ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の神父様からは、灯里が思っていた以上にスムーズに了解を得ることができた。
「最近、暇だったからね。結婚式ならウェルカムだよ。なんだったら、灯里ちゃんに営業を頼んじゃおうかなぁ」
灯里は丁重にお断りをした。
店に戻り、姫屋カンナレージョ支店に電話を入れたが、藍華はゴンドラで営業に出ているところだった。
ARIAカンパニーはと言えば、午後から一組のお客様を残すのみとなっていた。
灯里は、それまでにできる用事を済ませてしまおうと、早速店内の掃除に取りかかろうとした。
「灯里さん、いらっしゃる?」
カウンターの外から声が聞こえた。
「はい!どちら様・・・」
「お久し振りね」
「アサカさん!」
アサカは、先日街で会った時のカジュアルな装いと違い、紺色のジャケットに、折り目がしっかりとついた黒のパンツ姿だった。
灯里は、思わずまじまじとその出で立ちを、上から下まで眺めた。
「仕事の時は、こんな感じなの」
「はぁ・・・あっ、すみません」
「どう?忙しい?」
「おかげさまで、それなりに」
「何?その言い回し」
アサカは灯里の返答に思わず笑ってしまった。
「それなりに、忙しいのね?」
「そんなところです」
「フフフフ」
「すみません」
「なんで謝るの?」
「なんとなく」
アサカは軽く息を吐いて、店内を見回した。
「実はね、今日はお仕事の件で来たんだけど」
「確かアサカさんは、アクアトラベルの方なんですよね?」
「知っていてくれたんだ」
「藍華ちゃんから聞いてました」
「あの姫屋の藍華さんね」
「はい。以前団体さんのお仕事でお店に来られたと聞きました」
「そうね。あの時は藍華さんに大活躍してもらったわ。一番張り切ってた!」
「それ、わかります。藍華ちゃんなら、きっとそうだろうなって」
「そこでなんだけど」
「はい。なんでしょうか?」
「灯里さん?」
「はい?」
「あなたを一日お借りしたいのだけど」
「私を?借りる?・・・ええー!」
灯里はポカンとした表情で、アサカの笑顔をじっと見つめた。
「どうかしら?大丈夫そう?」
「えっと、あの、それはどういったご用件なんでしょうか?」
「もちろんウンディーネとしてよ。他に何かある?」
「そうですよね。エヘヘヘ」
「灯里さん?」
「はい!」
「どんな想像をしてたの?」
「だって、借りるっていうから、炊き出しとか、サンタの格好とか」
「何それ?ハハハハ」
「違いますよね。失礼しました」
アサカはお腹を押さえながら、目尻から流れる涙をぬぐっていた。
「灯里さんて、ホントに楽しい方ね」
「そうでしょうか~~」
アサカは灯里の困惑した反応に思わず笑顔になっていた。
「それで、あの~」
「なに?」
「その借りるというのは・・・」
「そうだったわね」
灯里は何を頼まれるのかと、少し不安な気分になっていた。
「もちろん、いつも灯里さんがやっている観光案内なんだけど」
「はあ」
「一日貸しきりで、ある人のために仕事をお願いしたいの」
「貸し切り、ですか?」
「ええ、そう。頼めるかしら?」
「えっとですね」
そう言って、灯里は店内の壁にあるスケジュールボードの方に振り返った。
考えようとしたが、あまりその必要はないようだった。
「あの・・・大丈夫そうです」
「そう?それじゃあ、灯里さんが都合のいい日を教えてくれる?」
「はい。わかりました。少し先になると思いますが、一日スケジュールを空けておきます」
「ありがとう。助かるわ」
「それで、あのー」
「ん?何?」
「アサカさんが先程おっしゃってた、ある人というのは、どなた様かお聞きしてもいいでしょうか?」
「そうだったわね。肝心なことを言うの忘れてた」
アサカはそう言って、改めて灯里の方に向いた。
「実は、私の娘、結婚するの!」
「はい、そうなんですか・・・えっ?ええ~~!」
「ハハハハ!驚くのも無理ないわよね」
「だって、アサカさんの娘さんて、この間お会いした方ですよね?」
「名前はアンナ。まだ16なんだけど、なんだかそんなことになったわけなの」
「おめでとうございます!」
「おめでとう、でいいのよね?」
「はい!それはやっぱりそうだと思いますが・・・違うんですか?」
「やはりそこは複雑なんだけどね、母親としては」
灯里は、アサカを店内に招き入れた。
テーブルに用意したカップに紅茶を注ぐと、アサカの向かい側に座り、あらためて話を聞くことにした。
「アンナが言うの。結婚するなら、このネオ・ヴェネツィアで結婚式をあげたいって」
「そうなんですか」
「アンナにとっても思い出深いところだから、是非そうしたいって。そして、そうなったら、灯里さんのゴンドラで記念すべき日を送りたいって言うの」
「私のゴンドラで?」
「そうなの」
「どうしてですか?」
「灯里さんは、覚えてないかもしれないけど。アンナが小さい頃、あなたに助けてもらったことがあるの。私が忙しくて、あの娘にかまってやれなくて。それでひとりで出掛けてしまって。迷子になったアンナを灯里さんが見つけてくれた」
「実は、先日そのことを思い出したんです。アンナさんとお会いして。あ、思い出したのは、そのあとなんですけど。もしかしたら、あのときの女の子だったんじゃないかなって」
「そうだったんだ。やっぱり灯里さんとは、何かご縁があったのかもしれないわね」
アサカは目を伏せると、ティーカップの取っ手にそっと触れた。
「先日、灯里さんと街で再会したとき、あのときは急にキャンセルが出たことで一日時間が出来て、それならアンナを呼んで、このネオ・ヴェネツィアを満喫しようと思ったの。そしたら、偶然にも灯里さんと遭遇した」
「そうだったんですね」
「そうしたら、また迷子の子供と一緒!しかも、その子供以上にあたふたしてた!」
「ああ~それは~お恥ずかしいところを~お見せしてしまいました~~」
「ハハハハ」
灯里は肩をすくめて苦笑した。
「でもあの時、わかったわ。灯里さんて、ほんとにやさしい人なんだって。それにあの時のことも」
「あの時の?」
「わたし、勘違いしてたってことに気づかされたの」
「はあ」
「だからね、お詫びのしるし」
「はい?」
「ちょっと遅くなったけど、灯里さんのプリマ就任、そして新生ARIAカンパニーの一周年におめでとう!」
「アサカさん」
「私も一応観光の世界に身を置いている者としては、ここはお仕事で返したいなって思って。つまり、ご祝儀って言えばいいかな」
「そんなぁ・・・」
灯里は目を潤ませた。
「でも私、嬉しいです!」
「よかった。灯里さんに喜んでもらえて」
「ところで、その日一日、観光案内をすればいいんですか?」
「実はまだ、詳しいことまでは聞いてないのよ」
「はあ、そうなんですか」
「結婚式そのものには、あまり興味がないみたいで。でもせっかくだから、思い出に残るような結婚式に、本当はしてほしいんだけど。せっかくこのネオ・ヴェネツィアでやるんだから」
「そうですよね」
そう言うと灯里は、ふっとカウンター越しに海の方へ目を向けた。
「あの、もしよかったらなんですけど・・・」
アサカは、自分に真剣な眼差しを向ける灯里を、不思議そうに見つめ返した。