柏木家の夏   作:多手ててと

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第31話:小さな頃から

店の奥の方に知った顔をみつけた。

「ちぃっす」

「柏木、遅いぞ」

「わりぃわりぃ、バイトが長引いてさ」

俺はテーブルを見渡す。

 

まず今日の主役に挨拶をせねば。

「やあ、和ちゃん。アメリカに行っても俺のこと忘れちゃ駄目だよ」

「なに言ってんのよ、柏木君ったら」

いい感じの笑いが場に満ちている。

 

「由美子さん、今日はどうもね」

由美子さんは少し笑って、俺が座るスペースを作ってくれる。

 

「山崎は?」

「やっぱり来れないらしいわよ」

俺が座るやいなや店員さんがグラスを持って来てくれた。

「ってことは俺がラス?」

「そうよ。とりあえずビールでいいわよね」

俺のグラスにビールが注がれる。

 

「えーっと今日のメンツが揃いましたんでもう一度ここでご挨拶を」

幹事の由美子さんがグラスに手をかけて声を上げる。

「本日は我等が加藤和美、アメリカ留学の壮行会で~す」

由美子さんもほんのり酔っているらしい。

「それでは加藤さんどうぞ」

 

「あっ、加藤です」

周りの喧燥に負けないように俺達は手を叩く。

「えーっとこの9月からアメリカの大学へ留学することになりました」

今度はテーブルを叩く。

「こうしてゼミの皆さんに祝ってもらって、とても嬉しいです」

少し目が潤んでいる和ちゃんは、妙にマジメな挨拶をした。

「それでは皆さん和美の門出を祝って」

『かんぱーい』

由美子さんの音頭でグラスを鳴らす。見ると野郎共は既に日本酒のようだ。

 

和ちゃんは留学のことを最初内緒にしておくつもりだったらしい。でも由美子さんの黙って行くのは良くないという説得で、こうして急遽壮行会が行われたのだ。突然だということや、夏休みでなかなか連絡がとれない人間がいたために、ここには俺を含めても7人しかいない。

 

「アメリカに行ったらこういうのは食べられないんだからね、しっかり味を覚えておくのよ」

「よーし次は海鮮盛りいこう」

「サイコロステーキ!」

「それは向こうが本場。肉じゃがだ」

「みんな好き勝手頼んでるわね」

 

「柏木は残りの休み、だいたいこっちにいるのか?」

「おう。でもバイト漬けだからなあ。動けないぞ」

かたやきそばからしそサラダへ。俺はとりあえず”食い”に走る。

 

「山崎もいないらしいしな。小出さんは?」

「私も来週ちょっといないわよ」

もう秋になるっていうのにみんな東京にいなくなるのか。9月に入ってからの方がツアーとかも安いからかな。

「由美子さんは何処行くの。家族で海外?」

 

「ううん、休みなのは私だけでじゃない。国内で一人旅よ」

「ホントかなあ。ねえ由美子さん、誰といくの?ねぇ誰と?」

俺の頭に軽くげんこつが当てられる。

 

「隆山温泉、っていうところに行くの。北陸にあるんだけど」

「あっ、そこ知ってる」

いきなりいままでおとなしかった小泉さんが声を上げた。

「この前ね、スマイルに載ってたよ、その温泉の鶴来屋っていう旅館なんだけど」

 

「えっ、私が泊まるの予定なのもその旅館なのよ」

「うわー、リッチ。あそこってスゴイ高級旅館みたいよぉ」

「えっ、そうなの?」

俺の出身は東京だ。少なくとも嘘じゃない。生まれもそうだし、人生の大半を東京で過ごしている。でも出身校を覚えている人間もいるかもしれない。

 

「なんだぁ由美子、知らないの?」

由美子さんはかぶりを振った。

「旅館もスゴイけどそこの女将さんっていうのがね、あれ会長さんって女将さんなのかな、まあいいや、なんと私達とホトンド年が変わらない、っていうからスゴイわよね~」

 

そうか、やっぱりそうだったのか。俺は地下鉄の中吊りだけで中身を見ていない。

ふと斜めを見ると和ちゃんが暇そうにしていた。

 

「ねえ和ちゃん、アメリカ留学かあ、いいなあ。俺も外国に行ってみたいなあ」

和ちゃんは少し微笑んで応える。

「柏木君だってすぐに行けるよ」

「そうかなあ、だって俺、北海道だって行った事ないんだぜ」

俺は肉じゃがをついばむ。

 

俺は一杯目のビールをようやく飲み干した。空いたグラスを和ちゃんが満たしてくれる。周りの男どもは既にポン酒からワインを空けている。おい、それは女の子のためにとったんじゃないのか?せめて俺だけはシラフで後始末をせねばなるまい。

 

「でも私のは親の金だし」

和ちゃんはビールをすすっている。

「それだって才能だよ。生まれつき体がデカイ奴、生まれつき頭が回る奴、生まれつき金回りのいい奴、全部才能だよ、気に病むことはないってば」

 

「そうかなあ、どこか違うような気がするけど」

和ちゃんはまだすっきりしないようだ。

「とにかく和美はむこうで勉強してくればいいの。遊んでばっかじゃだめだよ」

由美子さんがこちらの会話に入ってきた。旅行の話は終わったらしい。

「普段は遊んでてもいいでしょ、キメるとこさえキメとけば」

 

俺は和ちゃんの大事な体を背負って彼女の家に向かっている。あれから”日本で最後の一杯”を和ちゃんは二桁は飲み干したはずだ。他の連中はそれぞれに帰ったはずだ。途中で寝込んでも夏だから大丈夫だろう。由美子さんが俺の隣を歩いて和ちゃんの家を教えてくれる。

 

「いいなあ和美は、アメリカへ留学するのが子供の時からの夢だったんだって」

「へえ」

「柏木クンは子供の頃どんな夢を持ってたの?」

 

子供の頃の夢ね。

「俺は昔、野球選手になりたかった」

そうマウンドに立って一球入魂。死して屍拾う者無し。

 

由美子さんはクスっと笑う。背中では和ちゃんが寝息をたてている。

「じゃあ柏木クンがその夢を諦めたのはいつ?」

「なにかテストされてるみたいだなあ、うん12歳の時だよ」

 

「じゃあ12歳の時になにかあったんだ?」

「えっ、なにかって?」

俺は由美子さんの言うことがわからない。少し酔ってるから頭のネジが抜けているのかもしれない。

 

「だって12歳だ、って断定したんだもの。だから誰かにホームラン打たれたとか、心無いだれかに下手だなって言われたとか、そういうことがあったのかな、って思ったの」

由美子さんなかなか鋭いぞ。

 

「うーんそういうことはなかったな」

「なのに12歳だってことは覚えてるんだ」

 

「なんでかな、そういうのって変?」

「いや、変だとは思わないけど」

俺達は街灯を頼りに歩みを進める。

 

「そういう由美子さんは小さい頃何になりたかったのさ?」

当然の俺の問いかけに少し顔を赤らめる。

「私?私はね・・お嫁さんだった」

 

うわぁ。

 

「なに柏木クンまで赤くなってるのよ」

「だって話の流れからいうとさ、由美子さんがそれを言いたいがタメに・・・」

「ええっ、なに言ってるのよ、柏木クンちょっとそれ違うわよ」

そう言いながらも顔が赤い。酒のせいだけじゃないと思う。

 

「そうかなあ。由美子さんって家庭的なとこあるからなあ」

「もう柏木クン意地悪なんだから。たまたまこんな話になっただけよ」

由美子さんが苦笑しながら弁明する。

「うそ、うそ、冗談、もういじめないよ」

俺はくすくすと悪戯っぽく笑った。

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