Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
第三話 再会
草原を駆け巡る風が少女の頬を掠める。
見通しの良いそのエリアに、青年が一人寝ころんでいた。
普段だったら心地よさそうに寝ているだけで別段気にも留めない。
だが先ほどの茅場昌彦からの宣告を聞いた今、そうも言ってはいられなかった。
「あのー、大丈夫ですか?」
少女が目の前の青年の体を揺する。
だが、寝転がっている彼はいつになっても目を覚まさない。
その状況に少女は困っていた。
「すみません、ここ街の外ですよー?」
いくら揺すってもその男は目を覚まさない。
力ずくでも起こしてあげたいが、圏外でプレイヤーを攻撃したらカーソルがオレンジになることを知っていたし、そうなった時のペナルティーも知っている彼女はこれ以上手を出せないでいた。
だが今は周りにモンスターがいないが、いつここに群がってくるかも分からない。
これは
そのため、ここで寝ている少年を放置することはできなかった。
「どうしよう、どうしよう……」
周囲を見回し男を見るを繰り返す。
まだ誰も来る気配はないが、来てからでは遅いのは分かっていた。
それに段々と場違いなほどに眠っている目の前の男に苛立ちを覚えてくる。
こっちはこんなに気を遣っているというのに。
「……えいっ!」
意を決して思いっきりビンタをする。
すると、一瞬にしてカーソルが緑からオレンジに変わってしまった。
「あぁ……」
「……んーここは、どこだ?」
少女のビンタが効いたのか青年が目を開けている。
オレンジになってしまったことに項垂れていた少女はばっと顔を上げその青年を見ていた。
「あ、やっと起きました!こんなところで寝てたら危ないですよ?」
青年、シオンは心配をする彼女を無視してじっくりとその姿を見ていた。
装備は以前会ったときとは大違いだったが、ツインテール、幼い顔立ち、それは彼女とまったく同じものだ。
シオンを攻略組へと、逸れた人生から真っ当な道へと導いてくれた、彼にとっての救世主とも言える存在。
「シリカ……?」
「は、はい。なんでしょうか」
突然呼ばれた事に戸惑う。
それもそのはず、シオンは違うがシリカにとっては初対面の相手である。
既にここは、過去の世界だ。
「あ、ちょっと待って下さい。向こうから何か来ます」
シリカの他人行儀な口調に疑問を抱くが、その緊張感のある声に彼女の指差す先を見る。
その先に三体のフレンジーボアがいた。
それらはどすどすと野を駆け真っ直ぐにこちらに向かって走ってくる。
「どうしよう……まだ、戦い方分からないのに」
彼女は短剣を片手におどおどしていた。
その言葉にまた疑問を抱くが、それより先にと装備してあった剣を握り前に出る。
初心者用の武器を装備していたことに首を傾げるが、自分の体がうまく動かない事でやっとさっきまでのことを思い出した。
「もう、戻ったのか」
隣の彼女と握っている武器、装備してある安っぽい服。
そして自分のステータスを見て、全てを納得したかのようにうなずく。
ここが過去だということは分かった。
目覚めて早々敵に出くわした事にため息をつくが、これも茅場晶彦の悪ふざけだと思えば笑えるものだ。
「レイジ・スパイク」
モンスターの傍まで走るとすぐさま発動し、一体を正面から貫通する。
残りの二体は走り抜けていくが、ヘイトが完全にこちらに集まったようでUターンをして襲いかかってきた。
「遅いよ。……って、うわっ」
手に持つ片手剣を握りしめるとすぐさま一体に向けて投擲をしようとする。
だが、そのモーションはひどく遅く投げる前にフレンジーボアが目の前まで来ていた。
「くっそ!」
突撃してきた頭に片手剣を刺し無理やり右に流す。
隣からやってきたもう一体はぶつかる直前に頭を押さえ飛び跳ねることでなんとか直撃は免れた。
だが当然討伐までは至らず、駆け抜けた後にまた再度方向転換をしこちらに戻ってくる。
「全然遅い、慣れない……!」
剣を一振りするにも走るにも飛ぶにもモーションが遅すぎる。
75層の頃と今とでは違うのは当たり前のことだが、その差が大きすぎて苛立ちを覚えていた。
それに初期装備に初期スキル。
自分の愛用する投擲スキルなんてものは一切振っていなかった。
スキルが無ければ武器を投げるなんて自殺行為のようなものだ。
だが、そんなことはお構いなしでフレンジーボアはまた突撃してきた。
興奮しているのかばふばふとよくわからない声を出している。
「お前らに時間かけてたらこの先どうするってんだよ」
もう一度今度は短剣を持ち片方にそれを投擲する。
上手く頭に刺さりその痛みに頭を振って悶え突撃してくるが、横を通り過ぎる際に刺さったそれを握り一回転。
消滅と共によろけるが、もう一体に向けて投擲すると暴れ狂うそれに取り出した剣で『レイジ・スパイク』を放つ。
刺さっていた短剣と最後のフレンジーボアはともにきらきらと透明なガラス片となって散っていった。
武器の耐久値の低さにため息をつくが、今の戦いでレベルアップしたことで気が紛れた。
いつになってもレベルアップは嬉しいものである。
「あの、助けてもらっちゃって……その、ありがとうございます」
「ん?ああ、気にしないで」
彼女の元へ近づき頭に手を伸ばす。
と、直前で手を止めた。
「シリカ、オレンジになってるぞ」
「それは……あ、あなたのせいですよ!いつになっても起きないから、力ずくでやっと」
「まじ?それはごめん」
「本当ですよ、さっき言われたばかりなのに。それこそ、いまみたいにモンスターに襲われたらどうするんですか!死んでしまったらもう」
「ほんと、申し訳ないです」
頭を下げつつもう一度ちらっと見る。
シリカが自分の知っているシリカだということは、もう既に始まりの街でのデスゲームの話は終えたということだ。
そりゃあ圏外の野原で呑気に寝転がっていたら自殺でもしようとしてるのかと疑われるのも仕方がない。
そんな中途半端なタイミングで戻ってきた事に茅場晶彦の性格が伺えるが、悪ふざけだと思えば――――
「あの、もしよかったらお名前とか」
「ああ俺はシオンだよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。あの、さっきはどうして私の名前分かったんですか?」
「あぁえっとね。その……ちらっと見えたんだよ、ちらっと」
「あたしには見えないですけど……」
怪しいものを見るような目でこちらを見る。
第一印象最悪だな、と頭を抱えるしかなかった。
「でも、助けていただきありがとうございました」
そう言うと丁寧におじぎをする。
その行儀の良い感じに懐かしさを覚えるが、同時に彼女の記憶の中に『シオン』がいないことに寂しさを覚えた。
仕方のない事、分かっていた事ではあったが、それでも耐えられないものがあった。
彼女との出会いは、彼にとってとても大事なものである。
彼女にとっては例え他愛のないもので、ついでだったとしても。
「……よかったらフレンドになってもらえないかな?後、敬語とかもその、無しで」
「えっ!?でも、シオンさんの方がどう見ても年上なので……」
「それは俺が老けてるって言いたいのかな?」
「あっいえ、そういうわけでは」
「冗談だよ」
ははっと笑い彼女に背を向け空を仰ぐ。
やはりそう簡単に行く話ではない。
いきなり言われても無理なことだというのはもちろん分かっていた。
ついさっき会ったばかりの人なのだ。
過度なスキンシップは相手に不安を与えてしまうかもしれない。
焦りすぎたかな、と後悔をする。
茅場と話していた時は楽観視していたが、自分の知る人物全てに忘れられていることを考えると途端に寂しさが込み上げてきた。
それを実感するとその感覚は加速していく。
こんなところでしょげていてどうするのだろうか。
≪フレンド申請が届きました。許可しますか≫
視界の右端に新着メールが届く。
それを見て思わず涙がこぼれた。
彼女はもう自分を知らない。
この行為だって、意図したものではない。
それでも彼にとっては……
「次の村に、行こうか」
頬に伝うものを袖で拭い、ゆっくりと≪はい≫のボタンを押した。