ロックマンX二次創作 作:クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ
(2021年8月11日~12日)
まぶしい太陽が惜しみなく降り注ぐ、夏のある日の夕方。
豊かな深い緑に包まれた湖"クリスタルレイク"のほとりに、ゼロの姿はあった。
独り、彼は静かに、湖水の縁に沿って歩いていた。
薄暗くひんやりとした森の中に射し込む木漏れ陽や、水面のきらめきを眺め、ゼロの心はとても穏やかだった。
いささか不似合いとも思えるようなこの場所に彼が居るのは、こんな経緯があってのことだ。
この日、ゼロが隊長を努めるイレギュラーハンター・忍び部隊と、レプリフォース・ゲリラ部隊との合同訓練が近くの山で行われた。
ゲリラ部隊の隊長は、元ハンターでゼロの部下だったウェブ・スパイダスである。
二人はひさしぶりの再会を喜び、二つの部隊は互いの協力のもと、この日の行動をつつがなく終えた。
しかし、問題はその後に起きた。
ゲリラ部隊の、遭難者救助用の車両型メカニロイドが突然故障し、動かすことができなくなってしまったのだ。
整備不良がその原因と知ったスパイダスは烈火の如く怒り、自分の部下たちを集めて、「カシャカシャカシャカシャ! 何たるざまだカシャ! 近頃、おまえたちはたるんどるカシャ! 訓練だからといって、気を抜くなカシャ!」と、やたら長い説教タイムに突入した。
やむを得ず、忍び部隊はひとまず散開ということになり、ゼロの部下たちは、ゲリラ部隊の拠点へ一足先に戻っていった。
だが、ゼロは珍しく"寄り道"をすることにした。
時には、美しい自然環境の中で気分転換するのも悪くない――ふと、そんな気になったのだ。
身構えることも追いたてられることも無く、彼は今、ただ歩くことそのものを楽しんでいた。
まさしくこの時は、思いがけない形で彼に与えられた休息のひとときだった。
やがて森を抜け、ゼロの前には明るい草地が広がった。
夕方とはいえ、まだまだ夏の陽は高く、真っ青な空と大きな白い雲のコントラストがあざやかだ。
ゼロは満足して、草の上に腰を下ろした。
爽やかな風が吹き渡り、先ほどよりも近くなった湖面と、周囲の草と、後にしてきた森の木々を輝かせていく。
彼の長い金髪もなびき、空中にひるがえる。
ゼロはこう思った――こうして、何をするでもなく強い陽射しを全身に浴びていると、それによって精製されたエネルギーが、淀みなく隅々まで体内をめぐるのが感じられる。
オレの鋼の身体も、すっかり自然の一部として、ここに溶け込んだかのようだ、と。
心地よく流れる時に身を任せながら、いつしかまぶたが重くなっていった。
「――ゼロ! ねぇ、ゼロ!」
遠くから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
ゼロははっと我に帰った。いつの間にか、草の上に横たわってまどろんでいたようだ。
「ああ、すまない。思わず――」
呼びかけの相手を確かめもせずに、そう応えながら慌てて身を起こす。
だが、そんな彼の目に飛び込んできたのは、思いもよらない姿だった。
白い日傘、麦藁帽子、風に揺れる黄色いワンピースと、明るい茶色の長い髪。
ゼロは一瞬、信じられないものを見たかのように、起き上がったままの姿勢で動きを止めた。
それは、他ならぬ彼の想い人、アイリスだった。
生身の人間のそれに近い日常生活用のボディに換装し、涼やかな夏服をまとった、まさしく大輪の花のようなその姿は、ゼロの目を即座に覚ますに充分な新鮮さだった。
「うふふ、お目覚め?」
近づいてきたアイリスは、にっこり笑ってゼロに日傘を差しかけた。
「ひまわり……」
なんとも気の抜けた呟きが、ゼロの口からこぼれた。
アイリスは驚いた顔になり、それから笑いだした。
「え? ちょっと、ゼロ、大丈夫? 私は、アイリスよ。まだ夢の中なのかしら?」
「い、いや……大丈夫だ。その、キミのその服が、ひまわりみたいで……」
ゼロは、ようやく立ち上がった。
「コレ、お気に入りなの。でも、なかなか着る機会が無くて……どうかしら。似合う?」
「ああ、とても。オレとしたことが、思わず見違えてしまったよ。」
二人は、改めて、笑顔で向かい合った。
「ひさしぶりだな、アイリス。まさか、こんなところで会えるとは。」
「私もよ、本当にびっくりしちゃった。オシャレしてきてよかったわ!」
アイリスは、すっかりはしゃいでいる。
彼女の説明は、こうだった。
今日は"マーズ士官学校"の創立記念日であり、そこの教官を務めるスパイラル・ペガシオンが、尊敬するカーネルにスピーチを求めた。
たまたま非番だったアイリスは、クリスタルレイク見たさに、兄に同行して来たという。
「そういうわけか。それは運がよかったな。」
「ええ。一度、ここに来てみたかったの。本当にキレイなところね! ゼロにも会えたし……ゼロは、どうしてここに居るの?」
「ああ。今日明日は、そっちのゲリラ部隊との合同訓練でな。」
ゼロは、自分が独りでここに来ることになった経緯について話した。
アイリスは、また笑いだした。
「そうだったの、せっかく無事に終わったのに、大変だったわね。でも、よかったわ。お昼寝してる間にみんなに置いていかれちゃったとか、そんなことじゃないのね。」
「おいおい、勘弁してくれ。オレは、そんなに眠ってばかりいるわけじゃないぞ。」
その時、ゼロのヘルメット内蔵の通信機がピピピッと鳴った。『戻れ』の合図だ。
「おっと。すまん、もう行かないとな。」
ゼロがそう言うと、アイリスは残念そうな顔をした。
やむを得ないが、彼女のその表情はゼロを心苦しくさせた。
「お疲れ様。私も、学校に戻るわ。それから、兄さんと一緒に本部に帰るの。」
「そうか。ほんの少しだったが、今日は会えてよかった。カーネルにもよろしく言ってくれ。」
「ねぇ、ゼロ……」
アイリスは、ためらいがちにこう言った。
「今夜、七時から、学校で花火を打ち上げるの。私たちは、それを見てから帰るわ。もし……もし時間があったら、ゼロも来ない……?」
「うむ……」
もちろん行こう、と即答できたら、どんなにいいだろう。
ゼロの頭の中は、この後の"仕事"――スパイダスの説教とメカニロイドの回収・整備等で大幅に遅れたであろう、反省会や明日の行動計画のことなどでたちまち一杯になっていた。
ゼロの難しい顔を見て、アイリスは慌てて首を振り、笑って言った。
「ごめんなさい、無理よね。いいの、また連絡するわ。また、非番の日が一緒の時があったら会いましょう。」
「ああ。気をつけて行ってくれ。送ることもできなくて、すまない。」
ゼロも、名残惜しさを滲ませながら応えた。
アイリスはうなずき、日傘を持ち直して、ゼロに背中を向ける。
ゼロはその場にたたずんだまま、離れていくその後ろ姿を見送った。
すると、アイリスは数歩進んだところで足を止め、何かを思いついたようにこちらへ向き直り、急ぎ足で戻ってきた。
「どうした?」
「あのね、ゼロ……」
アイリスは、内緒話をしようとするように声をひそめている。
ゼロが長身を屈めると、彼女は二人一緒に日傘に隠れるようにしながら、その耳元でこうささやいた。
「……後で、あなたが必ず私を思い出してくれるように。」
そして、どういうことかと尋ねようとしたゼロの唇に、そっと優しく、彼女の唇が触れた。
夏の風に運ばれてきたあざやかな一片の花びらが、ほんの一瞬だけ触れたかのように。
それは、魔法のように長い、長い一瞬だった。
*
夜が訪れていた。それでも西の空はまだ明るく、今日という夏の一日が燃え尽きようとしている炎で、真っ赤に染まっていた。
しかし、マーズ士官学校の庭には、その炎に背を向ける格好で、多くの士官候補生たちが集まっていた。
彼らが見上げているのは、東の空を彩る花火。
色とりどりの火の花が音をたてて開くたび、彼らは手を叩き、歓声をあげた。
その中に混じって、アイリスも独り、花火を眺めていた。
つい先ほどまでカーネルが隣に居たのだが、彼はペガシオンに声をかけられ、そのまま二人で話しながらどこかへ行ってしまったのだ。
やむなく、彼女は庭に建てられた将軍の像のそばに居ることにした――兄が戻ってくる時の目印になるようにと。
でも、本当は……無理とは知りつつも、アイリスはひそかに思った。
ここに居る私を、兄さんより先に、ゼロが見つけてくれないかしら?
彼女の視線は、居るはずのない想い人を探して、目の前の雑踏の中をさまよった。
ほんの一時、頭上に咲き誇る美しい花火のことさえ忘れてしまったように。
だが、もし本当に彼がこの場に居たとしても、次第に濃くなる宵闇とざわめきの中では、とても見分けられないだろうと思われた。
アイリスは小さくため息をつき、未練を振り払うように、再び夜空を見上げた。
と、その時。
その空から、何かがひらりとアイリスの傍らに舞い降りてきたような気配がした。
「えっ……?」
アイリスは驚き、慌てて周囲を見回した。後ろには将軍の像がある。
その台座の向こう側から、花火のきらめきに照らされて、思いがけない姿が現れた。
普段の深紅ではなく、闇に紛れる"忍び"に相応しい漆黒の鎧をまとったゼロが、そこに居た。
驚きと喜びで、アイリスの胸は激しく震えた。
「ゼロ……!」
「やぁ、アイリス。また会えたな。」
優しくそう言って、ゼロはそっとアイリスの肩を抱いた。
アイリスは、一瞬不安を覚えた――この胸が、息苦しいほど早鐘を打っていることに気づかれてしまいはしないかと。
「ああ、ゼロ……うれしいわ。ありがとう。仕事は大丈夫なの?」
「いや、残念ながら、すぐ戻らなきゃならないんだ。かなり無理を言って抜け出してきたんでな。今頃、オレの部下たちが歯ぎしりしてるぜ。」
苦笑しながら、ゼロは空を見上げる。
アイリスも一緒に、そちらに顔を向けた。
ひときわ大きな黄金色の花が開き、まぶしくきらめいた。
「キレイね……」
うっとりと呟いたアイリスに、ゼロはこう応えた。
「ああ、すばらしいな。来てよかったよ。……昼間のお返しもしたかったからな。」
そして、火花が完全に消え去った後の深い闇の中で、今度はゼロの唇がアイリスの唇に触れた。
アイリスは目を閉じた。そのまぶたの下で、彼女だけに見える黄金色の大きな花火が美しく咲いた。
この日の邂逅と、その余韻も、心に強く焼きつけるように。
(完)