ARIA The PIACERE 3 その素敵な出会いの先に 作:neo venetiatti
藍華は、朝からカンナレージョ支店のエントランスを行ったり来たりと、忙しく動き回っていた。
先日、突然舞い込んできたツアー客の予約の、その当日を迎えていたからだった。
そのため、晃から話があったように、本店から数名のプリマが応援に来ていた。
「大丈夫よね?今さら私が心配してもしょうがないけど」
「晃さんから大体のことは聞いていますので、大丈夫だと思います」
「そうよね。別に特別なことをするわけでもなく、普段通り観光案内をすればいいだけだからね」
そう言っている藍華が、一番普段通りではなかった。
「でも今更だけど、なんでうちみたいな小さな支店を指名してきたのやら、意味がわからないのよね」
「藍華さんのお得意様だと思ってましたが、違うんですか?」
「それがわかんないのよ。でも、うちを指名してくれるなんて、ありがたい話なんだけど」
「藍華さんも出るってっ聞きましたけど、本当ですか?」
「うん。なんかね、私が出ることが条件みたいなことを言ってるらしいのよね」
「すごいですね、藍華さん」
「すごいのかなぁ。ハハハハ」
藍華は後頭部をかきながら、照れくさそうに笑った。
「支店長!お客様が来られました!」
「は、はい!」
藍華は従業員の声に弾かれたように、正面玄関へと飛んでいった。
そこには、十数名程のツアー客とツアーコンダクター、そして改まったようにブレザーを着たツアー会社の女性社員が玄関前に立っていた。
「いらっしゃいませ。本日は数ある水先案内店の中から姫屋をご指名頂き、まことにありがとうございます。どうぞ中へお入り下さい」
藍華はそう言って、従業員に店内へ案内するよう促した。
その横でブレザー姿の女性が藍華に近づいてきた。
「アクア・トラベルのアサカ・マリアーノと申します。本日はよろしくお願いします」
「姫屋カンナレージョ支店の藍華・S・グランチェスタと申します。こちらこそよろしくお願いします」
藍華は姿勢をピンとさせ、頭を下げた。
「またお会いできて光栄です」
その女性は明るい笑顔でそう言った。
「えっと、またというのは?」
「覚えてませんか?」
藍華は、まじまじとその女性の姿を見た。
「ARIAカンパニーでお会いしたといえば、わかりますでしょうか?」
「ARIAカンパニーでお会いした?」
藍華の頭の上には、はてなマークが浮かんでいた。
「現在のARIAカンパニーについて、いろいろお聞きしました」
「えっと、まさか、あの時の方ですか?」
藍華が驚くのも無理はなかった。
先日、灯里がいないときにARIAカンパニーで出くわした女性。
その時とは、まるで別人だった。
ブレザー姿でキリッとした印象は、先日のラフで自由な感じとはまったくと言っていいほど違っていた。
「今日は仕事モードです」
「これはどうも失礼いたしました」
その女性、アサカ・マリアーノは〈ほんとは三度目なんだけどね〉と心の中で呟いていた。
「藍華さんもゴンドラに乗っていただけるのよね?」
「はい!そのように伺っていますので」
「よかった」
「あの、その事も含めていろいろとお聞きしたいことがあるのですが・・・」
「そうよね。でも、それは追々ね。お客様もいることだし」
「そ、そうでした!ひとまず、失礼します!」
藍華はアサカに一礼すると、急いで店内へと戻って行った。
アリスは衣装室にかけられた一組の衣装をじっと見つめていた。
白地にキラキラ輝くスパンコールが散りばめられた半袖のシャツに、薄い生地で出来た、花びらのように幾重にもかさなったシースルーの短いスカート、同じく白いハイヒールと白く細い棒のようなもの。
「こ、これは・・・」
「ティンカーベルです」
企画室の女性社員は、あっさりと答えた。
「なぜ、ここに・・・」
アリスは呆気にとられて言葉が出てこなかった。
次回のナイトパーティーで協力するとは言ったものの、本当にこんなことになろうとは、思いもよらなかった。
「本当にこれを着ろというんですか?」
「お嫌ですか?」
「嫌とかそういう問題ではないように思うのですが・・・」
思わず大きなため息をついた。
「ところで、そのサプライズパーティーの話しはどこまで進んでいるのですか?」
「一応問い合わせのあった男性との間で、話を進めているのですが・・・」
企画室の女性は、アリスの問いかけに、なんともはっきりしない返答をした。
「それって、まだはっきりと決まっていないということなんですか?」
「決まっているには決まってるんですが、もしかしたら日程の方で変更があるかもなんです」
「それって何かあったんですか?」
アリスは、少し憮然とした表情で聞き返した。
「彼女さんの方が、仕事の都合で予定していた日程では無理かもしれないと。あくまでもサプライズでプロポーズするという企画なので、そこはうやむやにしたくないと彼氏さんの方からのたっての希望なので」
それを聞いたアリスは、またもやため息ををついた。
「仕方ないですね。でも、このティンカーベルの衣装だけはなんとかならないですか?」
「これは企画室全員一致の案なんです」
そう言ってその女性は、にっこりと微笑んだ。
こんなことをして一体何が楽しいのだろうと、どうしても納得できない苛立ちと諦めの狭間で揺れ動く気持ちを抑えながら、アリスは衣装室をあとにした。
灯里は、アサカ・マリアーノから言われた言葉が頭の隅から消せずにいた。
確かに、アリシアがいた頃は、仕事をすることに夢中で余裕はなかったが、それでもアリシアと一緒に観光案内ができることに喜びを感じていた。
だが、プリマに昇格し、その後にアリシアが引退を表明、すぐにARIAカンパニーを引き継ぐことになり、何もかもひとりで、ということになって余裕がない日々が続いたのは確かだった。
しかし、一年が経過して、以前より周りが見えてきたはずなのに、今の灯里は、何かが足りないと感じていた。
それをアサカには、灯里自身が充実した気持ちで観光案内をしているように見えなかったのかもしれない。
灯里は、そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、今朝もいつものようにカウンターを拭いて、開店準備に忙しくしていた。
「私って、どうしちゃったんだろう」
そんな様子を見たアリア社長が、灯里の足元に近づいてきた。
「ばいちゃ?」
「アリア社長、ありがとうございます。いつも心配かけてすみません」
灯里はその場にしゃがみこんで膝をかかえると、アリア社長に話しかけた。
「こんな私ですが、これからも見守っていただけますでしょうか?」
「ばいにゅーい!」
アリア社長は、背筋をしゃんと伸ばすと敬礼して見せた。
「アリア社長、頼もしいです!」
すると、カウンターの外から、いつもの容赦ない突っ込みが聞こえてきた。
「あんたたちは、朝もはよから何をやってるわけ?」
「びっくりしたー!おはよう、藍華ちゃん」
「おはよう、灯里。どうしたの?なんかあった?」
「う~ん。あるような、ないような・・・」
「なんなの、それ?」
「エヘヘヘ」
「気の抜けた返事ねぇ」
「藍華ちゃんこそどうしたの?こんなに早く」
「そうだった。灯里に早く教えてあげようと思って来たのよ」
「何?」
「この前、灯里がいないときに、ここで会った人のこと、話したじゃない?」
「うん、話した」
「その人とこないだ会ったのよ」
「それって、もしかしてアサカさんのこと?」
「えっ?なんで知ってんの?」
「だってこの前、お客様として観光案内したばっかりだもん」
「そうなの?なんだぁ」
藍華はガクッとうなだれた。
「どうしたの、藍華ちゃん?」
「この前ね、うちのカンナレージョ支店を指名して、団体客の予約があったんだけどね」
「すごいじゃない、藍華ちゃん!」
「しかも、わたしもプリマとして観光案内するという条件でね」
「すごい!藍華ちゃん、もうスターだね」
「ス、スター?よくわかんないけど・・・」
「それでどうしたの?」
「その会社の社員としてお客様と一緒にやって来た人が、そのアサカさんだったというわけなの」
「そう言えばそんなようなことも言ってたような・・・」
「はぁ?ほんとにあんたって、話しがいのない人よね」
「そんなことないと思うとけど・・・藍華ちゃん!すごい!やったね!」
「なんか、怒る気もしない」
「そんなこと言わないで。藍華ちゃ~ん」
「それでどうだったの?」
「もちろん問題なく無事に観光案内を勤めあげることができたわよ」
「よかったね、藍華ちゃん」
「まあそこはね。一応支店としては、これから先のこともあるし、今回のことがいい評判につながって行けばって思ってるしね」
「そうだねぇ。支店といっても、姫屋の支店だしねぇ」
「あんた、また他人事みたいな言い方してるけど、ARIAカンパニーだって同じでしょ?」
「まあそうなんだけど・・・」
「そうだ。それで思い出したんだけど、アサカさんのことで灯里に聞こうと思ってたのよ」
「アサカさんのこと?」
「そうそう。結局ね、あまり話ができなかったのよ、アサカさんと。なんでわざわざ支店を指名するなんてことになったのかを聞きたかったんだけどね」
「それに藍華ちゃんもプリマとして同乗したってことだもんね」
「そうなのよね。それで灯里、あんたアサカさんのこと、なんか知らないの?」
「実はね、アサカさん、私がシングルの時に観光案内してたんだって」
「えっ、そうなの?」
「もともとは、アリシアさん目当てだったんだけど」
「まあ、そうでしょうね」
「そのアリシアさんが後輩を指導している、と知って私に興味がわいたらしくて」
「それは確かにわかる気がするわ。あのアリシアさんが指導しているということは、アリシアさんが認めたウンディーネということになる、ということでしょ?」
「エヘヘヘ」
「気持ち悪い笑い方禁止っ!」
「ええ~!!」
「とにかくあんたとは、あさからぬ縁というか、つながりはあったということね」
「そういうことになるみたい」
「そうか。だとすると、やはり私たちとは、何か過去に接点があったということよね」
そう言って藍華は腕を組むと、目をキラーンと光らせた。
「そう言えばアサカさん、藍華ちゃんとここで会った時に、ウンディーネ姿がいたについていて驚いたって言ってた」
「私のウンディーネ姿?」
「うん。藍華ちゃんも以前に会ってるんじゃない?そんな感じがするんだけど」
「言われてみればそうかもしれないわね。というか、そんな気がしてきた!」
「藍華ちゃん」
「これはちょっといろいろ調べてみる必要があるかも」