お久しぶりです。三、四ヶ月ぶりです。
更新できなくて本当申し訳ございませんでした。こんな作品を楽しみにしてくださっていた皆様にはご迷惑をおかけしてしまいました。
不定期更新な駄作ですが、これからも『反撃の狼煙』をよろしくお願い致します。
駐屯地近くの街に出たユリウスとクリスタの二人は、その相変わらずの賑わいぶりに思わず圧倒された。
「何度かこの街には来ているが、なかなかこの雰囲気には慣れそうにないな」
「そ、そうだね」
比較的ウォール・ローゼから離れた内地にあるこの街は、二年前と比べるとかなり人口が増えた方だった。多くの商人がウォール・シーナの街々や王都を行き来し、そこで仕入れた品を売るために大通りにはいくつも露店が軒を連ね、それも人口増加の理由の一つにもなっている。
が、純粋に人の多さに感嘆するユリウスと違い、クリスタは別のことで頭がいっぱいでそれどころではなかった。
「それで? クリスタは何か買いたい物とかはあるのか?」
「え、えーっと……特にそういうのはなくて、いろいろなお店を見たいなーって思って……」
しまった。ユリウスを誘うことで頭がいっぱいいっぱいで、この後の展開をどうするか全く考えていなかった。なんとなくそれっぽい理由を言ったはいいもののさっそく心配になってきたクリスタは、とりあえず目に入った近くの服屋を指定してユリウスと店内に入った。
「うわぁー、可愛い服がいっぱいだね」
クリスタの言葉に、ユリウスは「そうだな」と相槌を打つ。二人が入ったのは主に女性子供の服が売っている店で、庶民的なものから貴族が着そうな高級そうなものまでそれなりに豊富な種類の服が並べられていた。悪くない選択だったかもしれないとそれらを目を輝かせながら眺めていたクリスタだったが、ふとその表情を思案に変えた。
「どうした?」
「うーん……どういう服がいいのか分からないなぁ……」
どういうのが似合うと思う? と、顔を向けて訊ねられ、ユリウスも陳列された服を見ながら考える。そして考えた末に、ユリウスは目に入った一着の白いワンピースを手に取った。
「これなんかどうだ? 今着ている服みたいに、白を基調としたデザインの方がクリスタのイメージには合っているし」
「そうかな?」
「ああ、すごく綺麗だと思うぞ?」
「えっ!? そ、そう? えへへ……嬉しいな」
クリスタははにかむように頬を染めた。ユリウスに「綺麗」と言われてとても嬉しいと思う自分がいる。やっぱり好きなんだなぁ、とクリスタは改めて実感した。
そうやって、他の服屋や雑貨店、装飾店などを見て回っているうちに、気付けば昼時という時間帯になっていた。
「そろそろお腹空いてきたね」
「そうだな……どこか座れる場所で昼飯でも食うか」
ユリウスの言葉に頷いて、二人は人通りの激しい大通りを抜けて小さな広場に出た。座る場所も案外早く見つかり、促されるままにクリスタはそこに腰掛ける。
「どこかの露店で食べ物買って来るから、クリスタはここで待っててくれ」
「え、私も行くよ?」
「いいって。人通りの多い中を歩いて疲れただろ? クリスタは休んでてくれ」
「ユリウス……」
実を言うのなら、クリスタはそれほど疲れてはいなかった。年端も行かないとは言っても、日々厳しい訓練をこなす兵士。あの程度の人の流れで疲れなんて見せていたら、今頃開拓地にいることだろう。だが、きっとユリウスもそれは分かっている。分かっている上で気遣ってくれているのだ。それがとても嬉しくて、クリスタは彼の言葉に甘えるしか選択肢が無くなった。
「ありがとう。それじゃあ、頼んじゃっていいかな」
「ああ、待っててくれ」
そう言い残して、再び大通りの人混みに入っていくユリウスの大きく逞しい背中を、クリスタは見えなくなるまで眺め続ける。
「やっぱり、好きだなぁ……」
この気持ちも胸の鼓動も、もはや抑えきれないほどに高まっていた。
◇
心配のしすぎだろうかと、クリスタは帰りの遅いユリウスのことを考えながらそう思った。ユリウスが昼食を買いに行ってから既に20分が経過しようとしていた。彼のことだから何か事件や事故に巻き込まれたということはないとは思うが、やはり気にはなってしまう。
「探しにいった方がいいかな……」
ベンチから腰を上げて通りに目を向けるクリスタだったが、入れ違いになったらどうしようと思い留まる。ユリウスは待っててくれと言っていたし、下手に動くのは得策ではない。ならば、ここは彼を信じて待っていようと、そう考えてクリスタは再びベンチに腰を下ろした。
「あン? お前、もしかしてクリスタか?」
と、そんな男の声が聞こえたのは、その時だった。
「本当だ、クリスタじゃねえか。懐かしいなァ」
クリスタの目の前に現れたのは、柄の悪そうな三人組の男。見覚えのない者達だが、向こうはこちらのことを知っているらしい。
「えっと……あなた達は……?」
「オイオイ、オレ達のこと忘れちまったのかよ!? ひでぇなぁ!」
「まあ、無理ねえんじゃねえの? 俺ら、一年前くらいに訓練兵辞めちまったし」
「え──」
彼らの話を聞いてクリスタは目を見開いた。どうやら、彼らはかつての同期生だったようだ。
「あ、あの、ごめんなさい。私、あなた達のこと憶えてなくて……」
「いいぜ、許してやるよ。その代わり……」
と、男の一人が目つきを変えた。クリスタの体を、上から下までじっくりと舐めるように観察した。その視線を感じ取り、クリスタは身を縮こませる。
「ちょっとオレ達に付き合ってくれよ。実はオレ、結構お前のこと好きだったんだぜ?」
そう言って、男はクリスタの手を強引に掴んだ。
「いやっ、放して!」
「大丈夫だって、本当に少しだけだ。帰宿の時間までには解放するからよォ」
必死に抵抗するも、掴まれた腕はびくともしない。日々厳しい訓練を行っていても男女の体格差の前では無力だった。それでもクリスタは抵抗を辞めない。
「チッ! 大人しくしろ!」
「キャアッ!?」
クリスタの激しい抵抗に業を煮やした男が、彼女の頬を引っ叩いた。パシンッ、という乾いた音が鳴り響き、クリスタは地面に倒れ込む。
「ったく、こっちは三人もいんだぞ? 抵抗するだけ無駄だろうが」
「もう面倒くせぇよ。ここで身ぐるみ剥いじまうか?」
取り巻きに両腕を押さえ込まれて完全に身動きの取れなくなったクリスタは、その言葉を聞いて固まった。
「そうだなァ、ちょうどここは大通りから死角になってるし、バレねえだろ」
取り巻きの言葉に賛成した男が、歪な笑みを浮かべながら少しずつ近寄ってくる。
「イヤッ──」
「おっと、大きな声を出すんじゃねぇ!」
悲鳴を上げようとすると口元を押さえられ、声が出せなくなってしまった。その間にも男はクリスタとの距離を詰め、目の前まで迫るとクリスタの衣服に手を掛ける。
「(ユリウス、助けて……!)」
徐々に上着が捲り上げられていく中、クリスタは涙を滲ませて声にならない悲鳴を上げた。
その時だった。
「──お前ら、クリスタに何してやがるッ!!」
聞きたかった少年の声がクリスタの耳に届き、彼女の視界の片隅で、見張りをしていたもう一人の取り巻きが吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
何度も地面に打ち付けられ、壁に激突して動かなくなった仲間を見て、男達は一斉に身構える。仲間が吹き飛んで──いや、殴り飛ばされてきた場所を睨み付けると、そこには怒りを露わにしているユリウスの姿があった。
「テメェは、ユリウス……!?」
ユリウスの姿を見て腰が引けた男達を無視して、ユリウスはクリスタに歩み寄る。
「ユリウス……ユリウスっ!」
クリスタは堪らずユリウスに抱き着いた。ユリウスは優しくクリスタを抱き止め、泣きじゃくる彼女の頭を撫で続けた。
「遅くなってすまないクリスタ。怖い思いをさせてしまった」
耳元で謝ってきたユリウスにクリスタは小さく頭を振った。
「いいんだよ。だって、助けに来てくれたもの」
「……当たり前だろ」
優しい囁き。自然と心が落ち着きを取り戻していくのが分かる。
「おい! オレ達を無視してんじゃねえ!!」
男の怒声が響く。すると、ユリウスはクリスタを放して立ち上がった。
「お前達、どうやら元同期のようだな?」
「ああ、そうだよ! それがどうした!」
「いや、別にどうもしない。お前らが知り合いだろうがなかろうがどうだっていい」
ユリウスはそこで言葉を切って、途端に憤怒に満ちた表情を男達に向けた。
「よくもクリスタを泣かせたな! 貴様ら、絶対に許さない!!」
「言ってろよ! いつもクリスタとイチャイチャしやがって! 前から気に食わなかったんだよ!」
そう言って男達は懐からナイフを取り出した。決して小さくない、刺されたら間違いなく大怪我を負ってしまうほどの大きさのナイフだった。
「ユ、ユリウス……」
「心配するなクリスタ。こんな奴らが武器を持ったところで怖くも何ともない」
「テ、テメェ……! 後悔しても遅ェぞ!!」
男は激昂し、ナイフを構えてユリウスに突撃してきた。しかしユリウスは焦ることなくクリスタを少し離れた後方に押しやると、紙一重で男の突撃を躱した。
「な、なにっ!?」
驚愕する男。さらにユリウスは突き出されたままの腕を掴み、突進の勢いを利用して地面に叩き付けた。
「がはっ!」
「対人格闘訓練はお前もやったはずだよな? まあ、お前はサボってた部類の人間なんだろうが」
腕をギリギリと締め上げ、その激痛に男の表情が歪む。
「隙ありだぞ!」
背中を向けたユリウスにもう一人の男が襲い掛かった。ナイフを振り上げ、一突きにせんと迫る。しかし──
「ハアッ!」
「なっ!?」
その奇襲を横から割り入ってきたクリスタに防がれ、男と同じように制圧されてしまった。
「なかなかやるな、クリスタ」
「私だって、毎日ユリウスに倒されるだけじゃないんだから」
「はは、それもそうだな………さて」
笑顔から一変、ユリウスは冷たい瞳を男達に向ける。
「本当なら最初の男と同じように一発ぶん殴ってやってもいいんだが、そんなところを優しいクリスタに見せたくはないんでね。このまま俺達の目の前から消え失せるなら解放してやる。だが、まだ抵抗すると言うのなら……」
ギリ、と男の腕を捻る。男は「ギッ……!!」と小さな悲鳴を上げた。
「──この汚い腕をへし折ってやる」
「グッ……わ、分かった! もう抵抗しねぇ!」
「ユリウス、放してあげて」
クリスタの言葉を受けて、ユリウスは男の腕を解放した。クリスタも制圧していた取り巻きの男を解放すると、二人はそそくさと立ち上がり、ユリウスに殴られて完全に伸びてしまったもう一人を抱えて立ち去っていった。そして三人が見えなくなってすぐ、クリスタは再びユリウスに抱き着いた。
「クリスタ……?」
「ユリウス、ユリウス……!」
やはり怖かったのだろう。彼女は小さく震えていた。その震えを抑えるように、ユリウスはその小さな体を強く抱き締めるのだった。
◇
「ねえ、ユリウス……」
「……ん?」
更に時が経ち、頭上に昇っていた太陽も沈み始めていた頃。心なしか人が少なくなっている大通りを二人並んで歩きながら、クリスタはふとユリウスに訊ねた。
「あの時、どうして戻ってくるのが遅かったの?」
ユリウスを責める問いではなく、素朴な疑問だった。あの三人組に絡まれる前から気になっていた疑問。昼食を買いに行くだけだったのに、どうして20分近くも時間が掛かってしまったのだろうと。
「ああ、それはな……」
と、彼女の問いに対して、ユリウスは言い辛そうに言葉を濁した。人差し指でこめかみの辺りを掻き、その表情は恥ずかしそうに僅かに赤らんでいた。
「ユリウス……?」
どうして顔が赤いのだろうと小首を傾げるクリスタ。しばらくの間歯切れの悪い反応を見せていたユリウスは、やがて「よしっ!」と何かを決心したように気合いを入れてクリスタに向き合った。
「ク、クリスタ。実は、お前に渡したい物があるんだ」
そう言ってユリウスは、いつの間に持っていたのか、小さな紙袋をクリスタに差し出した。
「え──」
「見てみてくれ」
言われるがままに、クリスタは紙袋の中身を取り出す。中から出てきたのは、可愛らしく包装された小箱だった。
「これは……」
視線をユリウスに向けると、開けてみてと言うように彼は頷いた。その顔はさっきよりも赤く、そんな彼を見るのは初めてだった。指示通りに包装を解き、蓋を開ける。
「あっ──」
それは、髪留めだった。白い花の付いた髪留めである。そしてそれは、クリスタには見覚えのある物だった。街を見て回っている時に見つけた装飾品店にあった、クリスタが可愛いと言った髪留めだ。
「凄く欲しそうに見ていたからな。他の装飾品なら教官に没収されるけど、髪留めなら大丈夫だろうし、ちょうど良かったよ」
矢継ぎ早にユリウスはそう説明した。異性に贈り物をするというのはきっと初めての経験だったのだろう。台詞は噛みがちで、視線も忙しなく右へ左へと泳いでいる。
しかし、そんなことは全く気にならなかった。全く気にせず、クリスタは無意識の内にその髪留めを手に取り、髪に留めた。その姿を見て、ユリウスの泳いでいた視線がクリスタで止まる。
「どうかな……?」
「え、えっと………凄く、綺麗だ」
「ふふっ、ありがとう」
そう言って、クリスタはユリウスに抱き着いた。彼の胸に耳を当てると、ドクドクと心臓の激しい鼓動が聞こえてきた。それが今の彼女にとって、何よりも心地よく感じた。
「ク、クリスタ。人が見てるから……!」
言われて、ようやくここがまだ街中だということを思い出した。慌ててユリウスから離れれば、街の住民が微笑ましそうに二人を見つめていた。
「ご、ごめんなさい……」
「い、いや……」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。今になって急に恥ずかしくなってきた。顔が熱を帯び、まともにユリウスの顔を見ることができない。しかし、それは彼も同じだったようで、彼の視線はクリスタとは別の方向に向いていた。
「……そ、そろそろ帰るか」
「……そうだね」
ユリウスの言葉に頷いて、再び彼の隣を歩き出す。しばらく歩いていると、不意に左手に温もりを感じた。見るとそれはユリウスの手で、つまり今、手を繋いでいるということ。
「ユリウス……」
「……嫌なら解いても構わない」
小さな声でユリウスはそう言った。クリスタは頭を振った。
「ううん、嫌じゃないよ」
逆に、クリスタは指を絡めた。解けてしまわないように、しっかりと。
そして、ようやくクリスタの中で決心が付いた。
──言おうと。
「ユリウス、私……」
凄く緊張する。心臓の鼓動が鳴りっぱなしだし、手が汗ばんでいて不快に思われてないかなと現実逃避してしまうほどに混乱していた。でも、言わなくちゃ。言わないと、もうこの想いを抑えることができそうにない。
「私──ユリウスのこと、好きだよ」
言った。もう後戻りはできない。後はユリウスの返事を待つだけだ。しかし、そのユリウスから返事が来ず、それまでの時間がまるで地獄のように思えた。反応を伺おうにもまともにユリウスの顔を見ることができず、ユリウスは私のことはそんな風に思っていないのかなとか、やっぱり言わなきゃ良かったとか、そんな後ろ向きなことばかり考えてしまって、段々と視界が潤んできた。
「ご、ごめんね! 急におかしなこと言っちゃって。き、気にしないで!」
逃げてしまおうと考えて、クリスタはそう言って手を解いて走り出そうとした。しかし、それはできなかった。何故なら、逃げるために解こうとした手が解けなかったからだ。ユリウスは、繋いだ手が解けないように、力強く握りしめていた。
「ユ、ユリウス……?」
「……も………だ」
「え?」
ユリウスが何かを呟いた。聞き取れずに訊き返すと、ユリウスが顔を上げた。彼の顔には、笑みが浮かんでいた。
「──俺も、好きだ」
一瞬、聞き間違いなんじゃないかと思ってしまった。しかし、聞き間違いなんかではない。彼の口からはっきりと紡がれた言葉だ。
「好きだ」と──。
「ぁ──」
気が付けば、一筋の涙がクリスタの頬を伝っていた。その一筋を皮切りに、堰を切ったように涙が溢れてきた。そんな彼女を、ユリウスは何も言わずに抱き締めた。泣き顔を隠すように体を覆い、目いっぱい体を寄せて。
その優しい温もりを感じながら、クリスタもユリウスの背中に腕を回す。溢れる涙に比例して、クリスタの胸を幸福感が満たしていった。
茜色の夕陽に照らされて、二つの影が一つとなった。その影の中、髪留めに付けられた一輪の花が、小さく輝くのだった。
誤字脱字などございましたら、ぜひご指摘ください。