進撃の巨人 〜反撃の狼煙〜   作:雨宮雨水

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第三話『曲がらない意志』

 

 

「まずは貴様らの適性を見る! 両側の腰にロープを繋いでぶら下がるだけだ! 全身のベルトでバランスを取れ! これができない奴は囮にも使えん! 開拓地に移ってもらう!」

 

 翌日。今日から早速本格的な訓練が始まる事となり、練兵場に集められた第104期訓練生に向けて訓練教官の怒声が飛んだ。これから行われるのは、立体機動を使用した際の姿勢制御の訓練である。初歩中の初歩の訓練ではあるが、しかし、初歩だからといって決して侮ってはならない。むしろ初歩だからこそこの時点で立体機動の素質が見抜かれ、兵士にふさわしいかそうでないかが決められてしまう。素質の無い者は教官が言ったように、囮にすら使えない。いざ巨人と戦うことになっても、なす術なく喰われるだけだ。

 

「ユリウス!」

 

 今のところ脱落者もなく、自分の順番を待っていたところで、ふとユリウスは自分を呼ぶ声に振り向いた。そこにはクリスタと、その両脇にはユミルとサシャの姿もあった。

 

「ああ、三人とも。いつの間にすっかり仲良くなってるな」

 

「あはは……えっと、ユミルとは昨日の夜からで、サシャとは朝食の時に」

 

「あ、あの、昨日は本当にありがとうございました! おかげで助かりました!」

 

 ガバッという音が聞こえるほど勢いよく頭を下げたサシャに、ユリウスは思わず「うおっ!?」と声を上げる。

 

「い、いや、そこまで大袈裟にお礼を言われるようなことはしたつもりはないんだが……」

 

「う……クリスタにも同じことを言われました」

 

「だから言っただろ。こいつら二人ともお人好しのようだから、礼なんて言っても意味ないって」

 

 呆れたように言ったユミルに反論してやりたいが、確かに昨夜の一件はそう言われても仕方のないことなので、ユリウスとクリスタは苦笑するしかなかった。

 

「と、ところで、ユリウスは姿勢制御できたの?」

 

「俺か? いや、まだやってないからどうにも言えないな。三人はもう終わったのか?」

 

「うん、何とかできたかな。少しブレちゃったけど……」

 

「まあまあだ」

 

「私は元々狩猟民だったので、バランス感覚には自信があります」

 

「そうか……こりゃあ、俺ができないと赤っ恥だな」

 

「大丈夫だよ! ユリウスならきっとできるよ!」

 

 まあ元々こんなところで終わるつもりもない。冗談で言ったつもりだったが、クリスタの励ましの言葉は素直に嬉しく思った。

 

「次! ユリウス・ハウザー!」

 

 教官の呼び声が聞こえた。話し込んでいる間に順番が回ってきたようだ。

 

「それじゃ、行って来る」

 

 そう言って三人の元から離れて、ユリウスは位置に着く。ロープを両腰のベルトに装着して全ての準備を終え、隣に控えた補助係がロープを上げる。徐々に体が浮き上がっていき、やがて地面から足が離れた。

 

「おおっ! 凄え!」

 

「まったく体がブレてない!?」

 

 周囲からどよめきと歓声が上がった。浮き上がったユリウスの体はブレることなくその場でとどまり、1分ほどして再び地面に足が付くまで、動くことはなかった。

 

「ふむ……なかなかのものだ。これからもその調子で励め」

 

「ハッ!」

 

 教官は相変わらずの仏頂面だったが、どこか満足そうにそう言った。教官がユリウスの元から離れると、今度はクリスタ達がユリウスの元に駆け寄ってきた。

 

「凄いよユリウス! あんなに上手くできるなんて!」

 

「そうですよ! それにブレもまったくありませんでしたし、私もあれには敵いません!」

 

 目を輝かせているクリスタとサシャに対し、ユミルは「確かに、なかなかやるじゃないか」と、どこか悔しそうに呟いていた。

 

「何かコツとかあるの?」

 

「コツ? コツか……そうだな……」

 

 クリスタの問いに、ユリウスはすぐに答えることができなかった。この姿勢制御の訓練は兵士の適性の有無が判別されるとはいえ、相当なことがない限り誰でもパスできる。かつて、小さい頃に父から色々と教わった事があるが、姿勢制御に関してはそれこそ才能がものをいうと、そう言っていたのを覚えている。

 

「何をしているエレン・イェーガー!! さっさと上体を起こせ!!」

 

 と、答えを言い淀んでいるユリウスの後方から教官の怒声が聞こえてきた。ユリウス達も他の訓練生も、怒声の聞こえた方に目を向ける。そこには、ただ一人姿勢制御ができず、真っ逆さまにぶら下がっているエレンの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む! 三人とも凄く上手いって聞いたぞ! コツを教えてくれ!」

 

 一日の訓練が終了し、夕食も食べ終えた後の男子宿舎にて、ユリウスの元に頭に包帯を巻いたエレンが顔面蒼白でアルミンと共にやって来た。ユリウスの隣には、寝床が近い関係上親しくなったライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバーもいる。

 

「その……エレン、悪いが……」

 

 クリスタに聞かれた時も結局答えられず仕舞いで、今回も同じだった。居心地悪そうに視線をライナー達に向ければ、二人も申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

「すまんが、ぶら下がるのにコツがあるとも思えん。期待するような助言は与えられそうにないな」

 

 ライナーの言葉に、エレンはガクリと肩を落とした。明日に賭けるしかない、とアルミンがエレンを励まし、自分の寝床に戻ろうとした二人をベルトルトが呼び止める。

 

「エレンとアルミン、そしてユリウスは、その……シガンシナ区の出身だよね?」

 

「そうだけど……?」

 

「じゃあ、三人は巨人の恐ろしさを知っているはずだ。なのに、どうして兵士を目指すの?」

 

 唐突に投げかけられたベルトルトの問いに、ユリウス達は顔を見合わせる。そしてエレンとアルミンが再び腰を下ろしてから、最初にアルミンが口を開いた。

 

「僕は、エレンやユリウスと違って直接巨人の脅威を目の当たりにしたわけじゃないんだ。ただ……あんな滅茶苦茶な奪還作戦を強行した王政があることを考えると、じっとしていられなかっただけで……」

 

アルミンの言う『奪還作戦』とは、ウォール・マリア陥落から一年後に行われた反攻作戦のことである。壁内の全人類の総人口のおよそ二割を投じてウォール・マリア内の巨人を殲滅、これを奪還するという名目の作戦だが、それはあくまで表向きで、本当はウォール・マリア陥落により溢れた人口を少しでも減らすための、つまりは『口減らし』であった。アルミンの両親はその作戦に参加させられ、そして死んでしまったのだ。

 

「……二人は、どこ出身なの?」

 

「僕とライナーは、ウォール・マリア南東の山奥の村出身なんだ」

 

「えっ!? そこは……」

 

「ああ……川沿いの栄えた街とは違ってすぐには連絡が来なかった。なにせ、連絡より先に巨人が来たからね……」

 

 そうして始まったベルトルトの話もまた、壮絶なものだった。生き残れたのはまさに幸運だったと言えるだろう。

 

「おい、なんだって突然そんな話すんだよ」

 

「ご、ごめん、ライナー……えっと、つまり、僕が言いたかったことは……君達は、彼らとは違うだろってことなんだけど……」

 

「彼ら?」

 

「……巨人の恐怖を知らずにここにいる人達」

 

 言われて、ユリウス達は辺りを見渡した。彼らの目に映ったのは、楽しく談笑する同期生達の姿。ごくごく普通の、当たり前に映る光景だが、ユリウス達にとってはそう見えなかった。

 無理もない。彼らがここにいる大半の理由が『世間的な体裁を守るため』である。ウォール・マリア陥落以降、『12歳になっても生産者に回る者は腰抜け』と反転した世論に流されて訓練兵になり、かと言って調査兵団を目指すわけでもなく内地勤めで安全な憲兵団を目指し、駄目だったら駐屯兵団で憲兵団に入る機を伺う。そんな者達の集まりなのだ。

 

「けど……僕も彼らと変わらない。安全な内地で暮らせる憲兵団狙いで兵士になった。それが駄目だったら全て放棄するかもしれない。僕には……自分の意志がない……」

 

 と、ベルトルトは俯いて、自分を嘲るように呟いた。だが、そんな彼をこの場の誰も責めたりはしない。なぜなら、彼の言い分も最もだからである。誰だって自分の命は惜しい。ユリウスだってエレンだって、そう思う。世論に流された結果だとしても、ベルトルトの選択は間違ってはいない。自分の命を守ることは立派なことだ。

 

「俺は帰れなくなった故郷に帰る……俺の中にあるのはこれだけだ」

 

 「絶対に、何としてもだ」と、その瞳に強い意志を込めてライナーは言い放つ。彼にもまた、エレンやユリウスと同じように譲れない目的があった。

 

「エレンとユリウスは、何で兵士に?」

 

「オレは……」

 

「……………」

 

 ベルトルトの問いにエレンは言い淀み、ユリウスは黙り込む。二人の脳裏に浮かんだのは同じ光景だった。自分の目の前で、母親が巨人に捕食される光景。忘れたくとも忘れられない、網膜と脳裏に焼き付いて離れない悪夢な現実。

 

「──殺さなきゃならねえと思った。この手で奴らを皆殺しにしなきゃならねえって……そう思ったんだ」

 

「……巨人と遭遇しても、心が折れなかったって言うのか?」

 

「ああ……まあ今となっては、兵士になれるかどうかってとこなんだけど……」

 

 気まずそうにエレンは頭を掻き、アルミンがそれを見て苦笑いをする。

 

「なるほどな……ユリウスもか?」

 

「ああ、俺もエレンと同じだ……巨人は一匹たりとも生かしちゃおけない。あの日、俺の心は母さんと一緒に巨人に喰われた」

 

母が喰われる瞬間を見ていることしかできなくて、どうすることもできなかった無力なユリウス・ハウザーはもう死んだ。ここにいるのは、巨人の絶滅を目指す復讐者だ。

 

「俺から全てを奪ったあの化け物共から、今度は俺が全てを奪い尽くす……!」

 

 開かれたユリウスの瞳から見えたのは、激しく燃え盛る恨みと憎しみ、そして怒りの炎。その勢いは、同じ考えのエレンでさえ恐れ慄くほどだった。

 

「な、なんて言うか、ユリウス、お前……しばらく見ない内にだいぶ変わったよな……」

 

 ポツリと呟いたエレンの言葉を聞いて、ユリウスの瞳が元に戻った。ユリウスはフッと目を細めて小さく笑う。

 

「そう言うエレンは、昔からちっとも変わってないけどな」

 

「は、はあっ!? そんなわけねえだろ! どこが変わってないってんだよ!?」

 

「言っていいのか? 山ほどあるぞ?」

 

「えっ? うっ……や、やめてくれ。ミカサにもしょっちゅう指摘されてるんだ」

 

 だろうな、とユリウスは笑う。そう、エレンは変わっていない。容姿や性格は多少なりとも変わっているが、根本は変わらない。短気で子供っぽくて、しかし夢に向かって邁進する昔のエレン・イェーガーのままだ。

 ユリウスはそんなエレンの肩に手を置いて、

 

「俺の知ってるエレン・イェーガーは、ちょっとやそっとのことで諦めるような奴じゃない。立ち塞がる壁がどんなに高くても、最後まで食らいついて乗り越える、そんな奴だった。だから証明してくれ。俺に、皆に、そのことを」

 

「ユリウス………」

 

「そうだよエレン! ユリウスの言う通りだよ!」

 

「そうだな……まずはベルトの調整から見直してみろ。明日はうまく行く。お前ならやれるはずだ」

 

 投げかけられた言葉を、しっかりと噛みしめるようにエレンは飲み込んだ。そして、やがて決心したように晴れやかな顔になった。

 

「ああ、やってやる。ありがとな、皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──。

 エレンの特別適性訓練が始まった。これの結果如何では、エレンが兵士になれるかどうかが決まる。エレンの顔には当然ながら不安の色が見て取れた。そんな彼を見守るユリウスの表情もまた、どこか不安げだった。いや、ユリウスだけでなく、アルミンやミカサ、ライナーにベルトルトも同じだ。

 

「ユリウス……エレン、大丈夫かな?」

 

 もう一人いた。ユリウスの傍らに立つクリスタが心配そうにエレンを見つめている。

 

「……どうだろうな。こればっかりは、俺達は見守ることしかできない」

 

「ふん、ダメなら才能がなかったってことなんだから、大人しく開拓地で畑でも耕すんだな」

 

 相変わらずユミルの言葉は棘が鋭い。エレンのことを言っているはずなのになぜかこちらが少し傷ついた。

 

「もう! そんなこと言っちゃダメだよユミル! 彼はユリウスの友達なんだよ!」

 

 今更ながら、クリスタは凄く優しい娘だと実感、そして感動。心に刺さった棘が抜かれて、なんなら傷口まで綺麗さっぱり癒された気分になった。

 そうこうしている内に試験が始まり、エレンの体が徐々に浮き上がり始めた。クリスタもユミルも、それまで小声で雑談をしていた他の訓練生達も一斉にエレンに目を向ける。足が地面から完全に離れ、20センチほど上がったところで動きが止まった。昨日までならこの瞬間から既に真っ逆さまにひっくり返っていたが、今日のエレンは制止したままだ。

 

『おおっ!!』

 

 周囲からどよめきが上がった──が、次の瞬間、エレンは真っ逆さまにひっくり返った。

 

「ま、まだ……!」

 

 ジタバタと足を必死に動かして何とか起き上がろうとするエレン。しかし、忙しなく動く足は哀れにも虚しく空を切り、体が起き上がらない。

 

「降ろせ」

 

 そんな中で告げられた教官のその一言は、エレンにとっては死刑宣告のようにも聞こえたことだろう。ロープが降ろされ、エレンは地面に跪いた。

 

「オ、オレは……」

 

 風の音に掻き消されるほどの小さなエレンの声。彼を笑ったり、バカにしたりする者は誰もいない。ただただ哀れむような視線をエレンに向けているだけである。

 

「ワグナー」

 

 そんな沈黙の中、教官が呼んだのはエレンではなく、補助をしていた訓練兵のトーマス・ワグナーだった。

 

「ハッ!」

 

「イェーガーとベルトの装備を交換しろ」

 

 彼の言葉に、エレンもトーマスも要領を得ないと疑問が隠し切れなかったが、睨み一つで急かされて二人のベルトが交換され、トーマスのベルトを装備したエレンは再び特別訓練を行った。そして浮き上がったエレンの体は、そのまま何十秒も空中で制止し続けた。

 

「こ、これは一体……?」

 

「装備の欠陥だ」

 

 いきなりできるようになって困惑するエレンに、教官はエレンのベルトを見ながら答えた。

 

「貴様が使用していたベルトの金具が破損していた。ここが破損するなど聞いたことがないが、新たに整備項目に加える必要があるな」

 

「で、では、適性判断は……」

 

「問題ない、修練に励め」

 

 教官の言葉を聞いて、エレンは空中にぶら下がったまま大きく腕を上げた。その姿を見て、ユリウスは一安心と大きく息を吐き出す。

 

「ふふ、良かったね、ユリウス」

 

「ああ、本当に良かった」

 

 全くお騒がせな奴だと愚痴を溢すユリウスの表情は、その言葉に反して嬉しそうだった。実際、ユリウスは嬉しかった。エレンは証明してくれた。それも、精神の強さだけではなく、壊れたベルトで一時空中に留まるという根性も。これには、エレンをバカにしていた多くの者達がその認識を改めざるを得ないだろう。

 

 かくして、第104期訓練兵団およそ300名が、この日より正式に兵士となった。

 

 

 

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