ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
そこは、いつものように何も変わらない時間が流れているように見えた。
ARIAカンパニーの、その海に向いたカウンターの上の小さな鉢植えには、その鉢植えにお似合いのかわいい花が咲いていた。
ひとりの女性がそのカウンターの前に立ち、その鉢植えにそっと手を添えて穏やかに微笑んでいた。
海から吹く風が、その女性の長い髪を揺らしている。
誰もいない店内を見回し、そして振り返る。目の前に広がる海の眩しさに思わず目を細めた。
「いい天気」
女性は髪を耳の後ろに回すと、ぼんやりと遠くに視線を向けた。
午後の、まだ太陽が高い位置にある時間。
ARIAカンパニーに訪ねてきたその女性は、誰もいないお店に最初は拍子抜けしたような様子だったが、今は満足げな表情をしていた。
しばらく海を眺めていたが、向きを変え、その場から立ち去ろうとした。
すると、デッキの角の向こうから、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
女性はその足音の主が姿を現すのを待った。
鼻歌混じりに姿を現したそのウンディーネ姿の女の子は、その女性と目が合った瞬間、ハッと驚いて立ち止まった。
「びっくりしたー!」
「あ、ごめんなさい」
落ち着いた口調でその女性は、現れたウンディーネに声を掛けた。
「あっ、いえ、こちらこそスミマセン」
無邪気な表情から一転、かしこまった大人の表情に変わった。
「ウンディーネさん、よね?」
「はい、れっきとしたウンディーネです」
その女性は、目の前のウンディーネの返答に、思わず笑みがこぼれた。
「でもその制服は・・・」
白地に赤い色が印象的な制服姿。
「私は姫屋所属の者です」
「やっぱりそうよね」
そう言ったその女性は、そのウンディーネの手を見た。
両手ともにグローブを着けていないウンディーネ。
「プリマ、ということね?」
「はい。この通り正真正銘のプリマ・ウンディーネです」
そのウンディーネは両手を前に出して、その女性に見せた
その笑顔のウンディーネの顔を見て、その女性は何かが気になったようだった。
「もしかして、あなた・・・」
「はい?」
「あっ、ごめんなさいね。ちょっと思い出したことがあって」
「はあ、そうですか」
「ところで、お名前聞いてもいいかしら?」
「はい。藍華・S・グランチェスタと申します」
「藍華さん・・・」
女性が何か考えるような仕草をした。
「ええと、私の名前が何か・・・」
「もしかして、姫屋のオーナーの一人娘の、あの藍華さん?」
「まあ、確かにそれに間違いはありませんが・・・」
「そうなんだ。こんなところで会えるなんて奇遇ね」
「えっと、それは一体どういうことですか?」
藍華は驚きを隠せずに、その場で呆気にとられていた。
「ところで、その藍華さんがなぜARIAカンパニーに?」
「ああ、それはですね。ここのウンディーネとは昔からの知り合いで、たまにこうして会いに来るというか、なんというか」
「友達ということなのね」
「一言で言うと、そういうことになります」
「なるほど。じゃあ、ARIAカンパニーのことについても詳しいのかしら?」
「まあ、それなりに、わかるにはわかりますが・・・」
そういうと、藍華は少し怪訝な表情をみせた。
その表情に気がついた女性は、微笑んでみせた。
「別に怪しい者じゃないわよ」
「ということは、お客様ですか?」
「まあ、そういうところかしら」
藍華は、カウンターから店内の様子を見て呟いた。
「まだ灯里は帰ってないみたいね」
その言葉を聞いてその女性が聞き返してきた。
「灯里さんていうの?ここのウンディーネさん」
「はい、そうです。水無灯里という名前です」
「そうなんだ。そういえばアリシアさんは、どうされたのかしら?」
「アリシアさんは、一年前に引退されました」
「引退?」
「はい。寿退社です」
「そうだったの。じゃあここにはもういないということね」
その女性は残念そうに言った。
「失礼ですけど、アリシアさんとはお知り合いか何かですか?」
「個人的な知り合いではないけど、思い出はたくさんあるわね。間違いなく」
「はあ」
藍華はピンと来ないといった顔で気の抜けた返事をした。
「ところで、その灯里さん以外にはウンディーネはいないの?」
「そうですね。今のところ灯里ひとりですけど」
「それじゃあ大変ね。ARIAカンパニーをひとりきりで営業してるってことよね。でも考えたらアリシアさんもひとりでやってたわね」
「灯里が来る前はそうでしたね」
「そうか・・・」
その女性は何かを思い出したような表情をしていた。
「楽しみになってきた」
灯里は、カウンター越しに夕暮れの海を少しの間、眺めていた。
そして、今日一日の終わりを確かめるように、ゆっくりとシャッターをおろした。
辺りを見回し、一通りの片付けを確認すると、二階へ上がろうとした。
その時、電話が鳴った。
灯里は、電話のそばまで行くと自然と呟いていた。
「誰だろう、こんな時間に」
受話器を取ると、藍華のいつもの元気な声が聞こえてきた。
「灯里?帰ってた?」
「うん、帰ってた」
藍華の声に、灯里は自然と気持ちが緩むようだった。
「なんか、元気ないわね」
「そうかなぁ。いつもと同じだと思うけど」
「疲れたー、って感じがする」
「うん、確かに疲れた」
「やっぱりね。最近スケジュールが少しきつめだって言ってたけど、あんた、無理してんじゃないの?」
「うーん、どうかなぁ。もしかしたら、ちょっとそうかもしれない」
「忙しいのはいいことだと思うけど、無理は禁物よ」
「うん、わかった」
「ホントに?」
「と思う」
「何それ?」
ホログラムによって映し出された藍華は、呆れた顔になっていた。
「そんなことより、灯里、今日午後に一度、ARIAカンパニーに寄ったんだけど」
「そうだったの?」
「うん。それでね、その時お客様が来られてて、なんか根掘り葉掘り聞かれたんだよね」
「そうだったんだ。藍華ちゃん、お客様のお相手、ありがとう」
「ううん、そんなことはいいの。気にしないで。ただね・・・」
「どうかしたの?何かあった?」
「あのね、そのお客様、かなり気にしてたから」
「気にしてたって、何を?」
「灯里、あんたのことよ」
「私のこと?」
「現在のARIAカンパニーのウンディーネはどんな人か、アリシアさんの後を引き継いだんだから、さぞかし素晴らしいだろう、とかね」
「ええー、どういうこと?」
「それはこっちが聞きたいわよ」
「誰なんだろう・・・」
灯里は、ぼんやりと天井を見上げながら頭を巡らしていた。
「そういえば、アリシアさんが現役の時に何度かアリシアさんのゴンドラに乗った経験があるみたいなこと言ってた。知り合いというわけではないけど、思い出ならたくさんあるって」
「そうなんだ。アリシアさんの・・・」
灯里は、今でも時折やって来るアリシア目当ての客なのだろうと考えた。
それは、このARIAカンパニーにとって、今だアリシアの存在がいかに大きいものであるかを物語っていた。
「よろしく伝えておいてくれって言ってた。また来るみたいなことも言ってたわよ」
「はあ」
灯里は、気のない返事をした。
「灯里、大丈夫なの?」
「何が?」
「あのね、お客様が来たいって言ってくれるなんて、本来ならうれしいことじゃない?でも、最近のあんたを見てると、なんか心配になってくるんだけど」
「ごめん、藍華ちゃん。心配かけて。でも私なら大丈夫だから」
「ホントに?」
「うん。最近はリピーターのお客様も来ていただけるようになったんだよ」
「灯里がそういうなら、別にいいんだけどね」
藍華の不安げな声を最後に、灯里はそっと受話器を置いた。