Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「全員、全力で後ろへ跳べ──!!」
キリトの叫びと共に全プレイヤーが後退する。
逃げ遅れたプレイヤーは致死ダメージではないものの、壁に打ちつけられていた。
こんなの完全な予想外だ。
そう、コボルトロードの行動はβテスト時とは異なっていた、そしてシオンの知る前回からも。
「シオンさん!」
「くっ……!」
不意の一撃に対し相殺を試みたシオンも見事に壁へと吹っ飛んでいた。
背中を打ち付けビリビリとノックバックが体を襲う。
ここが75層のように周りに壁の無いステージだったらと思うと寒気がする。
シオンのおかげで敵の攻撃範囲が狭まったわけだが、それでもリスクが大きすぎた。
「いてえなぁ」
「大丈夫ですか?」
「あーうん、まあ慣れてるしね」
体を起こすとポーションを咥えボスを確認する。
既にキリトとアスナが第二形態のコボルトロードと交戦を開始していた。
第二形態。
本来第二形態になるのはボスのHPがレッドゾーンに入ってからだ。
だが何故かイエローの状態で変化。
武器が情報と相違であることなど二の次の話だ。
センチネルが追加で湧いて来ない辺り、イエローからが最終形態ということなのだろう。
いきなりのことで頭が追い付かないが、そんな状態でもボスの足止めをしてくれている二人はやはり勇気のあるプレイヤーだ。
だがいくらなんでも二人で稼げる時間にも限界がある。
早く助っ人に行きたいところだが……
「あれはもうだめだな」
ディアベルの方を見ると、彼自身も驚いているのか彼とその仲間たち、指示を受けていたプレイヤーのほとんどが動きを止めていた。
回復をしているだけまだましといったところだ。
だが誰も彼らを責められる立場ではない。
攻略会議であった話が完全におしゃかになっているのだから。
相手は強大であり、それに対抗するべく立てた策は滅んだに等しい。
シオンが冷静でいられるのは純粋にこういった危機的な状況を数多く経験しているからだ。
何も知らずにこの場に居たら震えて隅っこにいるのが妥当だろう。
だからこそ、キリトとアスナがおかしく見える。
普通でないのはあの二人だ。
「どうする、一旦部屋を出るか……?」
今のままじゃ戦闘はとてもじゃないが続けられない。
まだ死者は出ていないが、それも時間の問題だ。
中身が死ねば自ずと外もついてくる。
今の彼らはただのでくのぼうだ。
「シリカ、俺が時間を稼ぐから一度皆を部屋から退避させてくれ。今の状態じゃ戦闘どころじゃない」
「シオンさん一人では」
「ちゃんと二人にも助けてもらうよ、痛いのは嫌いだからね」
依然としてコボルトロードに立ち向かう二人。
だが、敵のHPはほとんど減っておらず対してキリトとアスナは少しずつ体力を削られていた。
このままでは二人が危ない。
「早く!」
「その必要はないよ」
突然の声に横を見る。
そこにはディアベルがいた。
先ほどまでの絶望しきったような表情は消えており、その目から闘志は失われていなかった。
「やれるのか?」
「もちろんさ」
「あんただけじゃない、後ろのあいつらもだ」
「そのことなんだけど…………少しだけ、時間がほしい」
「分かったよ。あんまりもたないからな」
ディアベルの言葉を信じ、彼に背を向ける。
彼ならば今の状況を覆すことができる、その可能性を感じさせるものは持っていた。
撤退するよりもこの場で決着をつけた方が良いのはその通りだ。
ならばここは少し頑張るしかない。
「シリカ、行くぞ」
「はい!」
短剣を構え走り出す。
コボルトロードは未だにキリトとアスナを見たままだった。
今ならやりたい放題。
ふと思いついた案ににやりと笑った。
「シリカ、パリングの準備」
「ボスですね?」
「いんや、俺だ」
「えっ?」
そのまま駆け出し、キリトが攻撃を弾いたのに合わせ懐に潜りその腹を蹴る。
反動でシリカの方へと跳ぶと、その手に持つ短剣を輝かせた。
「シリカ!」
「パ、パリィ!」
シオンの呼ぶ声に慌てて武器を構えると彼の不定期に動く武器にギリギリで短剣を重ねる。
するとその間に高音と衝撃波が発生し、ノックバックと共にシオンの体は後方コボルトロードの頭上へ、シリカはバランスを崩しそのまま座り込んでいた。
そんな光景に気づいていないのか、コボルトロードは再び刀を振る。
「腹を蹴られたくらいじゃこっち向かねえわな」
空中で呟くとストレージから新たな武器を取り出す。
それを握るとコボルトロードを頭上から見下ろした。
「その武器の使い方、教えてやるよ」
シオンは武器の重さに身を任せ、一回転するとそのまま回転を続けコボルトロードを真っ二つにするように切り刻んだ。
当然そんなことはできないが、突然の攻撃とスキルの能力でスタン状態になっている。
「緋扇」
膝をつくコボルトロードの腹めがけて二連撃、そして追いうちの突きを繰り出す。
だがその攻撃を受け止めると、コボルトロードは刀を思い切り振り上げた。
「まずい……!」
「ワールウインドォ!」
スキル後硬直に舌打ちをすると隣から斧が通り過ぎた。
その攻撃がコボルトロードのそれと重なり、見事に弾く。
「サンキュー、助かった」
「お安い御用だ」
斧を持った男性はシオンを背に少しずつ後退する。
気付けばボスの周りを多くのプレイヤーが囲んでいた。
「遅くなって済まない」
「いや、ナイスタイミングだよ」
ディアベルに対し親指を立てると彼は笑みを浮かべ、その表情を引き締めた。
「後少しだ!全員タンク隊の力を借り、総攻撃を仕掛けろ!」
「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
シオンの隣、ディアベルの前を次々とプレイヤーが駆け出し各々の武器を輝かせる。
相手の動きを見ない攻撃ばかりだが、大きな攻撃が来るとタンクが盾となり攻撃を受け止めていた。
キリトやアスナも斬りこみながら攻撃の軌道を逸らし、コボルトロードを往なしている。
ラストの総攻撃にコボルトロードは雄たけびをあげるのみで何もできないでいた。
そんなコボルトロードにも容赦はしない。
「なあディアベルさん。間違ってたら悪いけど、あんたもβテスターだよな?」
「そうだよ」
「隠す気はない、か。まあ責めるとかそういうのじゃないけどさ、隣にあんなのがいたらとてもじゃないが言えないだろうなって思って」
「確かにね。でも、もう俺は言えるよ。俺達はこのデスゲームを終わらせるためにいる。そんな大事な役割を担っているのに隠し事や嘘なんかでいざこざがあっては、アインクラッド攻略なんて出来ないからね」
「良いこと言うんだな」
「そういう君はβテスターかな?俺はキリト君以外あまり覚えていなくてね」
「俺は……βテスターなんかより随分知ってるよ。この世界」
「えっ?」
シオンの意味深な言葉に首を傾げるが、その言葉への返答は無い。
シオンも言った後に少々後悔し、それ以上は口にしなかった。
「行かなくていいのか?LAボーナスのことも知ってるんだろ?」
「いいさ。本当は狙ってたけど、今の君やみんなの必死な姿を見たら、今回は俺じゃ無くてもいいかなってね」
「さようで」
正面の塊を見て武器をそっとしまう。
第一層での役目は終わった。
シオンもLAボーナスが欲しかったが、あれはキリトの始まりでありここにいるみんなの成果である。
不謹慎かもしれないが、皆が必死にどこか充実したようにコボルトロードを倒す姿はそれだけでシオンを満足させた。
初めてボス戦をこういう形で見る事が出来たかもしれない。
やがてボスは光り輝き、消滅した。
眼前の〝congratulation〟の文字と共に今回の経験値と報酬が与えられる。
キリトの方を見るとやはり彼の下にLAボーナスがいったのか、気付かれない程度に喜んでいた。
そこで誰が先か『わっ!!』と勝利の歓声が起きる。
ハイタッチをしたり肩を並べたりと、この戦闘でのお互いの功績を讃え合っていた。
「シオンさん!」
「お疲れ様、シリカ。最後ごめんな、無茶なお願いして」
「ほんとですよ!あのスキルパリィするの難しいんですよ?!」
「悪かったって。持った武器がたまたま短剣だったんだよ。それに、シリカの技量を信じてだな」
「そう言えばいいって思ってませんか?」
「……いーや?」
「なんですかその間は!」
「はーいはい、今は喧嘩なんてしないで。二人とも、今回の戦闘ではMVPなんだから。君たちがいなかったらこの戦いは失敗に終わっていたよ」
「俺らなんかよりもキリトとアスナだろ」
ディアベルが間に入ったことで言い合いは終わる。
シリカはむすっとしているが、時期に納まることだろう。
最後に頭を撫でると、そっとそれを受け入れてくれた。
「アンタ、βテスターやったんか」
頭を撫でているとキバオウが一人で傍にやってくる。
シリカがキバオウをどこか嫌そうに見ていたが、彼にそれを気付かれないようにそっと間に入った。
「キバオウさんが言うβテスターとは少し違いますが、まあ同じところですね」
「なんですぐにボスに対応できたんや、隠しとったんか」
「βテストでのボスの行動は恐らく情報通りです。ですが、βテスターが調子に乗らないようにか、ボスの仕様を変えたのでしょう。それでも対応できたのは、βテスト時に刀スキルを目にした事があったからです。ただそれは悪魔で俺の話で、他の人がなぜ出来たのかと言われたら分かりません。俺も素直に驚いています」
「そうか」
キバオウの考えるような顔がシオンを不安にさせる。
今の今までうまく行っていた。
頼む、面倒だけは起こさないでくれ。
「次も期待しとるで」
「えっ」
にっ、と笑う彼の顔に驚愕する。
人はここまで変わるものなのだろうか。
何がきっかけで変わったのかは分からないが、もしこのイレギュラーなボス戦のおかげなのだとしたら、こんなボス戦も悪くないなと思った。
第一層は死者を一名も出すことなくクリア。
このまま順調に歩みを進めることが出来れば。
”ズキッ”
「あ……?」
一瞬頭によぎった記憶に困惑する。
だが、すぐに気のせいだと頭を振った。
だってそうだ。
今この場にディアベルはいる。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。俺達で先にアクティベートを済ませるか」
「分かりました」
他のプレイヤーの脇を通り、第二層への階段に足をかけた。
脳裏に過ったそれから逃げるように。