Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
シオンは二層迷宮区最寄りの街『ダンテ』の宿の一室を借り、ディアベルと共に中に入った。
そこで鍵を閉め中央にある小さな机に相対して座る。
ここに来る前には攻略組のメンバーが多くいたが、ディアベルの号令により各々散っていった。
その中には既にシオンの見覚えのない新しいメンバーも多くいた。
全てディアベルが集めた者達だろう。
「それでシオン君、さっそくだけど話を聞いてもいいかな?割とせっかちな方でね。ああでもその前に、本当に俺で良かったのかい?もっとキリト君やシリカちゃんなんかも」
「キリトは嫌ですよ。あいつに借りを作るのは癪ですし。シリカは……」
そこで口を閉じる。
結局あっさり彼女に会うことになってしまった。
彼女から逃げたのはもう二度目だ。
一層であんなことがあったというのに懲りないやつだと思われるだろうか。
もう信じて貰えるような立場ではないのは当然分かっていた。
「それで俺を選んでくれたんだね。それに対しては素直にうれしいと言っておくよ。人に頼られるのは嫌じゃないからね」
「すみません」
「いいんだよ、謝らなくて。こっちだって感謝はしているんだ。生きていてくれて良かったよ」
ディアベルの言葉を俯きながら聞く。
生きていてくれて良かった。
こんなに言われてうれしい言葉は無いはずなのに、素直に喜ぶことのできない自分がいる。
自らで考えたこのデスゲームをクリアする最善手は既に失われた。
こんな痛い目を見ておいてまだ続けようなどそんな甘いことは考えちゃいない。
だがシオンという存在の意義が失われたのは確かだ。
こんなチートを持っているというのにそれを生かさないとなるとこの場にいる意味が問われてしまう。
皆をかき乱す存在であるのならいない方がましだ。
「それじゃ、本題に入ろうか」
ディアベルが真剣な面持ちでこちらに耳を傾ける。
その表情にこの人を選んで良かったと思うのと同時にこれからこんないい人に馬鹿げた話をするんだとため息をつく。
当然納得してくれるなんて思ってはいなかった。
嘘だと笑ってもらって構わない、そういう話をするのだと言うのは自身が一番分かっている。
ただ、変な奴だと捨てられるのが何より怖かった。
理解してもらわなくても構わない、訳の分からないことをいうやつだと思われてもいい。
突き放されなければ、何でもよかった。
それから小一時間自分が話せる限りのことをディアベルに告げた。
この世界の前に自分が二年以上もデスゲームに参加していたこと。
その世界でやってきたことや末路。
この世界に来ることになった理由。
自分がどうしてソロプレイに講じたのか、シリカから逃げているのか。
彼女から逃げていることはディアベルも分かっていたようだ。
当然のことだろう、キリト達ほどではないだろうがシリカとコンビを組んでいたことなど見ている人ならほとんどが分かっているはずだ。
それが急に離れていくのだから、疑問に思わないわけがない。
そして、彼が親身になって話を聞いていくれているなか最後まで残しておいた一番奇怪な話を告げた、勿論本人にだ。
第一層攻略後、彼が殺される夢を見たこと。
「はは、どれも信じられないような話ばかりだね。俺はオカルトや超常現象なんかはあまり信じないタイプなんだけど」
「急にこんな話されても意味が分かりませんよね。俺だってこんな話されたら困りますよ。……でも────「わかってるよ」
ディアベルがにっと微笑みかけてくる。
「シオン君が勇気を出して話してくれたんだ。それを無下にするつもりはないよ。……そうか、俺は死んだのか」
「いえ、それは悪魔で夢のような話で。それにほかのことは鮮明に覚えているのにそこだけぼやけているのもおかしな話じゃないですか。ましてや人が死んだっていうのに」
「でもシオン君は俺に見覚えがなかった。そのほかの世界とやらで僕があの場にいなかったというのなら別だが第一層攻略のときに指揮を執っていたのは誰なんだい?そこだけが霞んでいるんだろう?」
「それは」
「キバオウ君もいてほかのメンバーも前回とほとんど同じ人物しかいない。だが俺がいなければ指揮官もいない。そのぽっかり空いた穴に、俺がいるんじゃないのか?」
「……わかりません」
「一度どこかで聞いたことがある。とても大きな、耐えることのできない衝撃的な事柄が起きた時人はそれを忘れようと記憶を抹消する。俺が君にそこまでのものを与えたとは思えないけれど、あり得ない話ではないよ」
「それでも……!」
強くこぶしを握り締め歯を食いしばりディアベルの顔を直視する。
その頬からは涙が零れていた。
もしあの時以前と同じようなことが起きていたとしたら。
ディアベルが切り刻まれて死んだとき、自分はそれを知っていたのに助けなかったことになる。
ショックで記憶が無くなり助けることが出来ませんでしたで済まされるわけがない。
最低だ、最悪だ。
こんなの許されるわけがない。
何をしにこの世界に戻ってきた、人を見殺しにするためか?
何が最善の策だ、自分が先陣きって走っていたのが馬鹿げている。
目の前も見えていないやつが何を大層なことを。
「シオン君に罪はないよ。人が死ぬのはある種自然なことだ。それに、今俺は生きているじゃないか。過程も大事だけど結果がすべてだよ。気に病むことはない」
「ですけど!」
「この話はもう終わり。俺のことなんて今はどうでも良いんだよ。それよりも、他に誰か死んだ人とかはいないのかい?今は未来において救えなかった命を整理するのが先決だ」
「……先ほども言いましたがアスナさんと、あとは攻略組で何十人も犠牲になりました。あとは──」
「ラフィンコフィン、だっけ。随分と物騒な名前だね」
ディアベルの放った名前に一人空気が冷え切っていくのを肌で感じていた。
ラフコフはモンスターを除いた場合の一番の害悪だ。
これに限ったことでは無いが、この世界で死ぬ理由は単にモンスターだけというわけではない。
プレイヤーがプレイヤーを殺める、言わば殺人。
言い訳はたくさん聞いてきた、だがどれも取るに足らない常人には理解のできないものばかりだ。
ゲームの世界だからとリミッターも下がっているのか割合としては想像以上に多い。
死因として一番有り得てはいけないものがこの世界では横行しているのだ。
だが、それに関しては既に打つ手があった。
前回の討伐戦でも、一番に活躍したのはシオンだ。
「ラフィンコフィンは俺が必ず潰します。まだ見ていませんが顔はほとんど覚えていますから」
「どうやってやるんだい?牢獄に入れる方法はあるがあれはオレンジにならないとできないのだろう?」
オレンジとはオレンジプレイヤーのこと。
圏外でプレイヤーを傷つけた場合に頭上のカーソルが緑からオレンジに変わるのだ。
一層の初めにシリカにさせてしまったのが一つの例だろう、悪意の有無は関係なくそこは無条件で切り替わる。
始まりの街に黒鉄宮の牢屋があるが、そこに人を入れる方法として一般に知られているのはオレンジプレイヤーを拘束するというものだけだった。
つまり何もしていない
未遂は未遂止まりであり、犯さない限り野に放ったままということになる。
人が死んでからでは遅いというのに。
「まだ持ち合わせていませんが、回廊結晶というものがあればグリーンでも強制的に牢獄に入れる方法はあります。まあ、そんなものはあってもなくても構わないんですけど」
「それはどういうことだい?」
「俺はあいつらの顔を覚えています。だからもし俺の目の前にのこのこ現れるようなことがあったら、その時は例えグリーンであってもこの手で殺しますよ」
淡々と告げられる言葉にディアベルは驚くことを忘れる。
今思えば、彼の言葉を信じている前提でこの話が進んでいる理由もこの嘘偽りの無いような声音が影響していたのかもしれない。
こんなにも澄んだ声で真っすぐに、人を殺すと言えるだろうか。
彼はいったい何者なのかと遅れてディアベルは考える。
まだ思考は定まっていない。
本能では彼の言葉を信じているが、考えればくだらないふざけた話だ。
それだけでも手一杯だというのに次々と思考材料が増えていく。
その二年間で彼が真の意味で何を体験してきたのか、それを聞くことが一番の近道なのだろうがそれが怖くて怖くて仕方が無かった。
自分が殺されるわけでも無いのに妙な緊張感に包まれる。
今更になって、遅れて不安になって怖くなって恐怖にさらされて初めて、
「凄い話に首突っ込んじゃったね」
と場違いなほどに笑っていた。