Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「……リン」
「お忘れですか、お兄様。No.51コ―ドネ―ム《リン》ですよ」
「忘れるわけが、ないだろ」
「名前で気づくと思っていましたのに」
「……嘘だろ」
「いいえ、嘘では──」
「冗談ならよしてくれ。なんでお前が、なんで……なんでいるんだ!お前が!ここに!!お前は前回いなかっただろ!!」
「何を言って」
「嘘だありえない!だって……前回は……!」
膝をつき訳の分からない言葉を並べるシオンに一瞬静まり、どよめきが起こる。
リンと呼ばれる彼女も予想していた返答とは違う彼の挙動に戸惑いを隠せなかった。
収まることのない動揺が広まる中、二人の間にディアベルが入る。
「落ち着いてくれみんな。シオン君は突然のことで驚いているんだ。誰だってそうだろう?このデスゲームの世界に大事な人がいるなんて。友人、恋人、家族。まさかこんな世界にいるなんて誰も思わない。だからみんな、彼に心の整理をする時間を与えてあげてほしい」
中央に立ちディアベルが群衆を鎮めようとする。
だが群衆が静まることはおろか、その言葉さえも今のシオンには届かず、彼はすっかり抜け殻のように固まっていた。
そんな放心状態のまま腕だけが不自然に動き、アイテムストレージから青色の結晶を取り出す。
「……転移、クロムウェル」
小さい声で呟くとシオンが無言でその場を立ち去る。
残されたリン、ディアベルは空を切る気持ちだった。
シオン主催のトーナメント戦は結局準決勝で終わってしまった。
■ □ ■
その日の夜、シオンとシリカがとっていた宿にディアベルを加えた三人が集まっていた。
シオンの表情はすっかり沈んでおり、状況をメッセージでしか伝えられていないシリカが不思議そうにそれを見て、ディアベルはシオンの気を伺っている。
あの後シオンがディアベルに話があると連絡し、それを聞いたディアベルが彼女に伝えたのだ。
シオンはシリカに言っていいとは一度も口にしてはいなかったが、別に居ても困るわけでは無いしそもそもここは自分一人の部屋ではない。
むしろ勝手にディアベルを部屋に連れてきたシオンが悪いというものだ。
シリカもつい先ほどディアベルにこてんぱんにやられたわけで複雑な気持ちではあるが、シオンが衰弱しきっている姿を前にそんなことは今更どうでも良かった。
「シオン君話を聞こうか。恐らく先ほどの件なんだろうけど。話しづらかったらゆっくりでいいからね」
静寂に包まれるなか、シオンは口を開けては閉じ開けては閉じを繰り返していた。
話したいのに話せないのか、どう話したらいいのか分からないのか。
時間を置いてもなお頭が追い付いていないシオンは何も言葉を発せずにいた。
そんな今まで見たことのない彼の姿にシリカは少し戸惑うが、やがて何かを思いついたのか口を開いていた。
「外に出ませんか、シオンさん」
「へ?」
シリカの突拍子もない発言に抜けたような声が漏れる。
だが否定しないということは言い間違えだとかそういうわけではなさそうだ。
「外の方が空気がいいですし、空もきれいですよ。それに今なら人もそんなに多くないでしょうし」
「別に楽しい話をしようってわけじゃ」
「分かっていますよ。……分かってます」
自問自答をするかのように復唱し一人うなずく。
その光景をどういうことだ?と不思議そうに見ているとディアベルには伝わったのか「行こうか」と言い一人立ち上がっていた。
それについて行くようにシリカも立ち上がると誘導されるように、シオンも立ち上がっていた。
■ □ ■
「……懐かしいな」
「あの時から何も変わってないですね」
第一層迷宮区前の街、トールバーナの中央広場にある石舞台の階段に三人は腰を下ろしていた。
ここはシリカにとっても、シオンにとっても思い出深い場所だ。
「ディアベルさんあそこに立ってくださいよ」
シリカがお茶目な顔をして中央にある石舞台を指差す。
それに対して呼ばれた張本人は静かに首を横に振っていた。
「今あそこに立って俺に何をさせようって言うんだ」
「いえ、特には何も」
「もしかして、まだ怒ってるのかい?」
「どうでしょうね」
シオンの隣で二人が話している。
気を遣っているのかこちらに話を振ってくる様子はなく、それでいて一つの会話が終わると数秒の間を置いたのち次の会話が始まる。
おそらく話を切り出しやすいようにしているのだろう。
こういったことを咄嗟に思いつくのは一体どういうことか。
それにディアベルだけならまだしもシリカに気を遣われてしまっては示しがつかなかった。
これ以上彼女の前で醜態を晒すわけにはいかない。
二人の会話が終わったタイミングで閉じていた口を開く。
酷く重い口だったが、開いてしまえば言葉は出ていった。
「さっきのやつさ、俺の妹なんだ────」
説明が終わるとディアベルとシリカはただただ黙っていた。
自分の勝手な推測のせいでこんなシリアスな空気になっているのだろう。
だがこれが決して的外れなものではないことは自他共に分かっていた。
前回の世界で彼女に一度も会っていないこと。
会っていないということは、妹はどこかで死んでしまったのかもしれないということ。
最初こそ一万人ものプレイヤーがいたが、最終的には半分近くがいなくなっていた。
それに加えて最終的には最前線を駆けていたというのに、一度も会わないという方がおかしな話だ。
今現在こんなところに顔を出すぐらいなのだから、隠居してると考える方が不自然である。
もし会っていたのに覚えていなかったのだとしたらそれこそディアベルと同じだ。
ショックで忘れたとか忘れたことの過程なんてこの際どうでもいい。
記憶を消し去った理由があるのだとしたらそれはきっと。
「隣にいた男も恐らく俺の知り合いだ。プレイヤーネームLune。知り合いにそれに似たような名前の奴がいた。面識は無くて名前を聞いたことがあるくらいのレベルだけど。本来なら名前をみただけで気づけたはずなのに、俺にとってあいつらとの再会は三年ぶりみたいなもので、その可能性を微塵も考えてなかった」
「それであんなに取り乱したのか」
「実際のところは分からないよ。あいつらだって馬鹿じゃないしそうやわな奴らじゃないからどこかで生きていたのかもしれない。ただ、死んだかもしれないという可能性が過った瞬間動揺を抑えられなかったんだ。そんなの想像もしたくない。……でも今なら分かるよ、これが運命じゃなかったことくらい。そうだろアルゴ」
「シー助には敵わないナ」
中央の舞台の裏からアルゴが歩いてくる。
ディアベルとシリカはその存在に気づいていなかったのかひどく驚いていたが、シオンは悪魔で冷静だった。
「盗み聞きなんて感心しないな」
「これも仕事の内ダ、と言っておきたいところだケド実はオレっちもついさっき来たところで何も話は聞けてないんダ。一瞬でばれて驚いているくらいだヨ」
「良く言うよさっきまで隠蔽スキル全開だったくせに。おかしいと思ったよ、お前がこんなくだらないことに首を突っ込んでる理由がいくら考えても思い浮かばなくてな。お前は皆が知らないような情報は好きだが別に祭りごとが好きとかそういうタイプじゃ無いだろ。どうしてこんなことしたんだ」
「別二祭りが嫌いなわけじゃ無いゾ?向こうでは夏祭りとか良く言ってたからナ。っト、なんデこんなことしたカだったカ?元々ハ彼女から声をかけられてナ、兄を探しているト。一つのゲームの中とはいえ一万人の中から兄を探せっていうのハなかなか高難度だと思ったケド、幸い特徴と名前だけで九割五分は特定したヨ」
「その500人の中から俺を見つけ出したってわけか、随分と多いもんだな。それでなんで俺に会わせた、嫌がらせか何かのつもりか?」
「シー助は会いたくなかったのカ?もう二度と会えなくなるかもしれないっていうの二」
「っ!」
シオンは思わず拳を握り締めていた。
だがそれ以上何かをしようなんて考えてはいない。
手を上げていたのは、彼ではなかった。
「苦しいナ、離してくれヨ」
「冗談なんか言っている場合じゃないよ。君は今、シオン君がどんな気持ちでいるのか分かっているのかい?」
シオンの正面、ディアベルがアルゴの胸倉を掴み持ち上げていた。
体格差もあるためアルゴは宙ぶらりんの状態である。
それよりも、あの温厚なディアベルが顔を歪め胸倉を掴む姿など想像もできなかった。
「情報屋は人のことも平気で売るんだね」
「少なくともオレっちはここの誰よりもこの世界のことを知っているヨ。その情報をどう使おうがオレっちの勝手ってわけダ。違うカ?」
「それが人間のやることか?」
「オレっちは鼠だからナ」
「貴様──「もういいよ」
シオンが間に入り、首元を掴むその手を握りそっと離させる。
特に苦しかったわけでもないアルゴはそのまま着地するとシオンの方をどこか馬鹿にするように見ていた。
だがシオンは気にする様子を見せず、憐れむように彼女の方を見る。
「……そうやって自分を標的にすることに何の意味があるんだよ」
「何の話ダ?」
「自己犠牲とか言うやつだろ?どうしてアルゴがその役を担う必要があるんだ」
「……シ―助にだけは言われたくないな」
「俺がなんだって?」
「何でもないヨ」
アルゴが何かを隠すように言葉を発するのを分かっていながら詮索はしないことにした。
確かに彼女の発言は時々癇に障る、それは事実だ。
だが別に彼女のことを恨んだりなんてするつもりはなかった。
彼女の言う通り、二度と会えなくなっていたかもしれない妹に合わせてくれたのだ。
それに関しては素直に喜ぶべきところであり、同時に彼女に感謝を述べるべきことである。
妹がここにいる、それがシオンの頬を自然と緩ませた。
「結果的には感謝してるよ。……おかげで仕事がしやすくなった」
最後の発言に全員が不思議そうな顔をする。
だがそれに答えることは無かった。
その言葉と表情の意味を知るのは、ほんの少し後のことである。