ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
「あのー、すみません」
藍華は、運河のほとりにあるホテルの、そのオープンテラスの前を歩いているところだった。
声をかけてきたのは、そこに座っていた男女のカップルだった。
「はい、なんでしょうか?」
「実はぼくたち、ここで結婚式を挙げようと思ってるんです」
「それはおめでとうございます」
藍華はそう言いながら、テラスの上を覆ったその緑色のシートの屋根を見上げた。
「そうなんですか。いいお店ですもんね」
「あ、いや、そうじゃないんです」
「はぁ?」
「このお店という意味じゃなくて、ネオ・ヴェネツィアで、という意味です」
「ああ、そうなんですね。ハハハハ」
藍華は、苦笑いで後頭部をかいたが、ちょっと紛らわしいなぁと心の中でつぶやいていた。
「それで、どういうご質問で?」
「ああ、それなんですが・・・」
男性は、少しためらうような感じで言った。
「あのー、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島って、貸しきること、できるんでしょうか?」
「ええー?あそこを貸しきる?」
「はい」
「はいって、そんなあっさりと」
藍華は驚きと呆れた思いで、そのカップルをまじまじと見返した。
「やっぱり無理・・・なんでしょうね」
「いやぁー、どうでしょうかねぇ。そんな話は、今まで聞いたことがないですし、そんな前例があるのかどうか・・・」
「そうですか」
「つまりお二人は、そこで結婚式を挙げようということなんですか?」
「はい!そうなんです!」
「それなら、別に島を貸しきるなんてことしなくても、あそこにあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会に結婚式を頼めばいいんじゃないですか?」
「頼めるんですか?」
「いや、だって教会ですし」
「あそこは有名な観光スポットじゃないですか?そんなこと引き受けてくれるように思えないんですけど」
「でも、教会は本来の教会としての役割があるはずです。結婚式、引き受けてくれると思いますよ」
「そうなんですか!」
「ええ!」
「頼めますか?」
「はい!えっ?」
その時だった。
少し離れたところで、シャッター音が響いた。
大きく口を開けたまんま、藍華がその音のする方へ顔を向けた。
「ぬな?」
「ありがとう、ウンディーネさん!いい絵が撮れた!」
浅黒く精悍な顔立ちに、笑うと真っ白い歯が印象的なその青年は、藍華に向かって満面の笑顔で声をかけた。
「な、なんですか?」
「今の、お客さんと話していた横顔が素晴らしかった!とっても魅力的だった!」
「な、なにを言ってるの!」
そう言いながらも、藍華は顔を真っ赤にしていた。
「あ、あんた!もしかして、最近出没しているストーカー男でしょ!」
「ス、ストーカー?」
「勝手にバシャバシャとウンディーネたちを撮影してるって話じゃない!」
「ち、違いますよ!僕はただ、ウンディーネさんたちの素晴らしさを世界中の人たちに伝えようとですね」
「何をもっともらしいことを言ってるの!素直にお縄につきなさいよ!」
「お縄?」
テラスにいるカップルの二人は、まるでテニスの試合を観戦している観客のように、藍華と男との間で、左右に首を振っていた。
「あ、あの~」
「ちょっと待って!」
「はい!」
眉間にしわを寄せていた藍華の表情が、みるみるうちにこわばった顔へと変わっていった。
「すみ、ま、せん」
ロボットのようにカクカクと、藍華はカップルの方に顔を向けた。
「つい、勢いにまかせてしまって・・・」
カメラを手にしていた男が、呆気に取られていたかと思うと、藍華のリアクションに思わず吹き出した。
「プッ」
「な、なにを・・・」
「ハハハハ!」
「ちょ、ちょっと!あんたねぇ」
「あの~、それで頼めるんでしょうか?」
「あっ、その話でしたよね」
「ハハハハ」
「う、うるさい!」
男は藍華の一喝に、思わず手で口を押さえた。
「スミマセン。失礼しました。その件でしたら会社に戻ってですね、ちゃんと調べてから返事をさせていただこうかと・・・」
「大丈夫だと思いますよ」
男が会話に入ってきた。
「あんた、何をいい加減なことを」
「心当たりがあるんですよ」
「どんな心当たりだと言うのよ!」
「それはですね。あなたと同じ」
「私と同じ?」
「そう。同じウンディーネさんに」
「はぁ?」
「あの人だったらきっと大丈夫だと思う」
「そんな力を持ったウンディーネなんて、誰よ!いったい!」
「多分なんだけど・・・」
「多分、大丈夫だと思う」
「だ、大丈夫って。あんたって一体どうなってんの?」
灯里は、藍華の前でにっこりと微笑んだ。
「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会でしょ?あそこの神父様とは、この間リンゴを一緒に食べたばかりで」
「リンゴ?」
「美味しかったんだよー。蜜がいっぱいで、ものすごく甘かった!」
「ちょっと待って、灯里?なんで神父様とリンゴを食べることになるの?」
「実はね、この間アパートの上の方からシーツが落ちてきて、ゴンドラに乗っていたお客様の上に覆い被さって来たの」
「へぇ~」
「そしたら、そのシーツを落としたおばさんが、シーツと交換にリンゴをくれたんだよ」
「交換て」
「そのお客様たちと一緒にたべたら、甘くて甘くて!」
「一緒に食べたのね」
「そうだよ。おいしかったぁー」
「それで?」
「それで?」
「いや、だからぁ、神父さまはどこから登場するのよ?」
「ああ、そこかぁ」
「そこかぁって、どこへ行くつもりなの?あんたは」
「エヘヘヘ」
「そのカップルさんにサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の鐘楼の話をしたんだけど、偶然にもサン・マルコ広場近くで神父様にお会いして、島まで渡れるか頼まれて」
「引き受けたの?」
「うん。時間的に大丈夫だったし、断る理由もないし」
「確かにサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の神父様なら、断る理由はないわよね」
「それでね、さっきのリンゴ、よかったらどうぞって話したら、送ってもらって、その上リンゴまでもらっちゃ悪いから、お茶を入れるって神父様がおっしゃって」
「それで二人でリンゴを食べたと」
「そうなんだよね~」
「あのさあ、灯里?いくらリンゴを一緒に食べたからといって、気軽に結婚式を引き受けてくれるかどうかなんて、そんなのわからないでしょ?」
「なんか、暇なんだって」
「ヒ、ヒマ?」
「うん、そうらしいよ」
「あのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会が暇ってどういうことよ?」
「なんかね、観光スポットとして有名になりすぎて、観光客が来るには来るんだけど、かえってそれ以外の用事が減っちゃったんだって」
「何それ?そんなことあるの?」
「だって神父様がそういってたもん」
「はぁ~。わけがわからん」
「だから、その結婚式の話、引き受けてもらえるんじゃないかなぁ」
「だけどさぁ、灯里?どうしてあのストーカー男は、あんたなら大丈夫なんて言ったの?」
「それは私にもわからないけど」
「けど何?心当たりがあるの?」
「多分だけど、その人、お客様としてゴンドラにお乗せした人じゃないかなぁ。藍華ちゃんの話からすると、きっとそうだと思う」
「えっ、ちょっと待って。あんたがあのストーカー男を客として乗せたの?」
「うん、そうだと思うけど」
「それでか。なんだか世話になったとか、よく知っているとか言うもんだから、灯里の知り合いか何かだと思ってたんだけど。それで話が見えてきた。つまり、灯里、あんたがお調子者のウンディーネの正体だったというわけね」
「お調子者?何それ?」
「あんたが何でもかんでも調子よく応対するもんだから、あの男を調子に乗せてしまったってことなの!」
「えっ、ちょっと待って!私って、ストーカー男さんに観光案内してたの?」
「あ、ごめん、灯里。話がややこしくなりそうだから、もういいわ」
「ええ~藍華ちゃ~ん」
「とにかくよ、灯里?あんたがキッカケだったのは確かよ」
「私がキッカケ?どういうこと?」
「どうもこうもないの!」
「藍華ちゃ~ん。またぁ~?」