Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「シリカ、スイッチ!」
「はい!てやあっ!」
シオンがリザードマンの剣を弾き、シリカがその懐に潜り込み短剣を輝かせる。
腹部を貫かれ痛みに悶えたリザードマンはそのまま結晶化し宙へと霧散していった。
第十層迷宮区二階。
攻略組は一切の犠牲を払わず順調にアインクラッドの攻略を続けていた。
しばらくの間余裕をもってフロアボスに臨むことが出来ていたため迷宮区攻略も最大人数を割かずに行っていたが、十層という区切りの良い層のため再び四十八人を招集していた。
また隊を三つに分けて進行しているわけだが、中隊でモンスターを屠っているのは極一部のプレイヤーである。
「相変わらずすげえなあの二人、頼りになるわ」
遠くの方で男のプレイヤーが一人シオン達を見ながらそんなことを呟いている。
その間にも二人は先頭を駆け抜けており、他の人の介入を許さなかった。
「邪魔だからって追いやられるくらいだからな。まあ、俺もあんな中には入りたくないけど」
「モンスターと間違えて斬られそうだな」
「やめろよ、ちょっと有り得そうなこと言うの。それより見ろよ、あっちも」
隣にいるもう一人の男が二人とは別の方を指さす。
その先にはキリトとアスナの姿があった。
そちらも相変わらず息ぴったりといった感じで次々とリザードマンを葬っている。
「……あの二組、どっちが強いんだろうな」
「お、なんだそれ面白いな。まあ俺はキリトとアスナにかけるかなー」
「俺はシオンシリカペアだな。見ろよあれ、あんなに可愛くて強いんだぞ?正義だろ」
「うるせえなロリコン。アスナを見てみろ、大きくなったらもっと成長するぞ……!」
「お前も乳目当てじゃねえか」
「はいはい二人とも、さぼってないで周囲警戒」
「ディアベルさんはどう思うんですか?」
「そういう話は後でなー」
はい行った行った、と急かすように二人の会話を中断し遠ざける。
その後先頭の二グループに目を向けると、苦笑いしてごめんねとつぶやいていた。
「おかしいな、背後にエネミーが」
「シオンさん、それは多分仲間の人です」
「なあキリト、半分ずつでやるのはどうよ」
「俺を巻き込むな」
「ちぇー、じゃあ一人で行ってくるかー」
「一人でも駄目ですー」
冗談で武器を構えるシオンを止めるようにシリカが背後につく。
普通は聞こえない距離の会話だが、索敵の一環で小さな音でも拾うようになっているため遠く離れた者の声まで聞こえるようになっていた。
そんなにスキルポイントが必要なわけでも、入手方法が難しいわけでも無いため簡単に入手できるスキルなのだが、恐らく先ほどの彼らはそれを忘れていたのだろう。
自分が使っていないときはつい目だけに頼ってしまうものだ。
「ま、次言ったらとりあえず半分だな」
「こらっ」
なんて冗談を言いながら道中の敵を倒し順調に最上階まで登り切った。
■ □ ■
攻略組一行は無事最上階ボスフロア前に到着した。
相変わらず大きな扉は多数の装飾が施されており、クォーターポイントほどではないがボスが強くなっているのではないかと予感させる。
だが今更それに対して怖気づくなんてことはない。
「さて、無事に到着したはいいんだが」
シオンがアイテムストレージを開いてため息をつく。
シオンの話を聞いていたディアベルもまた同様だった。
「回廊結晶が無い」
依然としてその名前を目にしないことに呆け武器をかちゃかちゃといじる。
回廊結晶が無いということは一度転移結晶で街に戻らなければならないのだ。
前回もそれなりの期間攻略組にいたわけではあるが、その頃には当たり前のように回廊結晶は出回っていた。
だがいつからあったのかなんてそんな詳しいことは当然知らない。
一度迷宮区を突破しているため二度目はスムーズにクリアできるのは事実だが、ここまでそれなりに時間をかけてきたわけでもう一度通れというのは酷な話である。
となるとここで野宿というのも一つの手ではあるが…………
「いいじゃん行こうぜ」
静寂に包まれたフロアで一際大きな声を出してキリトが立ち上がった。
納めていた剣を担ぐと門の前に立つ。
キリトもシオンに負けず劣らずのこういうやつだ。
それを知っているシオンは小さく笑っていた。
「ここで休んでたら体鈍っちゃうしな。それに今日はみんな調子いい方だったし。まあ、後はリーダーに任せるよ」
アイテムストレージを閉じ太刀だけを肩にかけディアベルの方を見る。
視線を向けられた本人は一瞬戸惑っていたが、攻略組のメンバーと視線を交わし小さく頷くと剣を高々と掲げた。
「これから第十層ボス攻略を始める。情報通りこの層のボスは前回よりもけた違いに強くなっているはずだ。作戦は会議の通り、気を抜かないように。最低条件は皆生き残ることだ、生きて次の層へ!……行くぞ!!」
ディアベルが扉に手をかけそっと押す。
目の前の大きな扉はまるでプレイヤーを招き入れるようにその大きさとは反してあっさりと開いた。
「戦闘開──「伏せろ!!」
ディアベルよりも大きなシオンの声のコンマ後、敵の一振りが頭上を通過していった。
耳をつんざくような風切り音を立てその衝撃波は頭上を越え後方の壁まで飛んでいく。
その攻撃と共に一人のプレイヤーが吹き飛んでいた。
「ちっ、俺は場外ってか」
「シオンさん!」
「全員フロア内に入りボスの背後を取れ!タンク隊は敵の動きを見ながら行動を阻止!ヘイトを集めろ!!」
「おう!」
各々プレイヤーが配置につき武器を構える。
情報との違いに怪訝な顔を浮かべるものも多少いたが、指示を受けると散っていった。
ここで焦らない辺りさすが司令塔だ。
シリカも一度シオンの方を見たが、グッドサインを確認するとボスフロアへと駆けて行った。
「さてと、そんなに痛くは無かったけど出だしからこれか。……もう衝撃波か」
ポーションを開け飲みながら悪態をつく。
扉の隙間から見えたボスの挙動から遠距離攻撃を予測し武器を構えた。
万一に備えて軌道修正を試みた結果がこれなわけだが、皆が無傷で済んだならそれでいい。
だがそれはまぐれだ、少しでも気を抜いていたらどうなっていたか分からない。
前の世界での初動もこうだったのだろうか。
武器を構えていないAGI特化型プレイヤーなんかだと当たり所が悪ければ一発で全損していたかもしれない。
もし前の世界で死者が出ていたとしたら。
結果論で言えばパーフェクトだ、攻撃は防げた。
だがシオンの心には何度も痛感しているそれが靄となって現れていた。
「おれがまともに生きてたら」
彗星の太刀を握り走り出す。
せっかくこんなチートレベルの記憶という能力を持っているというのに大事な部分が欠けているなんて。
何度も何度も思い知らされるそれが着実にシオン自身の指揮を低下させていた。
「今は考えるな、集中」
ぱしっと頬を叩くと手に持つ太刀を輝かせながらボスフロアへと突撃した。
戦況は芳しくなかった。
タンク十人でかかってもボスのスキルを防ぐのに苦戦し、追撃の隙がなかなか与えられない。
それに加え攻撃をまともにくらうとVITが十分でないものは一撃で死ぬレベルの殺傷能力をこのボスは持っているため、迂闊に近づくことが出来なかった。
キリトやアスナ、残り数名が切り込みにいってはいるがそれが出来るのはトッププレイヤーのみだ。
彼らだってAGI特化、一歩間違えれば即死である。
「タンク隊は回復が終わり次第戦線復帰、体力に余裕のあるものはボスのヘイトを集めろ!」
手負いのタンクが下がる中、数人のプレイヤーが前に出る。
この指示ももう十回目を超えていた。
最初は多く出ていたプレイヤーも今では少数だ。
「タンクのアイテムが尽きるぞ…………!」
「嘘だろ、まだ半分も切ってないぞ!」
周りのプレイヤーから動揺の声が出始めた。
タンク隊の回復アイテムは他と違って消耗量が激しいため他のプレイヤーから無償で集めたものを与えており、余分なほどにその量は確保していた。
だが既に底が尽きようとしていた。
まだ第二形態だって来ていないのだ、アイテムに余裕が無い以上無駄に消費する消耗戦は適したものでは無い。
ディアベルも策が思いつかないのか指示の内容は変わらず、各プレイヤーの苛立ちから指揮の低下が手に取るようにわかる。
彼が悪いわけでは無い。
それだけこの十層のボスというのはそれまでと比べてけた違いに強いのだ。
「撤退か…………?」
一人のプレイヤーが小さな声で呟いた。
撤退。
後ろを向くと依然として開いたままの扉がある。
上層のように扉が閉まり結晶無効化なんていう鬼畜ステージでは無いようだが、今この場で撤退をするのは最悪のパターンだ。
この大事なポイントで撤退をすると次いつここを攻略するか分からなくなる。
一週間後か、下手したらもっとだ。
勝ち目ゼロでの撤退はなにより精神面において大ダメージ。
一度完全な負の感情に飲まれてしまっては、それを拭うのには多くの時間が必要になる。
それはなんとしてでも避けたかった。
だが、残されているのは消耗戦。
もはや撤退以外最善手は無いようなものだった。
「どうしますか、シオンさん」
ヘイト集めに前に出ていたシリカが隣に戻ってくる。
ダメージはかすり傷ほどでポーションをちびちびと飲んでいた。
一見冷静そうに見えるが彼女の顔からも微かに戸惑いが感じられた。
解決策が浮かばないのはみんな一緒なのだ。
彼女の不安そうな顔を見て、深呼吸をし意を決したかのように立ち上がる。
太刀を撫で確認するとかちゃりと音を鳴らし前に出た。
「やるしかない、か」
「え?」
手に持つ太刀を鞘に納めボスの目の前へと一歩ずつ進む。
その後ろ姿をシリカは見つめることしかできなかった。
何かいつもと雰囲気が違う、近づいてはいけない気がする。
無防備な姿でボスに向かう彼を止めることが出来なかった。
どこかにある彼を頼ってしまう心が制止の手を出させなかったのだ。
「遊ぼうぜ俺と。どっちが
両手を大きく広げ自分はここにいるぞとボスモンスターに見せる。
それを見たボスは血相を変えるようにシオンの方を向いた。
「バフスキルを持っているやつは全部俺に回せ、ヘイトは俺がもらう。隙を見て回りは攻撃しろ!」
納刀した太刀に手を触れ姿勢を低くする。
自分のステータスが徐々に上がっていくのを肌で感じ、ふっと笑うと踏み込み走り出した。
それに合わせるようにボスモンスターもシオンめがけて駆ける。
十層ボス『カガチ・ザ・サムライロード』の攻撃は図体に比例して範囲が広い。
さらに俊敏性を兼ね備えておりおまけに衝撃波ときた。
この攻撃を触れずに避けるというのは至難の業だ。
ならば。
「抜刀術一式『一閃』」
サムライロードの縦横の攻撃に合わせ縦に振られた剣に太刀を重ねる。
ぶつかると甲高い金属音と共に弾けるが、堪えたシオンがもう一手をサムライロードの横腹へと入れていた。
「いける、いけるぞ!」
片手剣を手にしたプレイヤーが次々と攻撃を加え避けていく。
一瞬サムライロードのヘイトがそっちへと向くが、シオンの重ねのミスディレクションと追撃によりわき見は許さなかった。
「おら!もっと、もっと!もっと来いやぁ!」
フロア中に響き渡る声量で相手を威嚇し指揮を高める。
それと同時に自分が怖気づかないように気を紛らわせていた。
本当はこの場で抜刀術は使いたくなかった。
理由はただ
勿論十層でユニークスキルを出すのは早すぎるというのもある。
前回だと最初に出たエクストラスキルである刀スキルが二十層前後。
そこら辺からぼちぼちいろいろなエクストラスキルが出てきたというのにシオンは刀スキルを通過して抜刀術を出したのだ。
だが気にしているのはそこではない。
情報屋に三日三晩話を聞かれるなんてこの際どうでもいいのだ。
何が問題なのかというと、これを手に入れたのがつい最近なのでスキルがほとんどまだ無いのである。
抜刀術だと出しゃばったのはいいもののスキルが少なく対応が難しい。
それに、今のプレイスタイルはシオンの前例に無いもの。
こんなタンクがやるような戦い方は今までで一度もしたことが無かった。
前の世界ではこの手の立ち回りはヒースクリフなどの仕事だったし、どちらかと言えば今片手剣で斬りこんでいる方がシオンの仕事だ。
VITは多少振ってはいるが、シオンも基本はAGIプレイヤーのためSTRは低くスキルが無ければ力負けしてしまう。
そんな未知の戦い方に内心震えが止まらなかった。
もう何度も経験してきたボス攻略。
それでも慣れなんて来なかった。
このボスは初見なのだから。
「縦、横、縦──」
相手の攻撃を読み、それに合わせた防御をする。
背後にもプレイヤーはいたが、そこまで気を回す余裕もないため衝撃波系の攻撃は身をよじることで避けていた。
常に先を考えなければいけないため休む暇など微塵もない。
気が付けばタンク隊の者も斬りこみに参加していた。
ディアベルもが指示を諦め特攻する。
シオン自身もいつこの付け焼刃が綻ぶか分からないため早急に全てのHPを削り取って欲しかった。
それから10分もせずにサムライロードのHPはレッドゾーンへと突入した。
「警戒!」
ディアベルの声に全員が一歩下がり武器を構える。
シオンは肩で呼吸をし既に疲弊しきっているが、それでも集中を切らさずじっとボスを凝視していた。
ここまで第二形態に移行されなかったということは、レッドゾーンで確実に変化する。
唐突の一撃もあるため、とにかく身構えるしか無かった。
「ミスディレクション!」
シオンが両手を広げる。
限界だが今はこうするしかない。
周りのサポートのおかげでまだグリーンゾーンを保てておりHP面では余裕だ。
あと少し。
あと少し耐えればこの戦いは終わる。
あと少しだけなのだ。
そこでサムライロードが刀を持ち上げ肩にかけた。
武器を変える素振りは無い。
斬撃か、突撃か。
シオンは武器を構え身構えるが、サムライロードは見向きもせずに彼に背を向けた。
その行動に不意をつかれ一瞬気を向いた瞬間視界から消える。
次の瞬間、一人のプレイヤーが壁に吹き飛ばされていた。
「シリカ!!」
自分の下のHPバーが一瞬で半分削れたことに焦り武器を投げ出すように彼女の元へと走る。
そんな無防備な彼を、武者は見逃さなかった。