ロックマンX二次創作 作:クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ
前に『メンテ中のゼロとレイヤー』の話を書きましたが、今度は『メンテ中のゼロとアイリス』の話です。……今後もこの手の○番煎じが出てきそうです。( ^皿^;)"
(2021年9月29日)
『――ハンターベース。ハンターベース、聞こえるか。こちらゼロ。』
深夜。六時間以上もの間、途絶していた通信が戻った。
誰もが待ちかねていたその声――岩山を映したホログラムと人工の壁に隠れたイレギュラーの巣窟に単身で乗り込んだハンターからの報告は、長い沈黙に支配されていたオペレーションルームをたちまち揺すり覚ました。
『武器工場の制圧、並びに巨大暴走メカニロイドの破壊に成功。帰投する。』
勝利を告げながらも、深手を負っていることを滲ませる、ノイズ越しの"彼"の声。
それに応える"彼女"の声が思わず震えたのも、無理はなかった。
「こちらアイリス。了解しました。……どうか、無事にお帰りください。」
重苦しい空気に押しつぶされかけていたその場に、"動き"が生まれた。沈黙をはねのけて皆が一斉に歓声をあげ、手を叩き、オペレーションルームはようやく息を吹き返した。
そのざわめきの渦の中から、ただ独り早鐘を打つ胸を押さえ、アイリスは無我夢中で通路へと走り出していた。
転送装置の前には、すでに医療チームが待機していた。
装置は問題無く作動し、任務を終えた満身創痍のハンターを、その内側に呼び戻す。
戦いの激しさを物語る、無数のヒビや裂け傷、焦げ跡に覆われた赤いアーマー。
痛々しい姿ながらも、ゼロは自分の足でゆっくりと転送装置の外へ歩み出てくる。
「お疲れ様です、ゼロさん!」
「歩けますか? このまま、メディカルルームへ!」
すぐさま駆け寄り、自分を支えようとする医療スタッフたちの姿。
ゼロは、微かに笑って彼らに応えた。
「ああ、大丈夫だ。なんとか、まだ行ける。」
――予想以上に厳しい戦いではあったが、どうにか、独りで片をつけることができた。
ベースに戻ってきたとはいえ、まだ、その"余韻"のような緊張感が全身を固く縛っていて、それが今の彼の支えともなっている。
医療スタッフたちに囲まれながら、ゼロがそのまま更に歩みを進めようとした時。
駆けつけてきたアイリスの姿が、無機質な空間の中の唯一の色彩となって彼の目に飛び込んできた。
「ゼロ……!」
期待と不安、安堵と悲しみが入りまじる、彼女の表情。
このハンターベースでの、彼の"ホーム"。
「アイリス……」
その瞬間、ゼロは傷ついた身体が突然重くなるのを感じた。
緊張が解け、それまで遮断されていた痛みが、いちどきにのしかかってくる。
もはやそれらに抵抗するすべも無く、彼は意識を失い、倒れ込んだ――アイリスの細い腕の中に崩れ落ちるように。
医療チームの手による処置は、約三時間に及んだ。
ようやくゼロが
ただひとり、アイリスはベッドの傍らで彼を見守っていた。
ゼロの意識はいまだ戻らず、彼のまぶたは閉じられたままだ。
「ゼロ、私よ。私は、ここよ。」
アイリスはゼロの手を握って呼びかけるが、応答は無い。
思わず、彼女はメンテナンスルームに響くような深いため息を洩らした。
あの六時間――戦況がどうなのか、彼は無事なのか、祈るような思いでただひたすら通信を待ちつづけた、長い沈黙の時間。
今、あなたはこうして私の目の前に居るのに、私との通信は、まだ途絶えたまま。私は、沈黙の中でまだずっと、あなたの言葉を待っているわ。……ひとりきりで。
不意に、熱いものが胸にこみ上げてきて、アイリスは涙をこぼしそうになった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ゼロ。私、何もできない。何も要らないのに、あなたさえ、あなたさえ無事ならそれでいいのに、私、今のあなたに、何もしてあげられない……」
ふと、アイリスは気づいた。
普段束ねている青の元結を失ったゼロの長い髪が、彼の身体の周囲にあふれんばかりに広がっている。
いつもならそれは美しい金色の滝のようだが、今はただ乱れ、うねり狂い、ベッドの下へ流れ落ちようとさえしている荒々しい姿だ。
アイリスは、その髪にそっと手を伸ばした。
砂金を掬うように、金糸を束ねるように、彼女は優しくゼロの髪を手に取り、指で梳き、少しずつ整えていった。
そうすることで、アイリスは自分の心も静まり、整っていくのを感じた。
言葉は無くとも、今、自分は確かにゼロと会話をしている。
そんな確信を得て、彼女は思わず微笑んだ。
その時。
「……アイリス……」
微かな声が、彼女の名を呼んだ。
横たわったゼロが目を開き、アイリスを見つめていた。
「ゼロ……!」
静かな水面のようだった彼女の心は、再び揺れ動き、波立った。
「ゼロ、気がついたの? 大丈夫?」
「ああ……アレから、どれくらい経ったんだろう。すまなかったな。」
ゼロは優しく微笑んでいたが、その声はまだ苦しげだった。
「キミは、ずっとオレのそばに……?」
「ええ。いいの、何も心配すること無いわ。静かにしていて。ゆっくり休んでね。」
アイリスは、再びゼロの手を取りながら言った。
すると、ゼロは小さく、切なげに呟いた。
「……オレもだ。」
「え?」
「……キミの髪に触れたい。」
それは、まだ動くことも話すこともままならない今の彼の、彼女への、精一杯の"表現"だった。
アイリスはうなずき、自分の髪を先端近くで束ねていたリングを外す。
深い森の木々を思わせる茶色の長い髪が、ベッドの端にさらりと垂れ落ちた。
ゼロは、先ほどまで自分がされていたのと同じように、その髪をそっと手に絡ませる。
それに応えて、アイリスも再びゼロの髪を愛撫しはじめる。
そうしながら彼らは、この小さな世界で、互いへの感謝を、いたわりを、深い思いを、無言のうちに伝え合い、受け取り合っていた。
やがて朝の訪れと入れ替わるように、静かな眠りが、寄り添う二人に降りてくるまで。
(完)