Re:SAO ~return recollection~ 作:寄す処の空
「ほぇぁ……」
「お、起きたかシリカ。シリカが寝てる間に宿取っといたからな。良いとこだから一部屋しか取れなかったけど、別にいいだろ?」
「ほえ?は、はい!?」
目を開けたシリカは今の一言で一瞬で覚醒し、物事の把握に全思考を集中した。
言葉通りここは宿、ベッドは二つで一つは今使用しており彼は向こうの机で何かをしている。
場所が分かればその経緯。だがそれも考えれば一瞬で分かる。
次に自身の姿を凄い勢いで見回す。
だが服装はそのままで別段何かをされた形跡もない。
ハラスメントコードはおぶられた時に消してしまったためシステム的に何かされたという証拠はない。
だが見回してみても特に何もなく、スカートは寝ていたせいで乱れに乱れていたが布団がそれをカバーしてくれている。
大丈夫そう?と落ち着きを取り戻していた。
その間わずか五秒である。
「そういえば、ここ下に風呂あるから良かったら行ってきな。まあ現実と違ってちょっと気持ち悪いかもしれないけど」
「シオンさんはもう済ませたんですか?」
「ああ、だいぶ寝てたからねシリカ」
「何かすみません……」
「別にいいよ」
着替えるためにも一度部屋を出て下へと向かう。
シオンに風呂に入ったことが無いと思われているみたいだが、残念ながらシリカは既に何度も経験済みだった。
最初は温かいゼリーに包まれているような感じだったが、慣れれば気持ちいいものだ。
今では現実の風呂の方が思い出せないかもしれない。
当たり前だがシオンは現実の風呂なんて覚えちゃいない。
三年近くこの世界に囚われていれば当然と言えば当然だろう。
お風呂を終え、寝巻に着替え部屋へと戻る。
そこには未だにウィンドウを弄っているシオンの姿があった。
「何してるんですか?」
「あぁ、明日に備えて色々調整をね。買い出しとかは済ませてるからいいんだけど」
「あたしも何かしておいた方がいいことってありますか?」
「回復アイテムとか揃ってれば大丈夫だよ。俺は武器しょっちゅう壊すことが多いから、やることが多くてね」
「あー……」
知らないことがあれば教えてほしいという気持ちで聞いたわけだが、特に意味は無かったようだ。
そんな何本も武器を壊す人なんてそういるものでは無い。
「そういえばシリカは今まで何してたんだ?見たところレベルもほとんど変わらないみたいだし」
「パーティとか組んでレベル上げしていましたね。何人かの人と仲良くなってずっとついて行かせてもらっていました。明日の会議にも出るみたいで誘われましたけど、あたしはシオンさんを探していましたので」
「なるほどね。まあ無理してはいないようで良かったわ」
「シオンさんは?」
「俺?俺はずっと迷宮区籠ってたよ。ずっとレベリング。まあ、そんなに差ついてない辺り考えるとどっちが正しいのか分かんないけどね。あ、素材だけは分けなくていいから楽だぞ」
そんな冗談を言っているシオンをちょっとだけむすっとした顔で見る。
彼にとっては無茶じゃないのかもしれないがシリカにとっては当然心配になる話だ。
彼を知っている以上、無理のないレベリングではないことくらい容易に想像できる。
既に一件の前科持ちでそういう方面では一切信用はしていない。
だがそれを指摘するのも見当違いなのは分かっている。
だからこうして遠回しにでも、少しでも気に障ればなと行動するのだ。
当然シオンはそれに気づいていないわけだが。
「シリカも明日参加するんだよな」
「はい、そのつもりですけど。あ、止めたってあたしは行きますからね」
「んなこた分かってるよ。けど、無茶だけはするなよ?」
「シオンさんにだけは言われたくないですね」
「なんだよそれ。あーあと、多分二人くらいメンバー増えると思うからそれもよろしくね」
「シオンさんにもパーティメンバーがいたんですか?」
「んー?まあ、そんなところかなー」
曖昧な表現にシリカが疑問符を浮かべているが気にするなと話を逸らした。
前の世界で二人とパーティを組んだことは一度もない。
話すことは何度かあったが、それくらいだ。
ヒーローとモブ、丁度それくらいの距離感だった。
パーティメンバー、フレンドなんてそんな呼び方をしたら失礼というものだろう。
だが今回はその二人を追い越すほどの実力をつけてきている。
それは数値的な意味でもあるが、何よりも経験の差だ。
こんなところにいるプレイヤーよりも何十倍もの知恵をシオンは持っている。
例え前回あの二人よりも弱かったとしても、今は引けを取らないものを持ち合わせていた。
二人の邪魔になるなんてことは無いだろう。
となれば四人で行動した方が当然動きやすい。
ボス戦なら報酬の分配なんて心配も無いわけだし。
「よし、そろそろ寝るか」
「えー、もうちょっとだけお話しましょうよー」
「明日早いんだぞ?それにお互いそんな休めてないんだから」
「あたしはちゃんと眠れました」
「いや俺のことも少しは考えてね?」
シリカに背を向ける形で横になるが、後ろから来る視線にため息を吐くとやれやれとシリカの方を向く。
この一ヶ月多くのことを経験したようで、それを話したかったらしい。
まあそういう年頃だというのは見れば分かるわけだし別にシオンもそれを聞くのは嫌ではない。
それに、半ば強引に置いてけぼりにした彼女が無事に生きてここまで来ており、尚且つそうやって楽しそうにその経緯を話してくれるのなら自分の選択が間違いでなかったとどこか納得することが出来た。
自分の力では彼女をここまでにすることは出来なかったかもしれない、そんなことをシオンは考えていた。
前のこの世界でシリカと交流するようになったのは、彼女から「最前線に行けるようにしてほしい」という依頼を受けたのがきっかけだった。
直接頼まれたのか誰かを介してなのかは忘れたが、それがとにかくまともに話すようになったスタートだ。
中層のプレイヤーが、それも君みたいな小さな子がなぜ急にそんなことを頼むのかと尋ねるとあっさり理由は話してくれた。
以前にも最前線に行きたいというプレイヤーは何人かいた。
純粋に攻略組の一員になりたいだとか、親友が前線で死んだとか誰かを殺したいとか。
だから彼女の理由を聞いたときは驚愕のあまり沈黙したのを覚えている。
彼女の理由はたった一つだった。
──好きな人が最前線にいるので、肩を並べて戦えるようになりたい、と。
その言葉がおかしくてたまらなかった。
正義感でも復讐心でもなんでもない、意思の弱そうなそんな力に彼女は突き動かされて最前線に、死地に行きたいと言ったのだ。
好きにすればいいと思った。
死に急ぎたいなら別に止める言われはない。
先日死にかけたくせに何を考えているのかと笑った。
心底呆れていた、その当時のことはちゃんと覚えている。
どうせ三日もしないうちにやめるだろう、前者ですらほとんどのプレイヤーが諦めたのだから。
だったら三日くらい別に捨ててやってもいい。
そんなの一瞬だ。
だが彼女は違った。
そんな弱いちっぽけな意思を掲げていると思っていたのに、いつまで経っても彼女は投げ出さなかった。
ぼこぼこにしてもぶん殴ってもお前には無理だと言っても苛立ちで怒声を浴びせても。
それでも彼女は怯える素振りを見せながらも一度も折れはしなかった。
初めてシオンは人というものに恐怖した。
理解できない感情というのはこうも恐ろしいのかと。
そんな恐ろしい存在を前に先に折れたのはシオンの方だった。
逃げたのはシオンだ。
完全に依頼を放棄していた。
これ以上関わってはいけないものだと、彼の本能が訴えかけてきたのだ。
だが彼女はそれをも試練と捉え自身の成長へとつなげていた。
化け物だ、そうシオンは思っていた。
だからシオンは逃げるのをやめた。
この化け物がどこまで成長するのかが見たかった。
折っても折っても折れないその心で、彼女は何を目指しているのか。
いっそのことさっさと自分を超えてもっと先へ行ってくれ、その姿を見せてくれ。
彼の知らない、そのちっぽけでいて膨大な力で。
彼の知らない世界を────
だが結局、最前線に連れて行ってあげることは出来なかった。
最初こそそこまでするつもりなんて当然無かったわけだが、ここまで彼女が来た以上、ここまで彼女に期待をしてしまった以上悔しくて堪らなかった。
それは自分が教えたことが無に還ったからではない。
報われなかったからでもない。
シオンの知らないその原動力が持つパワーを知ることが出来なかったからだ。
今の彼女にもうその原動力は無い。
いくら今強くなったとしても、それはシオンの知りたかったものでは無い。
せめてキリトのことを尊敬していると、好きだという感情だけでも戻って欲しかった。
そうすれば教えることだってまだまだあるというのに。
今の彼女に教えられることなんて、何もありはしなかった。
だからシオンはただ願うのだ。
もう最前線になんて来るなと。
彼女がまだ幼いから?
危険だから?
違う。
これ以上前回の彼女のシナリオを変更させないためだ。
「聞いていますか、シオンさん」
「ん?聞いてるぞー」
それでね、と話すシリカの方に気を向ける。
その話の傍ら、どのタイミングで彼女をリタイアさせるか。
そんなことを考えていた。