Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
2024年2月23日 アインクラッド第三十五層迷いの森。
この場に不釣り合いな動きづらいマントをはためかせ森の中を動く影がある。
腰には短剣、背には太刀を付けた男が暗闇に染まる森を躊躇なく駆け抜けていた。
時には木に飛び乗り移動する姿はとてもこの世界の敵と戦う姿とは思えない。
それもそうだ。
彼が相手にしているのはこの世界のエネミーでは無いのだから。
ソードアート・オンライン 通称SAO
次世代型VRゲームとして全国の人々に注目されていたこのソードアート・オンラインは現在、製作者の茅場昌彦の手によってデスゲームへと変貌を遂げていた。
プレイヤーのHPがゼロになると現実の肉体が死へと誘われるというもの。
当然モンスターに襲われて全損すれば死に至るわけだが、この世界はそれだけではないのだ。
そんなプレイヤーをあるべき場所へと帰すのがモンスターを無視してフィールドを駆け巡る男の仕事。
プレイヤーネーム、シオン。
彼の手にかかれば気の迷いで殺人をするような者達はほんの一瞬で天へと還る。
造作もないことだった。
「おいシオン、お前は二層に行かないのか?」
「……悪い、俺はもう一緒に行けない」
「なんでだよ。お前のおかげで倒せたじゃないか!取り巻きだって立派な貢献だろ。そりゃああのベータ―とは違うだろうけどよ」
「そうじゃないんだ。……怖くなったんだよ。あのディアベルって人が死んで」
「怖くなったって。……そっか。いや、良いんだ。無理に誘おうなんてそんなつもりはない。俺ら待ってるからさ、気が向いたら来いよ!まあ、追い付いて来れたらだけどな!」
へへっと笑うフレンドに苦笑いをすることしかできない。
こんな自分を笑わないのは彼らの優しさ故だろう。
きっと彼らはそういう暖かい心を持った、それこそああいう人が真のヒーローになるんだろうなと思った。
俺は彼らとは違う。
臆病で、情けなくて、自分の世界でしか生きていけないそんなくだらない人間だ。
結局それから半年、いや一年以上攻略組になんて戻りはしなかった。
下層でちまちまレベル上げをし始まりの街にいる連中と俺は違うんだと言い聞かせる毎日を送る。
だがその始まりの街に足を踏み入れれば自分の惨めさが際立つのも分かっていた。
口実と共に、全てから逃げ回る日々を送っていた。
あの時のフレンドとは連絡は取っていたが、こんな惨めな姿をさらさない為にも必ず一定の距離だけは取り続けている。
追いついて来れたら。
暇人を舐めるな、何も背負わない人間には無駄にする時間だけがたんまりある。
レベルだけなら最前線に負けたことなど一度もなかった、離すのは寧ろ自分の方だ。
だがシオンが討伐しているのは誰にも何の影響も無いような雑魚だけ。
稀に下層プレイヤーが囲まれている所を助けるなんてこともあったがそれだけだ。
あいつらにこの世界への貢献度で追いつける日なんて一生来るわけが無かった。
そんなある日、フレンドリストからチャットリストが消えた。
最初は何かの冗談なんじゃないかと思った。
チャットリストの設定など弄った覚えは一度もない。
やけ酒で無意識にやったなんて馬鹿げた話があればいいのだがそれも考えにくい。
もしかしたら向こうに呆れられて全削除されたのではないかとそんなことを考えていた。
だがそれはフレンドリストを見て違うことに気づく。
フレンドリストからもそのチャットリストから消えたメンバーの名が消失していた。
フレンドなんてこの世界に来てから四人しかなったことはない。
うち一人は第一層のボスで死んでしまい、それでも残り三つはあるはずなのだ。
消された?三人から一気にそれも同時に。
有り得ない話ではない、寧ろなぜ今までそうしなかったのかと考える。
だが逆に今までずっとしなかったのにとうとうその時が来たという解釈でいいのだろうか。
もしやバグか?
だがここに来てこのゲームでもバグが出るのかと考える。
こんな命を懸けている世界でバグなんて冗談じゃない。
例え些細なことであってもバグが起きると分かってしまえば、これから先万が一戦闘中にその些細なバグが起こったらどうすると言うのだろうか。
大事な局面なら尚更そんな小さなバグで人は死ぬ。
まさかそんなミスを茅場が────するわけなんてなかった。
始まりの街黒鉄宮、生命の碑。
フレンドリストから消滅したところで三人の名前を忘れるなんてことはない。
一万人の中から三人の名前を探すのも造作もないことだった。
名前を見つけ、そして三つとも全てに引かれた横線にシオンの時間が停止していた。
このゲーム内で死んだのだ。
冗談じゃなかった。
三十層も過ぎた頃、大事なエリアでもないそんなところでなぜ死ぬ必要がある。
前線に行かないにしても情報だけは常に耳に入れている。
そんな特殊ギミック聞いたことが無い。
中層プレイヤーでもない最前線で活躍をする三人がどうしてそんなところで。
すぐに情報屋と称されているアルゴという人物の元へと向かった。
そのふざけた風貌に苛立ちを覚えるが今はそんなことどうでもいい。
すぐに大金を積んでプレイヤーの名を出し情報を聞く。
だが、今最前線の攻略組の中でフロアボス討伐やフィールドボス討伐中の犠牲者は無いということが明らかとなった。
ということは三人が一緒の時、それも何の変哲もないそこら辺で死んだ可能性が限りなく高くなっている。
おかしな話だ、何をしたらそんな場面に遭遇する。
やはりフィールドの一般的なモンスターに殺されたのか、それとも緊急クエストに巻き込まれたのか。
だが彼らは三人だ、ソロじゃない。
普通に考えて否である。
だがじゃあ一体どうして──
そう考えるシオンの元にすぐアルゴからメッセージが届いた。
『今最前線の方でPKerが話題になってイル。プレイヤーキラー、レッドプレイヤーのことダ。その
レッドプレイヤー。
最後まで文を読まずに閉じる。
聞いたことが無いと言いたいところだがそんなことはなかった。
つまり三人はその連中に襲われたと。
このSAOをクリアするために攻略組に志願し最前線を駆けていたこの三人を。
シオンなんかとは違い恐怖に打ち勝ち皆のために努力した三人が。
そんなくだらない連中に殺されたというのか。
その日、シオンはこの世界で初めて人を殺した。
後になって知った話で生命の碑を触るとその人の死因が分かるとか。
改めて確認すると初日に殺めたレッドプレイヤーは別人だったらしい。
そんなことには一切悪びれることもなく、シオンは武器を輝かせる。
やがてシオンは以前三人を殺めたプレイヤーの名を生命の碑から探し、その横線にほっと息をつく。
その死因にはしっかりとシオンの名が刻まれていた。
『シー助、四十四層のプレイヤーかラ少し香しい情報が来タ。今から行けるカ?』
『分かった。特徴は簡単で良い教えてくれ』
『今回も殺すのカ?』
『相手次第だ。牢に入るなら見逃す、じゃないなら殺すまで。一度否としたら二度と話を聞くつもりはない』
『そう言って一度も助けたこと無いダロ』
『まあそうだな。一度も分かりましたと言われたことが無ければその場にいる者全員をしっかりと葬っている。俺を見たって皆舐めてかかるだけだ』
『シー助がそういう格好で行くからだけどナ……』
メッセージを閉じ転移結晶で目的地へと向かう。
アルゴとコンビを組むようになってから早半年が経過していた。
と言ってもPKerの暗殺という名目なので共闘することなんて滅多にない。
もう何人殺したかなんて当然覚えちゃいないし記憶する気も無かった。
地獄に行くやつらなんて記憶に留めておく価値すらない。
この世界にはNPCを除いて一万人しかいないはずなのに、一体PKerは何人いるのだろうか。
と言ってもほとんどが低レベルのプレイヤーを弄ぶような連中でまともな奴は一人だっていやしない。
そんな奴らを狩るのもまともじゃないのは当然なのだが。
そしていつものように仕事を終え帰途に就く。
レベルを見せず、装備を軽装にし武器は短剣を一丁。
震える演技なんかも加えれば完璧だ。
毎回降伏の願いをしても笑い飛ばされるだけで聞く耳を持たない。
そう、それで良いんだ。
こっちだって牢に入れるのなんて建前だ。
そうやってくれるだけで心置きなく殺せる。
三人を殺した罪を償うのならそんな連中いくら死んだところで安いものだろう。
武器をしまいいつもの服装に戻ると一件のメッセージが来ていることに気づく。
それは先ほども送ってきたアルゴからだった。
今日は悪魔の一日だろうか。
『シー助、急いで三十五層の迷いの森へ向かってクレ』
『はいよ。なんだ、今日は忙しな』
『冗談は後にしてクレ。それと今回はキー坊からの依頼でナ、殺しは無しダ』
『キー坊?誰だよ』
『キリトだヨ。黒の剣士キリト』
『キリト』
その名に懐かしさを覚える。
最前線で活躍してるとかでよく号外になっているがシオンにとってはひどく懐かしい存在だった。
自分より遥かに年下だというのに最初から変わらず前線を駆けているという。
その存在は尊敬に値するものであり同時に嫉妬の対象でもあった。
そんなキリトからの依頼だなんて。
一体どういうことだろうか。
『キー坊も最近のPKer問題に目をつけているみたいでナ、どうにかして尻尾を掴みたいらシイ。これはキー坊が別の人から受けた依頼で緊急性も含めてオレっちにも連絡してきたとカ。ま、シー助の存在は話してあるからナ』
『お前、いくらで売ったんだよ』
『もちろんタダ』
『俺の肖像権どこいった』
『ニシシ』
アルゴの変わらない扱いにため息をつくが今更気にするものでも無いため頭を振る。
一日二件と物騒極まりないがまあいい。
シオンがあまり考えていなかったその尻尾というものが掴めるのなら協力するまでだ。
そして現在、シオンは森の中を駆け抜けていた。
久しく来ていないエリアだったが暗いうえに狭く行動のしづらいマップである。
その割にこのエリア周辺はそれなりに賑わっているようでちらほらプレイヤーの姿が見えた。
あまりよくは知らないが何か中層プレイヤーに人気の狩場やクエストなんかがあるのだろうか。
索敵スキルをフル活用し周囲をくまなく捜索する。
飛び回っていると案外あっさりオレンジのプレイヤーが見つかった。
詰め寄ろうと身構えるがそこで止まり冷静になる。
今日はアルゴからではなくキリトからの依頼。
殺しは無しと言われた以上段階を踏む必要がある。
この程度の連中なら人を襲ってからでも対処できる自信があった。
となるとここは待機し観察が正しいだろう。
そう考え止まっていたシオンの索敵に突然反応が出る。
それは一人のプレイヤーの体力減少と何者かの全損だった。
「嘘だろ」
目の前のオレンジを放置してすぐに現場に向かう。
一瞬のことで消えたプレイヤーが何者だったかが分からない。
そんな想定外の一撃に戸惑いを隠せなかった。
無理をしたプレイヤーが森のモンスターに襲われただけだろうか。
そんなあっさり死ぬものなのかと疑問が浮かぶがここは自分とは住む世界が違う。
当然固定観念なんかは当てはまるわけが無い。
索敵スキルを駆使し現場に直行すると敵の正体が判明した。
三体の巨体を揺らすゴリラ。
この森の中ではかなり強い方のモンスターだろう。
だがすぐに異変に気付く。
このサイズのモンスターが三体群れを成して行動するのは普通有り得ない。
緊急クエストなら可能性があるのだがちょっと向こうを見れば別のモンスターが湧いていた。
となればその可能性も低い。
じゃあ一体どうして。
そんなことを考えているうちに一匹が棍棒を振り上げていた。
瞬間シオンも武器を取り出し構える。
「トライシュート!」
武器を三本連続で投擲する技。
だがプレイヤーの位置が正確に分からないため中央への投擲が出来ない。
プレイヤーに命がかかっているが、一か八かなんて出来なかった。
二本は両サイドへ、そして一本はモンスターの足元すれすれへと投擲する。
それは見事直撃したが、中央の巨体の動きが停止しないのを目にするとそっと目を閉じていた。
棍棒は振り下ろされた、とても耐えられるHPではない。
次にはガラス片が舞う音が空を埋め尽くす。
やがてそれが静まると閉じていた目を開け、状況を確認した。
片手剣を携え黒のコートを纏う男。
そして隣にはレッドゾーンで留まったままの少女がいた。
その事実だけが、シオンの心を救った。
それから二日シオンは二人の後をつけていた。
その際に何度か目にしたロザリアという女。
キリトが言っていたオレンジギルド、タイタンズハントのリーダーというのはこの女のことだろう。
レベルも普通で中層プレイヤー相手なら数の暴力で殺る、それくらいのレベルのやつだ。
周りにいるなよっとした連中が仲間かは分からないが、こういうタイプは外を探せばオレンジの仲間がいるもの。
オレンジプレイヤーは街には入れない。
だが今回はそれを見つけたところでシオンには何もできないしするつもりもない。
少女を救ったキリトなら、上手くやってくれるだろうと勝手に信じていた。
結局二日目にキリトはタイタンズハントのメンバーほとんどを牢獄送りにし、後日残りのメンバーも対処したとか。
殺すことしかしてこなかったシオンにとっては衝撃の出来事だった。
前線を駆ける少年に自分の本職でも負けたのだ。
この世界でのシオンという存在意義が失われたような気がした。
『シー助、依頼ダ』
『ごめんアルゴ、俺はしばらく隠居する』
『残念だが拒否は出来ないゾ。今回はご指名の依頼でナ』
『は?』
『この前助けた女の子覚えてるカ?その女の子からのお願いダ。最前線に行けるくらい強くしてとのことダ』
『どうして最前線なんかに、それになんで俺が』
『そんなのオイラも知らないヨ。デモ、前に助けたこと知ってたみたいだゾ。オレっちは人の情報は安く売らないカラ誰が漏らしたかは知らないけどナ』
『まさか』
アルゴが言ったことが本当だとするとそれはキリトだろう。
どうしてまたそんなことを。
大した活躍なんてしていなかったというのに。
『それとキー坊から回しものだ。オレっちはいらないからシー助にあげるヨ』
アルゴからメッセージでアイテムが届く。
そこには回廊結晶が入っていた。
『キー坊がもう使わないから有効活用してくれとのことダ。大事に使えヨ?』
『──ありがとう』
アイテムストレージへとそれをしまい一人沈黙に包まれる。
アルゴからのメッセージ通地が来るがそれを無視して天を仰いでいた。
今自分がすべきことは何か。
この世界にシオンという存在を残すためにすべきこと。
そして、今は亡き三人のために、無念を晴らすために。
彼らがいなくなった罪を、償うときが来たのだ。
『アルゴ、しばらく仕事すぐに向かえなくなるかもしれない』
『気にするナ、頼めるのは別にシー助だけじゃないからナ。シリカからのはどうスル?断っとくカ?』
『いや、受けるよ。少しくらい善行を積んどかないとね』
メッセージを閉じ指定された場所へと向かう。
そこにはやる気に満ちた少女がおり、高レベルのシオンに対しても怖気づく姿はなかった。
こんなにきらきらとまっすぐ先を見つめる目を見たことがあっただろうか。
この少女を見ていると何故か三人のことを思い出す。
あの頃は、もう少しましだったのかもしれない。
薄汚れたドブのような世界で染まらない血に染められた手が今日も明日もと人を斬る。
そんな彼にとって、今目の前には別世界が広がっている気分だった。
自然と頬を伝う何かに少女が驚き初めてその表情を崩す。
そんな姿を見ていつぶりかシオンの頬は緩んでいた。
「よろしくね、シリカ」