ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
「アサカさん、申し訳ない。こんなことになるとは、思ってなかったんだよ」
ツアー客のひとりの男性が、アサカに謝っていた。
数分前まで、ホテルの前でキョロキョロしながら、落ち着きなくしていた男性は、路地の方から姿を現したアサカに急いで駆け寄っていた。
「いえ、これは私の責任です。お客様のせいではありません」
「でもこんな時間になってまだ帰って来ないのは、やっぱりおかしいよ。警察に捜索を頼んだらどう?」
「はい。でももう少し・・・」
アサカは薄暗い街灯の灯りが頼りとなった路地の先を見つめた。
心配と不安な気持ちで胸が張り裂けそうだった。
あの時、ちゃんと顔を見て話していれば・・・
その時だった。
はっきりと見えない路地の先から話し声が聞こえてきた。
「でもよくわかったねぇ。さすが姫屋のウンディーネだ!」
「まあ、あんたもウンディーネをやってれば、これくらいはわかって来るようになるわ」
アサカは話し声がする方に歩き出していた。
すると、薄明かりの中、二人のウンディーネの姿と、その間に挟まれるようして歩く小さな女の子の姿が見えてきた。
女の子は、両手をそれぞれのウンディーネと手をつないで歩いていた。
「アンナ・・・」
アサカの口から声が漏れた。
その声が聞こえたのか、女の子がアサカの姿に気付いた。
「お母さん」
そう呟くと、アンナは走り出した。
アサカは涙の溢れる顔で、勢いよくその胸に飛び込んできたアンナをギュッと抱き締めた。
「どこに行ってたの?」
「子猫がね、おかあさんを探してたの」
「見つかったの?」
「うん」
少し離れたところでその様子を見ていた灯里は、もらい泣きしていた。
「よかったねぇ~」
「そうね。無事にたどり着くことができてよかった」
ふたりの様子に気がついたアサカが立ち上がった。
「あななたちが、アンナを助けてくれたんですか?」
「まあ、助けたなんてちょっと大袈裟ですけど」
藍華が照れたように答えた。
「もうすっかり夜ですしね。道もわからないっていうし。ね?」
横にいる灯里に藍華がめくばせした。
「はい、そうなんです。こちらの藍華さんがホテルの場所を探し出してくれて、ここまでこれました」
「そうだったんですか。本当にありがとうございます。なんて言ってお礼をすれば・・・」
「いいえ、お礼なんていりません。無事お母さんの元に帰ることができて何よりです」
「あなたは姫屋のウンディーネさん?」
アサカは藍華の姿を見てたずねた。
「はい。そうです」
「それと、あなたは・・・もしかして、ARIAカンパニーの方?」
「はい、そうですが、何か・・・」
「あっ、いえ、なんでもないけど」
アサカは何か気になったのか、不思議そうに灯里の姿を見ていた。
「じゃあ、私たちはこれで失礼します」
藍華と灯里は一礼すると、その場をあとにした。
アサカとアンナは、しばらくの間その場で、仲良く話しながら歩いて行くふたりの後ろ姿を見送っていた。
お母さんと手を握って歩き出した女の子は、振り替えってアンナに手を振った。
アンナも嬉しそうに手を振り返した。
「よかった。お母さん見つかって」
観光客の行き交う通りに立って、アンナはそう呟いて親子の歩く後ろ姿を見送った。
「お母さんとふたりで、こうして見送っていると、あの時のことを思い出すね」
「あの時って、あなたが迷子になった時のこと?」
「そうそう。あの時、あのウンディーネのお姉さんが私のことを見つけてくれなかったら、多分だけど本当に迷子になってたと思う」
「アンナ、やめてその話。今考えても恐ろしくなっちゃう」
「お母さん、まだ気にしてんの?」
「そりゃそうよ。昔も今も自分の娘にそんなことが起こったらなんて、考えたくもないわよ」
「そうなんだ」
ふたりは、再び通りを歩き始めた。
明るい日差しの下、今日もネオ・ヴェネツィアは観光地らしく、世界のあちこちからやって来た人たちで賑わっていた。
「でも、さっき間違えたって言ってたけど、あれどういう意味?」
「それはね、私が勝手にそうだと思い込んでたということ」
「どういうこと?」
アサカは、少し複雑な表情になって、地面に視線を落とした。
「私ね、アンナを助けてくれたのは、あの長い三つ編みのウンディーネの女の子だと思ってたの」
「そうね。別に間違ってはいないけど」
「でもあなたの話を聞いてわかった。最初にアンナを見つけてくれたのは、灯里さんの方だった」
「確かにそうだけど。でも、もうひとりのウンディーネさんも、つたない私の記憶を元にホテルを探して回ってくれたのよ」
「それもわかってる。そうじゃなくて、いろいろと勘違いをしていたのかもしれないってこと」
「そうなんだ。よくわかんないけど」
アサカは前を向くと、爽やかな風に思わずほほえんでいた。
そして、横を歩く娘にチラッと目を向けた。
あの頃の幼い娘と、こうして一緒にネオ・ヴェネツィアを歩ける日が来ようとは、思ってもみなかった。
それに、もうひとつ。
出会いは、あの日からすでに始まっていたのだと、アサカはネオ・ヴェネツィアの空を見上げていた。