Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「それでアルゴさんを連れてきたと」
「あの場で別れたら危ない、と思ってさ」
森へ出て行ってから丸一日経った頃、シオンはアルゴを連れたまま宿屋へと戻っていた。
ドアを開けるとそこにはシリカがおり、どこか難しい顔をしていたが説明をすると納得してくれたようだ。
本当はすぐに戻りたかったのだが、アルゴがオレンジになってしまったためまずはそれを戻さなければならなかった。
オレンジからグリーンに戻るための更生クエストは非常に簡単ではあるのだが、それゆえに時間がかかるのである。
彼女は一人で出来ると言っていたがシオンがそれを許さなかった。
一人で出来るのは分かっているのだが、一人で出来るのと一人にしていいのとでは話が違う。
あんなことがあった後ではなおさらだ。
「やっぱりオレっちは戻るヨ。ここまで安全だったんダ、後はどうにデモ」
「ならないだろ、目をつけられたんだ。アルゴだって目立たない役回りじゃないんだからまたすぐに襲われるぞ」
「オレっちだってそんなにやわじゃナイ。あんなやつらの一人や二人」
「一人や二人が大丈夫でも、この前みたいに数十人来たらどうするんだ。アルゴだって知らないわけじゃないだろ、あの集団の規模を」
アルゴが帰ろうとするのを頑なに拒む。
理由は明らかだがそれを口にすることは出来ず、その場で思いついた言葉を必死に並べていく。
ただ子供のように彼女の言葉に反抗するだけだった。
「オレっちだってずっとここにいたら仕事が出来ナイ。オレっちに攻略組になれっていうのカ?」
「それは……」
「シー助が攻略組をやめたらSAO攻略なんて夢の話ダ。オレっちがシー助についていたらただ腐るダケ。分かるだロ?」
アルゴの言葉に押されじりじりと小さくなる。
現状シオンが彼女を一人にする気はない。
だがそうなると彼女の言う通りどちらかを切り捨てなければならなくなるのだ。
彼女を危険に巻き込むわけにはいかないし、自身が攻略組を抜けるわけにもいかない。
このままでは、と分かっているが納得してもらえるような理由が思い浮かばない。
彼女を止める理由を口にすれば良いわけだが、ディアベルやシリカにした話を彼女にも告げることをどこか拒んでいる自分がいた。
それにその言葉を告げたところで今彼女が上げた条件をクリアできるわけでは無い。
何も言葉が出ずに悩んでいるとアルゴはそれに気づいたのか荷物をまとめて扉を開けていた。
「オレっちは自分のいるべき場所に帰るヨ。昨日は助かっタ、これからもご贔屓にナ」
小さく微笑み、どこか悲しげに笑う。
そんな些細なことに余裕のないシオンは気づくはずもなく、扉が閉まった後もただこぶしを握り締めるだけだった。
「ごめんな、シリカ」
「気にしていませんよ。過去に、何かあったんですか?」
「……何もなかった」
「何もない?それってどういう────」
「いや、何でもないよ。今日はもう、寝ていいか?」
「お腹空いてませんか?下に降りれば少しくらい」
「今は食欲無いんだ。……明日には、戻るからさ」
「……はい」
シオンはベッドへと向かい服装を変えることもなくそのまま突っ伏す。
シリカはその姿を見ると無言で部屋のドアを開け外へと出た。
シオンが悩んでいることがどのようなことなのかは何となくだが分かる。
だが本人がそれを口にしないのならばそれ以上のことは何もできない。
頼られていない者が出しゃばるところでは無いことくらいシリカにも分かっていた。
大丈夫なら、本当に大丈夫ならそれでいいのだ。
「……もっと、頼ってくれてもいいんですよ」
ドアに背を預け聞こえない大きさでそっとつぶやく。
どこか自分だけが置いてけぼりにされているような気がして、悲しかった。
■ □ ■
翌朝起きたとき部屋の中にシオンの姿は無かった。
その状況に一瞬焦りを覚えるが無理をしないと約束したのだからと落ち着きを取り戻す。
そこに一着のメッセージが届いた。
一斉送信メッセージ。
新しい層に進出したため、今後の方針を決めるためのいつもの代表者へのメッセージかと思いぼーっとそれを開く。
代表者とは有力なギルドのギルドマスターや、攻略組の要となり善戦しているプレイヤーのことだ。
後者ではキリトやシオン、そしてシリカなどが入る。
だがそのメッセージはいつものそれではなかった。
《From:sion》
内容は至って普通の完結的なものだった。
『今日特に用事のない者は中央広場に集まってくれ』と。
集合時間、お昼時を過ぎたころ多くの攻略組メンバーが中央広場に集まっていた。
どれもなぜ集められたのか分からないといった顔ばかりで理由を知らされている者はいなさそうだ。
シオンの信頼はここ数か月で回復、よりよいものとなってはいたが、こうまで雑にあしらわれては怪訝な顔をする者もいくつかいる。
ディアベルやアスナが下手に立つなか、全員の中央少し高くなったところにシオンは立っていた。
「急な連絡でこれだけ集まってくれてありがとう。みんな戸惑ったような不思議そうな顔をしてるけど別にそんな張り詰めた話をしようってわけじゃないから安心してくれ。今日は軽いゲームをしようと思ってね。祝勝会の続き、息抜きってとこかな」
シオンが淡々と話し始めると周りの表情はますます怪訝そうになっていた。
「今日は一対一でデュエルをやってもらおうと思ってね。みんなやったことない人もいるでしょ、デュエル。せっかくだから対人戦を、と」
「何のためにやるんだい?シオン君」
ディアベルが前に出て発言する。
その顔には質問とは裏腹にどこか理解しているような雰囲気があった。
自分は分かっているが困惑している者のために説明してほしいという意味なのか、
だが今のシオンが後者に従うことは出来ない。
彼の真意に気づかないふりをしてシオンは口を開いた。
「さっきも言ったけどこれは息抜きだよ。もちろん参加は自由。参加者は一人五万コルもらいます。対戦はくじ引きのトーナメント形式。対戦形式は初撃決着モード。簡単に説明すると先に大きな一撃を与えた方が勝ちってとこかな。かすり傷程度じゃ勝敗は決まらないし、両者初撃を外した時点で相手のHPを半分まで削らなきゃいけなくなるから注意。まあ後は実戦を交えて身体で覚えてください。一位二位三位には集めたお金と俺から賞金&ちょっとした景品があるから腕に自信のあるやつとかは積極的に参加してくれると有難いです。普通に楽しいと思うからさ」
即席で考えた皆が納得しそうな言葉をすらすらと並べていく。
なんて計画性のない発想だろう、本来こんなに馬鹿みたいに焦るタイプではないはずなのに。
何にこんなにも急かされているのか分からないが、そんな分からない事象に無理やり背中を押されていた。
これで頷いてもらえないのなら次に何を足そうかと考えていたが、集団の真ん中でだれか一人が手を上げると続々と手が上がっていく。
仮にも皆攻略組。
ほとんどが戦闘馬鹿で構成されている集団なのだからやらないやつの方が珍しいという話だ。
だが、そんな曖昧なものに賭ける人間では無かったというのに。
思ったより早く皆が納得してくれたことに安堵しているとディアベルがじっとこちらを見ていることに気づく。
それに対し心意に気づいていないふりをするとため息をつき彼も手を上げた。
察しが良いのは嬉しいことだがあそこまでになると少し厄介である。
ディアベルがシオンの前に来て二十万コルを出すと、その後ろに長蛇の列が出来上がった。
「君も参加するんだよね」
「そりゃもちろん。優勝しないと赤字ですから」
「昨日途中で外に出ていったのと何か関係があるのかい?」
「酔いつぶれてたと思ったら生きてたのかよ」
「リーダー舐めちゃいけないよ」
「ああ怖い怖い、恐ろしいわ」
ははっと作り笑いのように笑うディアベルに気づかないふりをする。
「もっと頼ってくれても──」という言葉は聞こえなかったことにした。
善意だろうとそうでなかろうと、喋りすぎると墓穴を掘ってしまうことくらいシオンにも分かっている。
だからこそ今はディアベルの手も取らずにいた。
「シオンさん」
「なんだシリカも参加するのか。賞品っていってもそんな可愛いのは用意できないぞ?」
「……私、優勝しますよ」
「まあ、ここはやれるもんならやってみなと言ってみようか」
「絶対に負けません」
冗談半分で挑発するようなことを口にするがシリカはどっちも聞いていないようで睨みつけるようにシオンを見ていた。
本気でやってくれることに関しては嬉しいのだが、何か違うものが混じっていることは分かっている。
可愛い顔が台無しだぞ、とここで冗談のように言えたら良かったのかもしれないがこれ以上そんなことは言えなかった。
あくまで知らないふりをして次の人に目を向ける。
この空気はどうも苦手だ。
■ □ ■
シオン主催の対人トーナメント大会には総勢60名のプレイヤーが集まった。
どうやら話を聞きつけた攻略組以外のプレイヤーも参加を申し込んだらしいのだ。
生憎シオンは攻略組全員の顔を覚えていないためだれがそれ以外の人物なのか見ただけではわからない。
だが特に攻略組限定で開催しようと思っていたわけでは無いし、寧ろ対人戦を好むPKerの連中がここに混ざっているかもしれないと思うと都合が良かった。
番狂わせ状態で上がってくるかもしれないが絞るにはちょうどいい。
そいつらの顔の方がよっぽどよく覚えている。
募ったメンバーをあみだくじで適当に分け名前を書いていく。
その欄にキリトの名前は無かった。
こういうのには進んで参加する人間だと思っていたが案外そうでも無かったらしい。
加えてヒースクリフの名も無かった。
初戦はシリカ対タンクのプレイヤー。
短剣を構えにらみつけるシリカにタンクのプレイヤーは苦笑いをしていた。
きっとその笑みには色々含まれているのだろう。
興味本位で参戦したというのに初戦から攻略組最年少の女の子。
おまけにすごい睨みつけられ、とても本気なんて出せたものじゃない。
それに加えて。
「てやぁ!」
ぴょんぴょんと飛び回り体を切り刻み、チクチクと小ダメージを与え隙を突き最後に一撃を加えHPを半分まで削る。
開始数分でもう一度ブザーが鳴り、シリカは武器をしまって一礼した。
試合は終わりタンクのプレイヤーは微動だにせずにもう一度苦笑いする。
AGI特化の攻略組有力者の一人に勝てるわけが無かった。
シオンの初戦は片手直剣を一本だけ携えた少年。
盾を持っていないためキリトやアスナのような戦闘スタイルなのだろう。
盾を持たないプレイヤーは少ないためかなり珍しい型である。
「俺もタンクが良かったな」とため息をつくと背中に槍と腰に短剣二丁をセットする。
まあ誰が来たところで負けてしまっては示しがつかないわけだが。
槍を構えると始まりのブザーが鳴り、シオンは駆け出した。
一瞬で間を詰めたシオンにすかさず少年はパリングの構えを取る。
それを読んでぎりぎりで槍の一刺しを止めると柄で思い切り薙ぎ払った。
まだブザーはならない。
軽い体は宙を舞っていたが受け身を取ったのかゲージはほとんど削れていなかった。
対人でパリングをしたのはきっと初戦でシリカがやってみせたからだろう。
他人の戦闘から良い動きを盗もうという心がけは褒められたものだ。
だが初戦で外れくじを引いたのが運の尽きというものだろう。
「ランチャー」
片手で掴んだ槍を勢いよく投げ少年の頭すれすれを通過する。
ヒットしなかったためそのまま奥へと飛んでいくが、囲んでいた大柄のプレイヤーにヒットすると弾け飛ぶように武器が爆発し、消滅する。
勿論そのプレイヤーにダメージは無く小さなノックバック程度で済んでいた。
それに対しお礼をすることもなく、シオンは少年との間をつめ短剣を振りかざしていた。
「不適合、ね」
いつぶりか見覚えのある光景に一瞬停止する。
目の前の少年はシオンの姿を悔しそうに睨みつけていた。
武器を握り締め、動けずに震える足を抑えながら。
特に麻痺やスタンを加えたわけではない。
この世界では初めて見たが前にもこんなプレイヤーはいた。
『フルダイブ不適合』
理由はフルダイブ技術に関して詳しくないシオンにはわからない。
だが、前にそのせいで苦労した人から話を聞いたことがあった。
フルダイブ不適合者がどれだけこのデスゲームと相性が悪いのかを。
一種のバグのようなものなのだろうが、ちゃんと認識している時点で一線引かなければいけないものがある。
同情はしない。
自分はそうじゃなかった、それだけの話だ。
だからこんなことを悪びれもせずに口にする。
自分を棚に上げて、そして彼を絶対に後悔させないために。
「お前、絶対最前線には参加するな」
首元を狙って短剣を振り下ろす。
デュエル終了のブザーが鳴りシオンは頭を下げると少年に目もくれずにその場を後にした。
今彼は恐怖しているだろうか嫉妬しているだろうか、それとも絶望しているだろうか。
どれだって構わない、どうか今の感情を少なくともこのゲームが終わるまでは忘れないでほしい。
嫌われたっていい、罵られたって構わない。
そんな形でも彼の記憶の片隅に留まることが出来るのなら本望というものだ。
ぎゃーぎゃーと騒いでいたギャラリーも何が起きたのか理解できず沈黙に包まれるが、ディアベルが二度拍手すると次のグループへと移った。