東京で就職しなかったのです?」

 

日を改めてまた来る、帰り際にそう言い残して大谷は去って行った。

俺は布団を敷き横になる。うつらうつらしながら母のことを思った。

 

大学へ行く支度をしている時、新聞を読んでいた母が寂しそうにつぶやいた。

「またお父さんが死んだわ」

母はよく三人の”お父さん”の話をした。単に”お父さん”としか言わないので、幼い時はその三人が同一人物だと思っていた。その一人が死んだのだ。

 

一人目の”お父さん”は母の父である。俺の祖父だ。俺が会ったことのあるただ一人の”お父さん”だ。一言で言うと”いいひと”だった。母は生まれ故郷の隆山で生まれ育ち、高校卒業と同時に大阪へ出た。大阪で事務員やウエイトレスをし食いつないだ。ある時町工場の若旦那と知り合い、やがてそれは親密な付き合いとなり二人は結ばれた。その若旦那が二人目の”お父さん”である。

 

二人目の”お父さん”はお人好しだった。意の進まぬ保証人になり、その結果自分の事業をも傾けた。母も”お父さん”も必死で働いたがとても挽回できる額ではなかったのだ。”お父さん”はそのうちに過労で倒れ帰らぬ人となった。母は隆山の両親のもとに戻り、鶴来屋で仲居の職を見つけた。

 

隆山で平和な時をすごしている母の所に、ある時関西からその筋の人たちがやってきた。大阪で作った借金は彼等の手に流れており、その返済を母に迫ったのだ。夫が遺した借金は相続しなかったはずだが、そのような正論を彼等は聞こうともしない。

 

「お前もあの工場と無関係ではないはずだ。もし返さないというのなら・・・」

 

両親や兄夫婦に迷惑をかけるわけにはいかない。

追い込まれた母に救いの手を出したのが鶴来屋の会長である柏木耕平、三人目の”お父さん”である。この人物が俺の父親になる。

 

柏木耕平は金を用意し、地元のヤクザを間にたてて問題を解決した。柏木耕平がなぜ母のために尽力したのかはわからない。いずれにせよその後母は柏木耕平に惹かれ、俺を身篭ることになった。

 

その時柏木耕平は俺を産むことに反対した。母は「決して御迷惑はおかけしません」と懇願したが柏木耕平は首を縦に振らなかった。そのため母は身一つで隆山を離れ、今度は関東へと向かった。母は柏木耕平より俺を選んだのだ。

 

母は千葉で職と住処を見つけ、俺を出産した。俺達の生活は慎ましやかだったが暖かいものだった。近所の人たちも俺や母に親切だったし、母にはそれなりに親密な人もできたようだった。母には申し訳ないが俺はそれを少し複雑な目で見ていた。そのせいかもしれない、四人目の”お父さん”はとうとう現れなかった。

 

その母が亡くなると俺は奨学金をもらい大学の寮に移った。祖父の薦めに従って、母は祖母と同じ隆山で眠っている。伯父夫婦が既に隆山から越していたこともあって、祖父は俺がこの地方で就職が決まったことを喜んでいた。しかし実際に俺が働き始める頃にはその祖父もこの世にはいなかった。

 

俺は目覚ましの音で目が覚めた。出掛ける支度を終えて俺はアパートを出た。

昨日よりも蒸し暑さを感じる。夏がやってくるのだ。

 




(注1)あけましておめでとうございます。今年もよろしく。
長々と続けてきたこの小話もようやく最終章に入りました。あと10話程お付き合い下さい。
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