Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「やば──「ふんっ!」
シオンに振り下ろされた刀をエギルが斧で弾く。
一瞬よろけたサムライロードだが、弾かれた刀を再度握り締め振り下ろしてきた。
「エギル、スルー!」
体勢を崩したエギルが深くしゃがみ、シオンが刀を納刀したまま弾く。
「スイッチ!」
「うおぉぉぉ!」
低姿勢から懐に一撃を加える。
軸のぶれたサムライロードは踵を返すとこちらに見向きもせずにまた別のプレイヤーへと襲い掛かった。
「ナイスエギル、助かった」
「怪我は無いか?」
「ノーダメージ。エギルがいなかったら、危なかったわ」
「子供に任せきりじゃメンツが丸つぶれだ」
「俺は二十歳だよ」
「それでも俺よりは遥かに子供だ。……色々と、済まないとは思ってる」
「なんだよこんなとこで、そういうのは終わってからで頼むわ」
「それもそうだな」
「それよりもシリカは」
思い出したかのように自分のHPバーの下にあるシリカのものを見る。
回復結晶を使ったのか彼女のHPは完全に回復していた。
現在は武器を構えるシリカにディアベルとキリト、アスナが庇う形で前に立っている。
その姿に唇を噛みしめ、拳を握り締めた。
「あまり気にするな、自分を第一に考えろ」
「もっと上手くやれてたらこうはならなかった。全部俺のせいだ。俺のせいでシリカは」
「これ以上お前に誰が何を求めるっていうんだ。あまり自分を追い詰めるな、死に急ぐことになるぞ」
「くそっ」
武器を握る手が震える、自分の弱さが憎い。
こんな紛れもないハンデを持っているというのに英雄様には到底追いつきそうもない。
何が違う、何が足りない。
センスか?才能か?そんなものがあるというのならこんな世界今すぐにでも投げ出してやりたかった。
投げ出してやりたいのに神様とどこぞの男がそれを許してはくれない。
心を蠢く何かに心底吐き気がした。
ボスは今もフロア中を駆け回りプレイヤーを乱雑に斬りつけている。
各箇所にいるプレイヤーはタンク隊を先頭に、サポートする形でその攻撃を凌いでいた。
サムライロードもとどまる時間はそれほど長くないのか、イエローまで削れたプレイヤーも無視をし次へ次へと向かっていく。
だが、向かうプレイヤーは全てランダムだ。
回復中に戻ってきたんじゃシャレにならない。
残りのHPは一本のバーのたった半分。
一気に落とすことも不可能ではないが、その分リスクは大きい。
だがそんなリスク今のシオンには見えちゃいない。
長引かせればいつ最悪の事態が起こるか分からない。
また彼女の方に行ってしまうかもしれない。
『俺がやらなきゃ、俺しかいないんだ』
そんな言葉が執拗に駆け巡っていた。
「トライシュート」
「ちょ、おい!」
エギルの制止を無視し短剣を三本セットで持ち四度それを投げる。
何本か鎧に弾かれ落ちるが確かに刺さっているのを確認するとボス目掛けて無防備に走り出した。
サムライロードは気づいていないのかこちらを向く様子はない。
それに安堵すると背中に飛び乗り短剣を差し込む。
痛みに鈍い声を出すが気にせずソードスキルで切り刻んだ。
攻撃を受けたサムライロードは後ろにいるシオンをはがそうと暴れる。
武器を手放したシオンはサムライロードの腕により地に叩きつけられるが、バックステップで後退するとともに顔面目掛けて長槍を投擲した。
見事側頭部にヒットし甲冑が吹き飛ぶ中、闘志を失わないサムライロードがその手に持つ刀を振り下ろす。
シオンは咄嗟に盾を出し身を守ると、その両サイドをキリトとアスナが駆け飛び掛かった。
キリトが振り下ろされた刀を撫でるように弾き軌道を変え、ぶれた胴体にアスナが突きを加える。
盾の中からそのさまを見守る中、隣をすっと一人のプレイヤーが通った。
「シオンさん、頂きますね」
「シリカ?!」
脇をシリカが駆け抜けボスに飛び乗る。
思わず盾を投げ出し前方に手を伸ばすがその手をディアベルが制した。
「あまり無茶は良くないよ」
「……またかよ」
空を切る腕が虚無感に包まれ落ちる中、シリカがボスの体に刺さっている短剣でとどめの一撃を放っていた。
きらきらと盛大に結晶が舞う中、シリカはゆっくりと地に降りVサインをこちらに送る。
手の届かないところに行ってしまう彼女が怖い。
彼女の身の安全もそうだが、予想を遥かに上回る成長と想像の範疇を超えたシリカという存在に戸惑いを隠せなかった。
これが才能というものなのか、それとも普通の成長でシオンがただ知らないだけなのか。
守るだ何だ言っていたがもう彼女はそういう立場では無いのかもしれない。
自惚れていたのだろうか、それとも彼女に対して試すようなことをした罰か。
彼女の成長を素直に喜べない自分がここにいた。
誰に対してか小さく笑うと同時に体がぐわんと左右に揺れる。
力の入らない体にため息をつくと、自分を呼ぶ声と共に目を閉じた。
■ □ ■
目を開けると暗い木の天井が目に入った。
すぐに自分は倒れた後運ばれたんだなと把握する。
体を起こそうと手をつくが右腕がうまく動かず起き上がることが出来なかった。
シリカが腕を抱き枕のようにして寝ていたのだ。
「しれっと同じベッドで寝るんじゃないよ」
軽くデコピンをし体をすり抜けるように腕を抜き頭をそっと撫でる。
アイテムが無くなりもぞもぞと動いていたが、置いてあった掛け布団をそこに入れるとぎゅっと抱き着いていた。
その姿にくすっと笑ってしまう。
「こうやってみるとやっぱ子供なんだけどな」
そんな子供に対して、既に子供扱い出来ない自分がいる。
だが、彼女を守り無事この世界から帰還させるというのもシオンに課せられた立派な使命であるためそんな感情に振り回される必要はない。
見方が変わった、それだけの話だ。
「なあシリカ。お前は一体俺にどれだけのものをくれるんだい」
前髪を掻き分け頬をつまむとくすぐったそうにそれを払う。
起こしたらまずいなと思い服装を整えると部屋を出て下へと降りた。
「おそイ」
「うわぁ!え、何?ちょ、何怖い怖い」
「人を幽霊みたいに言うナ」
「いや普通に怖いって、え?何??」
下の広間に降りるとそこには情報屋のアルゴがいた。
さぞ当たり前とでも言わんばかりに椅子に座っている。
まだ寝ているのではないかと自分を疑うが、何かに怒りぷりぷりしている目の前の鼠が一番の気がかりだ。
「で、どうしたの?わざわざ宿屋まで来て。急用か何か?」
「シー助、もしかしてメッセ見てないナ」
「メッセージ?……あ」
新着メッセージが来ていることに気づき慌ててそれを押す。
そこには複数のメッセージがあり、その中にアルゴのものもあった。
『話がある。見たら連絡するように』
「……二日前?」
「ああ、二日前ダ。十層を無事攻略したと聞いてメッセを送ったケド、まさかずっと見てくれていないとはナ」
「待て、俺は何日寝てたんだ」
確かに十層ボスをクリアしたのは二日前となっていた。
他にもある未読のメッセージを漁ってもどれもが一日二日前だ。
「嘘だろ、ここは仮想世界だぞ?」
現実の世界でもまずありえない話だというのによりにもよって仮想世界で。
これが疲労から来るものなのは確かだが、肉体を消耗しているわけで無ければ寝不足というわけでも無いためシステムトラブルか何かを疑いたくなる。
だが前の世界でそういったトラブルが起きていないということはシオンの体、マシンは正常なはずだ。
そうやって真面目になって原因を考えていると、アルゴが怪訝そうな顔でのぞき込んできた。
「そういう言い訳は初めてだナ。苦しくないカ?」
「いや本当だから、怪しそうにこっちを見ないでくれ!」
アルゴがジト目でこちらを見てくるのを手でガードする。
信じてもらえないのはそりゃそうだと思うが事実なのだからしょうがない。
シオン自身も、タイムスリップしてきましたと同じくらい驚きだ。
アルゴはその姿を見るとはぁとため息をつき体勢を元に戻した。
「まあそんなことはどうでもいいんダ。それよりも今日は大事な話がアル」
「もう少し労わってくれてもいいんじゃないですかね」
「それは後でナ、これ以上話を曲げるとややこしくナル。単刀直入に言ウ、シー助が言っていたPKがこのSAOの中で起きたことが分かっタ」
その一言で先ほどまでのふざけた空気は一変した。
時が止まり音が無くなり空気が冷め凍り付いていくのを肌で感じる。
目の前の男の纏う空気にアルゴはただ、しまったというワードが浮かんでいた。
頼まれた時から妙だとは思っていたのだ。
『もしこの世界でPKが起きたときは俺に報告してほしい。どんな手段でも、どんなに些細なものでも全部』
自身がそれを頼まれたのは情報屋として活動しているため当たり前だとは思っていた。
確かにこのデスゲームの世界においてPKというのは有り得ない行為だ。
この世界でHPがゼロになったものは現実世界でも死ぬ。
つまり、PKとは殺人であり立派な犯罪である。
当然PKのできるゲームのため心配される要素ではあるが、彼がそれを頼んできたのは第一層でのことだ。
デスゲームが始まって早々そんなところに気が回っていること自体が純粋な疑問である。
ほとんどの人が先の見えないこの世界に戸惑う中、前線に立ち尚且つそんなことにまで頭が回るなんて。
アルゴの想像するもしもが無い限り、普通は起こり得ない事象だった。
だからこそ、こうして口にして初めて気づいたのだ。
「……どこだ」
「言わなイ」
「どこだって聞いてんだよ!」
バンと机を叩きアルゴに詰め寄る。
ほんの数センチまでシオンの顔が近づいてきたときそれは確信に変わっていた。
彼には話すべきではなかった、と。
身震いするほどの殺気。
それが自分に向けられたものでないと分かっていても、話さないのであれば当然こちらにも矛先が向く。
彼の憤りがアルゴを恐怖で包みこんでいた。
今更誤魔化そうにもとてもじゃないが良い案が思い浮かばない。
逃げようとしてももう遅いだろう。
口にしてしまった時点で手遅れだ。
「答えろよ、どこだって────「シオンさん?」
ふっと聞こえてきた声に二人ともそちらを向く。
そこには眠い目をこするシリカの姿があった。
「シリカ」
「起きたらシオンさんがいなかったので。良く寝れましたか?」
「あ、あぁ」
「ずっと目を覚まさないから……ちょっとは心配してたんですよ?」
「それはすまない」
「大丈夫ならいいんです、私たちが頼りきりだったのが悪いんですから」
二階から降りてきたシリカは近くまで来ると無言でシオンの隣に座る。
周りの客やアルゴを見た後一瞬俯き、アルゴに会釈をするとむっとした顔で睨みつけていた。
その行動にアルゴがはっとなる。
「アルゴさん久しぶりですね。なんでこんなところにいるんですか?」
「今修羅場にする気は無いゾ」
「誰から場所を聞いたんですか」
「オレっちは情報屋だからナ」
「ただのストーカーじゃないですか」
「一層でそれをしてたシーちゃんには言われたくないナ」
シリカがむーっとアルゴを睨みつける。
対してアルゴは余裕の面持ちだった。
さすが情報屋といったところだろうか、ずる賢さがここでも発揮されている。
そんな二人の言い合う姿を見ていたシオンははぁーっと大きくため息をつくと間に割って入った。
「何の話してたか忘れちゃったな」
「それでいいんです、こんな女のことなんて」
「女ってまたすごい言い方だナ。いつからこんな子二」
「元からですぅ」
「そこは威張るところじゃないダロ」
いーっと二人がにらみ合うなかシオンは無言で席を立ち入口の方へと歩を進めていた。
「どこに行くんですか?」
「散歩だよ。ちょっと歩きたくなってね」
「気を付けてくださいね」
「はいよ。……アルゴ、また明日にでも聞かせてくれ」
「分かっタ」
扉が閉まる音と共にアルゴはシリカの方を見る。
シリカは目が合うととぼけるようにそっぽを向いていた。
「ありがとナ」
「何のことでしょう」
「オレっちじゃどうもできなかっタ」
「あたしはたまたま通っただけですよ。それに、何も知りません」
「そうは思えないけどナ」
「シオンさんが教えてくれないんですから、私は何も知りませんよ。アルゴさんは何か知っているみたいですけど」
「シーちゃんは大事にされてるんダヨ。良いことじゃないカ」
「それなら良いですけどー。まあそうですね、言葉にだけは、気を付けてくださいね」
「そんなのは分かってル」
「まあ少なくとも?アルゴさんよりかはシオンさんのこと知ってますよ??」
「────それはあり得ないよ」
「へっ?」
一瞬誰か分からなかった声にシリカは戸惑いの声をあげる。
いつものアルゴじゃない、本人か疑いそうになるような。
俯くアルゴは顔をあげるとニヒっと意味深に笑った。
「オレっちは情報屋だからナ」
「情報屋が知らないことも知ってるんですー」
「どうだろうナ」
荷物をまとめると外していたフードを深くかぶり立ち上がる。
またナ、と手を仰ぐとアルゴはその場を後にした。
扉の閉まる乾いた音と共にシリカを静寂が包む。
最後のはいったい何だったのだろうと疑問だけが残っていた。