ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に   作:neo venetiatti

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第19話

「あのー、すみません」

藍華は、運河のほとりにあるホテルの、そのオープンテラスの前を歩いているところだった。

声をかけてきたのは、そこに座っていた男女のカップルだった。

「はい、なんでしょうか?」

「実はぼくたち、ここで結婚式を挙げようと思ってるんです」

「それはおめでとうございます」

藍華はそう言いながら、テラスの上を覆ったその緑色のシートの屋根を見上げた。

「そうなんですか。いいお店ですもんね」

「あ、いや、そうじゃないんです」

「はぁ?」

「このお店という意味じゃなくて、ネオ・ヴェネツィアで、という意味です」

「ああ、そうなんですね。ハハハハ」

藍華は、苦笑いで後頭部をかいたが、ちょっと紛らわしいなぁと心の中でつぶやいていた。

「それで、どういうご質問で?」

「ああ、それなんですが・・・」

男性は、少しためらうような感じで言った。

「あのー、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島って、貸しきること、できるんでしょうか?」

「ええー?あそこを貸しきる?」

「はい」

「はいって、そんなあっさりと」

藍華は驚きと呆れた思いで、そのカップルをまじまじと見返した。

「やっぱり無理・・・なんでしょうね」

「いやぁー、どうでしょうかねぇ。そんな話は、今まで聞いたことがないですし、そんな前例があるのかどうか・・・」

「そうですか」

「つまりお二人は、そこで結婚式を挙げようということなんですか?」

「はい!そうなんです!」

「それなら、別に島を貸しきるなんてことしなくても、あそこにあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会に結婚式を頼めばいいんじゃないですか?」

「頼めるんですか?」

「いや、だって教会ですし」

「あそこは有名な観光スポットじゃないですか?そんなこと引き受けてくれるように思えないんですけど」

「でも、教会は本来の教会としての役割があるはずです。結婚式、引き受けてくれると思いますよ」

「そうなんですか!」

「ええ!」

「頼めますか?」

「はい!えっ?」

その時だった。

少し離れたところで、シャッター音が響いた。

大きく口を開けたまんま、藍華がその音のする方へ顔を向けた。

「ぬな?」

「ありがとう、ウンディーネさん!いい絵が撮れた!」

浅黒く精悍な顔立ちに、笑うと真っ白い歯が印象的なその青年は、藍華に向かって満面の笑顔で声をかけた。

「な、なんですか?」

「今の、お客さんと話していた横顔が素晴らしかった!とっても魅力的だった!」

「な、なにを言ってるの!」

そう言いながらも、藍華は顔を真っ赤にしていた。

「あ、あんた!もしかして、最近出没しているストーカー男でしょ!」

「ス、ストーカー?」

「勝手にバシャバシャとウンディーネたちを撮影してるって話じゃない!」

「ち、違いますよ!僕はただ、ウンディーネさんたちの素晴らしさを世界中の人たちに伝えようとですね」

「何をもっともらしいことを言ってるの!素直にお縄につきなさいよ!」

「お縄?」

テラスにいるカップルの二人は、まるでテニスの試合を観戦している観客のように、藍華と男との間で、左右に首を振っていた。

「あ、あの~」

「ちょっと待って!」

「はい!」

眉間にしわを寄せていた藍華の表情が、みるみるうちにこわばった顔へと変わっていった。

「すみ、ま、せん」

ロボットのようにカクカクと、藍華はカップルの方に顔を向けた。

「つい、勢いにまかせてしまって・・・」

カメラを手にしていた男が、呆気に取られていたかと思うと、藍華のリアクションに思わず吹き出した。

「プッ」

「な、なにを・・・」

「ハハハハ!」

「ちょ、ちょっと!あんたねぇ」

「あの~、それで頼めるんでしょうか?」

「あっ、その話でしたよね」

「ハハハハ」

「う、うるさい!」

男は藍華の一喝に、思わず手で口を押さえた。

「スミマセン。失礼しました。その件でしたら会社に戻ってですね、ちゃんと調べてから返事をさせていただこうかと・・・」

「大丈夫だと思いますよ」

男が会話に入ってきた。

「あんた、何をいい加減なことを」

「心当たりがあるんですよ」

「どんな心当たりだと言うのよ!」

「それはですね。あなたと同じ」

「私と同じ?」

「そう。同じウンディーネさんに」

「はぁ?」

「あの人だったらきっと大丈夫だと思う」

「そんな力を持ったウンディーネなんて、誰よ!いったい!」

「多分なんだけど・・・」

 

「多分、大丈夫だと思う」

「だ、大丈夫って。あんたって一体どうなってんの?」

灯里は、藍華の前でにっこりと微笑んだ。

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会でしょ?あそこの神父様とは、この間リンゴを一緒に食べたばかりで」

「リンゴ?」

「美味しかったんだよー。蜜がいっぱいで、ものすごく甘かった!」

「ちょっと待って、灯里?なんで神父様とリンゴを食べることになるの?」

「実はね、この間アパートの上の方からシーツが落ちてきて、ゴンドラに乗っていたお客様の上に覆い被さって来たの」

「へぇ~」

「そしたら、そのシーツを落としたおばさんが、シーツと交換にリンゴをくれたんだよ」

「交換て」

「そのお客様たちと一緒にたべたら、甘くて甘くて!」

「一緒に食べたのね」

「そうだよ。おいしかったぁー」

「それで?」

「それで?」

「いや、だからぁ、神父さまはどこから登場するのよ?」

「ああ、そこかぁ」

「そこかぁって、どこへ行くつもりなの?あんたは」

「エヘヘヘ」

 

「そのカップルさんにサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の鐘楼の話をしたんだけど、偶然にもサン・マルコ広場近くで神父様にお会いして、島まで渡れるか頼まれて」

「引き受けたの?」

「うん。時間的に大丈夫だったし、断る理由もないし」

「確かにサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の神父様なら、断る理由はないわよね」

「それでね、さっきのリンゴ、よかったらどうぞって話したら、送ってもらって、その上リンゴまでもらっちゃ悪いから、お茶を入れるって神父様がおっしゃって」

「それで二人でリンゴを食べたと」

「そうなんだよね~」

「あのさあ、灯里?いくらリンゴを一緒に食べたからといって、気軽に結婚式を引き受けてくれるかどうかなんて、そんなのわからないでしょ?」

「なんか、暇なんだって」

「ヒ、ヒマ?」

「うん、そうらしいよ」

「あのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会が暇ってどういうことよ?」

「なんかね、観光スポットとして有名になりすぎて、観光客が来るには来るんだけど、かえってそれ以外の用事が減っちゃったんだって」

「何それ?そんなことあるの?」

「だって神父様がそういってたもん」

「はぁ~。わけがわからん」

「だから、その結婚式の話、引き受けてもらえるんじゃないかなぁ」

「だけどさぁ、灯里?どうしてあのストーカー男は、あんたなら大丈夫なんて言ったの?」

「それは私にもわからないけど」

「けど何?心当たりがあるの?」

「多分だけど、その人、お客様としてゴンドラにお乗せした人じゃないかなぁ。藍華ちゃんの話からすると、きっとそうだと思う」

「えっ、ちょっと待って。あんたがあのストーカー男を客として乗せたの?」

「うん、そうだと思うけど」

「それでか。なんだか世話になったとか、よく知っているとか言うもんだから、灯里の知り合いか何かだと思ってたんだけど。それで話が見えてきた。つまり、灯里、あんたがお調子者のウンディーネの正体だったというわけね」

「お調子者?何それ?」

「あんたが何でもかんでも調子よく応対するもんだから、あの男を調子に乗せてしまったってことなの!」

「えっ、ちょっと待って!私って、ストーカー男さんに観光案内してたの?」

「あ、ごめん、灯里。話がややこしくなりそうだから、もういいわ」

「ええ~藍華ちゃ~ん」

「とにかくよ、灯里?あんたがキッカケだったのは確かよ」

「私がキッカケ?どういうこと?」

「どうもこうもないの!」

「藍華ちゃ~ん。またぁ~?」

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