ポケモンドリームprototype   作:ココリンク

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濃霧の中 守り神の試練

サトルはアイと一緒にソーマに連れられて、砂浜を歩いていた。

 

この先は荒磯。

 

記憶によればそのずっと奥は行き止まりなはずだ。

 

サトルは一瞬、袋小路に誘い込み、自分らを捕えるつもりかと考えたが、すぐに違うと感じた。

 

行き止まりにはニポ島の守り神、カプ・レヒレが鎮座する激流の遺跡があるからだ。

 

もし捕えるつもりなら、心清き者の前に現れるカプ・レヒレの前で騙す行為をするとは考えにくいので、他の場所にするはず。

 

それにソーマはカオリを連れてカプ・レヒレに会いに行くと言っていた。

 

その声色に嘘も迷いもなく、心の底から宣言したような真っ直ぐなものだった。

 

また、エルレイドで砂浜へと運び込まれてから、悪意と取れる言動がなかった。

 

だからサトルは、ずっと不信感を抱いていたニポのしれんサポーターを信じると決めたのだ。

 

「ありがとう。サトル君にアイちゃん。

君たちのガオガエンとコリンクがビーストを止めてくれなければ、更に大惨事になっていた。」

 

ふと、ソーマは顔を後ろに向けて、礼を言った。

 

「礼をされることなんて一つもありません。

俺達に力があり、ウツロイドが寄生する前に退かすことができればこのような事は………。」

 

サトルはカオリの様子を見ながら、申し訳なさそうに言う。

 

それと同時に、アイをチラチラと横目で見ていた。

 

アイもお詫びを言いたそうだったが、口をモゴモゴさせて言葉を発せそうになかった。

 

アイは大丈夫なフリをしているが、精神的ダメージがまだ残っているのだろうとサトルは感じた。

 

「いや、酷いことを言わせてもらうが、君たちにはあのウツロイドを止めることは出来なかったと思う。

それは俺にも、あのフライゴンにも言える。」

 

ソーマの言葉を聞いてアイとサトルは不思議に思った。

 

無防備な状態だったため、退かすことはできたが、フライゴンとルガルガンを同時に相手する姿から、かなりの強者で、自分達は敵わないと言われてもおかしくないとは思っていた。

 

けれども、強大な力を持つフライゴンと、巨大隕石級のエネルギー弾を破壊したギルガルドを扱うソーマなら倒すことはできるのだろうと思っていたからだ。

 

事実、サトルは最初にニポ島に来たときにソーマがギルガルドでウツロイドを退かしたところをみたことがある。

 

ソーマは二人の表情を見て、仕方ねさげな表情をすると、カオリの顔を見て口を開いた。

 

「あのウツロイドには勝てない。

それはこの、カオリの影響なんだ。」

 

「お姉さん…………いや、カオリさんの……?」

 

「……………まさか、カオリさんは!?」

 

サトルは少し考えた後、何かに気付いた。

 

それを見てソーマは頷いた。

 

「君たちも知っているのか。

そう、カオリは“fall”。

ウルトラスペースを通ったニンゲンだ。」

 

「え……………カオリさんが………!?」

 

アイは驚愕した。

 

それと同時に、カオリの様子が変わったときのことを思い出した。

 

カオリの目に感情がなくなる前、アイはカオリの真横を通った。

 

そのときに、抱えていたコスモッグのビースト粒子がカオリに何かしらの影響を与えたのだと思った。

 

「ああ、そしてそのfallはウルトラスペースを通るときにビースト粒子を大量に浴び、体に付着させてしまう。

それが異世界から来たビーストを刺激させ興奮状態にさせるんだ。

そして、それと同時にカオリは一度ウツロイドに刺されている。」

 

「えっ………!?」 「な………!」

 

アイとサトルは再び愕然とした。

 

二人はビーストの事を初めて知ったとき、ネルカ博士に資料としてウツロイドに刺された者の姿を見ている。

 

しかし、二人が見ていたカオリの様子は少しおかしなところはあるが、普通のニンゲンと変わらない様子で生きている。

 

二人はその事実に、驚きが疑問に変わった。

 

それと同時に、あの身近なポケモンを思い出した。

 

ソーマは二人の様子から、思うポケモンを察した。

 

「そうだな。サトル君のガオガエン。

彼もウツロイドに寄生されたが、症状が出る頻度が少ない。

それに、今はもう解消されている。

それは、寄生したウツロイドが今残る資料のウツロイドとは違った種の神経毒を扱っているからだが……………それは後で話す。

話を戻そう。

カオリはfallであり、ウツロイドに刺された。

この二つが合わさり、ウツロイドを呼び寄せ、刺激による興奮……そして再度寄生する“執念”によりパワーアップをさせたんだ。

あのビーストキラーさえも手こずる程に。」

 

「執念……。」

 

「そう執念。

ビースト達は執念で動いている。

理由は分からない。

だが、何かに急き立てられ焦っている。

まあ、これは俺の仮説だ。

…………着いたぞ。激流の遺跡だ。」

 

ソーマはL字の曲がり角の手前で足を止めた。

 

二人も立ち止まる。

 

遺跡の入り口はL字に曲がった先にあった。

 

その道は大きな岩礁に囲われ、何者かの侵入を拒むようであった。

 

ソーマはその場で足を3回踏み鳴らした。

 

しばらくすると、L字の突き当たりの岩がスライドするように横に開き、洞窟の入り口が現れた。

 

そして、その入り口にはニポ島のしれんサポーター、最年長のヒトシが立っていた。

 

アイとサトルは思わず身構えたが、優しい瞳でこちらを見ているのに気付き、すぐに警戒を解いた。

 

「出迎えありがとうございます。

すみません。このような事に付き合わせてしまって。」

 

「いいんだよ。カオリ君は皆の娘みたいなものさ。

島クイーンは西の方を捜索している。

当分ここに来ることはない。」

 

「ありがとうございます。」

 

ソーマはヒトシに一礼すると、サトルの方に向いた。

 

「サトル君。君も俺と一緒にこい。

かなり消耗してるだろ。」

 

「はい。わかりました。」

 

「アイちゃんは、この洞窟で休んでてくれ。」

 

「え……!?」

 

アイは驚いた顔でソーマを見詰めた。

 

サトルも納得がいかないような表情でソーマを見た。

 

そこへヒトシが柔和な笑みをしたまま柔らかな口調で咎めた。

 

「ソーマ君。相変わらず君は言葉足らずだね。

アイ君。アイ君は度重なる困難で心が傷付いている。

カプ・レヒレは確かに“浄化の水”という心身癒やす水を作る力を持っているが、その力はカプ・レヒレの出す幻惑の霧に耐えた意志の強いものにしか与えられない。

今のアイ君が行けば、霧の中に迷い込み、一生出れなくなってしまう。

だから、サトル君にだけ行かせるのだろ。

ソーマ君。」

 

「は、はい。そうです。」

 

ソーマはキョトンとした表情で返事し、どこか納得がいかないような顔をした。

 

「わかりましたー…。

サトル、しっかり回復させてもらってね。

私も、ここで頭の整理しとくから。」

 

アイは渋々、別々になることを受け入れ、サトルに言った。

 

「ああ。

では、ヒトシさん。アイをお願いします。」

 

サトルはアイに優しく微笑むと、ヒトシの方へ体を向けお辞儀をした。

 

「わかりました。私達がしっかりお守りします。」

 

ヒトシもサトルの方へ向き、帽子を外して胸の前に当てて、柔和な笑みで応えた。

 

「じゃあ、サトル君。行こうか。」

 

そう言うとソーマはかつての文明を感じさせる模様が彫られた木の門を潜り、遺跡の洞窟へと入っていく。

 

「はい。

すぐ戻ってくる。アイはしれんサポーターのおじさんと一緒に待ってるんだぞ。」

 

サトルはアイを見て言葉を掛けると、ソーマの後を追い遺跡へと入っていった。

 

「それではアイ君。

こちらへ。入ってすぐ階段になっておりますので、お気をつけ下さい。」

 

「え…?

あ、はい。わかりました。」

 

アイはなにか不安感を覚えながらサトルを見送ると、隠し部屋の入り口に立った。

 

その先は十数段の階段が降りており、その先からうっすらと明かりが見えている。

 

アイはさっきの不安も忘れ、どこか感動し、ワクワクしながら階段を降りた。

 

「どうです?

私も今日初めて来たのですよ。

ソーマ君の隠れ実験室のようです。」

 

ヒトシもアイの後を降りながら、話す。

 

「それにしてもこの構造。

彼もまだ少年ですね。」

 

ヒトシは階段を降りきり、真横の不自然に突出した岩を押した。

 

すると、外の岩が自動的にスライドして閉じていくのだ。

 

「すごい………!」

 

アイはその光景に目を輝かせた。

 

「あはは。アイ君もこういうのお好きなんですね。」

 

「はい!私、サトルと小さい頃よく秘密基地作って遊んでたんですよ!!

サトル、小さい時から賢くて、よく色んなカラクリ作ってイタズラとかしていたんです!!

それに、ツツケラを保護したときも……………

あっ、すみません……。私ベラベラと………。」

 

「いえ、いいんですよ。

今のアイ君。とても楽しそうでした。

もっとたくさん惚気けて貰って構いません。

………あ、こちら回復装置です。

ポケモン達を休ませてあげてください。」

 

そう言うと、ヒトシはテーブルの上に置かれた簡素な形の回復装置を指さした。

 

「すみません…。

ありがとうございます。」

 

アイは顔を赤らめながら、お言葉に甘えて、ボールを5つ装置に乗せた。

 

「みんな。ありがとう。」

 

「では、コスモッグをこちらへ。」

 

次にヒトシはそう言いながら、藁で引かれたベッドのようなものを指した。

 

しかし、アイは頭を振り

 

「いえ、このまま抱かせてください。

あ、あの、決して信頼していないというわけではないんです。

何か、体のどこかでコスモッグを離したらもう二度と会えなくなってしまう。

そう感じるんです。

………ワガママかもしれませんが、すみません。」

 

そう言って懇願すると、頭を下げた。

 

それを見て、ヒトシは柔和な笑みを浮かべた。

 

「わかりました。

アイ君がそう言うのであれば、私は無理に引き離すことはしません。」

 

「あ……ありがとうございます!!」

 

アイは満面な笑みでお礼を言うと、眠っているコスモッグを優しくなでた。

 

まだ冷たいが、どこか温かさを感じた気がした。

 

 

 

激流の遺跡の中はこの上なく素晴らしい景色だった。

 

芸術的には理解はできないが、どこか穢れた心を浄化してくれそうな壁画に、貝殻や海藻などが散乱している。

 

その散乱した物も、芸術家の奇特なセンスで精巧に並べられたかのように壮大に彩っていた。

 

しかし、数分ほど歩くとその景色はぼやけ初めた。

 

「だいぶ霧が出てきましたね。」

 

「ああ。いいか、サトル君。

何度も言うが、カプ・レヒレの霧は心に影響を及ぼす。

もし後ろから声が聞こえたと思っても、絶対に振り向くんじゃない。

自分を見失った者は、霧の力によってぼやけた世界を一生彷徨うことになる。」

 

「分かってます。

………それに、ぼやけた世界というのは迷信なんじゃないんですか?

確かに心に影響を及ぼすことは実例としてありますが、世界に閉じ込めるのはパルキアのような存在でないと…………………

 

『サトル………』

 

「…………!!」

 

突然、後ろからサトルの耳に聞き馴染みのある少女の声がうっすらと聞こえてきた。

 

サトルは仰天し、無意識の内に後ろを振り返ろうとした。

 

「おい。迷信だと思っても、馬鹿なことはするなよ。」

 

それをソーマがサトルの肩を力強く掴んで止めた。

 

その力強さでサトルはハッとした。

 

何度も注意されたにも関わらず、聞き馴染みのある“アイの声”には無意識に反応してしまったのだ。

 

ソーマに止められなかったら、間違いなく後ろを振り向き、そして霧の世界に閉じ込められてしまうだろう。

 

「す……すみません。」

 

「……………次からは気を付けな。」

 

ソーマはサトルの態度から、イタズラで後ろを振り返ろうとしたのではないと思い、軽く注意して、再び歩き始めた。

 

 

霧が濃くなり、完全に目の前が白くぼやけてしまった。

 

今、一回でも何かの拍子で方向転換をしたものなら、もうどこが進むべき方向か分からなくなるだろう。

 

『サトル………』『遅いよ………』『イラナイ………』『嘘付き………』『ワガママ………』

 

霧が濃くなるにつれ、アイの声が全方位から聞こえるようになってきた。

 

それにその声は全て、弱音を吐くときの弱々しく情けない声だった。

 

サトルは幻聴だと分かっていても、今すぐに声の方へ駆け出し、頭を撫で、安心させたかった。

 

「はぁ………はぁ…………。」

 

アイの助けを無視するのはサトルの良心を蝕み、罪悪感を増幅させる。

 

サトルはオウシンでアイに救われてから、ずっとアイの事を第一に考えていた。

 

今回の騒動では、自分の力が足りないためにアイの苦しむ姿を何回も見ていた。

 

それはサトル自身を罪悪感で、人知れず苦しめることにもなった。

 

その弱ったサトルの心に濃霧がつけ込み、追い打ちをかける。

 

サトルは罪の意識で、呼吸を荒くし、大量の汗をかいた。

 

「………!サトル君。大丈夫か!?」

 

それに気付いたソーマは立ち止まり、サトルに声を掛けた。

 

サトルは立ち止まらず、そのまま体を前傾姿勢にしてフラフラと歩き続ける。

 

もう、ソーマに答える気力もなかった。

 

「サトル君…。

(彼は戦っている。自分自身と。

彼を連れてくるのはまずかったか。)」

 

ソーマは決断を誤ったと、唇を噛んで自分を恨んだが、ここまで来た以上引き返すことはできないと、サトルの後ろに付き、見守ることにした。

 

 

 

「そうですか。そのような事を。

アイ君は本当にいい彼氏さんを持ちましたね。」

 

ヒトシはアイのサトルの思い出話に優しく笑った。

 

けれども、アイは不思議そうな顔をし、少し考えた後、イタズラに笑った。

 

「彼氏じゃないですよ。

兄妹です。双子の。」

 

「へえ、そうでしたか。

それは失礼しました。」

 

ヒトシは目を丸くして驚いた後、深々と頭を下げてお詫びした。

 

「大丈夫です。気にしないでください。

たまに間違われますし、双子なのに顔もあまり似てないので。」

 

アイは弁明し、嬉しそうに笑った。

 

そしてまた、興奮気味に早口で喋り出す。

 

「あ!でも、目とか髪の色は同じですよ!

サトルも私と同じで真っ黒いサラッとした髪で、焦げ茶色の目してるんですよ!

それに、目は同じ形してまして、私それが嬉しくてサトルの目が大好きなんです!

会ったら最初に見るところも目でして、私、目を見たら何考えているのかだいたい分かるんです!

それに……………」

 

アイはふと、遺跡の前で別れたときのサトルの目を思い出し、話を止めた。

 

「どうかしましたか?」

 

突然、話すのを止めたアイにヒトシは不思議そうに聞いた。

 

アイは青褪めた。

 

その目と同時にカプ・レヒレの霧の話も思い出したからだ。

 

そして、ヒトシの言葉を応える暇もなく、急に立ち上がり、入り口のある階段まで駆けようとした。

 

「アイ君!どうしたのですか!?」

 

ヒトシは駆け足でアイを追う。

 

アイは閉めるときに使っていた石を押したが、入り口の岩は動かなかった。

 

押してだめならと、引いても動かない。

 

「ヒトシさん…!これ、動かない!!

どうやったら開くんですか!!?」

 

アイは、必死な顔でヒトシに聞いた。

 

ギュッと片腕に抱かれたコスモッグがどこか苦しそうだった。

 

ヒトシはアイにゆっくり近付くと、肩に手を当て、強引に石から引き離す。

 

思わぬ力強さにアイが困惑していると、ヒトシはアイの目線に合わせてしゃがみ、優しく言った。

 

「アイ君。急にどうしたのですか?

様々な人の悪い部分に触れ、不安なのは分かります。

しかし、逃げることはないんですよ。」

 

「違います…!!

ヒトシさん、さっき言ってましたよね!?

カプ・レヒレの霧は、幻惑を見せるって!!

意志の弱い人とか、心が傷付いている人は一生迷って出られなくなるって!!」

 

「ええ、確かに言いました……。

ですが、サトル君なら大丈夫ですよ。

最初にこのニポへいらっしゃった時、たった一人で我々が手を焼いていた海賊達を懲らしめて下さいました。

そのような肝の座った御方なら、きっとカプ・レヒレの霧も乗り越えられます。」

 

「確かに………確かにサトルは…強いです!

けれど、サトルは…サトルのあの目は…………ダメです…!!危険なんです……!!」

 

サトルの遺跡の前でアイに見せた、あの目。

 

それは決意に満ちていたように見えたが、アイはその目の内に弱々しさと情けなさを感じた。

 

サトルは普段、アイに弱さを見せない。

 

その代わりというように、無意識にその目を見せる。

 

遺跡の前では、裏切りが続いたり、不可解なことが起こり続けたりして頭が混乱し、不安感の正体が分からなかった。

 

けれども今、思い出話の熱弁の中でサトルという人物を反芻して、もう一度理解し、不安感の正体が目だということが分かった。

 

サトルはアイを守るためなら何でもするし、過剰な程に責任を負うことをアイ自身知っている。

 

アイがサトルに助けを求めてから、アイは傷つきっぱなしだった。

 

それにサトルが責任を感じないはずがない。

 

必ず心に弱さが、隙が生じる。

 

そして霧はその隙に容赦なく襲い掛かるはずだ。

 

だからアイは、サトルを危惧し、助けようと一目散に駆け出したのだ。

 

「そうですか………しかし、アイ君。

もう行っても無駄ですよ。」

 

アイの様子から、事情を察したヒトシは厳しく言った。

 

「彼はもう遺跡の門をくぐりました。

すでに守り神の試練は始まったのです。

途中で投げ出し、引き返すことはできません。」

 

「それじゃあ………それじゃあサトルは……!!?」

 

涙で訴えるアイに、ヒトシはまた優しい声色で言った。

 

「信じましょう。

アイ君の話から私は確信しています。

彼は強い。絶対大丈夫です。」

 

アイはヒトシの言葉に、涙を拭き力強く頷いた。

 

(サトル……!絶対帰ってきて!!)

 

 

 

 

サトルは息を漏らしながら、濃霧の中を歩き続けていた。

 

この体の重だるさは、まだ完治しきれていない毒が廻っているせいか、単純に長く歩いているせいか、幻聴によるせいか、分からない。

 

ただ、サトルは何も考えず、無意識に一歩一歩足を進めるだけだった。

 

随分と長く歩いた気がする。

 

それでも、まだ数分歩いただけと言われても納得するだろうし、まる一日歩いたと言われても何の疑問も抱かないだろう。

 

確実に言えるのは、霧はサトルの時間感覚を奪っていることだ。

 

気付けば、後ろにいた人の気配が消えている気がする。

 

それでも、アイの声は四方八方から聞こえてくる。

 

奥にある祭壇はまだかと前を見るが、一向に霧が晴れる様子はなかった。

 

(俺は………俺はいつまで歩き続けるんだ……。

本当に、この方向であっているのか……。

これは現実なのか……。)

 

サトルは考えてしまった。

 

自信をなくしてしまった。

 

アイを無視し続ける自分に、酷く失望してしまった。

 

サトルはふと目を閉じた。

 

その瞬間、体のバランスが一気に崩壊し、そのまま崩れるように倒れ込んでしまった。

 

 

 

「カオリ。着いたぞ。

遺跡の最奥部だ。」

 

ソーマはサトルの後ろを追いながら、深い霧を抜けた。

 

カプ・レヒレに認められたのだ。

 

ソーマは霧の湿気のせいか、水滴のついた顔を綻ばして、背中のカオリに語りかけた。

 

そして、カプ・レヒレを呼ぶために祭壇の上部にある石像へと向かおうとしたその時、ソーマは異変に気付いた。

 

「………!?いない……サトル君………?」

 

さっきまで前を歩いていたはずのサトルが、目を離した隙に、忽然と姿を消してしまったのだ。

 

「サトル君!!サトル君!!」

 

ソーマはサトルの名を呼ぶが、その声は密閉された遺跡の中を木霊するだけだった。

 

(まさか…!?)

 

ソーマは後ろを振り向く。

 

(…………なッ!!?)

 

その光景に、ソーマは仰天した。

 

後ろは入り口だった。

 

何mも先にあるのではない。

 

そっと手を伸ばせば、遺跡の外へ指先が出てしまう程、すぐ近くにあった。

 

ソーマは遺跡に入ってから、一歩足りとも前に進んではいなかったのだ。

 

「これが、カプ・レヒレの幻惑の霧…。

歩いていたことさえも、幻だったのか……。」

 

ソーマは想像も絶するカプ・レヒレの能力に、唖然とし、同時に恐怖した。

 

ソーマはぐるりと辺りを見渡す。

 

やはり、そこにサトルの姿はない。

 

しかし、その代わりというように、ソーマの左隣に薄い靄が人の形のようにかかっていた。

 

ソーマはまさかと思い、靄の下の地面を見た。

 

そこには、6つのボールが転がっていた。

 

(囚われたのか、あのサトル君が……。

まさか、すでにこの島の大試練を終えたものに、直々に試練を与えたのか……!?

守り神は……!)

 

 

 

 

深い霧の中。

 

サトルが目を覚ました。

 

辺りを見渡し、倒れる前と同じ状況であることを確認する。

 

それと同時に、何気なくした行為にギョッとした。

 

(しまった…!

寝起きとはいえ、後ろを向いてしまった……!!)

 

サトルは足の向きを固定したまま、体を捻り、キョロキョロと周りを確認する。

 

(駄目だ……どこもかしこも同じ景色……………ただただ完全なる濃霧…!!

どこが………正解の道なんだ…………!?)

 

方面感覚を失ったサトルを助けるものは何もない。

 

サトルは脂汗を流し、思考を巡らせた。

 

それでも、執拗に四方八方から発せられるアイの声に、気を紛らわされ、考えることも許されなかった。

 

『サトル!!』

 

「…………ッ!」

 

また声が聞こえた。

 

その声は、今までよりも距離が近く、鮮明だった。

 

だからなのか、サトルは思わずその方向へ顔を向けてしまう。

 

「……………!?アイ…………!」

 

その視線の先に立っていたのは、間違いなくアイだった。

 

サトルは考えるより前に駆け出してしまう。

 

「アイ…………アイ…!!」

 

サトルは名を呼び続けながら、泣きそうな声で自分の名を呼ぶ少女へ駆け寄る。

 

サトルはその姿を見て、我慢ができなかった。

 

その少女の弱いところを見たら、たっぷり甘やかしてやりたいと思うばかりだった。

 

「アイ………ごめんな、俺の………俺の力不足のせいで、お前をこんな目に……………。」

 

サトルは、アイの手を掴み精一杯謝った。

 

その姿はいつもの威厳はどこにもなく、ただただ弱く、情けなく、悲しい、哀れな姿だった。

 

 

 

 

「サトル……………意外と優柔不断なんです。」

 

テーブルのスツールに座り、ミックスオレをコップ半分くらい飲むと、アイは話し始めた。

 

「いつもは論理的思考?に基づいた直感で動いているらしいんですけど、一度迷うと、嵌ったまま、“きっかけ”がないと中々抜け出せないらしいんです。」

 

そわそわしながら不安そうに話すアイに、ヒトシはただ傾聴の姿勢を取るだけだった。

 

「サトル前に自分から言ってました……。

迷いやすいから、私が目標を決めたらその無駄を省けていいって。

サトルは、自分からその“きっかけ”を作るのが苦手なんです。

私がいないときは、サトルのポケモン達……もっと言えば、相棒のリザードンが作ってくれるみたいなんです。

ですが、リザードンは今負傷してまして………。」

 

そこまで言うと、アイは残りのミックスオレを飲み干し、黙ってしまった。

 

これ以上話すと、不安で押し潰されそうになるからだ。

 

それに、いつもの頼りになるサトルが弱っている姿を想像したくなかったからでもある。

 

ヒトシは話しを聞き、悩ましい顔付きをした。

 

(アイ君の話が本当なら、ますます危険だ……。

何か……手を打つ必要があるのだろうか………。)

 

 

 

「ガギャギャア!!」

 

声を抑えて泣くサトルの後ろから、どこか恐ろしくもあり、神々しいようにも感じる声がした。

 

サトルは顔付きを変え、いつも困難のとき、アイに見せる決意の籠もった表情をし、手で守るようにして立った。

 

「アイ、心配すんな。

俺が守ってやる。」

 

サトルは声がした方を睨みつけながら、優しくもあり力強い声で言った。

 

少女は頷くと、後ろに隠れ、身を屈めた。

 

「(リザードンは負傷中だ……ここはコイツで…………)」

 

サトルは視界を動かさず、腰にある左から2番目につくボールを手に取り、投げた。

 

「カリキリ!このは!!」

 

サトルはそのボールの中に入っているポケモンに指示をした。

 

このはは非常に省エネのワザで、連発も効き、さらに、鍛えたのでスピードも速い。

 

この手応えで、敵の正体への手がかりをつかもうとした。

 

しかし、その作戦はすぐに破綻した。

 

ボールは開くことなく地面に真っ逆さまに落ちていったのだった。

 

「なっ………!?

カリキリ………?どうした!?カリキリ!!」

 

サトルは地面を転がるボールへ叫ぶが、ボールは何の反応も示さなかった。

 

(…………!!まさか…………!)

 

サトルは最悪の事態を想定し、まだHPが残るシロデスナとエレザードのボールを投げた。

 

「なっ………!?」

 

サトルの想定は確信へと変わった。

 

この二つのボールも、開くことはなく、ただ地面へと落下し、転がるだけだった。

 

サトルは茫然と立ち尽くした。

 

頼れるポケモンはいない。

 

無意識の内に助け船を出してくれる少女は恐怖に蹲っている。

 

自分は、恐怖と混乱で思考が回らなくなっている。

 

絶体絶命。

 

「ガギャギャア!!」

 

そこへ再び叫び声が聞こえたと思うと、追い打ちをかけるように、光線が飛んできたのだ。

 

光量が凄まじく、濃霧の向こうから見えた。

 

おかげで避けることはできただろう。

 

しかし、サトルは逃げずに、そのまま両手を広げ、立ち塞がる。

 

「アイ!!逃げろ!!」

 

サトルにさっきまでの恐怖と混乱はなかった。

 

最愛の人に攻撃が来たから護る。

 

そう自分の中の論理的思考による直感が導いたのだ。

 

「ぐッ………!!」

 

毅然とした表情で、どっしりと大の字に立つサトルの胸に光線が直撃した。

 

仰け反ることはなかったが、胸部がなくなってもおかしくないと想うほどの激痛を感じた。

 

それでもサトルは蹲ることなく、立ち続ける。

 

「アイ……………そうか、逃げたか。」

 

サトルは後ろの少女を心配し、声をかけようとしたが、姿が見えず、逃げたと思い安堵した。

 

そのとき、叫び声の向こうから影が見えたと思うと、独特な笑い声が聞こえた。

 

『ぱるぱるぅ!

馬鹿な野郎だな。見えた攻撃を避けないなんてよ!』

 

サトルはその影や笑い声に覚えがあった。

 

しかし、その正体については疑った。

 

ここにいるはずがない存在だから。

 

サトルは痛みに耐えながら、その痛みを気付かれないよう語気を強め詰問調で聞いた。

 

「お前………誰だ?」

 

『ぱるぱるぅ!

嫌だな!忘れんなよ!

いや、忘れてねえよな!忘れたら俺という存在はねえんだからよ!』

 

影は不可解なことを言いながら、サトルへ近付く。

 

やがて、影は徐々に霧から姿を現し、サトルを見下した。

 

サトルはその姿に唖然とする。

 

一年前トンカー地方で出逢った伝説のポケモンがそこにいるから。

 

「なっ…………!?

間違いない……。おま…………いや、あなたは…………!?

パルキア!!」

 

「ガギャギャア!!」

 

パルキアは驚愕の叫びを嘲笑うかのように、天高く吠えた。

 

叫びは木霊することなく、霧の中へと消えていく。

 

「なぜあなたがここに……!?

あなたは確か………アルセウスと共に異世界の異変を調べに行ったはず…………」

 

サトルの疑問にパルキアは見下した態度を取りまた笑う。

 

『ぱるぱるぅ!

おっと、お前まだ勘違いしているな?

俺はホンモノのパルキアじゃねえ。

お前の思考の基にこの霧が作り上げた思念体だ。

さっきのアイもアイの声も全て、お前からこの霧が引っ張り出してきたもん!

お前はすでに、霧の世界へと迷っているんだよ!!』

 

「…………ッ!!?」

 

サトルは衝撃を受けた。

 

自分でも霧の世界へと入ってしまったことは勘付いていた。

 

それでも、他者から---ニセモノであれ空間を操る能力を持つパルキアから言われると、グッと現実味が増して来るのだ。

 

(皮肉だ………。

パルキアじゃない限り空間に閉じ込めるのは無理だと思ったから、パルキアが出てきた………

アイの弱さを後悔し続けたから、あんな声が聞こえた………

弱ったり気づいたりしてるやつをカプ・レヒレに合わせちゃいけない理由はこれだ。

カプ・レヒレの霧は、人の弱さを確実に炙り出す。

耐えられねえやつは彷徨うんじゃない。心がぶっ壊れ廃人になるか、ショック死するかでこの世界を永遠に出られないんだ。)

 

サトルは状況を整理しつつ、パルキアを睨み、警戒する。

 

胸に痛みは感じるが、傷はない。

 

霧は脳の神経さえも支配し、痛みを感じさせてしまっているのだ。

 

『その目付き、第一のカラクリに気付いたようだな。

ぱるぱるぅ!

守り神優しいから、みんな気付けるんだ!

なぜなら、俺みたいにヒントを出す存在を派遣してくれるからよお!

だがもう終わりだ!ノーヒント!!

このあとどうすべきか、なにが正解でなにが不正解か!

ゴールはどこか!何一つ教えねえ!!

このままこの世界で、朽ち果てていくんだな!!

ぱるぱるぅ!!』

 

パルキアは見下し、声高らかに笑う。

 

口を大きく開け、目を閉じ、バカみたいに笑う。

 

だからなのだろう。

 

『ぱるぱ………………なっ!!?』

 

飛んでくる炎に気付けなかったのは。

 

『なにィィッ!!?』

 

パルキアは取り乱しながらその方向を見て、さらに驚いた。

 

「どうした?何か、不思議なことでも?」

 

「ウェウウ!!」

 

サトルの隣に相棒のリザードンがいたのだ。

 

リザードンの口からは煙が漏れている。

 

間違いない、さっきの炎はリザードンから出たものだ。

 

『ぱるぅ……!

なぜだ!?なぜリザードンがそこにいる!?』

 

パルキアは取り乱し、声をあげながら指を指して聞いた。

 

サトルは歯牙にかけないような態度をとりながら、淡々と説明する。

 

「偶像崇拝ってやつかな……タメ口は気が引けるが、自己暗示だ。敬語は使わない。

……簡単な事だ。思念体なんだろ?この世界。

精神が弱れば深い底なし沼のようだが、強けりゃ浅い水溜りのようなもんだ。」

 

『ぱるぅ!!解答になってねえぞ!!

なぜ、お前以外の生物がここにいるって聞いてんだ!!』

 

「少し待て、こういうのは順序ってもんが大事なんだ。

………俺はあのとき、お前から“りゅうのいぶき”を喰らってからこの世界を出れると感じた。

幻であっても、アイを護ったときから悩みが解消され、くろいてっきゅうから解放されて、ふうせんでも持ってるように体が軽くなったんだ。」

 

『はあ!!?

お前、そんくらいで心の弱さが傷が解消するのか!?

どんだけ都合がいい野郎だ!?

お前のアイに対する気持ちはそんなもんなのか……!?』

 

パルキアの一言に、サトルは眉を顰めた

 

「そんなもんな訳あるか。

俺はアイを世界の誰よりも心配し、愛している。

自分でもたまに引くくらいにな。

だから、“そんくらい”で良いんだ!

アイは記憶力がいい。一度覚えたことは忘れないくらいだ。

だから、軽い暴言のような小さな心の傷でさえも、アイにとっては一生分の傷だ。

だからメンタルが弱い。

なのにアイは、すぐ厄介事に手を出す。それでアイが弱ったら俺は守れなかったと後悔するが、アイにまた笑顔が戻ればもうチャラだ!

そうしねえと、俺の心は保たねえだろうし、何より、アイの依り処がなくなっちまう!

だから俺はアイを護った。

その事実だけで第二のカラクリを突破した。

もう、俺の思念体であるこの世界に、惑わされることはない。」

 

「ガギャギャア!」

 

パルキアは発狂気味に叫んだ。

 

迷いもなく、さも当たり前のように説明されることはこの世界ではあり得ないことだからだ。

 

『ぱるぅ………!

だが、お前はまだこの世界から出れていねえ…!!

最後の関門を突破しねえ限り!そのリザードンと共倒れだぞ…!!』

 

パルキアは虚勢を張り、声をこれでもかと荒げながら、サトルを威嚇するように叫んだ。

 

しかし、それは意志の固まった強いサトルの前では、無力の他ならなかった。

 

「お前、さっきリザードンのひのこ喰らったとき、過剰にビビったよな?」

 

『………ッ!?』

 

パルキアはサトルの言葉にまたビビリ、目を逸らした。

 

それを見てサトルは静かに笑う。

 

「図星だろ。

なぜビビる?“かえんほうしゃ”でも“はじけるほのお”でもない。ただの“ひのこ”なのに。

そりゃ、俺みたいなニンゲンが攻撃したかもって思ってビビる可能性もある。

それに、お前は弱いからな。

だが、それ以上に何かあるんじゃないか?」

 

パルキアはサトルの気迫に押されながらも、肩の真珠に力を入れ始めた。

 

『ぱ………ぱるぱるぅ!!

おい、小僧!俺の質問に答えないで、なに質問してんだよ!!

お前の質問の先に、なんで、リザードンがいるのか答えてもらうぜ!』

 

サトルはリザードンの顔を撫でてやると、また淡々と話し始めた。

 

「さっきいっただろ。

この世界は俺の思念体だ。

弱みをつかれ、霧にひっちゃかめっちゃかにされたが、もう俺の意思は固まった。

だからこの世界は俺のもの。自由に、なんでもできる。

空想みたいにな。」

 

サトルはパルキアの肩をチラッと見た。

 

そして、ハンドシグナルでリザードンに指示を出す。

 

「だから、もう胸の痛みはない。

痛くないって思うと消えた。

だから、リザードンを呼び寄せられるんじゃないかと思ったんだ。

そしたらこうだ。」

 

『ぱるぅ……!!』

 

サトルの言葉を聞いてか否かパルキアは不気味に笑った。

 

そして、振りかぶる動作をすると肩の真珠から刀状のエネルギーを飛ばして来たのだ。

 

『馬鹿め!!まんまと騙されたな!!

俺の質問なんてどうでもいいんだよ!!

エネルギーを溜めれさえすれば俺の勝ちだ!!

この力に絶望し、永遠にこの世界を彷徨い続けろ!!』

 

「ウェウ!!」

 

リザードンはエネルギーに対抗して、ひのこを撃ち出す。

 

『そんな攻撃無駄だ!!

ぱるぱるぅ!!』

 

エネルギーとひのこは互いにぶつかり合い、そして

 

『…………ッ!?』

 

いとも容易く、ひのこがエネルギーを掻き消し、パルキアに向かっていった。

 

『なぜだ!?なぜ俺のあくうせつだんが……こんなショボいわざに……!?』

 

得意ワザが破られ、取り乱すパルキアにサトルは小馬鹿にするように言った。

 

「言っただろ。お前は弱いと。

お前は俺の思念体だ。

俺はお前を“パルキア”って認識はしていない。

ただの図体がデカイだけの雑魚って思ってる。」

 

サトルが言い終わると同時に、ひのこはパルキアに直撃し、そして、あっという間に全身に広がりパルキアを火だるまにした。

 

「ガギャギャア…!!」

 

「ああ、そうだ。質問にはもう答えなくていい。

もう解答が分かった。

第三の……最後のカラクリがな。」

 

サトルは燃え盛る大きな火だるまに向かって言った。

 

「ガギャギャアアアアアアアア!!」

 

火だるまは悲鳴ともとれる叫び声をあげ続けたが、やがてその声は消え、その形を崩した。

 

 

 

遺跡の入り口では、靄が集まり、液状になり始めた。

 

ソーマはそれを見て、安堵の表情を浮かべる。

 

液体は人の形を成し、弾力を増し始め、2,3回くらいぷるぷると揺れると、氷像のように固形化した。

 

そして、その氷像の表面はポロポロと崩れ落ち、中からはヒトが現れる。

 

ソーマはそのヒトに、やれやれというような口調で言った。

 

「心配したぞ。サトル君。」

 

「すみません。ご心配おかけしました。」

 

氷像から現れたサトルはいきいきとした表情で、ソーマの方を向き、ハッキリとした態度で謝った。

 

「もう大丈夫のようだな。

だが、体の方はまだだ。

着いてこい。」

 

ソーマはサトルの口ぶりに静かに笑うと、石像のある台座に向かって歩き始めた。

 

「はい。」

 

サトルは地面に落ちていた自分のボールを拾いながら、応えた。

 

(ありがとな。リザードン。

お前のおかげで第三のカラクリが解けた。

パルキアを倒せば脱出できるという……カラクリがな。)

 

拾い上げたボールを腰につけ、最後にリザードンのモンスターボールを装着し、ソーマを追いかけようとした。

 

そのとき、

 

「カプゥーレ!!」

 

サトル達が向かおうとしていた石像の、真後ろ。

 

海水が溜まった、溜池のような場所から声が聞こえた。

 

(この声は……!

まだ石像にも触っていないのに……!?)

 

ソーマはその声に驚くと同時に、反射的に姿勢を正していた。

 

「ソーマさん。

今の鳴き声は?」

 

「静かに…!

サトル君も、姿勢を正せ……!」

 

怪訝そうな顔で近づくサトルを、ソーマは手で止まるように促し、焦るように言った。

 

「カプゥ。」

 

再び鳴き声が聞こえたと思ったら、また遺跡の中を霧が包んだ。

 

それでも、さっきのとは違い、淡いピンク色の霧で、濃くはなく、かろうじてだが、遺跡の全体像は把握できる。

 

サトルは以前どこかで、これと似たようなものを体験していた。

 

「これは、ミストフィールド……!?

だが、なぜ?」

 

サトルが考えている隣で、ソーマは汗を流し、焦燥感に駆られていた。

 

「サトル君、これはただのミストフィールドじゃない……ミストメーカーだ。

戦いになると、自動的にミストフィールドを展開する特性…。」

 

「ミストメーカー………。

………!!

それって、確か!」

 

サトルもソーマと同じ考えが浮かび、同時に恐怖と焦りを覚えた。

 

(敵対するのか……!

今、ここで……!

だが、なぜだ?

……………まさか……………)

 

ソーマはある仮説が脳をかすめ後ろを振り向いた。

 

「カプゥーレ!!」

 

その瞬間、水飛沫を上げながら、鳴き声の主が石像の後ろから姿を現した。

 

紫色の貝のような殻に、気だるけそうな女性のような顔。

 

「あれは!」

 

「カプ・レヒレ!!」

 

ソーマが叫んだ通り、それはカプ・レヒレに他ならなかった。

 

気だるけそうな顔でじっと見なくては分からないが、どこか怒っているように見える。

 

ソーマは急いで石像のある舞台への階段を登り、カオリをおぶりながらも気を付けしながらカプ・レヒレに話す。

 

「カプ・レヒレ。

私はこの島のしれんサポーターをするソーマです。

あなたの力を分けてもらうためにここへ来ました。

こっちはカオリと言います。

見ての通り、気を失っています。

それは、ウルトラビーストのせいであり、彼女から出ているビースト反応はこれによるものです。

ですので、心配はいりません。

気を静めて、私らに力を分けてください。

お願いします。」

 

ソーマは必死で頭を下げた。

 

しかし、当のカプ・レヒレはその姿は眼中になかった。

 

ずっと、サトルの方を睨みつけているのだ。

 

「カプゥ。」

 

カプ・レヒレは遺跡の両脇に流れる海水を遠隔操縦し、巻き上げて、挟み撃ちするようにサトルに襲わせる。

 

「なっ…!?

エレザード、シロデスナ!

まもる!!」

 

サトルは咄嗟に左右へボールを投げ、同時に指示を出す。

 

「レザ!」 「デス!」

 

ボールから出たシロデスナとエレザードは水流に向かい、謎のバリアを展開する。

 

「レザ………」 「デス………」

 

しかし、水流はバリアに当たっても勢いは止まらず、逆に累積して水圧を増している。

 

「レザァ…!」 「デスゥ…!」

 

ついにバリアにヒビが入る。

 

それを皮切りに一気にバリアは崩れ去り、堰を切るように水流はシロデスナとエレザードに襲い掛かった。

 

「シロデスナ……エレザード…!」

 

その威力は絶大だった。

 

戦闘不能にはなっていないが、二匹とも立ち上がれないほどのダメージを受けている。

 

しかし、それ以前にサトルはある疑問が浮かんだ。

 

(何故だ……。

みずタイプのワザを受けたのに、エレザードの“かんそうはだ”、シロデスナの“すながため”が発生しなかった……。

………まさか!)

 

サトルは信じられないという目で、カプ・レヒレを見詰めた。

 

(カプ・レヒレは、水を操る能力がある。

まさか……だが、この威力……………

信じられないが、きっとそうだ。

カプ・レヒレは“ワザは使ってない”…!)

 

 

「……っ!?サトル君……!!」

 

水流の音で、異変に気付いたソーマはサトルを心配し、守らうと階段を降りようとした。

 

「レヒ。」

 

「な………!?」

 

しかし、カプ・レヒレは腕を一振りして、そこから薄く白い霧をソーマの周りをドーム状に囲ってしまった。

 

「これは!!」

 

ソーマは霧から出ようと体当たりするが、なぜか霧の壁にあたるとその反対側の霧から出てきてしまう。

 

「くそ……駄目か……。

…………ん?これは。」

 

なんとか出れないか、何度も出ては戻され出ては戻されしていると、ドームの天井から雫が降ってきた。

 

それが、手に当たると、忽ち切り傷が治っていった。

 

「これは、浄化の水。

敵意があるのはカオリではないということか…。

ならばどういうつもりだ……カプ・レヒレは何を思っているんだ………。」

 

 

「戻れ、シロデスナ。エレザード。」

 

サトルはカプ・レヒレから視線を外さないまま、ノールックで、倒れる二匹をボールに戻した。

 

そして、最後の一匹のボールを持って身構え、次の行動に備える。

 

「レヒ。」

 

カプ・レヒレは表情そのままで、ゆっくりと降下し、石像の前に供えられる貝の受け皿の中へ、指先から水を一滴垂らした。

 

ソーマはその様子を見て、目を見開く。

 

そして、疑問が確信に変わった。

 

「これは……!

サトル君!その水はきっと浄化の水だ!!」

 

「……!

浄化の水……!?」

 

サトルはソーマの言葉に驚き、貝の中を凝視し、またカプ・レヒレに視線を戻した。

 

(………!?)

 

すると、サトルにはカプ・レヒレの表情が全く違うように見えた。

 

他の人から見れば、カプ・レヒレの表情はずっと同じというかも知れないが、彼には受ける印象がガラリと変わっていた。

 

(俺はさっきまで、霧の中で愚弄し過ぎたせていで逆鱗に触れたのかと思っていた。

けど、違う…!

怒ってるんじゃない…。圧倒している。

見定めているんだ……!)

 

気付いた瞬間、サトルは戦慄を覚えていた。

 

精神的に落ち着いたばかりだというのに、カプ・レヒレの威圧に気圧されているのだ。

 

 

サトルの強張った表情を見て、ソーマは彼を黙って見下ろす。

 

(これは、守り神からの大試練…。

霧の中での試練の中で、カプ・レヒレに力を認められた者にのみ送られる、守り神の選定!)

 

カプ・レヒレの趣向を察したソーマは固唾を飲み、黙って見守ることにした。

 

 

「はあーーー。ふーーーー。」

 

サトルは深呼吸する。

 

彼も、カプ・レヒレの趣向は分かっていた。

 

しかし、カプ・レヒレから迸る覇気が一歩踏み出すことを拒んでいた。

 

だから深呼吸して、精神を落ち着かせようとしたのだ。

 

「(そんな余裕もくれないか。)

このは!」

 

しかし、カプ・レヒレはお構いなしに再び左右のから海水から水を巻き上げ、襲わせた。

 

「キリ!」

 

サトルはボールからカリキリを出し、カリキリはすぐに大量のこのはをサトルの左右に渦巻かせ、水流を防ぐ。

 

ファンのように回しているため、水流は先程のように止まることはなく、あたりに飛び散り、事なきを得た。

 

「いいぞ。カリキリ。」

 

「キリ!」

 

サトルはカリキリを抱え、石像へと走る。

 

しかし、カプ・レヒレの真の恐怖はここからだった。

 

「レヒ!」

 

「なっ……!?

これは…!!」

 

カプ・レヒレが、腕を上げるとさっきの飛び散った水が一斉に浮かび始めた。

 

サトルはかろうじて、水飛沫が飛んでいない隙間に入ったが、完全に四方を塞がれている。

 

スライディングで抜けようともしたが、全て浮かび上らせた訳ではないようで、少し水溜りが残っていた。

 

(そうだ。カプ・レヒレは水を操る能力を持つ……。

水しぶきも、小さな水溜りも、すべて水だ……。

防げばその分あっちが優位………だが、まともにくらうのも危険過ぎる。

くっ………リザードンかガオガエンの体力が残っていれば蒸発して………いや、水蒸気だって水だ。

結局変わらないだろう……。)

 

サトルは突破口を思案するが、なかなか浮かばない。

 

その間、カプ・レヒレは水を浮かばせただけで何もしない。

 

まるで、どのようにして攻略するかを待っているかのようだ。

 

数秒時が流れ、サトルの表情が変わった。

 

決意に満ち溢れ、そこに迷いはない。

 

サトルは胸に抱くカリキリに頷く。

 

「キリ!!」

 

カリキリも頷くと、サトルの胸から飛び出し、大量のこのはを巻き上がらせ、カプ・レヒレとサトルの間に木の葉の壁を作り上げた。

 

「レヒ……。」

 

カプ・レヒレは驚くこともなく、逆に呆れたような表情をした。

 

葉の隙間から、人影が走るのが見えたからだ。

 

気だるけな表情をしたまま、その影向かい、浮かび上らせた水を弾丸のように発射する。

 

「……………!!」

 

ソーマは声を失った。

 

一斉射撃を受けた影はすぐにその形を崩し、崩壊する。

 

水飛沫が飛び、水煙が上がる。

 

水煙が晴れ、無謀な少年の残骸が見える………筈だった。

 

「レヒ…?」

 

カプ・レヒレは戸惑った。

 

水煙が晴れたそこにあったのは、ただの葉っぱだった。

 

カプ・レヒレは少年が元いたところを見る。

 

そこには、体力を消耗し、疲れ切ったカリキリがいた。

 

カプ・レヒレは思った。

 

見えた人影は、カリキリが少年に作り出した、このはなのだと。

 

このはは威力は低いが、体力消耗が少なく応用が効く。

 

しかし、だからといって壁を作りながら、人影を作るという高度なテクニックは、キャプテンのポケモンでも難しいことだろう。

 

それをこの土壇場で成し遂げた、カリキリそして、そのトレーナーにカプ・レヒレは感心した。

 

同時に、カプ・レヒレはそのトレーナーの姿を探す。

 

「レヒ!」

 

石像のある祭壇への階段は木造の作りだった。

 

それが、重さで軋む音がした。

 

二つある内の右端の“逆くの字”に曲った階段。

 

音の大きさからして、一段目か二段目か、上がり始めたばかりだ。

 

カプ・レヒレは海水を巻き上がらせ、音を頼りに襲わせる。

 

そして、目視で対象を確認した。

 

間違いなく、あの少年だった。

 

しかし様子がおかしい。

 

目線がチラッと水流に向かい、気付いているはずなのだが、防御行動をとろうとしない。

 

今、水流に直撃しようものなら、階段から吹き飛ばされ、石造りの床に激突してただでは済まないだろう。

 

それなのに、階段を駆け上がるだけで、何もしなかった。

 

階段の折返し地点。

 

あと数センチで水流がサトルに届く、その瞬間。

 

サトルはいつの間にか手に持っていた人形のようなものを水流に投げた。

 

「あれは……カリキリ………!?

いや、“みがわり”だ!!」

 

ソーマは人形の正体を見て、思わず叫んだ。

 

それは、カリキリそっくりに作られたみがわりだった。

 

みがわりはHPが1/4削れる代わりに自分そっくりのエネルギー体を作りだし相手を惑わすワザだ。

 

「レヒ。」

 

カプ・レヒレは、カリキリの体力消耗がこのはの操作だけでないと分かり、驚き更に感心した。

 

その間にサトルは水流の先端に張り付くみがわりに乗り、両足で蹴って跳び、舞台の上まで辿り着いた。

 

「サトル君…!」

 

「はい!!」

 

ソーマは驚きつつも、石像の前に供えられる貝を指差し、取るように促す。

 

サトルは頷き、石像の前まで走り、貝を取ろうとした。

 

その時。

 

「サトルーー!!」

 

「…………ッ!?」

 

「レヒ…?」

 

 

遺跡の入り口から声がした。

 

サトルはその声を聞いて、驚き、声の方を見た。

 

そこにはアイが、目に涙を溜め、心配そうな顔で立っていた。

 

(アイ………!!

なぜここに………!!?)

 

サトルはふと、カプ・レヒレの方を見る。

 

その顔は静かに怒っていた。

 

今度は圧倒でなく、試練を邪魔されたことへの怒りだ。

 

「サトルーー!!

いるのーー!?」

 

返事がないことで、更に不安を感じたアイは足を進め、遺跡へと入ろうとする。

 

カプ・レヒレは両手を振り上げ、海水を巻き上げる。

 

「アイちゃん!だめだ!!

止まれ!!」

 

ソーマは大声を出し、アイを止めようとするが、水流の音で掻き消されてしまう。

 

「くっ!

カリキリ!!少しでもいい、頭上にこのはだ!!」

 

「キ……キリ……!」

 

カリキリは疲労困憊の体に無理をさせ、頭上約2mのとこへ、薄い葉っぱの足場を作った。

 

「なにこれ……!?」

 

アイは突然上がる、水に驚き動きを止めた。

 

だが、そのときはもう遅く、既に足は遺跡の石畳を踏んでいた。

 

「レヒ!!」

 

カプ・レヒレは、神聖な儀式の邪魔をする無法者を成敗しようと、水流でアイを襲う。

 

「間に合え!!」

 

サトルは舞台から大きくジャンプして飛び出す。

 

葉っぱの足場を蹴り、瞬間、葉は形を失い散る。

 

サトルは石畳に着地し、蹴ってつけた勢いをそのままに全速力で走る。

 

「アイーーー!!!」

 

「…………!サトル!!」

 

サトルの声のを聞いたアイは水流が向かってくるにも関わらず、安心して笑顔になった。

 

サトルもそれを見て少し頬を緩ませ、勢いそのままにアイを抱き締めた。

 

「うわあ!!」

 

二人は抱き合ったまま後ろに倒れ、水流は頭の上を掠めた。

 

「シロデスナ!」

 

「デス!」

 

サトルが叫ぶと、ボールからシロデスナが現れ、地面に着くと、まもるを展開。

 

着地の衝撃を和らげ、アイは頭を打たずにすんだ。

 

「レヒ……!?」

 

カプ・レヒレはサトルの一連の行動に目を丸くした。

 

「大丈夫か?アイ。」

 

サトルはアイを起こし、優しく聞く。

 

「うん。私は大丈夫。サトルは………」

 

アイは“大丈夫?”と聞こうとしたが、表情も目付きも、いつもの大好きなサトルのものになっているので、聞くのをやめた。

 

「なんだ?俺がどうした?」

 

「ううん。なんでもない!」

 

無邪気に笑うアイを、サトルは撫でる。

 

サトルはとても安心した。

 

小さい頃から、アイの髪が好きでよく頭を撫でていた。

 

その触感がいつもどおりで、目の前にいるのは本物のアイで、不思議な世界から戻れたのだと実感が湧いていた。

 

カリキリとシロデスナをボールに戻すついでに、遺跡を見ると、ミストフィールドは一つ一つ小さな粒となって消えていた。

 

「アイ君…!?どうしてここに……!?」

 

遺跡前の曲がり角から、ムーランドに乗ったヒトシが、驚いた表情をしながら向かってきた。

 

「あ……ヒトシ…さん。」

 

アイは、ドキッとした表情になり、サトルの後ろに隠れる。

 

「アイ君。危険ですから待っていてくださいと申したはずです。」

 

ヒトシはムーランドから降りると、厳しい口調で言った。

 

「すみません……。」

 

アイは頭を下げて謝り、その姿勢のまま助けを求めるようにサトルの方へ目をやった。

 

サトルはアイを見詰め返し、少し呆れたような表情を見せた。

 

「これは味方しないぞ。アイ。

危険なことに自分から行き過ぎだ。」

 

サトルが言うと、アイは頬を膨らませ、ムスッとした表情になった。

 

「だが。」

 

サトルはしゃがんでアイと目線を合わせ、頭を撫でた。

 

「俺を心配してくれたんだろ。

ありがとな。」

 

「……うん。」

 

アイは少し照れながら、小さく頷いた。

 

「熱々だねー。

お二人さん。」

 

遺跡の方から、カオリをおぶったソーマが茶化した感じの口調で話しながら歩いてきた。

 

隣には貝を持ったエルレイドがいる。

 

「ソーマさん。霧は大丈夫だったんですか?」

 

「ああ。君達がぎゅっとしてちょっと経ったら解放してくれたよ。

……それとこれ、忘れ物。」

 

ソーマはエルレイドの持つ貝を受け取るよう、サトルに促した。

 

しかし、サトルは手を振り、受け取ることを拒否する。

 

「いえ、いりませんよ。

だってこれ、ただの海水ですから。」

 

「えっ………!」

 

ソーマは驚き、顔を近づけ、貝の中の水をまじまじと見詰めた。

 

「ああ。言われてみたら……。」

 

「固定観念ですね。

あんな畏まった雰囲気でカプ・レヒレが貝に液体を垂らせば、誰だって浄化の水に見えますよ。

俺も、アイの声が聞こえず、緊張が解けなかったら取ってたかもしれません。

これは、その場の雰囲気に流されず、物事を平等に見る目を持つかのテスト。

ですよね。」

 

サトルは舞台の上を見る。

 

そこではカプ・レヒレが、気だるけな表情で浮かんでいる。

 

そこから感情は読み取れない。

 

「あれが……カプ・レヒレ…。」

 

アイは感嘆の声をあげ、守り神の姿を見詰めた。

 

カプ・レヒレはゆらゆらとした動きで遺跡の入り口まで降りてくる。

 

そして、地面とほぼスレスレのところまで降り立つとサトルをじっと見詰めた。

 

『あなたの勇気と知性。

そして、弱さと脆さ。すべて見させてもらいました。』

 

サトルは突然聞こえた、美しい女性の声に驚き、アイの方を見た。

 

アイは目の前の美しい守り神に感動しているが、驚きはしていない。

 

(テレパシー。俺だけに聞こえているのか。)

 

『ええ。あなたの心に直接語りかけています。』

 

サトルはテレパシーの主と思わしき、カプ・レヒレの方を向き、姿勢を正して真剣な表情になった。

 

『あなたは私の試練を突破しました。

これをお受け取りなさい。』

 

カプ・レヒレは自身の殻の中から液体が入った貝を二つ。

 

そして、紫色の石を浮ばせ、サトルの前に差し出した。

 

「浄化の水と………これは?」

 

『あなたの強さと弱さ。

それに向き合い、磨き上げなさい。

近い未来のためにも。』

 

カプ・レヒレは石の詳細も伝えず、自身の周りに霧を出し、その姿を消してしまった。

 

「サトル。何持ってるの?」

 

茫然と立ち尽くすサトルにアイが話しかけた。

 

「浄化の水だ。こっちはアイの分。」

 

「わあ、ありがとう!」

 

サトルはいつのまに手に持っていた貝を一つアイに渡した。

 

アイは受け取ったはいいが、どうしたらいいかわからず貝とにらめっこする。

 

「これ……どうしたらいいの?」

 

「飲めば大丈夫です。体の機能が高まり、少し休めば怪我も回復しますよ。」

 

「わかりました!ありがとうございます!ヒトシさん!」

 

アイはヒトシの言われる通り、浄化の水を一気に飲み干した。

 

サトルも同じように飲み干す。

 

すると、さっきまでの疲れがないように感じ、体が軽くなった。

 

(これが浄化の水。凄い治癒力だ。

さすが守り神。)

 

「サトル君!その指に挟んでいるものは!?」

 

サトルが浄化の水に感心していると、ヒトシが目を見開き、飛びかかるように聞いてきた。

 

「これも、カプ・レヒレから授かったものです。

詳細は教えてもらえませんでしたが、何なのですか?」

 

「ヒトシさん。これって。」

 

「ああ。彼岸の石だ。」

 

「彼岸の石?」

 

「それは一体?」

 

顔を見合わすソーマとヒトシに、アイとサトルは聞く。

 

「彼岸の石は、カプ・レヒレに認められたものの中でも極一部にしか授かることができない貴重なものだ。

中からはZクリスタルと同じエネルギーが検出されるが、それ以外は不明だ。」

 

「Zクリスタル……。」

 

サトルは気になった言葉を反芻し、彼岸の石を見詰める。

 

そして、ギュッとに握りしめると、カバンから空のアイテムボールを出してその中にしまった。

 

「えー。もうしまっちゃうの……。

もっと見たかったのに。」

 

「悪いな。アイ。

美術品とか宝石のような見世物じゃないんだ。カプ・レヒレが言っていた近い未来まで、まだ俺が扱えるものじゃない……………そう思ったんだ。」

 

残念そうに言うアイに、サトルは遺跡の方を見ながら悟ったように言った。

 

ヒトシはサトルの言葉に頷き、ムーランドをボールに戻すと、指を後ろに指し、優しく言った。

 

「それがいいでしょう。

さて、無事に三人共遺跡から戻れたことですし、洞窟へ戻りましょう。」

 

「はーい!」「ええ。」

 

「それにしても、アイ君。よく、出られましたね。私でもスイッチの場所を覚えるのに苦労しましたのに。」

 

「アイは記憶力が優れてますから。

一度、覚えたことは絶対に忘れないんですよ。」

 

「左様ですか。」

 

サトルの自慢げな口調に、ヒトシは思わず微笑む。

 

アイも照れくさそうに笑い、それを見てサトルも頬を緩めていた。

 

 

楽しそうな雰囲気で洞窟へと歩く三人の姿の後ろで、ソーマは難しい顔をしていた。

 

(カプ・レヒレが彼岸の石を渡した……。

近い未来に起こる何かのため、あのたった15の少年に賭けて。

近い未来……何が起こるって言うんだ…。

教えてくれ。守り神。

近い未来ってのは、俺の考察のビーストの侵略のことなのか………?)

 

ソーマは何かを求めるような目付きで遺跡を見詰めた。

 

しかし遺跡は水滴が垂れる音がするだけで、何の反応も示さなかった。

 

「ソーマ君。何をしているのかね?」

 

「すみません!ただいま向かいます!」

 

ソーマはヒトシの声に思考を遮られ………否、永遠に帰ってこない返事を待つだけの世界から、引き戻され、駆け足で三人の元へと追いかけた。

 

彼はこのとき知らなかった。

 

あの霧のドームの中で、浄化の水が、自分だけにしかかかっていなかったことに。

 

 

 

数時間後。

 

洞窟の中の秘密基地は三つの部屋に別れている。

 

一つは階段を降りてすぐにある一番広い、リビングのような場所。

 

ソーマはここで、資料を広げ様々な考察に耽っているが、今は広いその机の上にアイとサトルのボールが乗った回復装置と、気持ちばかりのお菓子や果物があって、休憩スペースになっている。

 

一つは奥にある研究室。

 

ここでは薬の配合をしており、ここへ入るには暗号を解かなければならず、ソーマ以外入ることはできない。

 

最後は階段を降りて、少し進んで左にある小さな部屋。

 

普段は倉庫になっているが、今はアイとサトルの部屋になっている。

 

「アイちゃん。サトル君。ポケモンたちの回復終わったよ。」

 

ソーマが元倉庫部屋の扉をノックして言う。

 

「はーい。」

 

返事して出てきたのは胸にコスモッグを抱えたアイだけだった。

 

「サトル君は?」

 

「まだ寝ています。

多分、昨日の夜からずっと寝ていないので、疲れてるのかも。」

 

「そうか。

分かった。アイちゃんは平気なのかい?」

 

「はい!

細々ですけど、眠れてますし、私そう言うので大丈夫なタイプなので!」

 

「ならいい。

それと、ヒトシさんから話があるよ。」

 

「話?」

 

アイは怪訝そうな顔をしながら、部屋を出て、机の前に立った。

 

ヒトシは回復が終わっだアイのボール達を磨きながら待っていた。

 

「このボール。随分使い込まれてますね。

アイ君の相棒ポケモンですか?」

 

ヒトシは磨き終ったボールを差し出した。

 

「ありがとうございます。」

 

アイはボールを受け取り、自分の顔が反射するくらいピカピカに磨かれたボールを見詰める。

 

コリンクのボールだった。

 

定期的に磨いてはいるが、ここまで綺麗なボールを見るのは久しぶりだった。

 

「一つ一つ、同じように磨かれてますが、一つ一つまったく違う汚れが付いていましたよ。

面白いですね。」

 

そう言われて、アイは他のボールも見た。

 

それらも全部ピカピカに磨かれていた。

 

「それでは、アイ君。

今より、ある場所へ赴いてもらいます。」

 

ヒトシはアイが反応を示す前に、改まった表情をしてアイに告げた。

 

「場所?それってどこですか?」

 

「外に案内を付けました。

カレに着いていけば分かります。」

 

「はあ。」

 

アイは突然のことに事態が飲み込めず、間の抜けた声を出してしまった。

 

そして、とりあえず外に出ようとボールを一個ずつ手に取り、腰に付ける。

 

(あれ?)

 

最後のボールを持った時、アイは違和感を覚えた。

 

しかし、その違和感の正体は分からずそのまま腰につけた。

 

「あ、そうだ!」

 

アイはボールを一つ手に取り、それを投げた。

 

「サッゴ!」

 

出てきたのはサニーゴだ。

 

「サニーゴ。ちょっと私出掛けてくるから、コスモッグの事、お願いできる?」

 

「サッゴ!」

 

「ありがとう!」

 

サニーゴはアイからコスモッグを受け取り、枝の上に乗っけた。

 

「あ、ヒトシさん。これは、その警戒とかじゃないですよ。

ただ、コスモッグを連れて行くのが不安で、だけど、一人残しちゃうのも不安だから。

だから、ずっと一緒の仲間が近くにいたら、安心して、はやく目を覚ましてくれるかな……って思っただけです。」

 

「ええ。分かってますよ。

さあ、行って来なさい。」

 

「はい!

サニーゴ、コスモッグ。行ってくるよ!」

 

「サッゴ!」

 

アイはカバンを背負い、慣れた手付きで入り口を開けて、外へと駆け上がっていく。

 

「出てきて、コリンク。」

 

「リン!」

 

アイはコリンクをボールから出し、コリンクは元気に吠えるとアイの横を並んで走った。

 

 

外に出ると、爽やかで、だけど少し頼り甲斐がなさそうな青年が立っていた。

 

カオリやヒトシと同じ、しれんサポーターの制服を着ている。

 

「お待ちしていました。

アイさん……ですね?」

 

「はい。あのー、これからどこへ行くんですか?」

 

アイの質問に、青年は柔和な笑みを浮かべて答えた。

 

「これからアイさんには、試練を受けてもらいます。

そのための場所へ向かいます。」

 

「え………えっと……………しれん…………

え!試練!?」

 

「はい。

試練の始まりといわれる“ドラゴンの試練”に。」

 

驚くアイに、青年は柔和な笑みを浮かべたまま振り返り、歩き始めた。

 

 

 

その上空では、二人のやり取りをみるものがいた。

 

「ほお。小娘、こんな所へ隠れていやがったか。

しかもあの憎き衣………あいつらグルだったのか……。

だがいい、あの小娘からは強いビースト反応が感じられない。

今度こそ、消し去ってくれる。

私………共がな………………」

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