進撃の巨人 〜反撃の狼煙〜   作:雨宮雨水

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第七話『解散式の夜』

 

 

「心臓を捧げよ!!」

 

『ハッ!!』

 

 数ヶ月後。

 陽が完全に沈んだ夜。篝火の焚かれた練兵場では、第104期訓練兵団218名の三年に及ぶ厳しい訓練の全過程が修了し、解散式が行われていた。

 訓練兵を卒業した彼らが所属することのできる兵団は全部で三つ。

 壁の強化に努め各街を守る『駐屯兵団』。

 王の元で民を統制し、秩序を守る『憲兵団』。

 そして、犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む『調査兵団』である。

 

「憲兵団に入団できるのは、諸君らの中で最も成績の良かった上位10名のみ。今より、その10名を発表する!」

 

 そう言って教官は一枚の紙片を取り出した。それには、第104期訓練兵の中で優秀な成績を残した上位10名の名が記されている。そして教官がその紙を見ながら名前を呼び、10人の兵士が前に出た。

 

首席 ミカサ・アッカーマン

次席 ユリウス・ハウザー

三番 ライナー・ブラウン

四番 ベルトルト・フーバー

五番 アニ・レオンハート

六番 エレン・イェーガー

七番 ジャン・キルシュタイン

八番 マルコ・ボット

九番 コニー・スプリンガー

十番 クリスタ・レンズ

 

「──以上10名! 後日、配属兵科を問う。本日はこれにて第104期訓練兵団の解散式を終える……以上!」

 

『ハッ!!』

 

 こうして、三年に及ぶ厳しい訓練を耐え抜いた者達は、新たな道へと歩み出すこととなった。

 しかし、この時はまだ誰も知る由はなかった。

 

 前に歩き出しても、待っているのは絶望だらけであることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、ユリウス!」

 

 200人以上の人間が入ってもスペースが余るくらいに広大な三階建ての会場で、いわゆる祝宴は開かれていた。今まで禁止されていた酒も開放され、至る所で笑い声や騒ぎが起こっている。

 しかし、その喧騒の中でも、クリスタの透き通った声はユリウスの耳によく響いた。

 

「やっぱり凄いなぁ、ユリウスは! 二番の成績だなんて!」

 

 指を胸の前で組んでさも自分のことのように喜んでいるクリスタを見て、ユリウスは自然と笑みを溢す。

 

「そういうクリスタこそ、十番内に入ったじゃないか」

 

「でも、私だけの力じゃ何にもできなかったよ。全部ユリウスのおかげだよ!」

 

「……あたしはどうせオマケだよ」

 

 と、ユリウスの隣に座っていたユミルが不貞腐れるようにグラスを一気に煽った。そんな彼女の顔は赤い。おそらく、酔っている。

 

「あっ、ち、違うの! もちろん、ユミルにも感謝してるわ! 立体機動のコツとかも一杯教えてもらったもの!」

 

「いいよいいよ、気を遣わなくても。いつもみたいにあたしを差し置いてユリウスと乳繰り合ってればいいじゃねぇか」

 

 途端、クリスタの顔が一気に赤くなった。ユリウスも気恥ずかしそうに視線を逸らし、こめかみの辺りを掻いている。

 ユリウスとクリスタが友人以上の関係──つまり恋人同士となってから数ヶ月。今でこそこうして受け入れられているものの、その事実が周囲に知られてからの一週間はてんてこ舞いだった。主にユリウスが。

 何が大変だったかなんて言うまでもなく、クリスタに少しでも気のある男子陣による嫉妬に狂った襲撃である。これは主にライナーの主導によって行われているものだった。そしてもっと面倒だったのが、その男子たちの襲撃に乗じたユミルの闇討ちだった。今思い出すと、こうして受け入れられたという事実が信じられない位ハードな毎日だった気がしなくもない。

 

「ご、ごめんユリウス。ユミルが酔い潰れちゃったから、私たちは先に戻るわ」

 

 と、クリスタが酔い潰れて寝息を立てているユミルの肩を持ってユリウスの前に立っていた。人がちょっと昔を思い出している間にもうそこまで酔いが回ったのか。どうやらユミルは酒に弱いらしく、ちょっと意外だ。

 

「何やかんやでユミルも楽しんでたみたいだな。俺のことは気にしなくていいから早く寝かしてやれ」

 

「うん、ありがとう」

 

 それだけ言ってクリスタは「愛してるぞ〜、クリスタ〜」などと寝言を言いながら抱き付いてくるユミルを、慣れた手付きで流しながら寮に戻っていった。その背を苦笑いで見送りながら、ユリウスはクリスタの金糸の髪に目をやる。

 彼女の髪留めから一輪の白い花が、ランプの明かりに照らされて輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、夜風が優しく頬を撫でた。すっかり酒が周り熱くなってきた体には堪らなく心地がいい。相変わらずの中の喧騒に耳を傾けながら、ユリウスは酔い醒ましのための水を飲んだ。冷えた水が体中を駆け巡る。これもまた心地いい。

 

「ハウザー……」

 

 しばらく夜風に当たっていると、聞き慣れた荘厳な声がユリウスの耳朶を打った。

 

「キース教官……?」

 

 突然目の前に現れた訓練教官キース・シャーディスに、ユリウスは反射的に姿勢を正す。

 

「そんなに畏まらなくてもいい。楽にしてくれ」

 

 しかしキースはそれを制し、ユリウスの隣に立った。彼の手には酒の入ったグラスが持ってあった。

 

「三年間、よくやった。よく厳しい訓練を耐え抜いたな」

 

「……………」

 

 珍しいこともあるものだ。まさか全訓練兵から“鬼教官”と恐れられている彼に労いの言葉をかけられるとは思わなかった。

 

「……いえ。自分がここまで成長できたのは、ひとえにキース教官のご指導の賜物であります」

 

「フッ、私は何もしていない。……私はただ、()()を果たしたかっただけだ」

 

「約束……?」

 

「ああ……」

 

 そう言って頷くと、キースはユリウスの方に体を向け、彼の顔をまじまじと見つめた。そのまま動かなくなったキースに狼狽するユリウス。

 そしてキースは大きく一度頷くと、「やはり」と呟いて、

 

「顔立ちはヴィクトール、瞳はエリシアにそっくりだ」

 

「え──」

 

 その名を聞いて、ユリウスの目は驚愕に見開かれた。それもそのはずだ。

 ヴィクトール、エリシア……それは、ユリウスの両親の名だった。

 

「何故……といった顔をしているな。無理もない。何度かお前の家に行ったこともあったが、一度も会ったことは無いからな」

 

 キースはそう言って目を小さく細めて夜空を見上げた。相変わらずの仏頂面だったが、いつもと違い、その顔には少しだが優しさが込められているとユリウスは感じた。

 

「……5年前まで、私は調査兵団の団長を務めていた。ヴィクトールは、その時の副団長だ」

 

 ヴィクトール・ハウザー。それは、ユリウスが思っている以上に人類全体に広く知れ渡っている男の名だった。

 調査兵団副団長にして天才的な立体機動技術と超人的な戦闘能力を誇り、建物の無い平地での戦闘においても、三体の巨人を一人で討伐して見せたほどの実力を持っていた兵士。

 まるで翼が生えているかのように自由自在に空を駆けるその姿は、まさに調査兵団が掲げる“自由の翼”の体現者と言え、人々はそんな彼のことを『鳥人』と呼び讃えた。

 

「──私とヴィクトール、そしてお前の母であるエリシアは、元々同じ街で生まれ育った幼馴染だった。私とヴィクトールが訓練兵団に入る前夜、我らは三人で酒を酌み交わし、『必ず生き残る』と誓い合った。………だが」

 

 キースはそこで言葉を切り、悔しそうに歯を鳴らし、食い縛った。

 

「今や、生き残ったのは私のみとなってしまった……!」

 

 力の限り拳を握り、喰い込んだ爪によって裂けた皮膚から血が滴り落ちる。それだけでユリウスは、今キースがどんな気持ちでいるのかを理解できた。

 同じだ。

 あの時──目の前で母を巨人に喰われ、己の無力を思い知らされた五年前の自分と。

 

「……教官」

 

「ハウザー……お前は、調査兵団に行くのだろう?」

 

 投げかけられた問い。ユリウスは、「はい!」と大きく返事をした。全てを失ったあの日から──否、父の背中を見続けていたあの時からずっと変わらない決意。

 キースは「そうか……」と頷いた。

 

「これはお前の選択だ。私は口を出すつもりはない。今までも、そうして沢山の者たちを送り出して来たのだ。例えお前であろうとそれは変わらん。……だが、これだけは言っておく」

 

 そう言って、ユリウスの肩に手を置き、一言。

 

「死ぬな! 何としてでも生き残れ!」

 

 それは、教官としての言葉でもあり、また、亡き父の親友としての言葉でもあった。

 彼のその真摯な想いを受け取って、ユリウスは大きく頷き。

 そして同時に、ご心配なく、と笑顔を返した。

 

「俺は死にません……絶対に」

 

 この世から巨人という存在を消し去るまでは死ぬわけにはいかない、と。

 それを聞いたキースは少しの間黙り込むと、「分かった」と言ってユリウスの肩から手を除けた。

 

「ともかく、お前の無事を祈っている。……ではな」

 

「キース教官!」

 

 その一言だけを残して立ち去ろうとするキースの背をユリウスは呼び止める。キースは返事をしなかったが、ピタリと歩みを止めたので、ユリウスは彼の背に敬礼をした。

 

「本当に三年間、ご指導ありがとうございました! そして……父さんの戦友(とも)でいてくれて、ありがとうございました!」

 

「──ッ!?」

 

 キースは目を見開き、ゆっくりと振り返ってユリウスを見た。

 そこにいるのは、ユリウス・ハウザーで間違いはない。だが、キースには今の彼の姿が、若き日のヴィクトールの姿にしか見えなかった。

 

「(……ああ、ヴィクトール。彼はやはり、お前の息子だ)」

 

 思えば、ヴィクトールという親友を失ったあの日から。

 五年前、エリシアが死んだと聞いたあの日から。

 キースの心には、ポッカリと埋めようのない大きな穴が空いてしまっていた。

 しかし、二人の遺志を受け継いだ少年の強い心が、そんな彼の心を埋めてくれた。

 それの、何と嬉しいことか。

 涙は出ない。涙は、数多の仲間と掛け替えのない二人の親友を失った時に流し尽くしてしまった。だから、その代わりというわけではないけれど。

 最上の敬意と、感謝を込めて。

 

「また会おう──()()()()

 

 手を左胸に置き、初めて見せる笑顔で、旅立つ“息子”を見送った。

 

 

 







 今更ながらオリジナルキャラ紹介です。一応、主人公であるユリウスと、ユリウスの両親の設定を記載しました。今後、ストーリーを進めていくうちに修正していくかもしれません。



 ユリウス・ハウザー

 エレンたちと同じウォール・マリア、シガンシナ区出身の少年。17歳。
 かつて調査兵団副団長であり『鳥人』と呼ばれていたヴィクトール・ハウザーを父に持ち、ユリウス自身も調査兵団を目指して第104期訓練兵団に入団する。
 入団時から卓越した潜在能力を発揮し、卒業時にはミカサには僅差で及ばなかったものの、ほぼ同率と言っていいほどの成績を修めて二番となった。
 巨人によって両親、特に母親を目の前で殺されたため、巨人に対してエレンと同じくらいの恨みを抱き、“巨人の絶滅”を原動力としていたが、クリスタとの出会いを通じて変化が起きつつある。


 ヴィクトール・ハウザー

 ユリウスの父親にして元調査兵団副団長だった男。天才的な立体機動技術と戦闘能力を誇り、立体機動が上手く活かせない平地での戦闘においても数体の巨人を一人で倒してしまうほどの強さを持っていた。その地形の良し悪しに囚われずに空中を駆ける姿から『鳥人』と呼ばれるほど兵士たちの間では伝説の存在となっていたが、数年前の壁外遠征の際に巨人から部下を庇って戦死する。享年42歳。
 訓練教官のキースとは同じ街で育った幼馴染であり、地位の枠を超えた友情を築いていた。


 エリシア・ハウザー

 ユリウスの母で、ヴィクトールとキースとは幼馴染の間柄だった女性。医者の娘であり、少年期のヴィクトールとキースが喧嘩をして怪我をする度に治療を施していた。誰にでも優しく人に好かれる性格で、また美人でもあったために当時は“街一番の美女”とも呼ばれていた。ヴィクトールと結婚した後は周囲の反対を押し切ってシガンシナ区に引っ越し、壁外遠征に赴くヴィクトールとキースを見送り続けた。
 845年、超大型巨人と鎧の巨人によるウォール・マリア侵攻の際に足を負傷。逃げ切れずに巨人に捕まり、ユリウスの目の前で捕食されて死亡した。享年40歳。
 エレンの母であるカルラ・イェーガーとはシガンシナ区に越してからの友人で、ユリウスはその経緯でエレンと知り合うこととなった。


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