ロックマンX二次創作 作:クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ
(2021年3月27日~28日)
「ケイン博士、失礼します!」
「どうした、何事じゃ?」
「そ、それが……エックス隊長が、居なくなってしまって……」
「何じゃと!」
「さっき、メンテナンスルームへ様子を見に行ってみたら、ベッドがもぬけの殻で……」
「いかん、早く連れ戻さねば。彼には、まだしばらく安静が必要じゃ。独りで歩かせておいたら、どこかで倒れてしまうぞ。」
「は、はい! すぐに探します!」
「今のエックスは、少しばかり記憶が混乱しておるんじゃ。恐らく、"彼"のことも――」
オレの名前は、エックス。イレギュラーハンター第十七精鋭部隊隊長。
最凶のイレギュラー・シグマとの、世界の命運を賭けた戦いに勝利した。
今は、ハンターベースで、数日かけての集中メンテナンスを受けながら休養している。……ここまでは、確かだ。間違いないな。
最初のうちはほとんど眠って過ごしていたが、回復していくにつれ、だんだん、目を覚ましている時間が長くなってきた。
ただ、眠っている間に、厄介なことが二つほど起きた。
一つは、記憶がところどころ抜け落ちたようになってしまったこと――"博士"や"仲間たち"の顔がよくわからないし、名前も、何度聞いても覚えられない。
それと、もう一つは、目に映るものが何もかも灰色になってしまったことだ。
"博士"が言うには、どちらも一時的なもので、問題は無いそうだが……
『エックス隊長、お目覚めですか? おひさしぶりです!』
『よかった……! メンテは順調だって聞いてますよ! 気分はどうですか?』
『あの……オレたちのこと、わかります? オレは、"――"。こっちは、"――"。コイツだけちょっと長い名前で、"――"ですけど。』
『チッ、ひとりだけ長い名前で悪かったな。てか、隊長をあんまり疲れさせたらダメだろ。"――"博士に見つかったら、怒られるぞ。』
『そ、そうだな……失礼しました、隊長。』
『どうか、ごゆっくりお休みください。また、時々様子を見に来ますね。』
ちょっと前に来た彼らが、オレの"部下"であることはわかる。
優しい気持ちは充分に伝わってくるし、自分は守られていて、安全なのだということも。
……だが、その姿もことごとく灰色で、ただの"人影"のようにしか見えない。
ひとりひとりの名前もわからないし、隊長なのに、我ながら情けないな。
いったい、どうしてこんなことになったんだろう?
……何か、大切なことを忘れている気がしてならない。
それはきっと、オレの世界が灰色になってしまった理由だ。
漠然とした不安……焦燥にも似た感情が、オレを突き動かす。
どんな小さなことでもいい、せめて手がかりだけでも見つかれば……
そして、オレはこっそりとメンテナンスルームを抜け出した。
ハンターベース司令棟内の通路。大きな窓がある。
そこから見える街は、もう、シグマに破壊されつくした無残な有様ではない。
あそこでも、ここでも、道路や建物の再建が行われ、元の姿へと戻りつつあるようだ。
よかった。世界は、平和を取り戻したんだ。
でも、それなのに……この目に映る景色は、やっぱり、全て灰色だ。
窓の外に広がる、一面の灰色。空も、雲も、街も。
いったい、オレは何を忘れてしまったんだろう。とても大切なことのはずなのに……
……不意に浮かんできたイヤな考えに、背筋がゾクリとする。
もしかしたら。
今見えているこの景色は、全部、幻なのかも知れない。
本当は、オレの戦いはまだ終わっていないのか……?
そう、シグマを倒したと思っていることが、実は誤りだったら……
立ち直りつつあるように見えたあの街が、いまだに戦場だとしたら……
世界は、まだシグマの脅威の直中にあるのだとしたら……?
……何もかもが灰色なのは、まさか、そのせいで……?
「よう、エックス!」
えっ?
「起きたのか? 具合はどうだ? もう、出歩いても大丈夫なのか?」
また、灰色の人影――でも、オレの部下とは違う。
誰だろう、やっぱり顔がわからない。こんなに親しげに話しかけてくるなんて……?
「よかった。元気そうで、安心したよ。オレも自分のメンテやら、新しい配属先のことやら、いろいろとあってな。なかなか様子も見に行けなかったんだ。」
あ、あの……キミは、誰だっけ……?
「……え……?」
あ……ごめん、オレのこと知ってる人だよね。でも、今はちょっと、記憶が混乱してて……
「そ……そうなのか? ……まあ、無理も無いか。あれだけの戦いの後だ。今になって影響が出てくることもあるだろうな。」
……灰色だけど、"彼"の姿には、確かに見覚えがあるな。
長い髪、背中に帯びた剣の柄。"彼"もハンターだろうか。
でも……何だろう。なぜか、胸騒ぎがする……
オレの中の"彼"の印象は、"黒"……"黒い影"……
この姿、どこかで……まさか……?
……そうだ! 思い出したぞ。シグマの要塞だ。あの時、オレは、コイツと戦ったんだ!
間違いない。コイツは、あの時の"黒い影"だ。倒したはずなのに、こんなところにまた現れるなんて!
「でも、それなら早く戻った方がいいんじゃないか? メンテナンスルームまで送ってやるよ。」
触るな!
「……ど、どうした?」
何が目的だ、シグマの手先め!
「お、おい……大丈夫か、何を言ってる?」
やっとわかった……世界が灰色なのは、おまえを倒せていないせいだ。そうしなければ、オレの大切なものは戻らないんだ!
今度こそ、このバスターで粉々にしてやる!
「やめろ! 落ち着け、エックス! オレだ! "――"だ! 本当にわからないのか?」
おまえの名前なんか知らない。そこを動くな!
「ああ、エックス……なんで、こんなことに……」
手を挙げてみせたって無駄だぞ!
「……あの時と、立場が逆だな……」
……何だと?
「……キミの気持ちが、今、やっとわかった……オレに忘れられ、オレに刃を向けられたキミの気持ちが……」
む、無駄口を叩くんじゃない!
「すまなかった、エックス。でも、今、馬鹿なまねをするのはよせ。バスターを納めるんだ!」
「エックス隊長!」「"――"さん!」「い、いったい何を……!」
マズい、みんなが来た。早く片をつけないと!
「た、隊長! どうなさったんですか!」
キミたちは、下がっていろ!
「や、やめてください! "――"さんがわからないんですか?」
「大丈夫だ、オレに任せてくれ。」
「し、しかし、"――"さん……!」
「オレは、信じてる。キミたちも、信じてやってくれ。エックスは、今、ここでは、誰も撃たないってな。」
ああ、緊張と興奮で、息が苦しい……
目がかすむ……今のオレの体力、コレが限界なのか……
早く、早くヤツを撃たないと……!
でも、なぜだ……なぜ、バスターが働かないんだ……
……なぜ、みんなはあんなに、"彼"の名前を呼ぶんだ……
まるで、"彼"がみんなにとって、このオレにとっても、重要な誰かみたいに……オレには、思い出せないのに……!
「エックス!」
あ……もうダメだ、倒れる……!
「――大丈夫か! しっかりしろ、エックス!」
……一瞬、意識が無くなった……"彼"に抱き起こされてる……
力強くて、優しくて、そして、なぜか懐かしい、この腕……
どうしたんだろう……さっきまでの、あの"黒い影"の印象が、もうどこにも無い……
「……また、立場が逆だな。」
え……?
「……いつかは、オレの方が、こんなふうに、キミの腕の中に居たんだ。」
そ、それは……
そうだ、それも確かにあったことだ……
その時の"彼"の印象は、"赤"……"赤い炎"……
ああ……なんてことだ、ソレは、爆発の炎だ……
"彼"は、オレのために、自分の身を投げ出して……!
「もういいだろう、エックス。メンテナンスルームへ戻るんだ。もうこんな騒ぎを起こさなくていいように、ゆっくり休んで調整しろ。
……オレのことも、ゆっくり思い出してくれればいい。気長に待つからな。そして、コンディションが完ペキに仕上がったところで、また会おうぜ。
……キミたち、彼のことを頼む。」
「わ、わかりました!」
ま、待ってくれ……!
「どうした、エックス? ……泣いてるのか?」
キミは……いつかのキミは、自分を犠牲にして、オレを助けてくれた……でも、オレはそのキミに、バスターを向けたりして……オレは……もう、自分がわからない……キミのことも……!
「……落ち着けよ、大丈夫だ。実際には誰も撃ってない。それに、キミだって、今のオレを命懸けで助けてくれたじゃないか。」
何だって……?
「……シグマに操られたオレの心を、キミは、傷だらけになりながら、取り戻してくれた。今、オレがここにこうしているのは、キミのおかげなんだ、エックス。」
オレが……シグマから、キミを取り戻した……?
「そうですよ、隊長!」「あなたはシグマを倒し、"――"さんを連れ戻したんです!」「あなたの、いちばん大切な親友を!」
ああ、そうだったのか。
あの時戦った"黒い影"は、"彼"自身ではなかったんだ。
"彼"にまとわりつき、操っていた、シグマの"影"。そうだ、オレは、確かに"ソイツ"を倒した。
そして……本来の"彼"を取り戻した。その色は、やはり、"赤"。"彼"の持つ、熱いハートを表すような"赤"。
……お願いだ、もう一度……
「どうした?」
何度もすまない……キミの名前を、もう一度だけ、教えてくれ……!
「はは、何度だって言うさ。オレの名前は、"ゼロ"。エックスの親友。今までも、そしてこれからも、ずっとな。」
その瞬間、世界に色彩が戻った。
灰色だったオレの視界にあるもの全てが、あざやかに色づいていく。
窓から射し込む明るい陽光、青空と白い雲とのコントラスト。
生き生きと再生を遂げていく街並、木々の緑。
そして、周りに居るみんなの姿も、もう、ただの"人影"なんかじゃない。
シグマとの戦いを生き延びた、頼もしい部下たち――"マイルス"、"ミラー"、"バーンスタイン"。なるほど、確かにひとりだけ長い名前だ。
そして……ずっと忘れてしまっていた、ずっと思い出したかった、赤いボディに金の髪を持つ親友。
キミを思い出せなかったから、その無事を確かめられなかったから、オレの世界は灰色だったんだね。
ゼロ……よかった……ゼロ……
「……思い出してくれたのか?」
ああ……やっとわかったよ。無事で、本当によかった……ゼロ……
「そうか。……これでオレも、やっと、本当の意味で帰ってこられたな。……キミの中に。」
うん……お帰り、ゼロ……
「ただいま、エックス……」
部下たちの盛大な拍手を受けながら、オレは、何度も、何度も、繰り返し呼んだ。
しばしの別れと、大きな試練を乗り越え、再び分かちがたく結ばれた唯一無二の友の、その名前を。
(完)