ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
アラトリア・グレースは、海に突き出た、その小さな建物へ渡る桟橋の前に立っていた。
「これが噂のARIAカンパニーですのね」
晴れ渡った海の上をカモメが数羽飛んでいた。
すると、そのカモメの中の一羽がアラトリアをかすめるように飛び去って行った。
「ちょ、ちょっと、なんですの!」
その声が聞こえたのか、ARIAカンパニーのドアが開いた。
「こんにちは」
灯里はいつもの明るい調子で、目の前にいる女の子に声をかけた。
「ご予約のお客様でしょうか?」
「いいえ、違います」
アラトリアは、まっすぐに灯里の顔を見て答えた。
「あの、申し訳ありませんが、ご予約のお客様が間もなく来られる予定でして・・・」
「大丈夫です。ただの見学ですの」
「見学のお客様?」
「い、いや、だからお客様ではなく、見学に来たと申しましたはずで・・・」
「そうか。就職希望の方ですか。あれ、おかしいなぁ。まだ募集は出してないはずだけど」
「あ、あなた、さっきからいったい何を言っているのですか?」
そんな会話を打ち消すように、女性3人がそのそばで声をかけてきた。
「ここ、ARIAカンパニーですよね?」
「はい、そうです!」
灯里は元気よく答えた。
「私たち午後から予約していたものなんですけど」
「ARIAカンパニーへようこそ!どうぞお入りください!」
灯里はドアを大きく開け放すと、その3人の女性を招き入れた。
口を開けた状態でその様子を見ていたアラトリアに、灯里は恐る恐る声をかけた。
「あの~、よかったら入られますか?見学の方も」
「どうぞ、こちらをお召し上がりください。今朝届いたばかりのカモミール・ティーです」
その3人の女性客は、灯里から出された紅茶を口にした。
「おいしいー!」
「ほんと!」
「よかったら今朝焼いたクッキーもどうぞ!」
客たちの反応に、灯里は満足げに微笑んでいた。
「あのー」
客のひとりが、部屋の隅に別に用意された小さなテーブルの前に座っているアラトリアに声をかけた。
「店員さんは、何の係なの?」
「て、店員!?」
アラトリアは思わず声をあげていた。
「あっ、わかった!アルバイト見習いでしょ?違う?」
「ど、どうして、わたくしがアルバイトなのですか?しかも見習い?」
「だって、職場に来てるのに、まだ私服のままだもん」
別の女性がすまなさそうに話に入ってきた。
「ごめんなさいね。この人、見たままを正直に口にしちゃうクセがあるもんだから」
「見たまま・・・」
呆気にとられているアラトリアをみかねて、灯里が会話の間に入ってきた。
「実はこの方、見学の方なんです」
「そうなんですか?まだ若いわよね。学生?」
「まあ、そうですけども」
アラトリアは憮然とした表情で答えた。
「つまり、将来はウンディーネ志望とか?」
「当たってはいますわね」
「そうなんだ」
「かわいいウンディーネさんだよね」
「結構落ち着いてる感じよね」
女性たちが口々に感想を口にしていた。
「よかったらあなたもどうぞ」
灯里はそう言って、ティーセットをアラトリアの前に置くと紅茶を注ぎ、クッキーをのせた小皿を、そのそばに置いた。
「ありがとうございます」
アラトリアは意外そうな表情でそれに応えた。
だが、紅茶を一口飲んだその顔は驚きに満ちていた。
「とてもおいしいですわ」
「お口に合ってよかった」
「紅茶の茶葉を作っているうちの契約農家とどっこいどっこい、いや、それ以上かも。これはどちらで?」
「これは、この前ARIAカンパニーをご利用いただいたお客様からの、頂きものなんです」
「お客様?観光客ってことですの?」
「そうです」
「よほどの家柄の方かしら」
「さあ、そこまではわかりません」
そう言って灯里は、女性たちのいるテーブルへ行き、話の相手を始めた。
アラトリアは少し腑に落ちない表情でその様子を見ていた。
「それではお客様、ご用意が出来次第お声をお掛けしますので、今しばらくお待ちください」
灯里はそう言って、船着き場へと向かった。
明るい日射しが心地よく降り注ぐ中、ゴンドラはゆっくりと進んでいた。
女性客3人は、それぞれ目に入るものに次々と声を上げていた。
途中、狭い運河を通る際には、古い建物が立ち並ぶ様子にも驚いていた。
「この辺り一帯は、よく知られた観光地とは異なり、住居や小さな工房が立ち並んでいて、ネオ・ヴェネツィアのまた違った風情が感じられる場所となっています」
「確かに古いわね」
「大丈夫なの?」
「建物自体はちゃんと作られていますので大丈夫です」
灯里は苦笑しつつ、答えていた。
「それがネオ・ヴェネツィアというものですわ」
女性客たちとは少し離れたところで座っていたアラトリアは、小声でポツリとつぶやいた。
ウンディーネ志望の見学者。
その印象のまま、アラトリアは女性たちが乗るゴンドラに同乗することを認められていた。
「将来、あなたのゴンドラに乗るなんてことがあったら、すごい出会いとなるわよね」
屈託のない、明るい女性たちのおかげで、アラトリアは灯里の観光案内を間近で観察することができたわけだった。
そんな中、なんとなく会話が途切れ、静かな時間が過ぎた。
「こんな景色ばかり見せて、一体何をしたいのかしら・・・」
アラトリアのつぶやきと同時に、灯里はゴンドラの速度を緩め始めた。
そしてゆっくりと、運河に面したある建物の出入口となったところにゴンドラを止めた。
その瞬間、ゴンドラの上にいるみんなが息を飲んだ。
「きれい」
「なんて光景なの」
その出入口となった門を通して、中の様子が目に飛び込んできた。
色鮮やかな花々が一面に咲き乱れた、その家の庭だった。
「こちらのお宅の奥様が、長年にわたって端正込めて作られたお庭なんです」
灯里の説明に女性たちは感心していた。
「こんな光景がみられるなんて思いもしなかった」
「確かに案内してもらわないと気づかないでしょうね」
すると、門の中から落ち着いた雰囲気の女性が顔を覗かせた。
「あら、灯里ちゃん。久しぶりね」
「お久しぶりです。といっても、よく見学させていただいているんですが。エヘヘヘ」
「よかったら、見ていく?」
「いいんですか?」
「灯里ちゃんなら、別に構わないわよ」
「ありがとうございます!」
そのやりとりに呆気にとられたような顔をしていた一同は、喜びの声をあげた。
「それではお言葉に甘えて参りましょうか!」
灯里は女性たちに手をかして次々とゴンドラから門の中へと導いた。
「えっ、ほんとに行くのですか?」
取り残された形となったアラトリアは、その様子に戸惑いを隠せずにいた。
「さあ、どうぞ」
灯里はアラトリアに手を差しのべた。
アラトリアはその手につかまりゴンドラをおりると、そのまま庭の中へと入っていった。
ARIAカンパニーへ戻った灯里は、客たちを下ろすと、深々と頭を下げた。
「本日はご利用ありがとうございました。これからもARIAカンパニーを是非ご利用下さい。お待ちしております。本日はありがとうございました!」
賑やかなその女性たちの楽しそうに語らう後ろ姿を、しばらくの間、灯里はその場で見送っていた。
その灯里の後ろで、アラトリアはその様子を眺めていた。
「お一人で大変ですわね」
「えっ?」
灯里は少し驚いた表情で振り返った。
「いえ、私なんてまだまだです」
「そんな謙遜なさらなくてもいいのではないですか?お一人で立派にされてると思いますよ」
「ありがとうございます。でも私はまだまだこれからなんです」
「まあ確かにプリマになられて一年を経過したところなら、そう思われるのも仕方のないことでしょうけど」
灯里はアラトリアの言葉に納得したように肩を落とした。
「でも・・・」
アラトリアは何かを言いかけた。でも途中でやめてしまった。
「えっと、なんでしょうか?」
「なんでもありませんわ!」
「はひっ!」