Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「人を、殺した……?」
困惑していたシリカがやっと一言だけ口を開く。
それも最悪のタイミングで、引き攣ったような表情で。
どんな人間でも殺しというワードには引っかかるだろう、当たり前のことだ。
殺人なんて罪を犯した者がこうものこのこと、それに目の前に三人もいると聞かされているのだから。
平常心を保てるという方がおかしな話である。
ついに言ってしまったのだ。
これまで何事もスルーしてきていたシリカだったが、流石に今回のは響くものがあっただろう。
勿論嘘ではない、弁明などするつもりもない。
悪いのは隠していたシオンなのだから。
「理由はどうであれ、俺たちは三人とも一度は人を殺したことがあるんす。正確な人数までは言わないっすけどね。国家特命警察、時風家。聞いたことないっすよね、なんせ陽の目を浴びないんで。風魔は聞いたことくらいあるっすよね、それっす。滅亡したことになってるみたいすけどまあ現にここにいるんでそういうことっすね。今は持ってないっすけどちゃんと手帳もあるんすよ、一般的に認知されてる警察と違うところはやっぱ裏稼業が多いことっすかね。それが俺ら風魔の仕事っすから」
淡々と話す彼についていけずシリカは頭の中で何度も思考を繰り返していた。
それでも回答へは到達せず頼みの綱であるシオンの方を見てようやく解決する。
顔を伏せ、何も言葉を発さずにいるということはそういうことなのだ。
「まあ隠す気持ちは分かるっすけど話してないのはどうなんすかね、どうせ悪びれたことなんて一度も無いんでしょ?」
「それ以上は言わない約束」
「冗談っすよ、嫌味っす嫌味」
今日の所は失礼するわ、とリンが席を立ち後に続くようにルインも部屋を後にする。
残されたシオンとシリカの間には何とも言えない空気が漂っていた。
「──失望したか?」
「え?」
顔を伏せたまま死んだような声でシリカに対し問う。
その声音に先ほどのような覇気は微塵も感じられなかった。
「全部あいつの言う通りなんだ。家のことも俺たちが人を殺していることも全部。それに俺は過去にこの世界で十人以上人を殺してきた。前の世界で、俺はPKをしていた連中を数多く殺した。一度攻略組として殺人ギルドを襲撃したこともあったがその時に一番あいつらを殺していたのも俺だ。そして誰よりもそれを悔いはしなかった。人を殺すことを正当化する最低の生き物さ、そんなやつが隣にいて心底怖いだろ。失望しただろ」
頭を抱えながらははっと笑う。
今まで生きてきて初めて自分が悪であるということに気づき笑わずにはいられなかった。
こんな自分を悪だと思っていなかったのだ、元から自分はこんな人間で。
手を血の色に染め、それを何とも思わないような人間。
なのにそれを忘れているかのように平然と生きている。
それもこんなに綺麗で何も汚されていないような彼女と。
「だから、もう俺とは──「その話にはもう乗りませんよ」
一緒に来ないでくれという前に手を握られていた。
伏せている顔を上げるとそこには真剣な眼差しのシリカがいる。
どうしてここまでして、彼女は曲がらないんだ。
そんな綺麗な目で見ないでくれ。
どうしたら彼女を引き剥がすことができる。
剣を向けろと、そういうのだろうか。
そんなこと出来るはずがない。
これ以上彼女を汚すわけには。
「苦しまなかった人が今こんなに悩んでいるわけが無いじゃないですか。シオンさんはシオンさんが思っているほど悪い人ではないです。勿論私はシオンさんの過去を知りません。ですが、私は今のシオンさんを知っています。私は自分が見たものしか信じませんので」
ふんっと鼻を鳴らし自慢げに手をぎゅっと握りながらつぶやく。
あぁ、またこの子は。
こうも無防備にずけずけと人の心に踏み入ってくるのだ。
なのにどうしてこうも愛しいのか。
愛しくて、儚い。
「……ありがとう、シリカ。でもさ、これから先どうなるかは、分からないからな」
「はい」
「──まあ、アルゴにもそっちには行くなって言われてるしな」
「アルゴさんに、ですか?」
「そう。まあ色々あったんだよ」
「そうですか。……さすが鼠ですね」
「流石ってなんだよ」
先ほどまでとは打って変わって邪険そうな顔をするシリカにため息をつく。
もしかして二人はそんなに仲が良くないのだろうか。
「確かにルーさんの言う通りですね」
「なんだ、まだ何か吹き込まれたのか」
「違いますよー」
ほんとにもう、とぷりぷりしているシリカにさらに疑問符が浮かぶ。
そろそろ夕食時のためご飯に誘うとぴょんと飛び下へと降りていった。
■ □ ■
「シリカ、スイッチ!」
「てやぁっ!」
「リン!」
「はい!」
迷宮区攻略の先頭に立ちはだかるモンスターを四人で倒していく。
後ろには開けた道をついてくるだけの攻略組がいた。
うち漏らしがあれば多少の仕事ができるわけだが当然そんなもの出るわけが無い。
「このペースで息切れしないのがすごいよね。それに無駄のない連携も」
「そうですね」
ディアベルの言葉に表情を変えることなくアスナが淡々と答えていく。
他愛もないことを話すのは稀であるが、別段不仲というわけでもなくお互いギルド長であるため二人が話すことは少なくは無かった。
と言ってもこういう時の話題は大体がシオンかキリトである。
「アスナ君はどう?最近はコンビ組んでないのかい?」
「十層以降は一度も」
「誰とまでは言ってないんだけどね。最近あんまり見ないけど元気にしてるのかな」
「攻略会議には必ず来ていますし、フィールドボス討伐なんかにも大体参加していますよ」
「まあそれくらい分かってるなら大丈夫かな」
え?という顔をするアスナだったが、その件については用が済んだのか先頭集団に目をやっていた。
「それで、この前の約束は果たせたのかな?」
「約束?ですか」
「パーティがどうのって話」
顔色一つ変えず話すディアベルにアスナは少し怪訝な眼差しを送っていた。
だがそれに気づいているのかいないのか、満更でもない表情をしている。
「聞いていたんですか」
「盗み聞きするつもりは無かったけど、ちょっと気になっちゃってね」
「……シオン君が忘れてなければいいんだけど」
「忘れてはいないと思うよ。ただまあ、言いだしづらいんじゃないかな」
「どうしてそんなことを……。でも分かりました、誘ったのは私ですから私から声をかけます」
並行して歩くアスナの姿を見てディアベルは考える。
あのタイミングで言いだしたのだから十中八九先の戦闘に関わる話なのだろうとは思うのだが、それでも気になるものは気になった。
アスナのことも頭のキレる者だと彼は買っている。
それは何を考えているのか分からないという意味でも、だ。
これ以上詮索は出来ないのでいい話だと祈るしかなかった。
■ □ ■
「それでは今回の迷宮探索を終了する。十六層に上がってきたが今のところ十五層との大きな差は見られない。明日情報整理をした後十六層フロアボスの討伐に向かう。誰も死なずに次の層へ行くぞ!」
おぉ!と各々武器を掲げる。
それを脇目にシオンはいつも通りキリトにメッセージを送っていた。
『明日攻略会議だぞ』っと。
そのまま討伐に行くため本当はそう伝えるべきなのだろうが、一度や二度のことではない為こういえば大体キリトになら伝わる。
他にも彼宛てに連絡しそうな人は勿論いるわけだが、一応だ。
「シオン君」
その場から踵を返すとアスナが目の前に立ちはだかる。
噂をすればというか間が悪いと言うか。
当然忘れてなどいるわけが無い。
忘れていたらいいなと思っていたりはしたが。
それと決して今声をかけてほしかったというフラグでもなかった。
「……どうしたんですかアスナさん」
「どうしたじゃないわよ、後何よそのあからさま嫌そうな間は。もう、約束したのに一向に誘ってこないんだから」
「あれは約束じゃなくて一方的に言ってどこかに行っただけじゃないですか。一時の気の迷いとして忘れたのかとちょっと喜んでいたところなのに」
「もう隠さなくなったわね……。それで、勿論まだ有効よね?」
「アスナさんもノリノリじゃないですか。ま、約束なんですもんねならしょうがないです。要件は?」
「聞き分けが良くて助かるわ、要件は一つだけ。──この前のトーナメント戦やったわけを教えて」
お茶らけた雰囲気から一変、声音が大人しくなる。
アスナの問いと共に辺りを一度見まわした。
攻略組の面々がまだ数人いるが特にこちらに耳を傾けている者はいないようだ。
だが逆にいるはずの人間がいないのもおかしい。
「シリカは?」
「話があるから借りると言ってあるわ」
「リンとかは」
「そこまでは知らないわよ」
まあリン達がいないことは別に怪しむことではない。
シリカがいないわけがこれなら大丈夫だろう。
あの二人が今この話を聞いていれば絶対に食いつくわけだが、二人にも他にやることはあるはずだ。
安心してもいいだろう。
相変わらず用意周到だとは思うが。
「それで、またなんでそんな質問を」
「考えたけど納得行かなかったのよ。なんであんなことしたのか」
その言葉にシオンは驚きと微かな安心感を抱いていた。
アスナのような人間でもその答えに至らないということは、もう少しだけきっと誰も気づかないだろうという身勝手な安心感。
彼女を買い被りすぎなのかもしれないが、彼にとってそれはとにかく安心そのものであった。
そんな彼女に真実を語るのは少し申し訳ないが、知っていてもらわなければならないのも事実だ。
遠くない未来、彼女も間違いなくターゲットの一人になるのだから。
「別に大した理由じゃないですよ。ただ攻略組の対人スキルが見たかっただけです。結果としてはまあ予想内でしたけど、最悪なことに変わりはないですね」
「なんで対人?そんな対人戦なんて普通はしないでしょう」
「普通は、ね」
「どういうこと?」
シオンの意味ありげな言い方に一歩歩み寄る。
それに対して彼は背を向けていた。
「アスナさんには内緒ですよ。ただまあ、こういうゲームでは決まってPKがあるんですよ。モンスター相手だけじゃつまらないじゃないですか。楽しいんですよ弱い者いじめって」
「そんな、よりにもよってこの世界で」
彼女のその言葉に背を向けた状態で小さく笑う。
普通の人間はこう考えるのだ、それが普通でいて当たり前で決して間違っているわけでは無いのだから。
だがこの世界には普通でない人間が大勢いる。
目の前にいる男も然り、PKerがこのゲームの中に存在しているのだから。
心底笑えてくる話である。
「そう、よりにもよって。でもいいじゃないですか、ばれないんですから。元の世界で殺人している人よりもよっぽどお利口さんですよ。血こそ出ませんがこんな簡単に人を殺せるんですから」
「それを、どうして攻略組に」
「そりゃあ的になるとしたら俺たち攻略組か、下層プレイヤーでしょう。下層プレイヤーを俺たちが守るのはなかなか難しいですが、自分の身くらいは自分で守らないと。だからこそ俺は知りたかったんです、皆のレベルを」
「……私はどうだったの」
アスナの問いに歩みが止まる。
正直アスナは十分に強い。
レベルが高いことに加えタンクのように遅い動きでも無ければしっかりと的を射ている。
きっと殺人ギルドと言ってもシオンみたいな戦い方をしてくるものはそういないだろう。
だが、あれではリンやルーには勝てない。
それに加え他のVRMMOやゲームで殺人に特化した脳を持つ者にも負けてしまう恐れがある。
つまり100%ではないのだ。
そんなのあっていいわけが無い。
100%勝たなければならないのだ。
PKerなんかに負けていいはずなんて。
「期待外れでしたよ。今は大丈夫でも、いつかきっと殺されます。現に俺には殺されたわけですからね」
無論期待外れなんかではない。
アスナがソロでラフコフの幹部クラスに囲まれるなんて状況にならない限り恐らく長期戦は期待できるだろう。
でもそれではだめなのだ、それでは。
「キリト君はどう?」
「……キリト、ですか?」
突然出てきた名前に驚いた。
無論キリトは参加していなかったためそんなの分かるわけが無い。
だが前の世界でもラフコフ討伐の時は渡り合っていたはずだ。
それこそまともに知り合いになってからは一対一で戦うのは負けるのが怖くてやってこなかった。
この世界の今の彼は一体どれくらいのレベルなのだろうか。
「どうでしょう、戦ったことが無いので」
「じゃあ戦ってみてよ」
は……?と突然の言葉にぽかんと口が開く。
そんなシオンに対してアスナは少し子供のように笑って見せた。