ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
「ア、アリス様!」
「あなたは、確かあの時の人」
アラトリアは、突然目の前に現れたアリスに驚きを隠せないでいた。
「どうしてアリス様がここに?」
サン・マルコ広場から程近いボート乗り場付近でふたりは遭遇していた。
「確か今日のアリス様は、完全オフだったはず・・・」
「はぁ?」
アリスの顔が一気に怪訝な表情へと変わった。
アラトリアは、改めてアリスの服装を不思議そうに見つめた。
いつもの制服姿。
「なぜあなたが、私が今日はオフの日だということを知ってるのですか?」
「あ、そ、それはですね、偶然と申しましょうか、なんと言いましょうか。ホホホホ」
「今時、そんなわざとらしい笑い方する人、見たことありません」
アラトリアは、はっと目を見開いて固まってしまった。
「これは失礼をいたしました。私としたことが、ついいつものクセが出てしまいまして」
「いつもの、ですか」
アラトリアはどうしたものかと、辺りをキョロキョロ見回した。
「それで?」
「はっ?」
「ですから」
「はい!」
「何かご用でもあるのですか?」
「ご用と申しますと」
「聞いているのは、こちらなんですけど」
「あっ、そうですわね。えっと~・・・」
「特にないようですね。それではこれで」
アリスは目を伏せて、そのままアラトリアの横を通り過ぎようとした。
「ウンディーネさん!」
アリスは背後からかけられた声にはっとして、その場に立ち止まった。
そのそばでアラトリアは、声の主の方を見るなり、驚きの表情で口をあんぐりと開けた。
「ど、どうして?」
「ウンディーネさん、遅れてすみません!よかったぁ。間に合って」
「あ、いえ、私も今しがた到着したところですので」
アラトリアはふたりの間で、交互に顔を見比べた。
「あれ?アラトリアさんもご一緒だったんですか?」
「へっ?はっ?」
「あの、こちらの方とはお知り合いなんですか?」
「はい。ぼくたちの結婚ために、わざわざ協力してくれるというのです」
「協力?」
アラトリアは誰が見ても明らかに焦りの表情へと変わっていった。
「あ、それは、また、おいおいということで」
「おいおい?」
「えっと、あれ?お二人は同じオレンジぷらねっとの方なんですよね?」
「はぁ?」
アリスの声が一段高くなった。
「ああ、これには、実はいろいろと事情というものがありまして」
「ちょっと!」
「はい!」
「聞かせてもらえますよね」
「はい・・・」
アラトリアは、横目でにらむアリスの疑いの眼差しに、すっかりうなだれてしまった。
「こちらのアンドレさんが、実はその方です」
「えぇ?」
アリスは偶然にも程があると、驚きより、あまりのうますぎる話に戸惑っていた。
「つまり、こちらの方が、ティンカーベルの粉を振りかける予定だった・・・」
「ティンカーベル?粉?」
三人は一緒にボートの上にいた。
ボートの行き先は、ムラーノ島。
そして今日は、アリスが結婚を控えた男性に、ヴェネチアングラスの工房を紹介するという約束を果たす日だった。
だがその男性は、本来オレンジぷらねっとのナイトパーティーで、サプライズのプロポーズを行う予定の男性でもあった。
「でもお相手の女性が忙しいということで、スケジュール的に無理だということになったと」
「はい。確かにそうではございましたが、そこはそこでちょちょいのちょいと」
「ちょちょいのちょい?」
「も、申し訳ありません」
「ちゃんと説明してください!」
アラトリアは観念したように、ことの顛末を洗いざらいアリスに話して聞かせた。
サプライズパーティーの仕掛人を、アリスがことのほか嫌がっていたこと、その一方で予定していたカップルがスケジュール的に難しくなってきたこと。
そして、アリスをその任から解放するため、先手を打って、プロポーズする予定の男性に、その機会を改めて用意すると、アラトリアが秘密裏に話をしたこと。
もちろん、オレンジぷらねっとの関係者になりすましてだが・・・
「ちょっと!それっていいんですか!」
「ああ、それはですね、全くのウソというわけではありませんでして」
「どういうことですか?」
「内緒ですよ、アリス様」
「話によります!」
「それは、そうでございますが」
アラトリアは焦りのせいで、汗をかきまくっていた。
「はぁ~。わかりました。とりあえず、すぐには口外しないと申し上げておきます」
「アリス様~」
「それで?」
「実は」
グレース財閥の一族の関係者で、アラトリアと古くから付き合いのある女性が、オレンジぷらねっとの運営企画室にいること。そして、その人物から逐一アリスの情報を得ていたことなどを赤裸々に語った。
「な、な、なんということ!」
「申し訳ありません!アリス様!わたくしは覚悟ができております!ご随意に何なりとお沙汰をお下しくださいませ!」
「もう!いったいどうなってるの?」
アリスは眉間にシワを寄せて、ほっぺを膨らませた。
少し離れたところにいた男性は、アリスの声に驚いて振り返り、不思議そうにその様子を眺めていた。
「ただ・・・」
「まだ何かあるのですか?」
「わたくしに協力した者の処分だけは、何卒寛大なるご処置をお願いいたします!」
「もう!」
アリスは呆れたように大きなため息をついた。
「はぁ~」
「でも、実際、結婚するとなったとき、どうするつもりだったのですか?」
「そこは、我が財閥の力をもってすれば、いかようにもできるかと」
「あの!」
「はい!」
「そんなことでいいんですか?」
「と、おっしゃいますと?」
「起業されるとおっしゃってましたよね?」
「ア、アリス様!覚えていてくださったので・・・」
「それに。私、忘れてませんから!」
「えっと、それは」
「灯里先輩を侮辱したことです!」
「ああ、それは、確かにわたくしの失言です」
「ほんとに思ってるんですか?」
「それは本当に反省しております」
アラトリアは、先日、ひとりARIAカンパニーを訪ねて、灯里のゴンドラに乗ったことを話した。
「灯里様は、全ての仕事をお一人でこなされておられました。そして、何気ないお心遣いがゴンドラに乗っていた人たちに、安心感を与えていました。それに」
「それになんですか?」
「灯里様と出会った人たちは、皆さん笑顔で灯里様を迎えておられました。まるで昔から知っているお友達のように。わたくしは、これまでそのような方と出会ったことは一度もありません」
アリスはアラトリアの真剣に話す横顔を見つめた。
「そこは私も同感です。灯里先輩は、友達作りの達人ですから」
アリスは灯里のことを思い浮かべるように、過ぎ行く水面を見つめた。
「アリス様の言いたいこと、わかっているつもりです。あのミス・パーフェクトと称されたアリシア様のあとを引き継いで、灯里様はプレッシャーを感じずにはおれなかったのではと、今ならわかる気がします。それを何も考えずに簡単に言葉にしてしまった。今は正直、恥じております」
「じゃあなんで、そんな、なんでもかんでも簡単にできるようなことを言うんですか?」
「それは、アリス様のお役に立ちたかったわけで」
「私はまだ信用したわけではありませんから」
アラトリアは途方に暮れた表情で、ボートの先の水面を見つめていた。
「ただ、ここまで来た以上、アンドレさんの結婚式は、絶対に実現しなければいけないと思ってます」
アラトリアは、はっとした表情でアリスの横顔を見つめた。