ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
アリスは、鼻歌混じりでARIAカンパニーの広いカウンターの前にいた。
かわいい仕草で、カウンターの上にある小さな鉢植えの花を人差し指でちょこんと触れた。
今度は振り返って、デッキの手すりにもたれ掛かり、海を眺め始めた。
右足の爪先で床をツンツンとつついている。
すると少し先の方にゴンドラが見え始めた。
「灯里せんぱーい!」
ゴンドラの上で灯里は、アリスの声に驚いてARIAカンパニーの方をじっと見つめた。
「アリスちゃん?」
デッキのところで大きく手を振っているアリスが、ハッキリと見えてきた。
「どうしたの、アリスちゃん?」
ゴンドラが到着するころには、アリスが笑顔満面でいるのがわかった。
デッキへ上がってきた灯里は、両手を後ろに組んでルンルンと躍りだしそうなアリスに、思わずほほえんでいた。
「どうしたの?すごく嬉しそうだけど?」
「灯里先輩、聞いてください。やっとお役目から解放されそうなんです!」
「お役目?何のこと?」
「以前お話してたナイトパーティーの件で、変な格好をさせられそうになったっていう話、あれ、なくなりそうなんです!」
「良かったねって・・・アリスちゃん、それ、ティンカーベルのことでしょ?」
「まあ、そんな表現もありますね」
「よっぽど嫌だったんだね。それで、どうしてなくなることになったの?」
「その予定していたカップルが、やはりダメになりそうなんです!」
アリスは、話している内容とは全く反対の笑顔で言い放った。
「アリスちゃん、話の内容と表情が正反対なんだけど・・・」
アリスの話だと、やはりふたりのスケジュールがどうしてもうまくいかず、彼の方は切望していたが、あえなく中止となったという。
「そのカップルさんには悪いですが、私としては結果オーライとなった次第です」
予定が中止となったことを告げにきた人が、ニコニコしているの一体どうなんだろうと思ったが、灯里はそれ以上は言わないでおこうと思った。
目の前にいるアリスが、ほんとにうれしそうだったからだ。
「それで、その後はどうなるの?ナイトパーティーはもう中止なの?」
「いえ、そこまでは聞いてません」
アリスの顔がちょっと曇り始めた。
「ああ、そうだねぇ。とりあえずティンカーベル、やらずにすんで良かったね」
灯里のその言葉に、アリスはまた明るい表情にもどった。
「それではこれで失礼します。お仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「はい!」
言葉とは裏腹の笑顔に、灯里はポカンと口を開けたまま、アリスを見送った。
「これでよしっ、と」
アラトリアは、携帯電話の画面を見ながら、ひとり呟いていた。
「アリスさんのためなら、一肌でも二肌でも脱ぎますわ」
そう言ってポッと顔を赤らめた。
「私としたことが。なんてはしたないセリフを言ってるのでしょう」
携帯電話を肩にかけたポーチに入れると、アラトリアは、サン・マルコ広場の程近い通りを歩き始めた。
「あの~すみません」
「はい、何かしら?」
振り返ったそこには、若い男女のカップルが立っていた。
「あそこの島って、何て言う名前かご存知ですか?」
男性の方が指差した先には、高い鐘楼が立っている島があった。
「あそこの島ですの?」
「ちゃんと聞いたはずなんですが、なんというか、ちょっと長めの名前だったような・・・」
「あの島は、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島といいますわ」
「それだ!そのサン・ジョルジョ何とかという名前だ!」
「いえ、サン・ジョルジョ・マッジョーレ・・・」
「ありがとうございます。なかなか思い出せなかったんですよ」
「それはよかったですわ」
「それでなんですが・・・」
「今度はなんですの?」
「あの島への行き方を教えてもらえませんか?」
「あそこへは水上バスでチョチョイノチョイですわ」
「ああそうか。水上バスで行けるのか。ところで、その水上バスはどこへ行けば乗れるのですか?」
「あなたたち、いったいどこから来たのですの?何もご存知ないのですね。ええと、それは・・・」
アラトリアはとっさに答えが出て来なかった。
当たり前に知っているものだと思っていたせいで、実は自分でも島へは渡ってないことに気が付いた。
「もしよかったら、ご案内いたしましょうか?」
アラトリアの背後から声がかけられた。
「あら、あなたは・・・」
振り返ったアラトリアは驚きと同時に意外だと言いたげな表情をしていた。
「久しぶりね、アラトリア」
「アサカさん、こんなところで、と言いたいところですけど、ここはあなたの仕事場のようなものですわね」
「まあ、そうね。でも今日は完全オフだけどね」
「あら、そうなんですの?珍しいこともあるもんですわね」
お互い久し振りの再会に、嬉しさとちょっとの気まずさを感じる顔になっていた。
「あの~」
「あっ、そうでしたわ!」
「こちらのサン・ザッカリア駅から水上バスに乗れます」
アサカたちは、ゴンドラが並ぶサン・マルコ広場前の船着き場の、その少し先にある水上バスの船着き場の前にいた。
「向こうはサン・ジョルジョ駅。そして、すぐ目の前にあるのが、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。島全体が教会みたいなものだから、楽しめると思うわよ。ちなみに中へ入るのは無料だから」
「じゃあ、鐘楼へ登るというのも?」
「もちろん自由よ」
「それは楽しみです。鐘楼の上から見る風景が素晴らしいって聞いていたので」
「そうね。島へ行くのは初めて?」
「はい、僕たちネオ・ヴェネツィア自体初めての観光ですから」
「お知り合いに詳しい方でもいるの?」
「いえ、先日乗ったゴンドラのウンディーネさんに教えてもらったんですよ」
「そうなの」
「ただ、その時はこちらの事情で行くのやめたんだよね?」
「そうね」
ふたりは、少々恥ずかしそうに顔を見合わせた。
「でもそのあと、そのウンディーネさんの観光案内をしてくれた時の言葉を思い出すうちに、この今の時間は、今この時にしかないんだって思って。そしたら、あの島の鐘楼には是非とも上らないと、と思ったんです」
「そう。そんなことがあったの」
カップルのふたりが顔を見合わせて微笑みあっていた。
「どんなウンディーネなのか会ってみたいですわ」
話を聞いていたアラトリアが思わず口を挟んだ。
「そして、どんな観光案内をしたのか、是非聞いてみたいものです」
「そうね。そんなふうに観光案内が出来たらいいでしょうね。どう伝えるかって、本当に難しいから」
「あら、アサカさんのような観光のプロの方がですの?」
「もちろんよ」
アサカとアラトリアは、無事水上バスに乗り込んだふたりを見送った。
「そういえばアラトリア、ウンディーネになるって本当?」
「だ、誰に聞いたんですか?あっ、わかりました。言わなくて結構ですの。アサカさんに話すと言ったら、もう決まってますから」
「まあそうね」
アラトリアは少しため息をつくと、行き交う観光客の様子を眺めた。
「私の一番の理解者であるおばあさまには、話しておこうと思ったんです。誰がなんと言おうと、いつもおばあさまは私の見方になって下さいました。でも私も年齢を重ねるにしたがって、色々と考えるようになりました」
アサカは真剣な眼差しのアラトリアの横顔を見ながら、この子は一体本当はいくつなんだろうと不思議な気分になっていた。
ただ、アラトリアの生まれ育った環境を考えると、普通の十五歳とは明らかに違う人生を歩んできたことは間違いない事実だった。
「将来、このネオ・ヴェネツィアで事業を始めるに当たって、まずはウンディーネになってこの街のことを勉強しようという考え方。私はいいと思う」
「おばあさま、そこまで話してますの?」
アラトリアは呆気にとられていた。
「アサカさん、よほど信頼されているのですね」
「でも、聞いたところによると、婦人はARIAカンパニーを推しているそうじゃない?それが嫌だとか?」
「特に嫌というわけではないのです。私の憧れは、あくまでもアリス様なのです!」
「なるほどね。つまり、オレンジぷらねっと、というわけね?」
「その通りでございます!私の考えからすると、今のARIAカンパニーでは、少々物足りないというか、なんと言いましょうか・・・」
それは仕方のないことでもあった。
ARIAカンパニーといえば、誰もがアリシアの存在を、今でもイメージするであろうと。
昨日までのアサカ自身もそうだった。
「ただ、それに関しては、アリス様からしかられました。私は何もわかっていないと」
「へぇ~、そんなことがあったの。つまりそれって、アリスさんと灯里さんとは知り合いということ?」
「そのようですね。というかアサカさん、ARIAカンパニーのウンディーネさんのこと、ご存知なんですか?」
「まあ、そうね。知ってるには知ってる」
「どのような方ですの?」
「そうねぇ。一言で言ったら、優しいひとかな。思いやりがあって真面目、かな?」
「なんですの、それ?私、お見合いをしようと言うわけではないのですけど」
「確かにそうね。ハハハハ」