Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
シオンが宿屋の二階から降りてきた頃には既に外は暗く闇に包まれていた。
どれだけ話し込んでいたのか分からないが、今更になって彼には申し訳ないことをしたと反省する。
朝から何も口にしていないシオンは一階の食堂にある椅子に腰かけると料理を一つ注文した。
「あの」
突然背後からした声に驚くことはなかった。
彼女がここに残ることなんて分かりきったことだ。
自惚れていると言われたらそこまでだが現に彼女は待っていた。
だがそんな彼女に対して待たせてごめんだとかまた逃げてだとかそんなことを言うつもりは毛頭ない。
そんなことを言うつもりでソロプレイをしていたわけでは無いのだから。
「なんだよ」
先ほどの上でのことも相まってか酷くドスの効いた声が出る。
その声にシリカの肩がびくっと反応していた。
シリカ自身も彼と仲良くなれただなんて、そんな虫のいいことは考えちゃいない。
緊張で顔がこわばる中彼女はそっと口を開いていた。
「無事で良かったです」
そんな言葉が二人の空間に木霊する。
その言葉にシオンが喜ぶことはなかった。
例え彼女が本当にそう思っていたところで今の彼には届かない。
彼の選択肢に元に戻るなんてものはない。
寧ろ二人別の道を歩むことが元なのだから、彼女の思い通りになるわけが無かった。
当たりがきついのもわざとだ、先の一件でそれに拍車がかかっているだけで別に想定外のことでも何でもない。
彼女をどこまでも突き放す。
それがシオンのすべきことなのだから。
「本当にそう思ってるのか?そりゃ死んでくれと思われてるなんて思わないが無事で良かったなんて言う前に何か言いたいことがあるだろ。無いのか?無いなら別にそれでもいいけどな。気を遣ってるならやめてくれ、子供にそんなことされるなんてごめんだ」
言い切った後にふっと息を吐く。
NPCとプレイヤーからの視線が痛い。
よく見ればプレイヤーの中には先ほど攻略組で見た顔もいくつかあった。
それなりに栄えている街の一つだから誰もいないとは思っていなかったが、今日問題行動を起こした後のこれだ。
彼のことをよく思う人なんて一人もいるわけがないだろう。
静寂な食堂に小さく啜り泣く音が響きわたっていた。
必死に堪えて声を出さないようにしているようだが、目の前の男のせいでそれ以上にここは静まり返っていることに加え、SAOのシステム上涙を堪えることは不可能なため、シリカの頬からはぽろぽろと滴り落ちている。
あちらこちらから向けられる視線がひどく厳しいがシオンは何もしようとはしなかった。
当然罪悪感が無いわけではない。
ただこれでシリカが自分から離れていってくれるのであれば、今だけなら悪魔にでも魔王にでもなってやろうという気持ちだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
彼女の謝罪の言葉が耳を駆け抜けていく。
私のせいで、とか私がいなかったら、とか。
いらないことを口にするな、悪いのは全て自分だ。
何も言わずにさっさと出ていけば良いのに。
そういうことが聞きたいんじゃない、自身を卑下してほしいわけでは無い。
ああそうだ、シリカがいなかったらこんなにも。
こんなに悩まされることなんて無かったのに。
「なあシリカ、君に選択肢をあげるよ」
突然思いついたかのようにつぶやく。
その言葉にシリカは嗚咽をこぼしながら顔をあげた。
顔がすっかりぐしゃぐしゃになっているが、気にせず彼女の前に二本の指を立てる。
「二択だ、一度しか言わないからちゃんと聞いておけ。一つ目は俺がどうしてこうなったのか、ディアベルに話したことを全て教えてやるよ。その代わり俺はシリカと今後一切パーティを組まない。聞いてこないならパーティを組んでやってもいい。ただ、前のようになる気はさらさらないからな」
吐き捨てるように言葉を連ねていく。
今すぐにでも自分をぶん殴ってやりたかった。
最大の恩人に向かってこんなことを。
本当にこれが彼女のためになるなんていう保証はない。
寧ろ最低の選択なのは分かっていた、他の人間ならもっと平和的で最善の策を考えることが出来ていただろう。
だが、これで良いのだ。
これが正しいんだと自分に言い聞かせながらシリカにパーティ申請を送った。
これで≪Yes≫を押せば話す必要はなく、≪No≫を押せば話してすべてが終わり。
シリカの返事を待つだけ、と思ったが彼女は考える間もなく≪No≫を押した。
「じゃあ話を──「シオンさんは、どうしても前のように戻ってくれる気は、ありませんか?」
涙を必死に拭きながら、嗚咽をこぼしながら静かに言葉を発した。
正直ついてこないのであれば仲良くしても良かった。
こんなところでシリカと不仲になるのはシオンも避けたいところではある。
だが、そうするといつか彼女がついてくるのではないかという恐れがあった。
そうなったら振り出しだ、それにその状況下ではいよいよ手遅れになってしまう可能性がある。
ならば可能性の高い方を、確約の取れた道を歩んでもらう方が良いに決まっていた。
もう最前線に連れていくなんて約束は無くなっている。
そんな依頼二度と受けてやるつもりはなかった。
だから答えは一つだけ。
「戻る気なんてないよ」
ぴしゃりといった言葉に小さく「そうですか」と返してくる。
その後すぐにパーティ申請の通知がシオンの元にやってきた。
それを了承すると自分のHPバーの下に追加のバーが現れる。
ソロ続きだったため二つ目が懐かしく、そして鬱陶しい。
さっきの確認はなんだったんだろうと考える。
戻る気があると言ったら大人しくなったのだろうか。
そんなのは妄想だ理想だ。
そんなたらればを断つために決断したのだから。
彼女を無視してストレージを漁りアイテムの整理をする。
相変らず左上にちらつく彼女のバーとレベルが、シオンをただただ苛立たせていた。
後から来た料理は酷く味が濃く、美味しいなんて言えたものでは無かった。
■ □ ■
次の朝、攻略組は迷宮区攻略のため塔を登り始めた。
今日全員で塔を攻略し、明日最上階のボスを倒すという手筈だ。
シオンはその攻略組の先頭をシリカと二人、単騎で突撃していた。
「やあっ!」
シリカの一閃がモンスターを次々とポリゴンへと変えていく。
それに合わせるようにシオンもモンスターを切り刻んでいた。
二人の間にまともに干渉できるものは敵味方どちらもいやしない。
リポップすれば淘汰され視界に入れば最後その姿を塊へと変化させられる。
モンスターの咆哮なんてどうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。
一瞬の隙も許さず一見二人が息を合わせ敵を蹂躙しているように見える。
だが、そう思うのは今までの彼らを知らない者達だけだ。
二人とも全く連携が取れていない。
呼吸を合わせることが無ければ相手を気遣うこともなく、ただ目の前の敵を倒していく。
時折肩がぶつかりそうになったり武器がかすめそうになることもあった。
おまけに誰がどう見ても最初から飛ばしすぎだ。
ここはゲームの中の世界なので肉体的疲労は無いが、精神的疲労や疲れなどは当然出てくる。
今までのシオンの戦闘スタイルは誰も分からないが、シリカがそれに無理をして合わせにいっていることくらい誰の目にも分かる。
だが彼女を止める権利があるのはシオンだけだ。
それが否というのならば従うしか手段はない。
だからディアベルも動けずにいた。
その方が都合がいいからなんてそんなのただの建前だ。
「はあっ!」
シオンが手に複数のピックを持ちモンスターの急所めがけて一斉投擲する。
たんたんたんっとピックが刺さりよろめくモンスターに剣を投下。
それが刺さったのを確認するとそのままソードスキルを発動し切り刻んだ。
第五層現在では考えられないような戦闘スタイル、その訳を知っているのはディアベルただ一人。
シオンの発言を嘘だとする材料を探したいがいくら探しても一つも出やしない。
そんな有り得ない超常現象を信じそうになる自身をディアベルはどうにかして否定したかった。
「……呆気ない」
太刀を背につけシオンはため息をついていた。
その目の前には大きな扉が一つだけ。
ここに至るまでこれといったトラップは無くこれといったモンスターも無し。
最後までシオンが走り続けていたため、後ろのプレイヤーのほとんどがまともな戦闘をしていなかった。
「よし、無事ボスフロアまでたどり着いたな。じゃあみんな、今日は転移結晶で────
「俺はこのままボスフロアに行くよ」
「「「はあ?!」」」
シオンの言葉に後ろの方のプレイヤーからいくつか不満の声が漏れた。
それらを全て無視して歩みを進める。
「シオンさん!」
そんな彼を止めるため門を背に立ちはだかるようにシリカが立つ。
そんな小さな彼女に剣を向けるようにシオンは睨みつけていた。
「お前は来るな、そろそろ限界だろ。あれは並の人間のできる速さじゃない。お前は強い、だがそれは付け焼刃だ。そんなんで死んだら一体誰が責任を取るんだ?」
「甘く見ないでください、シオンさんだって──っ!」
精一杯抗うシリカの頬を掠めるように一つのピックが通りすぎる。
ギリギリのところで当たることはなかったが、あと一寸ずれていたら削っていたところだった。
「おいシオン!」
「お前と俺を一緒にするなよ、バカにすんな。背負ってるものが違う、経験が違う。それに、今ので反応できないんだろ?だったら早く帰れよ。……は?」
彼女を突き放すために紡ぐ言葉が途中で途切れる。
突然目の前に現れたその文字と彼女とを交互に見ていた。
やがてシリカと目が合うと彼女は小さく笑っていた。
「自信があるなら受けてくださいよ」
「お前……」
人を小ばかにするように大人をあざ笑う彼女の体は震えていた。
何から来る震えなのか、自信満々とも言えるその発言とは対称的な体躯に言葉が出ずにいる。
デュエル。
こちらにきて初めてみたものだ。
彼女がそれを知っていたというのがそもそもの予想外。
無論シオンが教えてなどいないのだから意表を突くには十分すぎる代物だった。
シリカが何を考えているのかわからない。
疲れていないわけがないのに、そんなボロボロの体で一体何がしたいのか。
経験値がもらえるわけでもアイテムがもらえるわけでもない。
ただ体力を消耗するだけだというのに。
それに、シリカとデュエルをして負けるはずがなかった。
このゲームでの経験の差はもちろんだが、PvPの経験の差がある。
どう頑張っても彼女が勝つことは無かった。
システム上は、絶対に。
「シリカは、このデュエルに何をかけるんだよ」
「シオンさんが一人でこの先に行かなければ、今はそれでいいです」
短剣を握り締めてそっとシオンの方を見る。
彼女の背中には大きな扉があり、まだデュエルの承認もしていないのにここを通さんとばかりに彼女の目がぎらつく。
彼女はいったい何を考えているのか。
シオンが考えていることはなかなかに奇怪で理解しにくいものばかりだが彼女も同じだ。
彼女はまだ12歳。
バカにしているわけではないがその歳で考えられるものなんてそう多くはないだろう。
もし自分がその歳だったら大人しく始まりの街に籠っていたはずだ。
武器なんて握らずに、ましてや最前線なんて有り得るはずがない。
それなのに彼女は前線に来て、迷惑な奴に振り回されて。
今だって本当に限界なはずなのだ。
少しでも気を抜けば倒れてしまうくらいに。
負けだ、完敗だ。
これ以上こんなことを続けてどうする。
悔やむならきっと初めに手を貸したことだろう。
あんなところで寝てたせいと言うのなら茅場昌彦にひとつ文句を言いたいところだがそれ以外でもやりようはあった。
彼女との再会を喜んだ自分に全ての非があるのだ。
彼女は悪くない、悪いのは全部自分なのだから。
「……わかったよ」
背に着けてあった武器をストレージにしまい、目の前の≪No≫にタッチしウィンドウを閉じる。
シリカが驚いたような顔をしていたが、気づかないふりをしてディアベルの方へ向かった。
「今日は帰るよ」
「どういう風の吹き回しかな?」
「都合が悪くなっちゃうかい」
「ははっ、かなわないな」
「冗談だよ。……すまなかった」
「もう少し大きい声で言ってくれたらいいのに」
「やなこった」
目の前で起きた一瞬の出来事にほとんどのプレイヤーが追い付けないでいたがそんな彼らに弁明をすることはなくまっすぐにシリカの方へと向かう。
彼女自身もデュエルを蹴られたことの意味を理解できておらず構えた武器が宙ぶらりんの状態でその場にいた。
「ありゃ、ほんとに戦いたかった?」
「え?あ、いえそういうわけでは!」
「後でいろいろ話したいことがあるから、いいかな?」
「は、はい!──あっ」
「っと」
気が抜けたのか足元がおぼつかず倒れそうになるシリカをそっと抱える。
抱えられた彼女は恥ずかしそうな顔をしていた。
「えへへ、すみません……」
「謝ることないよ、全部俺のせいだし」
「それは……そうかもしれませんね」
「調子に乗るなよー」
うりうりと頭をゆらすなか、遠くでキリトとアスナがため息をついていた。
「あいつら、仲いいのか悪いのかどっちなんだ?」
「さあ?」
「まあ、変なことにならないならいいか」
「そうね」
シオンが一番に転移結晶を使いその場からいなくなると不満に思いながらも後を追うようにプレイヤー達がいなくなっていく。
ディアベルは安心したようにため息をつくと同じように結晶を使った。
曖昧な感じではあったがこれでシオンの暴走はひとまず終わった、のかもしれない。