青いレンズの眼鏡をかけた少年がひたすらパソコンと睨み合いが続けている。その顔はかなり疲れているのか、普段の彼からは想像できない程酷い顔をしている。彼は犬牟田宝火。本能字学園生徒会会計兼情報戦略委員長という役職から、パソコンと向き合うことは多い。しかし、それゆえに、ある程度の耐性を持っているはずの犬牟田が疲れを見せる程、パソコンと睨み合っていたのだ。
パソコンの画面の脇にメッセージが現れた。メッセージをクリックするまでもなく、犬牟田は愛用しているパソコンの画面を閉じた。
生徒会室のドアが開き、小柄な少女が現れた。
「あら、犬くん一匹?」
文化部統括委員長、蛇崩乃音だ。
「一匹とは失礼だね。ぼくはれっきとした人間だ」
「あら、ごめんなさい。皐月様は?」
「まだ来ていないよ」
そう言うと犬牟田はパソコンを持って、生徒会室を立ち去ろうとした。
「どこ行くの?」
「昨日はずっとここでネトゲをやっていたからね、少しシャワーを浴びてくるんだよ」
「生徒会室を私物化しないでよね?皐月様のお陰で、高校生やってるんだからね」
「わかってるよ……」
そう言い残し、犬牟田は専用のシャワールームへと向かった。
「なによ、無愛想ね」
犬牟田の背中に毒を吐く蛇崩は彼の疲れに気がつかなかった。犬牟田が極制服の襟で顔を半分隠しているからだ。
それからしばらくの間、犬牟田は暇があればパソコンと向き合い、日に日に憔悴していくが、蛇崩はそんなことを気にも止めなかった。
「おい、犬牟田……大丈夫なのか?」
そんな犬牟田の様子の変化をいち速く察知したのは運動部統括委員長、猿投山渦だ。
「何がだい?」
「何がって、お前最近パソコンのやり過ぎじゃないのか?」
「まあ、ここんとこちゃんと寝てないかな。だけど、猿投山……君ならわかるんじゃないか?男には負けられない戦いがあるって……」
「何々?負けられない戦いって、ネットゲームのこと?」
いつの間に近づいてきた蛇崩が冷やかした。犬牟田は静かにパソコンを閉じた。
「ホント、オタクって嫌よね~。犬くん、パソコンが恋人って感じ~」
「おい、蛇崩のお嬢さん!!男の戦いをバカにすると、蒟蒻と一緒に茹であげるぞ!?」
「いいんだ、猿投山」
犬牟田は閉じたパソコンを脇に抱えて、蛇崩の横を通って生徒会室を出た。
「なによ、まったく……」
それから更に数日後のことだ。あの日以来、この数日間、犬牟田は体調を崩して学校を休んでいた。休んでいたせいか、数日前よりだいぶ顔色が良かった。
放課後。特にやることもなく蛇崩と休んでいた間に貯まっていた仕事を消化している犬牟田が生徒会室に残っていた。
蛇崩はお菓子を食べながら雑誌を読んでいる。時計を見ると17時を回っていた。
「じゃ、そろそろアタシは帰るわね~。犬くん、戸締まりよろしく」
「あ、蛇崩」
「何よ?」
蛇崩が振り向くのに対して、犬牟田はパソコンと向き合っている。
「用事が無いなら帰る……」
全て言い切る前に突然生徒会室のスピーカーから音楽が流れた。生徒会室だけではない。本能字学園全体、否、本能字学園都市全域のスピーカーというスピーカーからオーケストラの演奏が流れる。
「ちょっと、犬くん、これ何よ!?犬くんがやったの!?」
しかし、犬牟田は何も答えない。だが、パソコンから離れて蛇崩に歩み寄ってきた。
「君の好きな曲を学園都市中のスピーカーから流しているんだ」
「そんなの聞けばわかるわよ!!」
蛇崩は犬牟田が何故こんなことをしたのかわからない様子だった。
「こんなことしか思い浮かばなくて……気に入らなかったかい?ぼくからのプレゼント……」
それは襲学旅行の帰り道でのことだ。彼女は疲れた帰り道をお気に入りの曲を聞きながら帰りたいと呟いていたのだ。犬牟田はそれを叶えるためにこの数日間、蛇崩が好きな曲を探しだし、順番を選曲し、そして、学園都市中のスピーカーから流れるように調整したのだ。ネットゲームの話は悟られないようにするための嘘だ。
「ば、バカじゃないの!?それにプレゼントって、今日はアタシの誕生日でもなんでも無いわよ!!」
「だから、いいんだよ」
「え?」
「蛇崩……今日をぼくとの記念日にしてください」
犬牟田は蛇崩に跪き、手を差し出した。犬牟田なりの告白だった。もちろん、蛇崩にもそのことは通じていた。
「じょ、冗談じゃないわよ!!」
蛇崩は犬牟田に背を向けた。
「で、でもまあ、犬くんにしては気が利くじゃない。プレゼントだけは受け取ってあげる」
そう言って、蛇崩は生徒会室から出ていった。その直後に風紀部委員長の蟇郡苛が生徒会室に事態の説明を求めに現れた。
「犬牟田、この事態は何事だ?」
「ああ、今、調査中だ。もう少し待っていてくれ」
「むっ、そうか。では、頼んだぞ」
犬牟田は作業を再開し、蟇郡は生徒会室を後にした。
「犬牟田といい、蛇崩といい……二人とも何か良いことでもあったのか?」
音楽に包まれる本能字学園都市で二人は微笑んでいた。