ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
「お会いしたこと、ありましたでしょうか?」
アリシア・フローレンスは、振り返った女性にそう声をかけた。
「ええ、何度か」
アサカは突然の出会いにそれ以上言葉が続かなかった。
「すみません。こんな尋ね方をしてしまって」
「あ、いえ」
「ご用の方は、もうお済みですか?」
「えっ?」
「中から出てこられたので」
「あ、そうですね」
「そうですか」
「あの」
「はい」
「アリシアさん、ですよね?」
「ええ、そうです」
「私は」
「確か、旅行会社にお勤めの」
「えっ、なんでそれを?」
「なんとなく、そうじゃないかと。でも、すみません。お名前までは・・・」
「アサカ・マリアーノと申します」
「アサカさん。いつもARIAカンパニーをご贔屓下さり、まことにありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
「そして、当店のプリマ・ウンディーネをご贔屓にしていただき、心より感謝申し上げます」
アリシアは、ゆっくりと頭を下げた。
「アリシアさん」
アサカは、アリシアのその様子に、驚きを隠せずにいた。
もうすでに引退しているアリシアが、こんなことまでするだなんて。
だが、アリシアは頭をあげると、そんなアサカにニコッとほほえんだ。
「でもアリシアさん?実は、仕事を依頼するのは今回が初めてなんです」
「あら、そうだったんですか?」
アサカのその言葉に、アリシアは目を見開いて反応してみせた。
その瞬間、ふたりは思わず吹き出してしまった。
そのままお互い笑っていたが、アリシアはアサカにこう切り出した。
「あの、よろしければ、少し歩きませんか?」
「アリシアさんは、ARIAカンパニーによく来られるんですか?」
「時々です」
「もう引退されて一年以上経ってるんですよね?」
「ええ」
アリシアとアサカは、海岸線をゆっくりと歩いていた。
ふたりは対照的な印象だった。
女性らしい、柔らかな印象のアリシアと、ジャケットにパンツというキリッとした印象のアサカ。
「心配なんですね」
「以前は、そんな時もありました。でも今は信頼しています」
「でも灯里さんは、まだ少し不安を感じてらっしゃるようですね」
「灯里ちゃんをご存知なんですか?先程、初めてのご依頼だと」
「実は私も驚いているんです。灯里さんとのご縁は」
アサカは、これまでの経緯を簡単にかいつまんで説明した。
ここ最近遠ざかっていたネオ・ヴェネツィアに再び戻ってきたとき、灯里との再会をただの再会だと思っていたこと。
それが自分の勘違いだと知ったとき、灯里との縁が何度も巡ってきていたことに気づかされたこと。
「昔はアリシアさんに憧れていたんです」
アサカは立ち止まると、海の方に目を向けた。
「仕事で少し停滞ぎみになっていたとき、アリシアさんの姿を見たんです。ひとりでお店を切り盛りしながらも、優雅にゴンドラに乗る姿に、ただただ魅了されていました」
そんな話をするアサカの横顔を、アリシアは神妙な面持ちで見ていた。
「しばらくネオ・ヴェネツィアから遠ざかっていて、再びここへ来るようになったときには、すでに灯里さんがシングルとして、アリシアさんとゴンドラに乗っていた。その時、わたし乗ったんですよ。灯里さんとアリシアさんのゴンドラに」
「そうだったんですか」
「その時のアリシアさんと灯里さん、本当に楽しそうに観光案内をされていた。だから、その時の灯里さんの印象が強く残っていたんですね。初めて会ったのはその時だとばかり思っていた」
「でも違っていた」
「ええ」
ふたりの間に、少しの沈黙が流れた。
だが、アサカが何かを言おうとアリシアの方に顔を向けたとき、アリシアは、それに笑顔で答えた。
「ん?」
「アリシアさん」
「なんでしょうか?」
「最近思うんです」
「はい」
「娘の結婚が決まったとき、もしかしたら、灯里さんとの出会いは、この日のためにあったのかもしれないと」
アリシアは少し驚いたように、アサカの顔を見つめた。
「それって、どういうことなんでしょうか?」
「うまく説明はできないんですけど、きっとそうだったんじゃないかって」
「アサカさん」
「ちょっと、大袈裟に思われるかもしれないですけど」
そう言ってアサカは苦笑した。
「その話、灯里ちゃんが聞いたら、きっと喜ぶと思います」
「そうでしょうか?」
「もちろんです。それに、きっと、自信につながると思います」
「自信、ですか」
「ええ」
「私みたいなのが、灯里さんの自信につながるのなら、それはとても光栄なことですけど」
ふたりは眩しく光る、アドリア海に目を向けた。
「アリシアさん?」
「はい?」
「ARIAカンパニーって、本当はあの頃と何も変わっていないのかもしれない。私が勝手に違ったように感じていただけかもしれないです」
「それって・・・」
「もちろん誉め言葉ですよ!」
「ええ。わかっています。でもアサカさん?」
「なんでしょうか?」
「嬉しいお話ですけど、違うんです」
「どういうことですか?」
「今のARIAカンパニーは、灯里ちゃんのARIAカンパニーなんです」
「アリシアさん」
「感じるんです。灯里ちゃんが撒いてきた種が、ようやく芽を吹き始めたって」
アサカは、アリシアの言葉に、驚きとともに深い愛情を感じずにはいられなかった。
「アサカさんは灯里ちゃんに何かを感じてくれた。それが何よりの証拠だと思います」
「私が灯里さんに」
「私には、ここでこうしてアサカさんといることそのものが、灯里ちゃんがもたらした奇跡なんじゃないかと」
アリシアはしあわせそうな表情で、青い空を見上げた。
「といったら、大袈裟でしょうか?」
はにかんだ笑顔を向けてそう言ったアリシアに、アサカは自然と微笑んでいた。