ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に   作:neo venetiatti

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第10話

サン・マルコ広場は今日も多くの観光客で賑わっていた。

行き交う人のなかには、ウンディーネたちの姿も多く見かけられ、観光客の記念撮影に応じている光景があちこちで見かけられた。

そんな中、ウンディーネ自身にカメラを向け、熱心に撮影している男性の姿があった。

中にはそんな男性の姿に気がついたウンディーネが、怪訝な表情で足早に通りすぎていた。

その男性が別のウンディーネを見つけ、カメラを向けようとした時だった。

背後からその男性の肩の辺りをツンツンと人差し指でつつく人の姿があった。

「すみません。今いいところなんで、後にしてもらえませんか?」

男性は、そう言いながらファインダーから目を話そうとせず、そのまま撮影を続けようとした。

「ちょっと、アンタ!」

その男性に背後からかけた声の主は、ウンディーネ姿ではあったが、男勝りな雰囲気が漂っていた。

「それ、やめてくれませんか?」

「それって?」

男性は声のする方に、カメラを構えたまま振り替えった。

ファインダーの中には、厳しい目線でこちらを見る、制服の赤と白のコントラストが印象的なウンディーネの姿があった。

男性は驚いて、カメラをおろした。

「あっ、どうも」

そこに腕を組んで仁王立ちでいたのは、晃だった。

「どういうつもりで、そんなことやってるのか、聞かせてもらえますか?事と次第によっちゃあ警察に来てもらうという手もあるんですけどね」

晃のひるまないその姿に、男性は自然と後退りしていた。

晃の声を聞いた、近くにいた人たちが、その様子に注目し始めた。

「あの人、姫屋の晃さんじゃないか?」

「そうだ。水の三大妖精のひとり、現在の実質的なウンディーネ界のトップ、晃・E・フェラーリだ」

「何があったんだ?」

二人の周囲がざわつき始めた。

「どうしますか?このまま警察にでも行きますか?」

晃は強気な姿勢でぐっと一歩前に踏み出した。

「オレはただ、ウンディーネさんの姿を記念に撮っておこうと思っただけで、何もおかしなことはしていませんよ」

「あのですね、それ自体がおかしなことなんですけど」

「オレは、このネオ・ヴェネツィアのウンディーネさんは、本当に素晴らしいと思ったんですよ。オレみたいなのに、生きる勇気を与えてくれるなんて、本当に感動したんです」

「生きる勇気?感動?」

「その通り!」

晃は、その男の口から出てきた言葉があまりにも意外だったので、少々呆気にとられてしまった。

 

「それでその後どうなったんですか?」

藍華は怪訝な表情で晃の話を聞いていた。

二人はカンナレージョ支店のエントランスの隅にしつらえられたソファに向かい合って座っていた。

つい先ほどサン・マルコ広場で起こった出来事を、晃は神妙な面持ちで藍華に説明しているところだった。

「とりあえず、事情だけ聞いてその場で別れたんだが・・・」

「警察は?」

「一応その人も観光客だったし。第一、直接の被害があったわけではなかったしな」

「でもそれって、ちょっと心配じゃないですか?」

「藍華、お前の気持ちもわかるが、そう騒ぎ立てるわけにもいかないだろう?」

「まあ、確かに」

「何か気になることでもあるのか?」

「私も一応支店を任される身にもなった訳ですし。それに、先日の後輩ちゃんの一件もあります」

「ああ、あの件か。確かにそう言われると、このネオ・ヴェネツィアはウンディーネだらけだからな。何かあってからでは困るな。一度アリシアとも相談してみるか」

「でも、なんなんですか?その、勇気だの、感動だのと言うのは?」

「どうやらゴンドラに乗って観光して回ったらしいのだが、その際にその時のウンディーネといろいろと話をしたらしい。自分の生い立ちやら何やら話をしたらしく、そのウンディーネが親身になって聞いてくれたと言うんだ」

「でもその感じだと、いい話に聞こえますけど。なんでそんな人が盗撮みたいなこと・・・」

「いやいや待て待て、藍華。まだ盗撮と決まった訳じゃない」

「違うんですか?」

「別にそこまでと言ってる訳じゃないんだ。事情も聞いた上で、撮影した写真も確認した。そんないかがわしいものでもなかった」

「いかがわしい?ウンディーネをどう撮ったら、いかがわしくなるのやら・・・」

「というより、バッチリ綺麗に撮影されていた」

「バッチリ?盗撮がですか?」

「いや、だから盗撮と決めつけるのもどうか・・・」

「私はそんな盗撮男は絶対認めません!」

「あのなぁ」

「ウンディーネの親切心を台無しにしてる訳じゃないですか?そもそもそのウンディーネも親切心とはいえ、ちょっとガードが甘いんじゃないですか?一体どこのウンディーネなんだか・・・」

「おそらく、ア・・・」

「えっ、なんですか?何かご存知なんですか?」

「い、いや、詳しいことまではだなぁ・・・」

「うちの支店でも、ちゃんとウンディーネ教育をしないとですね!」

藍華は腕を組んで、鼻息荒く「ふん」と息を吐き出した。

 

「本日はありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

運河のほとりにある船着き場で、アリスはゴンドラを降りた客の後ろ姿を見送っていた。

すると、それまでのにこやかな笑顔が嘘のように、脱力感いっぱいの表情へと変わった。

「はぁ~」

アリスは、自分がティンカーベルの衣装を身にまとい、いかにも天使のように人前で魔法の杖を振っている姿が、朝から頭の中をぐるぐる回り続けていた。

その度に身震いし、頭を左右に振ってはその光景を打ち消すのだった。

「あれだけは、なんとかしないと・・・」

アリスはそんなことを頭の中で巡らしながら、船着き場を離れようとゴンドラに乗り込んだ。

「あのー、すみません」

アリスは呼び掛けるその声に、くるりと振り向いた。

綺麗な栗毛を長く伸ばした女の子がそこに立っていた。少しウェーブのかかったところが、顔から受ける印象より大人びて見えた。

「はい、なんでしょうか?」

「もしかして、オレンジぷらねっとのアリス・キャロルさんですか?」

「ええ、そうですが」

「よかった!こんなところでお会いできるなんて」

その女の子は胸の前で両手を握りしめて感動している様子だった。

「わたし、以前からお会いしたいと思っていたんですの」

「ですの?」

アリスはそれとは対照的に冷静な面持ちだった。

「どういったご用件でしょうか?」

そう問いかけはしたが、呼び止められる理由については、おおよその見当がついていた。

「実は私、ウンディーネ志望なんです」

「そうなんですか・・・」

これまたよく聞かされる話だった。

ウンディーネに憧れる人が増えるのは、ありがたい話なのだが、ネオ・ヴェネツィア国際映画祭以降、この手の話を何度聞かされてきたことか。

「頑張ってくださいね。それでは私はここで・・・」

そう言って、アリスはゴンドラを出そうとした。

「アリスさん、私、オレンジぷらねっとに入りたいんです」

「そうですか」

「ですので」

「はい」

「お口添えいただけないでしょうか?」

「お口添え?」

「はい!」

その無邪気で屈託のない、明るい笑顔に、アリスの口は空いたままになっていた。

「どうして私があなたのために、その"お口添え"をしなければならないのですか?」

最もな返事だった。

「それはごもっともなのですが・・・」

アリスはその困った表情を見ていると、なんだかこちらが相手を困らせているような気分になってくるのだった。

それに、先ほどからその女の子の話す口調や佇まいが、見た目の印象と違い、落ち着いて見えるところが気になっていた。

「あの、つかぬことをお尋ねしますが、年齢はおいくつですか?まだ学生ですよね?」

「アラトリア・グレースと申します。年齢は十五歳、ネオ・ヴェネツィア国際学院に通っています」

アリスはその場で少し固まってしまった。

自分より年下でありながらこの落ち着きぶり。しかも学校はお嬢様学校として知られている名門校。

落ち着いて見えるのは、育った環境なのか、それとも何か他に特別な理由があるのか。

「失礼なことを言うかも知れませんが、あなたのような恵まれた環境にいる方が、なぜウンディーネを志望されるのでしょうか?見た目と違って、ウンディーネも結構大変なところのある職業なんですよ」

アリスは少々非難めいた口調で言った。

「私には勤まらないということでしょうか?」

「そんなこと、私にはわかりません。今初めてお会いしたばかりですし」

「確かにそれは、ごもっともでございます」

アラトリアと名乗る女の子は出会った最初の印象と違って、意気消沈といった表情だった。

アリスは、その様子を見て、深くため息をついた。

「しょうがないですね。よかったらお話、お聞きしましょうか?」

うつ向いていた女の子が、アリスの言葉にパッと顔を上げた。

 

「つまり、ご家族は反対されているということですか?」

アリスとアラトリアは、運河のほとりにある、小さなカフェにいた。

テーブルを挟んで向かい合って座っていたが、注文した紅茶のカップは手付かずのまま、二人の前に置かれていた。

「ええ、今は確かにそのような状況です」

「それだと私がどうこう言えるような話ではないように思うのですが?」

「いえ、そうではないのです。このままだとオレンジぷらねっととは違う、別の水先案内店に入ることになるかもしれないのです」

「別の水先案内店?」

「はい」

「それって一体どういうことなんですか?」

アラトリアは、目の前のカップを手に取ると、少しばかり口をつけた。

「実は私の唯一の理解者といえますおばあさまが、私がウンディーネになることを理解していただけるようになったのですが、働くお店を勧めてくるのです。ほぼ強制的かつ限定的に」

「強制的かつ限定的・・・ですか?」

「そうなんです。何故かそこをやたらと推してきまして。私は最初からオレンジぷらねっと一本に絞っているわけです。でも私の唯一の理解者であるおばあさまを敵に回す訳にはいかず、困り果てている次第です」

「それで私の口添えが欲しいということなんですか?」

「その通りです!」

アラトリアは、ようやく話が通じた喜びで笑顔満面だった。

「でも話を元に戻しますが、なぜ初対面のあなたの口添えなるものをやらないといけない訳でしょうか?そもそもそんなことに説得力があるとは思えません」

「何をおっしゃってるのですか?」

アリスはアラトリアの言葉の勢いに引いてしまった。

「アリスさんは私たちウンディーネを目指すものたちの憧れであり、希望の光なのです。そのような方にお口添えをいただけたたとしたら、どれだけの後押しになるか計り知れないぐらいです」

アラトリアがアリスに対して相当な尊敬の念を抱いているのはわかったが、その尊敬している人に、そもそもこんな頼み事をするだろうか。

アリスは腑に落ちない気分で、アラトリアの顔をじっくりと眺めた。

「あ、あの、私の顔に何か・・・」

アリスのじっと見つめる眼差しに、アラトリアは思わず頬を赤らめていた。

「少し考えさせてもらえませんか?」

「考えていただけるのですか?」

アラトリアはパッと花が咲いたように明るい顔になった。

「あくまでも考えると言ったまでで、引き受けるとは言ってませんよ。いいですね?」

アリスはアラトリアのはやる気持ちを察して、釘を差しておこうと思った。

「でも確認をしておきたいのですが、どうしてもオレンジぷらねっとでないとダメなのですか?」

「当然でございます」

「その唯一の理解者であるおばあさまが推している水先案内店でも、どうしてもダメなんですか?」

「ダメ、とういうわけではないのですが・・・」

「最悪そこでも構わないということですか?」

「いえ、そのような考えは私には微塵もありません!」

「一体そんなにも避けたい店ってどこなんですか?」

アラトリアは少し間をおいて、こう答えた。

「ARIAカンパニーです」

アリスは紅茶を飲もうとカップを持ち上げかけたところで手が止まった。

「ア、ア、アリ・・・」

「アリスさん、何か?」

「あの、アラトリアさん、後学のために一応聞いておこうと思うのですが・・・」

「なんでしょうか?」

「あ、いや、聞かない方がいいかも・・・いえ、ここは聞いておかないといけないのかも・・・」

「アリスさん、どうされました?」

アリスは少し咳払いをすると、気を取り直して尋ねてみた。

「その、アラトリアさんが今言われたARIAカンパニーでは、どうしてダメなんですか?」

「そのことですか・・・」

アラトリアは視線をテーブルに落とすと、少し考えるように目を閉じた。

「正直申しまして、わたくし、将来は起業を考えています」

アリスはアラトリアの意外な返答に戸惑った。

「えっと、それはどういうこと・・・」

アラトリアはまっすぐにアリスを見つめ返した。

「まだハッキリと答えがあるわけではないのですが、将来はこのネオ・ヴェネツィアで起業し、ビジネスすることを考えています」

「はあ」

「そうなると、ARIAカンパニーとは方向性が違うと言ったらいいでしょうか。もちろん、昨年まで在籍されていたアリシアさんの活躍は理解しているつもりです。ただ、昨今のARIAカンパニーは以前とは違う印象というか・・・」

アリシアが活躍していた頃のARIAカンパニーと現在のARIAカンパニーと、確かに比べてしまうと、灯里には分が悪いかもしれないが・・・

「いまのARIAカンパニーは、何か問題でもありますでしょうか?」

アリスは、文句言いたげな表情で言い返した。

「いえ、決してそのようなことはありません。強いて言うならば、方向性が違うと言ったらいいでしょうか?」

「方向性?」

「今のウンディーネさんが、あの偉大なアリシアさんの後を継いで、多分ご苦労されているだろうと思います」

アリスは、道行く人から声を掛けられて、嬉しそうに笑顔で答えている灯里を思い浮かべた。

「しかし、一定の評価を受けているとも聞いています。ただ、なんて言ったらいいでしょうか。少しインパクトに欠けると言いましょうか。ウンディーネとして、水先案内店として、得るものがあるようには思えないのです」

アラトリアの、そのあっさりと言い放つ言葉に、アリスは顔を赤くして厳しい表情に激変した。

「一体あなたに何がわかるというのですか?灯里先輩は先輩なりに必死になってやって来たんです!」

「あ、いえ、そんなつもりは・・・」

「アリシアさんの後を受け継いだ大変さを一番誰よりもわかっているのは灯里先輩です。それを投げずに頑張ってきたんです。そんなこと、普通じゃできません!」

「ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ・・・」

アリスの勢いにアラトリアはそれ以上言葉が続かなかった。

「これで失礼します」

アリスは席を立つと、その勢いのまま歩き去った。

「ア、アリスさん・・・」

すると、途中でくるりとアリスが振り返った。

「お話はなかったことで」

アラトリアは歩き去るアリスの背中を、後悔の念をにじませた表情で見送っていた。

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