進撃の巨人 〜反撃の狼煙〜   作:雨宮雨水

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第二話『懐かしき友』

 

 

 入隊式から数時間後。ユリウスが寄宿舎の大食堂で食事を摂っていると、彼の元に一人の少女が近づいて来た。

 

「あ、あの……席がどこも空いてなくて……あなたの向かいの席、座っても大丈夫?」

 

「ああ、全然いいけど……って、君は……」

 

 そこにいたのは、入隊式の時にユリウスの後ろにいた少女だった。あの金糸のような髪がゆらゆらと揺れ、空のような碧い瞳がユリウスの姿を捉えている。彼女は「ありがとう」と言って食器を乗せたトレイをテーブルに置いて座ってから、すぐに顔を向けてニコリと微笑んだ。

 

「入隊式の時に前にいた人よね? えーっと……ユリウス・ハウザー、で良かったかしら?」

 

「ああ、そう言う君はクリスタ・レンズ、だよな?」

 

「クリスタでいいわ」

 

「そうか、なら俺もユリウスでいい。これからよろしくな、クリスタ」

 

「うん!」

 

 そう言ってまたニコリと微笑んだクリスタの姿は、この場には似つかわしくない──正直言って美しい笑みだった。しばらく雑談を交わしながら二人で食事を摂っていると、あるテーブルの一角で大きな人だかりができ始めているのに気が付いた。

 

「何かな、あれ?」

 

「あいつは……」

 

 人だかりの中心にいたのは、黒い髪と翠色の瞳を持った少年だった。一見すると、鋭く吊り上がった目元が「人相が悪い」と印象付けそうだが、その瞳の奥には確かな強い意志が感じられた。そして彼は、ユリウスのよく知る人物でもあった。

 

「知り合いなの?」

 

「ああ……あいつはエレン・イェーガー。俺と同郷の、一応、幼馴染ってヤツだ」

 

 クリスタにそう告げてから、ユリウスは再び人だかりの中心に視線を戻した。エレンは大勢の訓練生からの質問を言葉を詰まらせながらも答えていた。話題はやはり超大型巨人や、シガンシナ区の扉を破壊した『鎧の巨人』についてだった。

 

「同郷……ユリウスは確かシガンシナ区出身って言ってたわよね?」

 

「……ああ」

 

「それじゃあ、あなたもその……やっぱり、見たの……?」

 

 何をなのかはクリスタははっきりと聞きはしなかったが、それでもユリウスには彼女が何を聞きたいのかは十分に理解できた。だからユリウスは、彼女の問いに至極簡単に答えた。

 

「ああ……見たよ」

 

 それは、あまりに突然の出来事だった。雷が落ちたような耳を劈く轟音がシガンシナの街に轟き、その直後、超大型巨人が忽然と出現した。いとも簡単に鉄門を破壊し、壁外に蔓延っていた巨人を呼び込み、その後は……説明しなくとも誰でも分かることだ。

 

「……まあ、その話は置いておいて。俺もクリスタに一つ聞きたいことがあるんだが……いいか?」

 

「えっ? う、うん」

 

 話を転換してユリウスが問うと、クリスタは大袈裟に返事をした。心なしか、挙動不審気味でもある。まるで、バレたくない何かがあるような、そんな挙動だ。

 あからさまだな、とユリウスは心中で息を吐いた。

 

「──なんで懐にパンなんて隠してるんだ?」

 

 瞬間、ビクッ、とクリスタの肩が大きく跳ねた。彼女のジャケットの懐には手をつけていないパンが一つ、隠す形で忍ばせてあった。

 

「ど、どうして分かったの?」

 

「隠すのを見たから」

 

 クリスタがパンを懐に忍ばせたのは、ユリウスが人だかり──エレンに視線を向けた時だった。彼女は見えていないと思ったようだが、コソコソと動いていた姿が視界の隅に映っていた。

 

「あ、あの……この事はできれば誰にも言わないで欲しいんだけど……」

 

「いや、別に咎めるつもりはない。そのパンをどうするつもりなのかは、だいたい予想できてるからな」

 

「え?」と、顔を上げたクリスタにユリウスは小さく笑って、彼女と同じように()()()()()()()()()()()()パンをテーブルに置いた。

 

「“彼女”の所に持って行くんだろ? 実は俺も、クリスタと同じことを考えてた」

 

「……………」

 

 クリスタはしばらくの間、ぽかんとテーブルに置かれたパンを見つめていたが、やがて堪えきれなくなったのか、噴き出すように笑い出した。

 

「あはは! そうだったんだ! ビックリした〜! でも、ユリウスも同じで良かったよ」

 

「まったくだ。それじゃあ、さっそく行くとするか」

 

「うん!」

 

 二人は再び懐にパンを忍ばせ、ついでに水袋を持って食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第104期訓練生の中で、初日ながら既に有名人となった少女がいた。

 

 その少女の名はサシャ・ブラウス。

 

 なぜ彼女が有名になったか。それは、彼女が厨房にあった蒸かした芋を盗み、あろう事かそれを入隊式の最中に堂々と、しかも教官の前で食べていたからである。無論、それを教官が見逃すはずがなく、彼女は『死ぬ寸前まで走れ』という厳罰を下された。

 あれから既に五時間以上が経過している。ユリウス達が外に出ると、篝火の下で倒れ込んでいるサシャの姿を発見した。

 

「だ、大丈夫かな……?」

 

「そりゃまあ……今までずっと走ってたんだし、大丈夫なわけはないな」

 

 うつ伏せに倒れたままピクリとも動かなくなっているサシャを心配そうに見ていたユリウス達だったが、クリスタが一歩動き出した次の瞬間──

 

「キシャアーーーッッ!!!」

「きゃあああッ!!?」

 

 弾丸のような勢いで飛んで来たサシャが、クリスタの持っていたパンを強奪した。人間とは極限まで追い込むとこんな動きができるのかと、尻餅をついたクリスタを起こしながらユリウスは思った。

 

「パ、パンーーッッ!!?」

 

「あ、あの、まず先に水を飲まないと……」

 

 どうやら今まで走っていた疲労は、食欲と喉の渇きに勝てなかったようだった。サシャはまず喉を潤わそうと水袋を差し出したクリスタの手を取り、「神様ーーッ!!」と最早悲鳴にも近い声をあげる。

 

「あー……とりあえず、もう一つパンを持って来てるから、これも食っていいぞ」

 

 と、ユリウスも自分の懐に入れておいたパンをサシャに手渡す。すると、パンを受け取った瞬間、ボロボロと大粒の涙を流し始めた彼女を見て、ユリウスは思わず「うおっ!?」と仰け反った。

 

「か、神様がもう一人!!」

 

 感極まって抱き着こうとして来たサシャを押さえて、とりあえず落ち着かせようとする。

 

「オイ」

 

すると、暗がりからもう一人少女の声が聞こえてきた。ユリウスとクリスタはとっさに身構え、サシャは貰ったパンを没収されないようにガツガツと口の中に放り込み始めた。

 

「何やってんだ?」

 

暗がりから出てきたのは、鋭い目つきと、そばかすが特徴的な少女だった。

 

「え、えっと……この子は今までずっと走りっぱなしで……」

 

「芋女のことじゃない、お前らだ。お前ら、『いいこと』しようとしてるだろ?」

 

 少女はユリウス達をキッと睨みつけた。二人の行動を偽善的と咎めるように鋭い目を更に細めて、突き刺すように。

 

「……『いいこと』をして何が悪い?」

 

「別に悪いとは言ってねえだろ。……ただ、お前らのその芋女のためにやった行動は、それに見合った高揚感や達成感が得られたのか?」

 

 彼女の問いに、ユリウスもクリスタも答えなかった。沈黙が続く中、少女は呆れたように溜息を吐く。

 

「まあいい……とにかく、こいつをベッドまで運ぶぞ。オイお前、男なら手伝え」

 

 そう言って少女は、貰った二つのパンを完食して、しかしやはり疲れはあったのか、クリスタの膝で死んだように眠っているサシャの肩を持った。ユリウスも少女に促されて反対側の肩を持つ。

 

「あ、あなたも『いいこと』をするの?」

 

 二人の行動を見ながらクリスタが少女に尋ねると、彼女はくだらないと一蹴するように鼻を鳴らし、

 

「こいつに貸しを作って恩に着せるためだ。こいつの馬鹿さには期待できる」

 

 不敵に笑って、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだように眠っているサシャをユリウスとそばかすの少女──彼女はユミルと名乗った──で運び込み、後のことを二人に任せたユリウスは男子宿舎へと戻った。その道中、ユリウスは懐かしい三人組と再会した。

 

「あ……」

 

 ユリウスの姿に真っ先に気づいたのは、背の低い金髪の少年だった。彼の言葉を聞いて、他の二人もユリウスに顔を向ける。

 

「よう、相変わらず仲がいいようだな──エレン、ミカサ、アルミン」

 

「ユリウス……!? やっぱりお前だったのか! 入隊式の時に名前を聞いて、もしかしたらと思ってたんだ!」

 

 幼馴染との再会に嬉しそうな表情を向けるエレン達。その勢いに押されて思わず苦笑するが、彼らとの再会をユリウスもまた内心で喜んだ。

 

「二年振りだよね……ユリウスは今までどこにいたの?」

 

「開拓地にいたさ。お前達のいた地区とはまた違う場所だったけどな」

 

 ユリウスの答えに「そっか……」とアルミンが言ってから、四人の間に沈黙が訪れる。

 同じ街で育った、二年振りに会う幼馴染……。ここで故郷の話の一つや二つ出るものだが、彼らの故郷は既に無く、そして肉親もいない。それを察しているから、彼らは話さない。

 重い沈黙が流れる中、それに耐えきれなくなったエレンが真っ先に口を開いた。

 

「ま、まあとにかく、これからまたよろしくな、ユリウス」

 

 そう言って差し出されたエレンの手を、ユリウスは見つめた。そして顔を上げると、にっと笑うエレンの顔があった。

 当時、税の無駄遣いと罵られていた調査兵団に所属している父を持ち、ユリウス自身も調査兵団に入隊することを望んでいたがゆえに友人の少なかった二年前。彼の夢に賛同し、手を差し伸べてくれた一人の少年の笑顔。

 

 あの時のままの笑顔が、ユリウスの目の前にあった。

 

「──ああ、よろしく」

 

 だからユリウスは、二年前の時のように差し出されたその手を、躊躇うことなく握るのだった。

 

 

 

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