Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
第一層迷宮区最寄りの街〝トールバーナ〟
シリカと別れてから一月程が経ち、シオンはそこを拠点に活動をしていた。
あれからギリギリの安全を確保しつつ、三日間でトールバーナに着いた。
その間ほとんど睡眠を摂っていなかったが、着いてしまえばいくらでも休息が取れるわけで。
少し休んでからはアイテムと装備を出来るだけ調達し、迷宮区に潜る。
迷宮区の上階の方にいればシリカと出くわすことは無いと読み極力街に戻らない生活を続けていた。
迷宮区にもモンスターが来ない安全区域はある。
多少窮屈な生活ではあるが耐えられないほどでは無かった。
無論そんな生活を続けていれば最前線のプレイヤーとの差は一瞬で埋まりそして離していく側になる。
だがやはりソロプレイには限界が付き物である程度を超えると効率の悪さを実感した。
「やっぱ一人じゃボスフロアまでは厳しいか」
迷宮区三階一角に湧くコボルトセンチネルを倒すと武器をしまう。
明日が第一層攻略会議という急な知らせを受け、ゲーム性をぶっ壊してボス討伐なんてことを考えていたがそう上手くは行かなかった。
一層ボスが強めに設定されていることは知っていたし夢物語なのもちゃんと分かっている。
だがそのボスフロア前の扉を一人で見に行くことが出来ないことに自身のソロの不得手さを痛感させられた。
一人で歩いていれば自然とヘイトは全て集まる。
いくら隠蔽スキルに振ろうが、視覚やら聴覚やら嗅覚やらで追ってくる魔物全てを対処することは出来なかった。
その度に自分のスキルの低さに舌打ちをする。
先が思いやられるとはこのことだ。
「大体明日が攻略会議っておかしいだろ、一週間後とかにしとけよ」
誰もいないフロアに悪態をつく。
もう少し迷宮区を攻略する時間が欲しかった。
とは言えマップ情報を掴んでいるパーティもいるだろうしこの層にこれ以上長居するのは面倒だ。
攻略組に参加する以上会議に参加しないわけにもいかない。
大人しく帰るしか選択肢は無いのだ。
「転移、トールバーナ」
■ □ ■
迷宮区から出ると振り返り、そこにある迷宮区もとい二層へと繋がる塔を見上げた。
それは空高くへと伸び、雲を貫通してさらに先へと伸びている。
毎度思うが一体どういう仕組みで造られているのだろうか。
迷宮区に入ればここはたった三階しかないことに加えフロアも筒状の形などしていない。
視覚と内装が違うように仕組まれているのだろうが現実で考えると頭がおかしくなりそうなシステムだった。
空があんな高いところにあるのも全く持って説明がつかない。
今こそ慣れたが前回一層にいた頃はずっとそんなことを考えていたような気がした。
「さて、これからどうしようか」
空を見るともう夕方。
メニューを開けば時間が分かるが既に体内時計は完全に仕事をしなくなっていたため、今が何日で何曜日なんてのは覚えているわけが無い。
しっかりとした休息なんかは当然摂っていなかったため明日の会議に備えて休息を摂るのも手ではあるが、なぜか体がそちらへと向かない。
寝転がれば一瞬で夢の中だというのに。
ため息をつきながら〝トールバーナ〟の中央、石造りの舞台に腰を下ろす。
ちょうど明日攻略会議をやる場所もここだ。
いっそこのまま、ここで夜明けまで──
「やっと見つけました、シオンさん」
その声で我に返る。
振り向かずともその声の主が誰かなんて分かった。
今更ながら、どうして宿に直行しなかったのかと後悔する。
声の主が分かるからこそ、いつまでもそっちを見る事は出来なかった。
「……何の用だよ」
「特に用ってわけではありません」
「じゃあなんだよ」
「……生きてて、よかったです」
後ろから顔を覆うように抱きしめられる。
突然の出来事に思考回路が追い付かなかった。
彼女はこんなことをするような子だっただろうか。
「ずっと心配してたんですよ、もうあれから何十日も経ちました。村にいてもシオンさんは来なくて、どこの街に行ってもいない。でもここなら、このタイミングなら必ずいるって言ってました」
「言ってたって誰が」
「アルゴさんです」
その言葉で平原で出会った三本ペイントの鼠が頭の中に思い浮かぶ。
それが楽しそうに笑っているのを想像すると少しだけむかっとした。
「なんでそこまでして俺を探すんだよ、ちゃんとメッセージ読んだんだろうな」
「読みましたよ。読んだ上での行動です」
「好きにしろとは言ったけど、追ってこいとは」
「……シオンさんに対して、少し反抗してみたかったんですよ」
抱きしめる腕にさらに力が籠る。
どこで読み違ったのか、既に取り返しのつかないところまで来てしまったのかと考える。
そんなわけでは無いと言いたかった。
信じるしかなかった。
だからここで認めるわけには行かない。
突き放すしか選択肢は無いのだ。
「俺達経った一日の仲だぞ。それなのになんでそこまでするんだよ。それこそ、一緒じゃない時間の方が何十倍もあっただろ!」
「時間なんて関係ありません。シオンさんはあたしを守ってくれました。モンスターからも、この世界からも」
「何を言って」
「本当は街を出るのが怖かったんです。同い年の子はどこにもいなくて、大人でさえこの世界に怯えて。あたしがどうこうできる話じゃないんだって思い知らされました。それでもそんな自分に負けるのが怖くて、街を出たらシオンさんがいました。フィールドでぐっすりだったので最初は何を考えてるんだろうと思いました。自殺がしたかったのか、あるいはこの世界が本当は嘘だったのか。でも、両方違いました。起きたときのシオンさんは強くて、決して生きる事を諦めるような人じゃ無くて。それだけで良かったんです、あたしの励みになったんです。あたしはシオンさんに救われたんです。……それだけじゃだめなんですか、シオンさんを追いかける理由は」
「だめなんですかって」
顔が近いせいでダイレクトに声が耳に届く。
途中から耳を塞ぎたくなるような話だったが生憎それも出来ない。
彼女の必死な息遣いのなか、かつて自身が彼女に対して抱いた感情が言葉となって返ってきた。
「救われた、か」
全くその通りだ。
かつてシオンもシリカに救われた事があった。
そのときは恐らく、今のシリカなんかよりもよっぽど荒んでて。
救われたなんて、そんな言葉では言い表せないような感情がそこにはあった。
その言葉を聞いてシオンの抵抗の手が一気に止まる。
今の彼女をはねのけるのは過去の彼女を否定することになる。
それだけは自らの手ですることは出来なかった。
「……俺もだって言っても、今のシリカは信じないよな」
「えっ?」
「いんや」
小さくため息をつくと勢いよく立ち上がる。
「わわっ」
そのまま後ろにいたシリカも一緒に持ちあがっていた。
気付けばシリカをおぶる形になっている。
まだ間に合う、そう信じている。
否定が出来ないなら先延ばしにするしかない。
そんな根拠のない言い訳をシオンは心の中で呟いていた。
「前見にくいから、手は首にまわして」
「なんか目の前にウィンドウが」
「ああ、それNO押せよ?じゃないと俺が牢獄行きだ」
「なんか物騒ですね。……そう言われるとYESに手が」
「やめれ」
後ろに手を回すとシリカを安定させ、街の中をぷらぷら歩く。
もう夜になるのでほとんど人はいなく、冷えた風が心地よかった。
背中にくるほのかな温かさが、今の彼の心を癒していく。
「そういえば、シリカはいつアルゴと知り合ったんだ?」
「SAOが始まって二日目に、アルゴさんから直接ガイドブックをもらいました。何かあったらってことでフレンドにもなってもらって。その時はまだこの世界が怖くてガイドブック以前の問題でしたけど」
「それ金取られたりしてないか?ぼったくられてないか??」
「いえ、私は無料でもらいましたよ。他の人にも配っているところを見ましたがお金は取っていなかったと思います」
「あいつが物を取らない瞬間があったのか……」
SAO二回目にして初の情報だ。
前にそんなプレイヤーはいただろうか。
それだけのことをしているのなら嫌でも目立つはずだが。
シオンの世間が狭いだけと考えれば納得は出来るがそこまでだとは本人も思いたくなかった。
こっそりプレイヤー育成に手を貸しているのなんてスキンヘッドくらいしか思いつかない。
「見ますか?」
「……いや、後で俺が殺されるかもしれない」
「なんでですか」
「なんでだろうな」
誤魔化すように言うと全体的に力が強くなる。
今は圏内だからいいが、首でも絞める気だろうか。
怖い怖い。
「どうする?もうちょっと歩くか、それとも宿行くか」
「どっちでもいいですよ、シオンさんといれるなら」
「じゃあ宿行くか」
「うぅっ……シオンさん、いじわるですね」
「おま、どっちでもって言っただろ」
少し間を置きシリカが笑うとつられて笑ってしまう。
やっぱり彼女といると気持ちが楽になる。
こんな世界でも、こうして笑っていられるのは彼女のおかげだ。
自分を認めてくれる人がいて、追いかけてくれる人がいる。
こんな幸せな事が他にあるだろうか。
「二度も助けられちゃったよ、シリカ」
寝息をたてる彼女の頭をそっと撫でる。
さっきまで起きていたのだが、ずっと探していたのか疲れたのだろう。
そんな彼女に今更ながら申し訳ないと思った。
いつか彼女に、恩返しができるように。
「……ありがとう、シリカ」